カルマ返上日記1

2014年02月06日 (木) 19 : 50
カルマって、ほんと嫌われものなんですよね^^。
スピリチュアル・ブームというものが、2005年、私がこのブログを最初にはじめた頃にはもう始まっていて、見えない精神世界のことが、身近になりつつあるワクワクした環境がこれからできてくるのかな? っていう、ポジティブな空気があったと思う。


多くの人がそこで色々学び始めたり、気づき始めたり。


で、「そのまま、あるがままでいいんだよ」みたいなのが、なんとなく曲解されていったというのだろうか、人間、カルマの清算のために地球に来ている・・・っていう部分をすっとばして^^、なんだか、「スピリチュアル=願望実現」っていう方向へばっかり流れて行ってしまったかのような世界もあったような気がする。
(でも今は、そんな我欲満載の世界も^^しぼみつつある・・・そのようにも見えますね。もう、そんな願望実現にやっきになって、そのツールとしてのスピリチュアルに興味をこれから持つような人も、いないでしょう。いいことです)


恐れを手放す、とか、そういうことも、その恐れがいったい何に起因しているのか、を知ろうとはせずに、表面上、スピリチュアルな小技で具合が良くなればたしかに人はそれでもじゅうぶん満足できるし、生きてもいけるので、そんなにそんなに「自分に向き合う」なんてことは、日常に必要なことか? と言われれば、現代社会の中では、やっぱり暇人しかできないこと、暇人のシュミ、みたいなもの・・・という位置づけかもしれませんしね。


もしくは、スピリチュアルに進化する感覚、それを現時点の私たちから見て最上段と見られる世界「ワンネス」という、そして人間の中にはひとしく眠っていると言われる「神性」への回帰・・・ここを目標地点として、なんでしょうか、地上でのいわゆるプロセス部分に関して、みょぉぉおおに達観したつもりになって眺めてしまう・・・そういうことが、スピリチュアル、っていうのか、そういう感じの世界も展開されている。


理論好きな方は、言葉で理解をしようとし、感覚好きな方は、感覚で。


これらが間違い、ということではなくて、人それぞれ、進化のしかたというものがあって、人それぞれのタイミングというものがある、だから、オール・オッケー・・・ノー・ジャッジ・・・でいい、というより、だれもが「「あの人がどうこう」言っている場合じゃない」というのが、実のところかな~。
そのくらい、自分にも、そして、人それぞれに、等しく、「宇宙の中での存在感」というものがあるわけなのです。この神聖部分は、だれにも踏み込むことはできません。
これはすばらしいことですよね。
ここに優劣なんか、まったくありませんから。


しかしですね、優劣がないということは、結局のところ、誰にも等しく、責任もあるわけなんですよ。好む、好まないにかかわらず。
よくスピの世界でも言われる、「過干渉がNG」っていうのはホントウのことだと思う。
人に気付きを促すために、という崇高な目的であったとしても、それが「無理やり軌道修正させる」とか、「あなたは間違っている、こっちが正しい方法」みたいのを、手取り足取り、っていうのは、NGなんですよね。
この部分のショートカット・・・したい人、多いんだろうけど(たぶん多いから、人は、未来を知りたがるというのか)誰かにそれしてもらうことはできないですよね。
(ただ、「自分でショートカットにする」ことはできます。たぶん。あくまでも、「自分で」なんですが)
そして、誰かのカルマ肩代わり、っていうのも^^やっぱりできないんですわね。
だから「カルマ解消」「カルマ消去」みたいな魔法の世界、あるのかないのか知りませんけれど、もしスピ技でそれがあるんだとしたら、「誰かにカルマ消してもらっちゃった(自分でやらなかった)あらたなカルマ作ってるだけ」という^^泣くに泣けない事態を生んでるだけですな。


石たちが手伝ってくれる仕事も、結局のところ、「気づき」のところまで。
「消す」なんてことはしませんよね。
でも、石の中には、「カルマ消去」のように^^意味が謳われているような石もありますんで、それ見て勘違いして、本当に積年のカルマが消えて行ったんじゃないだろうか、っていうプラスの転換を経験することもあるかもしれませんが、真相というか実態としては、「カルマ消去できる自分」を信じたからこそ、石が気づきを促してくれて、実際にはあらたなカルマ作らない(繰り返さない)自分に成長できたから・・・な話だと思う。


私たちの「自由」って、だって・・・この部分の発見と、そこを越えて精神的に成長していくこと、その中にしか、ほぼない^^んですよね。
もちろん、照準を「アセンション」に持って行って、そこを目指す道を行くにしても、アセンションなんてとてもとても・・・それより「今ここ」でしょう!! を大真面目にやっていくにしても・・・どんな道を行くにしても、なんとな~く、「自由」「解放」「成長」「進化」って良さげなものに惹かれるの、もうリクツじゃない世界だと思うので。
そして、誰もが胸の奥底に、なんとな~~~く在ることに気が付いている、誰に教えられるでもない「良心」みたいなもの・・・・・(これこそが「内在するスピリット」「神性」とも言われますが)
自由とこの良心とがうまくバランスされる時、人は幸福という状態に在る、というように(人は、っていうか、私の場合は)感じますが、まぁ、言いだしちゃうとこの「良心」の自覚にさえばらつきある^^のが、三次元世界ですからね。


この地上世界、地球さんは、そういうあまたの魂の進化のためのステージとして・・・自分の身体を提供してくれて、人間のカルマ返上道場として地上の世界展開していくことを、了承してくれていた・・・というのが、「今までの」地球の歴史。


これからはもう、それとは違うみたい^^なので、カルマ道場のなごりの世界は、どこまで続くのかは不明だけど、「永遠に」ではないかもしれない。
(特に、「地球」では。ただ・・・宇宙には、想像しきれないくらいに「星」はあると思うので、またいちから、そういう魂のために、カルマ道場の三次元ステージは形成されるのかもしれないけれど・・・そのへんは、私には今もってわかりません)


・・・という「前置き」が長くなりましたが(前置きかよ!! って)
あれですね~、大変気まぐれに続くのかもしれませんし、もしかしたら、途中でやめちゃうかもしれませんし、そのへん未定ですが、私自身が「なにをどう気づいたんだよ」みたいな、備忘録的に、自分のカルマ返上日記を、書こうかな、って思いました。


それを読んでいただいたからと言って、なにになる、っていうものでもない、ほんと、人の日記ですよ。
忙しい人にとっては、「いらっ」とくるかもしれない、つまんない、凡人のカルマ返上日記ですが。
まぁ、「今日はどこへ行って~、何を食べてきました~」みたいな日記ですらない^^手帳やカレンダーの記録みたいな、そういうものにはならないだろうと思われます。
(あ、でもね、このカレンダーの記録、これもね、やってみると意外とあとあと、そのワン・ワードの中に、本人にとっての有用な世界が展開することがあるんですよね。なので、なにごとも「無駄」なものは、ひとつもありません)


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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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