カルマ返上日記2

2014年02月07日 (金) 00 : 19
前々回の記事、「名前の由来」で、ペンネーム「AIKO」から「神崎詞音」に名前を変えた当時、その時はたらいてた魑魅魍魎の夜の世界での源氏名だった・・って書いたんですけれど、これは私の記憶違いでした~。


あとから、「ん? でもたしかその「AIKO」って名前で最後に出た音盤の時、あたしは派遣O.Lの世界にいたような・・・」ということを思い出し。
そうそう、そのAIKOでの最後の音盤のタイトルがね、「上向きベクトル」だったんですよ。
意味深でしたね、今思うと。


当時は・・・「ぜんぜん上向きどころか、下降線なのにな」って思っていたことを記憶しています。
たしか、テレビ朝日系の、深夜番組かなにかのエンディング・テーマになっていて、そのテロップで私の名前を見つけてくれた友人が、それをわざわざ教えてくれたことを憶えています。普通は、こういうのは喜ぶことなのかもしれませんが、「そんなマイナーな深夜番組のエンディングになってたってなぁ・・・」というような^^「感謝も、感激もない」そら恐ろしい人間と化していました。
(妙な上昇志向を持った人間というのは・・・つまり、「自分が望んで描いている「頂点」状態だけが成功」と決めつけている態度の人間というのは、感謝すべきタイミングで感謝できていないんです^^)
作詞家などの作家にスポットが当たるような音楽業界での位置づけは、もう遠い夢の世界の話。もう自分にそういう日が来ることはないだろう・・・とうっすらとは思いつつ、かといって、すぱっとやめようとも思えなくて「しっかりカタギに戻って、正社員とかそういう安定した道へ行く」的な発想にもなれず・・・。(一般的には、これが最も望まれる道かもしれませんが、すでに、その時には自分は年齢的にも超ビミョウ^^でしたしね)中途半端でしたね。


なので名前を変えた時に、「神崎詞音」ってなんとなく決めたのは、まぁ、ある種投げやりというのか^^、「もうなんでもいいや」というのもあったと思うし、そう思いつつも、まだなにかチャンスがあるんじゃなかろうか、という思いもあったと思います。
「十字架背負うのよね~」って格好つけた思いも、あれですよ、どっかで後ろ暗いものを光に変えたい、っていう気持ちの顕れでもあり、また、どこかの部分でですね、そういった世界での経験、丸3年程度なんですが、それじたい、私にとってですが、それほど悪いものでもなかったんですよね。
実は、私はそれ以来、「オンナを売りにする女の子たちが大好き」に変容していたわけですから^^。


どういうことかというと、それまでは、「オンナって身勝手で計算高くてこずるいイキモノ」って、自分もオンナなのに、女性軽視してる面があったんですよ。それ以前は長い大企業O.Lの経験しかなかった自分は、なんとなく、女性のそういう面ばかりに目が行くようなところがありました。
ところが、夜の世界の女子たちは。もちろん、そういうこずるさ持ったコもいたんでしょうけれど、圧倒的に、「女神か菩薩か」みたいなコに出会うほうが多かったです。
もう、自分だったら悲鳴を上げそうな死にたくなるような苦労・・・私どころの騒ぎじゃないよね? みたいな。そういう「ワケあり」の「ワケ」がはんぱない女子が多かったです。
親の借金返して、親養って、子供養って、オトコ養って・・・。でも、ぜんぜん文句言ってないんですよ。言いたかったのかもしれないけど、淡々と受け入れてるというか。
私はこの時代に、「子供のお金当てにして、子供に食わしてもらうの当然」みたいな親も、この世に存在するんだ・・・ということを知りまして、愕然としましたもの。
病気で働けないとか、そういうんじゃないんですよね。働かない親。子供を当てにする親。そういうのがいるんだ、って。
私だったら受け入れられないな、って。そういうの受け入れて、どうしてそんなに笑顔なの? かわいくなれるの? 人にやさしくできるの? って、思っていましたよ。こういうの、ひとりふたりじゃなかったでしたよね。
(ここで「共依存」がどうの、とかそういう問題は置いておいて。よくこういうことって「突き放すのが相手のためだ」とか、まぁそういう考え方ももっともらしくあるわけです。相手を思えばこその厳しさとか、自分を大切にしなきゃ、とか。私もそういう当時は「そんな親、捨てちゃえばいいじゃん」とか、無責任なこと言ってましたよね。今でいう「毒親」ですから。今は「毒親」って言葉があるけれど、昔っからいたのよ)


でも今振り返ると、そもそもこういうものごとの観方じたいに、相当偏りがあることがわかります。
別に、こういう職業だから、こういう人たちがいる、というわけではなく、女神、菩薩のような片鱗を見せてくれる女子は、あらゆる場所にいると、今は感じますよ。
「どこどこの世界で出会うのは、こういう人たちなんだ~」という自分の中の決めつけのようなもの、まだまだ、この時代にぬぐえてはいなかったし、また、まだそこまでいける段階に達していないため、「二極の世界」を垣間見て行く経験そのものをすることになっていったんじゃないでしょうか。


という風に、学び多き過去の名前、神崎詞音は、まだ特にスピリチュアルに目覚めることもなかった時代に生まれ、その名をこうして残すことになりました。


カルマ返上日記は・・・いったいどのあたりから書き始めればいいのか、よくわかんないんですけれど、以前、たしか・・・大昔にいた大企業を辞めるに至るくらいまでの話を、このブログのどっかで書いたような記憶があります☆
たぶん・・・自分の恋愛観みたいなもの? なんか、そういうひっじょうに少ない経験のことを織り交ぜてつらつらと^^。


で、今はいちおう現在進行形で相手のあることなので^^、もう書けません~~~。
と、そこで筆を置いたような。


そうなのよ、その現在進行形の人物、やはりですね、こういう長きに渡り縁を持つことになる人物というのはね、カルマ返上の鍵をいくつも持った相手です。
俗に言う、ソウルメイトの中でも、なかには重要な転換期に登場する一期一会みたいな人もいるけれど、やはり長くいることになる相手はそれなりに重要^^ですね。


自分ひとりのことではないので、大暴露^^できることできないことあるかもしれませんが、まぁ、特に許可もらってやろうとしていることではないので、もしかしたら本人から「そんなの書くのはやめてくれ」指令が^^入るかもしれませんので、その時は書くのはやめときます。
あくまで、私のカルマにかかわることだけで、誤解をどうしても招くようなタイプの話は避けるかもしれませんので、必要以上に家人が美化されて^^映る場合もあるかもしれませんが。
別にのろけているわけでも、わたしらツインソウル~~~って^^妄想の花が飛んでるわけでもありません(それに、ツインソウルってわけじゃないと思います。その願望はとくにないし、そんなへんな理想を相手に押し付けない程度には^^私も冷静です)。


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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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