土台、骨格づくりストーンたち 「顕現力」其の壱

2011年02月21日 (月) 08 : 36
「生命力」「創造力」に引き続き、第3チャクラの「顕現力」です。
「1,2,3」は、基本的に連動したステップというのか、これを個別に切り離しては語れないのですが、とりあえずは「イエロー」「黄(気)」という、現実世界に存在し、現実世界になにかを顕現していくことに欠かせない、からだの中心に位置するチャクラのお話。


こういった「各チャクラ云々の話」というのは、前提としては、「すべてのチャクラが重要」ではあります。
すべてのチャクラが、すべらかにかみ合って回転する歯車のように、支障なく機能していることが、実は本来、望ましいかたちです。
なので、第3チャクラだけが突出していての「顕現力」は、それはそれで、人生にモンダイ提起をする場合も大いにあるように思います。
(前回お話した、「丹田の力がやたらに大きすぎる」ことで、波乱や周囲との軋轢を生む^^こともあるように、第3チャクラがイケイケに過ぎると、過剰な力まかせというのか、「競争に勝利すること」「成功すること」への価値のようなものに、傾倒しすぎることがあります)


ただ、個別に臓器を入れ替える手術のように「パーツを取り替える」というような、チャクラ補強策なやりかたというのか^^、いっとき、この部分の力がものすごく必要、のようなことも、ありといえばありなので、無視できないのです。
たとえば自分が昨年タイヤ交換した10年選手の自転車のように。
本体にまったくガタがきていないため、磨耗したタイヤだけ取り替え、なんら不都合のない自転車へと生まれ変わることができました。
ただし、これは、その「本体そのものにガタがきていない」がミソ。
もともとが屈強な作りの自転車であったため、パーツ交換で生き返っただけの話。
これは、「家」なんかにも、あることですね。土台、基礎がなっていない家の壁の塗り替えなんかをいくらやっても、なにかそこには虚しさがあるはず。


人間本体のこの「本体」部分は、前もグラウンディングのところでお話したように、現実世界の一度建ててしまった建物の「杭」を取り替えることの難しさでお話したけれども^^それよりはいささか容易ではあるかとも思いましたけれど、でももしかしたら、一度建ててしまった建物は壊して立て直さないと、再度屈強な杭を持つ建造物を建てられないように、「魂の建築」も、それに近い部分がある場合もあるのかもしれないです。
そこには、時間もかかるし、血も汗も涙も、お金も、必要かもしれません。
ポジティブであろうと、ネガティブであろうと、魂と肉体の生命活動そのものには、いずれにしても、なんらかのエネルギーが必要ですから。
「望みが最短で叶うこと」を、われわれは、頼みの綱的に、目に見えない世界に望むこともあるのだけれど^^、「一瞬で構築してきた、これまでの人生、身魂」ではないぶん、それはいささか、ムシがいい話、というもの。
目に見えない世界だからこそ、「辻褄の合わない、理に叶っていない、おねだり」は^^受け付けてはもらえんのです。
そしてそれを受け付けてもらえないことは、なによりも幸福なことなのです。宇宙の愛です^^。
「投げたものが、自分に返ってくる」ということを知るには、「おねだりリターン」なんぞで生きていっては、先が危ぶまれます。
ただ、目に見えない世界のことは、「一瞬一瞬で」変えられます。(但しこれも、実際に本人がそれができると確信し実行できるまでに、準備とか、迷いとか^^あるため、結局、時間を要するんですが^^)
この現実世界は、その目に見えない世界の「写し」なので、その「一瞬で変えることができた世界」を、いずれ時間差で徐々に反映し始めます。


これは少し各チャクラ云々とは離れた話になってしまうのですが、自分は、個人的に思うことですが、こういった身魂のためのエネルギー循環を構成する、各チャクラのはたらき云々、というものは、とりあえずは、「上下」、つまり第7チャクラと、第1チャクラなんですが、これがですね、まず整えられることがその先をやりやすくする^^と思います。
上記で言うところの、「本体そのものにガタがきていない」を、まず先に構築するのです。
そうすると、その中身の6,5,4,3,2に関わるモンダイへの着手、改善も、かなりスムーズになる、ように感じます。


たとえば、「ハートの中身のモンダイ」や、「未来への不安」や、「自己価値における不安、不満」や、「健康などの身体的要素への不安、不満」などなどなど、まぁ、さまざまな人間関係やら、自分の見てくれの悩みやら、頭がよくないとか、判断能力に欠けるとか、意志が弱いとか、社会に対する不安、不満、周囲への不満、不信、自分自身の無力感、自信のなさや、無価感や、他者への不満、期待が叶わぬ失望・・・・・というような・・・・思いつく限りの「ネガティブ表現」を列記してみましたが(すみません、自分に今こういうのがあんまりないもので^^、たぶん重複表現もあるかと)こういったものへの、個別対処は、たしかに、石にできなくはないんです。
目に見えて改善するケースも多いです。
それを付け焼刃の改善にしないためには、「本体そのものにガタがきていない」ことが、結局、リーズナブルな話でもあります^^。
その場合、普段呑まない薬がとても効いて一発で治る風邪、みたいなもので、石は気休めのお守りどころか^^本当にメディスンになったり武器になったり、が可能になるフィールドが拡がります。


石たちって、でも、ただそれだけのために、それぞれの人の前に、現れたんかな? って思いませんかね? 思わないか^^。
彼らは、われわれが「叶わぬものを叶える」ためだけに存在しているわけではなさそうだな・・・・。っていうことは、このブログを始めた頃から、折に触れ、時々お話していることでもあるんですけれど、彼らが向かっているベクトルって、結局のところ、「天志向」「宇宙志向」「魂志向」「神志向」な要素へ繋がるんです。
霊主肉従、的なものが、前提というか、そっちが実は実相であるということを、物言わぬ石たちが表現しています。
石は基本的に、「善きことへの同調」的な被造物であり、実は、われわれ人間にも、心の奥の奥のほうに、その要素がひとしく存在します。
「あああ、この石持ったら、なんだか癒された。嫌な気分が収まったわ。」
の、その先への用意のために、彼らは、そうしてくれているところがあります^^。
つまり、「善きことへの同調」が可能である、石に同調することが可能である、そもそもの、自己の「本質」への繋がりこそが、そういった「善きこと」を生み出す元の元であることへの、気づきです。


ものごとは、そりゃ、目に見えて悪くなっていくよりも、良くなっていくことのほうが、断然楽しいし、相乗効果で、生きるのも楽しくはなってきます。
ポジティブになるな、と言われても、ポジティブになってきます。
自然に感謝も生まれます。
よいスパイラルはたしかに生まれてきます。
だけど、「その個人的な幸せの中にとどまる」ために、石たちは尽力してくれている、というだけではないです。
それに、「目に見えて悪くなっていく」ということって、経験としては^^とても得がたい経験であり、ある種の幸福だな、って、個人的には思います。
目に見えて良くなっていくことと等価の価値が、実はそこにはあったんではないかと、自分の経験を振り返ってみると思うのです^^。
そういう経験を経てみると、自分のありよう次第で、世界が変わることが、嫌でもわかる^^ようになるのと、「他者の悪」みたいなものに、ある程度寛容になれたりもする(いい言い方をすれば人間の幅が拡がる)わけで、結局は、自分の世界を拡げていることに繋がっていたことに気づけます。


その魂の基本要素へのポータルである、第7チャクラ(とその上)と、しっかりとしたグラウンディングのための第1チャクラ(とその下)という、軸を繋げていてこそ、幸せの中に「とどまろう」と画策する必要がなくなってくる、つまり、黙っていても、特に望まなくてもその維持が可能になってくるわけなんですね。
得ること、失うこと、への怖さがなくなってくる(これは結局、どっちも同じカードの表と裏なんですよね)と、人間は、永遠を、今、生きているということに気がつくわけです。
得ること、失うことの怖さがなくなってきた人間が、その先、なにをやるのかというと^^、そこからが、本題なんですよ^^たぶん。
きっと、一言でいえば、
「あなたの中の〝神”を、オモテに」ということかと。
ようやくそこで、内に眠る神様の光を、外側へ向けて屈指していける人間と”なれるのかも”くらいの、魂の間口に立っているのかもしれません。


焦る必要はないと思います。
自分も、これは、焦って見つけようとして実感が生まれてきた部分ではありません^^。
むしろ、経験により、たくさんの自己実例を増やすことにより、「そういうものなのかもな」に至っているところです。
もしかすると、「精神世界の本」とかたくさん読んだり、色々なセミナーだとかセッションだとか^^うけまくっているような方で、知識などが先にある方だったら、「こいつ、今頃それに気づいたか^^」
と思われるかもしれませんけれど^^、気づいたとか知った、というよりも、これは「実感」的なものです。
言葉を越えたところの感覚なので、言葉にしちゃうと、巷で言われているようなこととクロスしているのかしれませんけれど、習ったりすることや、頭で、言語知識の刷り込みで、こういうものを体得できる方も多くいらっしゃれば、自分のように、セオリーを手取り足取りしてもらうことそのものへ思いが至らないタイプの人間^^であれば、こんな回り道だってありますよ、っていうこと。
でも、自分で歩く道です。
仮に、セオリーや地図を最初に渡されても、結局は、こういうことって「本人の実感値」に委ねられるのです。



・・・・・・・・という、前置きが長くなりましたが^^、
タイトルの、「顕現力」の、イエロー、黄色、ゴールドカラーのお話。


長年ブログをやってきて、さまざまな石組みのアクセサリをお出ししてきておりますが、自分は個人的に、このイエローやゴールド系は好きなため、なにかと「顕現力」にはたらくタイプのアクセサリも多いかと^^思います。
今月末の新作アクセサリにも、そういうのが、やっぱり出てきます。
(なんとなく、ほんとに、ほいほい思い通りになり過ぎてしまいそうで^^怖くて、自分のぶんは作ってない、ってなものもあります^^)


もともと、「現実が思い通りになること」が、好きな♪ タイプの人間です。
だからオトナと呼ばれる年齢になってからは、「ある程度までは」たとえば、お金があったりすれば、好きなところへ行けるし好きなものが買えるし、という贅沢な部分を謳歌できる「決まった未来をある程度見込める、お給料という収入を貰える社会人」をある時期まで満喫しておりましたが、それとバーターである、まともな社会人であるための社会人としてのありようというのか^^各種自分を抑えた我慢の世界に辛抱しきれず^^、「意のままに生きるのだ」を、少し曲解した、我がままの世界へ飛び出し、そこからがまぁ、本当の実り多き苦労の世界、というのか^^、「苦労は買ってでもしろ」と言われますけれどね、う~~~ん、わざわざ買わなくても^^、「わがままに生きよう」なんて考えちゃえばまぁ、頼まなくてもセットでついてきますって^^。


しかし振り返ってみるとの話ですが、それでもやっぱり、
多少曲解を最初はしていたものの^^、「意のままに生きるのだ」「わがままに生きるのだ」という道を走り出す暴挙に出てみて良かったと思います。
なぜなら、「意のままに生きる」「わがままに生きる」ということそのものが、どうして実現しないのか? ということの不思議に(たぶん、多くの人にとっての「常識」に)挑戦するという^^、あらたな生き方の側面を、自分はここらへんから潜在的に、自分の取り組む課題として持つ道へと至ったからです。


そこに端を発しているのが、そもそも、「石って、願い叶えてるじゃん。言われている意味どおりじゃん。」への気づきでも^^あったわけです。
もし自分が、なんの欠落したところもない、ごくごく如才ない世に秀でた人間であったなら、おそらく「いちかばちかな、なんの保証もない、この世的には愚かに見える生き方」そのものを選ばなかったと思われますので、なんというか、おばかさんであったからこそ^^石たちも、「はたらきがいのある持ち主」のために^^、尽力してくれていたのかもしれません。


・・・・・というような感じを一例として、
第3チャクラが正常に機能している場合には、ただただ、成功するだとか、勝利するだとか、なにかを思い通りに実現していくだとかの、欲している結果をただ得る、ということにとどまらない「ものごとを、すべて悪いように、関連付けられなくなる」こういった「体験の意味するところの理解」がスムーズになるという^^すごい恩恵があります。(実は、こちらのほうが大事だし、顕現力というものは、実際にはそれがあってこそ磨かれていく能力でもあるのかと思われます)


代表的な石は、シトリンがよく言われます。
これは以前、ブログの記事にも書いた話だと思うんですけれど、自分は、昔々はじめてやった営業のシゴトを、三ヶ月でクビ宣告され^^、宣告された日の午後には、荷物まとめて会社から出て行ってね♪ というような^^すっごい屈辱を味わっているのですけれど^^、そこからひと月かからずに、なんとそんなだめだめ営業初心者が、なぜか並みいる応募者が多数存在していた、同系列の営業マンを募集していた一部上場企業に^^入社しちゃうことになりました(まぁ、それはそれで、ここからも、末恐ろしい^^苦労の連続でもありましたけれど。それでもなんとかそこでは、5年を超えて勤めたわけなので、ま、い~んじゃないかと)。
いわば、現実的展開としては、営業マンとしてのなんの苦労も実績もない人間なのに「現実的急速格上げ」状態でした。実際的な年収というか、お給料体系そのものが、そのクビになった会社に比較にならないくらい、高かったのです。だから、「並みいる営業経験を持つ応募者」も多数存在したのでした。
(あとから聞いた話だと、私の採用を決定したのは、なんと、面接した部長の「気まぐれ」だったのです^^。「まぁ、厳密な営業経験者ではないけれど、畑の違うところから、少し変わった経験してきている人でもいいんじゃないか」的な、お試し感覚だったみたいです)
クビ→再就職への行程での苦労は、ぜんぜんありませんでしたが、それまでの自分には考えられなかったような、自分がそこで行った「思いの行動」があるとしたら、「未来をまったく不安視しなかった」ということと、「なんだか理由もなくわくわくしていた」ということ^^くらいでしょうか。
これは、シトリンの力^^です。


自分はですね、その最初の営業のシゴトを始めた時に、シトリンの指輪を、なぜか意味もなく、ふたつ入手していたんです。
それまで手にしたことのなかった、黄色の石。
当時は、石の意味がどうとか、というような世界観で、こういったジュエリーは存在しておらず、また、そういったチャクラだのの概念などにもポピュラリティのなかった時代です。だから、知識として、顕現力がど~の、はたまた、金運がど~の^^みたいなものを持ち合わせてはおりませんでした。


しかしなぜか不思議にゴールデンイエローに惹かれて、たてつづけにふたつ買って、当時身につけていました。(同時期にブルートパーズも入手していますね。こんなのばっか買ってる場合じゃないよな~^^、と、初めてやった営業のシゴトで、まったく営業成績のうだつのあがらない自分ゆえに、普通はそういうものにお金を使うことを自粛したい時だったはずなんですが)
そして、その「悪いけど午後には荷物まとめて会社でていってね」のクビ宣告の日も、ふつうならば、相当の敗北感と精神的ダメージをこうむりそうなんですが、その日は天気のいい午後で^^、こう、春風の中を自由の身となれた感覚がこみあげてきて、すがすがしい気持ちで^^新宿の街を歩いていたことを憶えています。
実際にはものすごく惨めだったし、なんというか「辱め」を受けたような^^気持ちではもちろんあったのですが、会社の外に一歩出た時から、「もうここではない世界を生きていいんだ」ということ、そちらの喜びのほうが増大していったのです。
クビにしてもらわなかったら、たぶん、生活のためにも、藁にもすがるじゃありませんが、我慢してその会社で頑張ったのかもしれませんが、「必要ない人間」と宣告された時点で、「そこではもう頑張らなくていい」ことが決定したわけです。
自分がなんとなく感じていたことは、クビという、自分への「その会社での無能営業マンとしての烙印」という悲しさよりも、その覚えたてのシゴトの世界に関連する知識を活かすことそのものの面白さがあったので、それがもうできなくなることが、なんだかもったいないな、ということだけでした。
数字はまったく取れませんでしたが^^、シゴトじたいは楽しかったからです。
そこから日を置かずに購入した求人雑誌で、即、目に飛び込んできたのが、次なるその「似たような営業職」を募集していた会社だったのでした。
そして私がなんとか周囲の優しさにも恵まれ、新たなる営業マンのシゴトをスタートさせた三ヵ月後くらいでしたでしょうか、私をクビにした会社が「詐欺会社として摘発」されたニュースを、テレビで目にしたんです。
こんな会社は、早々にクビにしておいてもらって良かったのだ・・・数字などまったく上がらなくて良かったのだ・・・あやうく自分は人様を騙す詐欺の片棒を担ぐところであったのだ・・・自分は運が良かったのだ・・・ということでした。
まるで、絵に描いたドラマみたいな^^展開でしたが、現実の話です、これ。


「どん底の現実の状態」をあのすっきり感と明瞭感覚で感情に流されることなしに、「たしかにひどい状況だけど、でもたぶん、ここが「底」なんじゃないかな」と直感的に感じられ、なんのその先のあても根拠もないのに「これで良かったような気がする」と感じながら、来月からの家賃は生活費はどうするのだ、的な現実の生活不安にまったく襲われることなしに、恐ろしいまでに未来を楽観視というより、確信できたのは^^、どう考えてもありゃ、シトリンの魔法だったんだな・・・・・・・ということに、ずいぶんあとから気がつきましたが。
(実はこれは、石のシゴトがわかるようになってから、自分の過去を振り返ってみて^^つまり何年もあとから気がついた話です)


これはたぶん、典型的な、いっときの「第3チャクラ補強策」的なシトリン、の出現だったのだろうと思われます。
なにしろ、その指輪は、なぜかそれ以後は、ほとんどすることがなかったので。(だからって、土に還しちゃいませんけれどね^^)


「土台、骨格づくりストーンたち「顕現力」」については、第3チャクラの話が途中からとなりました。
長くなりますので、「其の弐」へと続きます。


下記が第1から第7チャクラまでの記事です。
この背景色と文字色のタイトルが今ご覧になっている記事になります)

●第7チャクラ

土台、骨格づくりストーンたち「ケセラセラへの信頼」其の弐
http://powerstone-works.net/blog-entry-7500.html

土台、骨格づくりストーンたち「ケセラセラへの信頼」其の壱
http://powerstone-works.net/blog-entry-7499.html


●第6チャクラ

土台、骨格づくりストーンたち「本質に繋がる機能」其の参
http://powerstone-works.net/blog-entry-7448.html

土台、骨格づくりストーンたち「本質に繋がる機能」其の弐
http://powerstone-works.net/blog-entry-7447.html

土台、骨格づくりストーンたち「本質に繋がる機能」其の壱
http://powerstone-works.net/blog-entry-7446.html


●第5チャクラ

土台、骨格づくりストーンたち「自分を創るブルー」其の弐
http://powerstone-works.net/blog-entry-7396.html

土台、骨格づくりストーンたち「自分を創るブルー」其の壱
http://powerstone-works.net/blog-entry-7393.html


●第4チャクラ

土台、骨格づくりストーンたち「ハートの力」其の参
http://powerstone-works.net/blog-entry-7337.html

土台、骨格づくりストーンたち「ハートの力」其の弐
http://powerstone-works.net/blog-entry-7280.html

土台、骨格づくりストーンたち「ハートの力」其の壱
http://powerstone-works.net/blog-entry-7279.html


●第3チャクラ

土台、骨格づくりストーンたち 「顕現力」其の弐
http://powerstone-works.net/blog-entry-7204.html

土台、骨格づくりストーンたち 「顕現力」其の壱
http://powerstone-works.net/blog-entry-7203.html


●第2チャクラ

土台、骨格づくりストーンたち 「生命力」「創造力」
http://powerstone-works.net/blog-entry-7199.html


●第1チャクラ

土台、骨格づくりストーンたち 「グラウンディング」其の弐
http://powerstone-works.net/blog-entry-7198.html

土台、骨格づくりストーンたち 「グラウンディング」其の壱
http://powerstone-works.net/blog-entry-7195.html


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カテゴリ :  チャクラについて
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