golden age

2022年10月22日 (土) 00 : 00
いや~。日本はどうなるのか、っていうか、日本人はどうなるのかwww

凄いことになってるようなんですが

もちろん私にも実感はございませんwww
(金融の話についてはそもそも、聞いてても、なんか意味がわからなかったりしますwww)

ですが、まぢ、「投資系」のなにか(株式とか債権とか仮想通貨とか)数字で数字を増やそうというタイプのことを当たり前になさってる場合には

資金は引き上げておいたほうが、いいんでないかい?

とは感じます(役に立たない紙くず、というか、「あったはずの数字の列記」があぼんになってもいいならwいいんですけどね)

そういう人たちは「持ってればカネが増える、カネがカネを生むことが当たり前感覚」の人々なので

この話をしても信じません

実は、カネ持ってそうだな、という人に、それが価値なしのただの紙となる可能性もあるわけなので

ちょっと話をしてみたのですが

毒注射の時と同じ反応(よく似てます)

まぁ、「報道」もされてませんからね

陰謀論、アタヲカ、ほんとあんた気味悪い話が好きね、反応(笑)でした(「脅し」のようにも聞こえるみたいですwww)

紙くずになるのがかわいそうだな、と思うからwww親切で話したけれど

話していてちょっと感じたことは

「こういう人たちにとって、新時代は、おそろしく生きづらい世界になるんじゃないかな」

ということでした







ざっくりいうと

どれだけ持っていても、これから切り替わっていく時代のシステムは

他者のためにお金が使えない人は、お金が増えない仕組みとなっていく

そうも言えるからです(笑)

「お金をがんばって増やしてから、何かをする」という順番ではなくなります(笑)

お金というのは、確かに「安心を担保するちから」それを持っています

今までの時代はそうでした

日本人は大半がお金に苦労しているので、お金を持っていようとする価値観が定着しています

運良く、お金が稼げる方に恵まれた人は

知らず知らずに、「お金を増やそうとすることが目的」の生き方になってしまっている自分に気付けない

紙切れになりそうだから、かわいそうだしと思って話してみた相手は

そんな感じでした

そういう人は、なくなってみた時に

「これを自分はほんとうなら何に使うことができたんだろう?」って後悔するのかもしれませんし

そのへんはちょっと私にはわかりませんが

(私自身は、過去に、全財産ほぼほぼいっぺんに失う経験を三回していますがwww一回目の時は「致し方ない。また貯めよう」二回目の時は「致し方ない。誰かを責めてもしょうがない。お金はとっておかないで自分のために自分が使いたいことに使うべきだった」と感じ、三回目は「めっちゃ有意義、最高!! だけどなくなっちゃったから、しょうがない、お金使いたいからまた作らなきゃ」…でしたwww)

だから、入ってきても入ってきても、すべて他人のために使ってしまう、そのために貧困状態にあった、というような方は、均衡を取り戻せる世界となっていきますから、今までは、そういう人ほど困窮することもあったのですが、それはなくなっていくだろうと思いますが

その無償奉仕に心のどこかで「相手からの感謝のバーター」があることを自己価値にしていた人であるなら、それも実のところは、それゆえの自身の存在意義を見出そうとしていたことになりますから

みんなが豊かになっていく過程では、他者へ一方的に与える「施しの世話焼き」「喜びの感情の見返り要求」それもできなくなりますからwww

バランスが必要ですよね

(恋愛や結婚とか親子関係、人間関係も同じですよ。無償奉仕で当たり前でしょう? でもそうじゃないから、「自分ばっかり相手に尽くしてる」「自分ばっかり苦労してる、損してる」とかwそこに不平等感覚とか、不満が生まれる。でもそれを「選択しているのは自分」なのですよ。自分に発生する感情、それも自分が生み出しているものなのですから)







過去に自分は、持ってたはずの金銭が、一年足らずでほぼ全部なくなる経験しています
(何度か記事にしていますねw)

三度ほどしています
使ってなくなった、と言えばそうなんですが

一回は、統一教会(爆笑)
二回は、借金の肩がわりで全財産
三回は、「生活費および石買ってて想定外の速さでみるみるなくなった」という

三度目のお金の使い方が、私にとっては、人生でもっとも「有意義」でしたwww
(上述もしていますけれどwwwこの時ほど、もっと「使うためのお金が欲しい」と人生の中で感じたことはありませんでした)

二年くらいは無職で暮らせるだろうという、ぷ~太郎計画の計算が大幅に狂ってしまったのですが

これが、「私を石屋に転身させるきっかけ」でもあり(笑)

自分が石が欲しいからというwwwそのための軍資金が必要っていう動機ももちろんありましたが

「石を知らないみなさんに、石の有用性を、どうしてもプレゼンしたい」という気持ちがムクムク

そのためには自分がまず買う、自分がお金を使ってそこに投資する(笑)、そして人に提供する(それがこの世で言うところの「商売」ですよね。)という感覚もありましたが、さいしょからそれを目論んでいたわけではありません
最初はただただ、ひたすら石情報を伝えたかったのです
そのためにも、「この世のすべての石を知ってる」というレベルにならなきゃという「ゲンブツ」のエネルギーをすべて知りたかった
そのためには「お金が必要」でしたので(笑)「売る」ことにしたのですwww

石で入ってくるお金はすべて次に石を買うためのお金

最初の三年間は、石で得たお金を、自分の生活費や預金にすることは、どこか違う気がしていて(それが我欲だと思っていました)全部、石の仕入れに投入していましたwww

シュミの延長と言えばそうなんですが、自分の場合はそんな「趣味レベル」感覚ではありませんでしたからwww
天からの預り金は、人様のために有意義なものに変える、そのために私に軍資金が与えられてる、という「スピリチュアルっぽい」感覚ですwww
しかし、私は、そのポジティブエネルギーゆえか、「石とともに、みるみるカラダまで、どんどん病気しない人、風邪一つひかない健康体」になっていったのですよwww
他者奉仕前提、且つ、石をわかってくれるみなさんに石を提供できるその喜び、その仕事のやりがいというのは、「それまでの社会で経験してきたどの仕事よりも」毎日が、充実感そのものでした

(ただこの奉仕精神、これが「過ぎる人」もスピリチュアル人にはけっこう多いのです。「自分が購入した高額な石をすぐに人にタダであげてしまう」という、決してその人自身が裕福というわけでもなく、むしろお金に困っているほうの部類なのに、「人を救おうと人に尽くしすぎてしまうタイプ」でした。そういう人は、「安くて良いものを人に提供していることが善」という感覚を強く持っています。きっと日本人には多いタイプですし、私も心の何処かでそれが慈善である感覚は持っています。しかし、その日本人感覚が、ご存知の通り、「外来の日本人のフリをする人々に利用され続けてきた」結果が、この国の惨状であることは、言うまでもありません。「心が綺麗なつもり」の人ほど、自分は受け取ろうとせず、他人へと譲ろうとする、他人にエネルギーを奪われっぱなしになっていく。最後は、自分の命まで差し出していく。自分を大切にしようとはしませんからね。それがいわば悪魔教の「生贄」「自己犠牲」賛美感覚とも言えるのですよ。私が、日本の新興宗教とか神道系とかに文句つけてるのは、この思想をふんだんに取り入れてる、それが日本の教育のベースにもなってきているからです)

だから、「生活のため」の資金は、「別」に稼ぐことをして財布を分けていました(派遣という置屋で中抜きされながらw)

ですが、のちに、派遣切りとなったのをきっかけに(笑)「石屋一本化」をスタートさせたのです

自分の世帯の生活費も賄わせていただくことは、「罪」ではないのだ、ということに、だんだんに慣れていく過程を踏みました

(宗教っぽい感覚を持っている人は、「天の御用」でお役目、奉仕でやっている仕事を、なるべく「無償」「低額」レベルで人に提供したい、と、思ってしまうので、「自分の生活がカツカツになる=貧乏で居続ける」ケースになりやすいんですよ。また、この20年くらいのあいだには、「スピリチュアル仕事で独立して豊かになろう」みたいなwwwそれはそれで、なんというのか…それも「仕掛けられてるネズミ講」みたいな(笑)詐欺っぽいものもわんさか出てくるわで、大変でしたよね。私個人の感覚としてはですね、「他人にぶら下がる、他人にノウハウを習ってる」という時点でwww「それ、実は、自分でやる気ないでしょう」と感じるのです。だってそれは「失敗したくない」「お墨付きが欲しい」の裏返しでもありますし。だから搾取されるのです。頼ろうとするから。実行する人、やる人はなんであろうとやると思いますからね。私は、他者に独立の仕方を教えてもらったことは一度もありませんwww誰でもできますから。で、黄金時代は、そうなるのですから)

という、段階、段階、を経て

今は、これが正業として、ふつう感覚である自分となってきました





golden ageは

「持ってれば増える」「持ってることが自慢」「持ってることが安定」の世界は、いよいよ終わると思われます

「何に使うのか」の世界が始まるということです

今までのように、苦労して稼いで、みたいなことをしなくても

ようやく「お金は使ってなんぼ」の、物々交換のような、誰もが、与え、与えられる

お金があることが当たり前になれば、そうなるわけです

ですから、お金じたいの価値そのものはなくなっていくと思います

あって当たり前ですから(笑)

強いて言うなら「その人」じたい、ヒューマン・ビーイングそのものに、価値というのであれば、価値があることになっていくでしょう

人の価値、それを決めるのは、その人、その人と言えるのですよ

そして、それは自分だけではなく、当然他者にもあるからこその、ヒューマン・ビーイングの世界

それが「お金に左右されない」世界へとなっていくのです

なので、今まで、お金に左右されてきた人々

「お金は苦労して稼ぐもの」という、そこに「がんばり」「努力」(この世での他者との比較基準の「競争」感覚でもあります)や、お金を持っていることそのものを「優劣感情」の裏付けの価値観を持っていた人には

手応えのない世界(笑)ちょっと生きにくい世界ともなるわけです

ないことももちろん大変な世界でしたけど、あることもそれはそれで、それを自分自身ではなく、自分の価値のよりどころにしてきた人には、大変だろうと感じます

これは「逆」も言えて

お金を持っていないこと、稼げなかったことによる、「他者比較」「優劣感情」の裏付けの価値観が根強い人にも、新時代は、同様に生きにくい世界ともなりますからwww

(それがあるから、テレビの言う事、有名人や権威のある人々の言う事は聞いてもらえる、この世の構造(笑)「言うことを信じてもらえなかった、凡人」というねwww凡人卑下じゃありませんけど、無意識に、そういう自信の喪失の仕方をしていたり、「どうせ自分の言うことなんか、聞いてもらえない…」という、閉塞感覚につながってしまったりするのです)

あなたの価値は、お金の過多や、持ってる財産、この世での権威などのポジション、そういったモノサシが決めてるんですか??? それが自信のあるなしの裏付けになっていませんか???

今一度、自分の中のそこ、よく見ておいてね









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カテゴリ :  PSW制作室
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