あのよ~

2006年11月10日 (金) 01 : 04
「A・NO・YO」という雑誌が創刊されるのですね~。
電車の吊り広告みて、例のエハラ~さんが編集長ということで、なんか笑っちゃいました。精神世界をビジネスとして拡大する、ある意味、あの方は開拓者なのかもしれません。
この世の話よりもあの世の話のほうが、俄然、好みの私としては、矢も盾も止まらず本屋へGo!と行きたいところですが、まだ、実物は見ていないです。
読んだ方はいらっしゃるのかな?

ところで、「あの世」と言えば、すでに現在あの世へ行ってしまわれた、なつかしの丹波哲郎氏が、一昔前のスポークスマンとしておいででしたね。
「大霊界」とか、本の出版もそうですが、とても精力的に、霊界を宣伝なさっておられました。

もう10年以上前の話になるのですが、私は、丹波さんがなさっていた、そういった霊界のことに関する「無料の講演会」を聴きにいったことがありました。
あの方は、テレビなどで霊界を「ネタ」にしているだけではなく、こういった地道な活動も、ハードであろうスケジュールの中、なさっていたのです。

「会場で、丹波さんに質問してみたいこと」というものを、申し込みハガキに記入する欄があったので、書いておきました。
当時、ほんっとうに悩んでいることが私にはあって、それは、「自分はこんなことをしていては、霊の自分を汚しているのではないだろうか。」という、ま、いたしかたない部分もあってやらざるを得ないのでやっていることがあったのですが、非常につらかったわけです。

丹波さんは、講演の最後に、その私が書いた質問を読み上げ、そして、その当時の私にとっては、「救われた」ような、ひとつの解答をくださいました。
丹波さんご自身の意見ではなく、「霊界というところはそういうところのようだ。」という考察に基づいた答えですから、という前置きで、「この世的には、非道であったり、罪という概念であったりすることであっても、霊界ではモノゴトひとつひとつの意味付けが違う。その動機がどこにあり、何ゆえそれを行っているか。その自分の中の答えが、自分の欲望を満たすためや、人を陥れるためや、そういう悪心から発するものではなく、この世的にはよくないこととされることでも、人のためにやっている、誰かを救うためにやっている、そこに本心からの動機があるのなら、それが霊を汚すということにはならない」というような、質問に対する言葉でしたね。

当時の私には、光が差すようなコトバでした。

素晴らしい人だな、と、私が丹波さんに感じていた点は、丹波さんは「自分の感情部分」での、けちな喜びでモノを語っていなかったことだったと思います。
本気で、「霊界があること」をたくさんの人に知ってもらいたい、そして、自分が俳優として有名になったのも、このシゴトをするのにそのほうが都合がいいから俳優にさせられたんだ、というようなことも、どこかでおっしゃっておられましたけれどね。

もうひとつ。
彼は、霊能者さんではなく、普通の人。
霊界があることを、目で見たり耳で聞いたり、という感触で知らなくても「あるのだ」と言えた人。
つまり、何かしらの「ソレ的能力」を自分が持ったがゆえに、霊界があることを主張しているのではない、奇跡的なパワーを得たり、実体験したからではない、という点。

私は、こういう人が好きです。


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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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