今日でおわっちゃう予定

2019年05月09日 (木) 20 : 06
先月、4月14日の記事で、見始めたら止まらない中毒性の高いドラマ(笑)ということで、全米史上最も支持されたドラマとしてギネス認定されているらしき、「Breaking Bad」…を観ています~ってお話していましたが、いよいよ、たぶん今日続けて観る予定にしている二話で終了の予定。

「Breaking Bad」に登場した人物の「小物グッズ」の類がアメリカの歴史的記録保持のような意味合いなんでしょうか、スミソニアン博物館に(笑)収められた、というレベルの話もあって驚きました。





日本で発売されているのは、シーズン1からファイナルシーズン(シーズン5)で、それぞれに8話から13話程度がDVDに収められています。

毎日、だいたい、1話から2話ずつ、観てきました(笑)。



「Breaking Bad」については、日本人のブレイキング・バッドのファンの方の解説サイトなんかもあります。

こちらに出演されておられた役者さんの、舞台を降りた時の顔や、撮影秘話などの写真、話などもわりと目にするのですが。

こういうのを観ていて思ったことが。

将来、霊界に行った時に。

そして、霊界において、少しずつ、純粋な存在として純化されていく過程で(まるの日さん風に言うと、「生前、現実世界の経験においての人間関係でつくってきたミェフ」が外れていく状態)。

「あの時は、殺し合っちゃいましたね~」的、なんというのでしょうかね(笑)そのそれぞれの「キャスト」としての繋がり、縁、を傍観する時が来るんだよな…という感ですとか。

すべては個のためだけではなく宇宙全体の進化のための仕組み、というのでしょうか…

それをですね、こういうドラマの舞台裏、制作秘話を覗くことっていうのは、「これ撮影大変だったよね~」「感情表現として最高の演技だったよね」だとかまぁ、そういう、将来霊界でやっていくことになる疑似体験を(笑)もう、私たち人間はできていたりする、ということでもあるかなと。
そう感じました。



「Breaking Bad」は、当時のアメリカ社会をまさに表現している、とも言われていたようですが。

「ファミリー、家族」って何? 

ということもそうですけれど。

「善、悪」って何?

ということもそうですけれど。


色々な角度からの、学びの要素があり、人間それぞれに持っている「囚われの要素が、創造していく現実世界の様相」についても、見事に描かれているところがあり、また、誰も「人を自分の思い通りにできない」世界であることもわかるのですが、やはり、「みずからが自身の人生を創造し、そこに関わる人々と創造していく」ことに代わりはなく。

そこが「身勝手であることが前提」だと、最終的にそれぞれにいいことないっていうか、世界ってこうなっちゃうよね…という部分の描写に優れています。

基本、登場人物の誰もが、程度の差はありますが「自分のことしか考えていない」という部分…自身の囚われているもの(子供時代に持ったトラウマや満たされなかった承認欲求やそれぞれにとっての家族愛のものさしが生む対立構造や他者否定やいい時だけの思いやり的自己都合や)により形成されてきたエゴの信念に突き動かされる世界展開とはこういうものか、ということが表現されてもいますね。



ということで、うちでは4月から5月にかけての「令和時代への移行期」という時に、娯楽として(笑)米国ドラマをぶっつづけでずっと観てきましたが^^。

以前の私でしたら、「Breaking Bad」に展開される世界のようなものについては、ただ嫌悪してしまったかもしれない「程度の低い霊の世界に無知な人間のドラマ」って観方をしてしまったかもしれません。
(悪人的要素の残虐行為だったりの部分はまぁそれもそうですが、それと同等に「普通の幸福を維持しようとする普通の人間の身勝手さ」も、表面上は暴力ではないのですけれど、自他への精神的残虐性は持っている、ということ)

これだから、人間の世界ってほんとどうしようもなくて嫌よね、のように。

でも、あと2話で観終わるのですけれど。

不思議と、嫌悪感はないのです。

登場人物の誰もを、応援したくなる、愛おしい、無二の存在として、感じます。

究極、人は何のために生きているのか。

きっと、「高次ガイド」の気持ちも(笑)、わかる人にはわかる^^ドラマだと思いますよ。



この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page