黒の代表、オブシディアン

2006年02月22日 (水) 23 : 53
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和名は黒曜石。お習字の硯とか、この石だそうです。
非結晶質の火山質天然ガラスのことを言います。
種類は、スノーフレイクオブシディアン、レインボーオブシディアン、マホガニーオブシディアンなどがあり、人工石に、透明のブルーオブシディアン、グリーンオブシディアン、オパールオブシディアンなどがあります。この人工石も、けっこう綺麗です。
あと、昨年のミネラルショーで見たんだけど、人工石のグリーンとはちがった、マホガニーオブシディアンをミルキーグリーンにしたような綺麗なオブシディアンを見たのですが、あれ、なんていうんだろう?

有史以前から日本でもさまざまな道具に使用されてきた石。
刀、短剣、矢じりなんかに使われていた歴史があるようです。

一般的に謳われているこの石の意味は、典型的な自己実現系の石として紹介されていることが多いです。
積極性を生むとか、個性を発揮させるとか、自分に自信を持たせるとか、隠された能力を見つける、とか、まぁそういった前向き系の意味が多いです。

確かに、この石を身につける時って、自分に自信が欲しい時かもしれないです。
黒って、そういう色ですね。正体不明を装い、守りながらも、自分を鼓舞する。
私にとっては、そういう色です。
黒系の石の中では、私はレインボーオブシディアンがいちばん好きかな。

オブシディアンは、悪い人を遠ざける、魔よけ石としても、有名です。
黒の石というのは、基本的にそういう「ネガティブ除け」の意味を付されていることが多いのですが、オブシディアン系の黒の場合、「自分の中のネガティブ」にも目を向けさせて、それを乗り越えさせようとするところがあります。
なので、自分の中にネガティブなどない、というか、「ネガティブとはこれ以上向き合いたくないんだよ・・・」という時などは、あんまり好んでこの石を身につけようとはしないかもしれません。きちんと常日頃から自分のネガティブを溜め込まないでいられる人にはオブシディアンは不要かもしれないですね。

私は一時期、このオブシディアン系の石がものすごく好きだった時期があって、今でも、足首にはレインボーオブシディアンのアンクレットは、ずーーっと同じものをしているのですが、とにかく好きでしたねー。
なんというか、落ち着きます。
自分を見失いそうな時、助けてくれる石だと思います。
今でも時々ですが、オブシディアンファミリーをものすごく必要とする時があります。
それは、何が何でも自分に向かわねばならない時。
私は、レインボーオブシディアンに質問します。

とてもパワーの強い石ですし、取り扱い注意みたいなところもあるようですが、一家にひとつ、オブシディアンはあってもいいんでないかしら。
水晶も基本石みたいに言われますが、「光と闇」はセットです。
私たちは、まだ「光オンリー」を志向できるほど、光ってもんを知らないわけですが、闇であれば、けっこう簡単に知ることができます。
そして、この世はそういう闇を知り光を知る勉強の場所としてセッティングされている遊技場でもあり。

レインボーオブシディアンの中に浮かぶ虹の美しさは、光の中に生まれる虹の美しさとはまた違った趣を放っている。道端のタールの水溜りの中の虹に近いかもね。
あれを見つけると、「こんなところにも虹は生まれるのだなぁ。」と、私は感慨にふけるのです。
人生、闇を知ることも、すべて血となり肉となり肥やしとなっていくものです。
なにしろ、悪を知らなければ善も分かりませんからね。悪と呼ばれるものの只中にも天国あり、天国と呼ばれるものの中にも地獄あり。これは、その中に身を置いてみないとわからないことです。だから、私たちには、さまざまな“経験”が必要とされるのですね。

ところで、この石は、ストーカー除けの意味もあるようですが、私、経験しましたけれど、確かに「とんでもない人」をおっぱらう効果はあるようですね。
でも、私の前からそのとんでもない人がいなくなった時は、私自身、もうその人のことを嫌だとか避ける気持が失せていたタイミングでしたけど。

本物のストーカーというものにも遭遇したことがありますが、あれはビックリですね。
かなり怖いですよ。帰宅と同時に電話が鳴る、というのは。
そのストーカー事件は、もう10年以上前の話ですけど、当時、私の彼がそのストーカーと差しでケリをつけてきたのですが、相手は普通のサラリーマンだったそうです。本当に、見た目は普通の人だったそうで、彼もびっくりしたらしい。
まだインターネットがなかった頃ですので、その情報収集能力の凄さにも驚きましたけれど、いちばん驚いたのは、「いつ、どこで、私たちを知ったか?」でした。
なんと、駅ですれ違って、後を着けたということでした。
まったく、知らない人だったのです。
「私と、その当時の彼が歩いてるところを見て、ミュージシャンみたいで格好良くて羨ましかった」というのが、理由だそうです。
(でも、格好いいというのはともかく、すれ違っただけでそんな“事実を見抜く”目を持っている、このストーカーくんって、ある意味凄いよね、と、あとで話したんですけど。だって別に楽器持って歩いてたわけでもないし、そんなミュージシャンでございます、っていう服装なんてしてなかったんですよ、当時。その人はこういう鋭い「人を見抜ける才能」を、プラスに他で活かせれば良かったんですよ、要するに。)

でも、この話をあとから聞いた時、「自分と縁もゆかりもないすれ違っただけの人間をなぜ羨ましいと感じ、なぜ嫌がらせをするのだ?」と、とても不思議だったのですが、よく考えてみれば、この人のように実際に夜中に何度も訳の分からない脅しのような電話をかけてきたりなどの実際の行動をしなくても、私たち人間は、その「羨む」という念を知らず知らずのうちに発していて、その念で結局自分を苦しめていることは多々あるのではないかと思います。人を呪わば穴二つ、と言いますからね。
このストーカーの人も、その屈折した想いが、嫌がらせをという行動の形を取って現れたのだと思いますが、結局、自分で自分を苦しめただけの結果に終わったのではないでしょうか。
「もう二度としませんから。」と、気弱に頭を下げるだけだったそうです。
そして、その言葉のとおり、二度と電話がかかってくることはありませんでした。

私たち人間には、誰の中にも、この「魔、闇」があると思います。
オブシディアンは、その闇を知らせ、そして、そこから光を志向する道への手助けをしてくれる、心強い石です。
何か心弱い時、自分は本当は強いのだ、自分は人に合わせてばかりいるけれど、人と比べて凹んだりしているけれど、本当は違うのだ、きっと違うのだ、それが何かはわからないけれど・・・という時に、オブシディアンは、ちゃんと「自分の心は自分のものだ」ということ、親のように黙って神様が静かに見守っていてくれること、を教えてくれます。


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カテゴリ :  目標・自信・勇気stone
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