我は天之御中主神の子

2020年07月15日 (水) 22 : 08
「われはアメノミナカヌシの子なり」

と、初めてつぶやいた時のこと

すっごい安堵感というのか、なんとも言えない感覚が、自分の中に拡がる感じがしたことを憶えています





アドレノクロムの話はうちではあんまりお伝えしてないですが

(コロナの背景、裏側で進んでいるらしきこと…悪魔教の人々の大量逮捕の話など…今はもうネット上にたくさんあるので、観てる方は観て知ってますよね)

昨日、ここんちにリンクされていた「裏政府・カバールの崩壊」パート1からパート10までの動画を、全部観まして

(けっこうな時間を費やしますのと、グロ画像が多いので、グロきもが苦手な人は注意です。そのくらい、カバールの人たちはちょっと想像しがたい「グロきも教」入ってる、「人間の心を持っていない」と表現するのがふさわしい感じの異人種ということです。カバールのことをあんまり知らない、という人は、知っておいても良いかもしれません。嘘ではないのと、いかに私達が信じている世界というのが作られてきたものなのか、ということもわかることはわかりますのでね)

ひとことで言えば、「病んでる」としか表現できませんが

こういう人々もアメノミナカヌシの子とも言えてしまう部分

どうなのかな…と考えていました

なにしろ「悪びれていない」こういう人々は、そこに「囚われがない」から(笑)できちゃうとも言えるわけ

幼い子らを誘拐、幼い子らへの残虐行為、性的虐待、殺戮…

「同じ人間」とは最初から見ていない

それも「大量」になればなるほどスケールが大きければ大きいほど、人間というのは、それができてしまう、麻痺してしまうものなのか

みずからの命の維持のため、快楽、欲望のため
(若返り、若さの維持のエネルギーらしいですが…この地球上にあるあらゆる麻薬のなかでは最上級レベルの麻薬がアドレノクロムらしいですので、おそらく「常習性」を持つと、もう抜け出せない、それなしでは生きられないレベルなのだろうと思います)

血も涙もない(でもその「生き血」を欲している…)

そこに葛藤も囚われもないわけです

悪魔には

(ただまぁ、「隠れてやっている」という点では、やっぱり「いけないことをしている自覚」はあるということか…)





人間の歴史の中では確実に繰り返されてきていることなので

生贄、犠牲

自分が過去生でそうなったこともあれば

誰かを過去生でそうしたことも

多くの人の過去生の中にはおそらく経験として何かしらの断片はあると思う

「自分にはまったく無関係」ではない

そうも言えると思いました

今現在でさえ(笑)

「私は○○の犠牲になっている」「私は○○の犠牲になっていた(過去)」

という感情の現実の中にいる人だってものすごくいらっしゃると思いますし

「誰かを自分のために上手に犠牲に(利用)している」

そういう人もいると思います

スケールと、コトの善悪という意味では、悪魔教がその最高峰(笑)

非の打ち所のない極悪です
(非の打ち所のない極悪…そんなものがあっていいのかとw 想像を超えているため「都市伝説」や「陰謀論」で片付けられるのですが、まぁ…悲しいけれど、本当だとは思われます)

そのレベルの極悪非道ではない、そこと比べれば、われわれ一般人のソレなんてかわいいものですが

それでも、まぁ、あるんじゃないかなと





こういうことが、本当に、終わらせていけることが、これからの時代であるなら

やはり新時代は良いですね

凄い時代を生きているんだなと感じます

「われはアメノミナカヌシの子なり」

誰もが真っ直ぐに、そう言えるように、なれるといいなぁと思います

誰もが創造神の子と…

そう感じられる、自分がその器として生きる時代を迎えるにあたり

善悪の精算として

知っておくには良い話かなと思いました
「裏政府・カバールの崩壊」パート1からパート10…全部観るのちょっと大変ですけど、まとまってるので、ぜんぜん知らない、という人にもわかりやすいかもしれません)



追記:


そうそう。大事なことをお伝えし忘れてました(これ伝えていないとヤバいw)

これを伝えていないと、「今まで(過去)の世界をひたすら悪者」にしてしまう

今の現実の中に悪者がいない世界となっても、仮に世界がその様相となり、そこにすでにいたとしても

被害者意識と加害者意識の世界

自分みずからこれを創造し

ここから抜け出せませんので

(あるいはすでに「天国にいること」「恵まれていること」や自分が現実創造していることに気づけない人になります)

私は前日の記事「プロセスが大事」で、

「自分のことを好きになれた」

ということをお伝えしているのですが

自分のことを好きになりすぎると、要するにカバール化へと進む場合があるのです(笑)

悪魔は自分のことを全肯定している、自分のことが好き、自分が大事、自分を維持したい、その究極の姿かと

こちらへ針が触れすぎると

それが維持できない可能性、恐れ、不安、という感情が、「自分のことだけ」の我よし行動へ、人を走らせます
(そしてそうなると「本当のその人のちからが出ない」構造となっているのが人間です)

動画を観ていて、そういう感じがしていました

(なので「トランプまんせー、Qまんせー」志向へ走りすぎるのも(笑)別の観方をすれば、あらたなるリーダー依存、救世主依存のようなことにも、なりかねません。。。へんな話、いずれにしても、「今度は違う価値観で世界は統一される」たとえそれが、自由、平等、平和、調和、であっても、「そこに馴染めない」ドロップアウト組(笑)そうなることだってありますよねw ただ、この「Q」で気づいたのですが、Qという文字は「まる、ちょん」ですね。ひふみ神示でいうところの、まるちょんの世界はいよいよ始まっている…善と悪の対立の世界の終了、「アクを抱き参らせる」の世界へ向かっている…という観方はやっぱりできますね。宗教支配の世界の終焉、人が神となる時代の始まりです。日本人はどっか「蚊帳の外」ですが(笑。なんかこうメリケンさんとか欧米の人々がどこまでも中心というか騒いでいるだけのようにも見えます)この国にもカバール影響確実にある気がしますので(天皇家はイルミナティの頂点とも言われてますでしょ…ただ「神はアクも利用する」ということなのでw 今後を期待し過ぎず期待します…まぁ、アクが作ったインターネット、それを使って真実を拡散している人々の目覚めを促している、そういうあたりも、「神はアクも(アクの作ったものも)利用する」の一貫かな、とも思われますね)われわれは本当にそれぞれが「自立」の時を迎えているのだろうと思いますよ)

そうではないのです

「自分も大切な価値のある存在、自分以外の全ても、同様に大切な価値のある存在」

存在として、対等である部分を認める

これは必要なのですね

いるものはしかたない(笑)というか認めることはいたしかたなく

ただ無理に愛する必要、同調する必要はなく、それを過剰に肯定もしくは否定しないこと、またそこに迎合、屈服、依存、逃避してはいないか

そこをいつもチェックする

そのためには、今の自分を好き、今の自分を大切にする、ここは基本でいいのですが、「今の自分だけを好き」「今の自分だけを大切」になりすぎていないか、そこに固執していないか、もしくはその逆に「今の自分以外」ばかりに目を向け過ぎていないか、今の自分以外を否定し拒絶する選択だけをしていないか、もしくは自分に都合のいい世界だけを肯定していないか…いつもそのバランスへ目を向けていること

これからの時代に必要かな、ということです








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カテゴリ :  高次ガイダンス
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