代官山に行ってきました

2015年11月09日 (月) 23 : 51
今日は、代官山へ。予約していた、うちのワンコのトリミングdayでした。
前に、先の予定入れちゃってるから、あたしはアセンションなし組だわ…ってお伝えしていたアレですよ。早いですよね…。その記事書いた時には、まだちょっと先よね、って思っていたけれど。



なんだかんだと、もうすぐ代官山のトリミングサロンに通うようになって一年になる。
その前は代々木上原というところにあるサロンに通っていたのだけど、そこの担当者さんが、熊本の人でね、熊本に帰ってトリミングサロン開業するってことで、お辞めになられることになって。しばらくは引き継ぎの方にお願いしていたんですが。
やっぱりね~、うわぁあああん、前の人と違うよぉぉおおお。っていう。どうしてもね、前の人がとても腕のいいトリマーさんだったので(そのお店ではトップスタイリストだったらしい、っていうのを辞めたあとから知りました^^。まぁ、だから、田舎に帰って自分で開業しよう、って気持ちにもなるわな~。あ、そういえば、関係ないけど前日記事のまるの日圭さんも熊本の方ですね^^)担当変わってから、行くたびに「う~~~む。」という感じで。

で、他にないのか?! と探したわけなんですよね。
けっこうベタな探し方でしたよ。ワンコのカットの本に載っていたお店^^ですもん。うちの人間が、カットの参考に…って買って持っていたのをぱらぱら見ていて、「考えてみればこのカットをしている人たちって、要するにトリマーさんだよね」ってことで、うちから近いのはどこだ、って感じで。本の後ろのほうに載ってるサロン紹介で見つけたの。

そういういたってフツウな探し方だったわけなんですが、これも予約を入れたあとから調べて知ったんだけど^^けっこうトリミング業界ではカリスマトリマーみたいな感じの方が経営しているサロンだったんですよね。
(うちがお願いしている方はそのカリスマトリマーさんではなく、ナンバーツーって感じのポジションの方ですけどね)


代官山って、むっか~~~~し、昔の話ですけれどね。
私が初めて、自分の作ったデモ歌詞持って訪れた音楽事務所があったんですよ。その頃はまだこの代官山アドレスとかなかった時代。
ほんと、一昔前、って感じよね、そう思うと。懐かしいな。







初めてそこんちの音楽事務所で、作家担当しているプロデューサーの方に、デモ聴いてもらって、歌詞見せて。
見るだけならいいよ、みたいな感じで^^。
きっかけは特になくて、(家人になる前の)家人が別件でそのプロデューサーの方とお話があって、今近くのカフェに作詞やってる女の子も来ているんですけどね、と何気に言ったところ、そのプロデューサーの方が、じゃあちょっと呼んでごらんよ、って感じでした。
だから自分でも何話したらいいのかわからないし。特にね、なんにもアピールもしようもないからできないし^^。素人ですからね。

したら、「ちょうどね、コンペなんだけど。こういうのあるから、やってみる?」ってプロデューサーが。クレヨンしんちゃんというアニメのですね、なにやらクリスマス・アルバムの中の、まぁ、メインといえばメインの曲(だって、「ジングルベル」ですから^^)。
私は心のなかでは、「え…クレヨンしんちゃん…? いや、それはちょっと。。。そんなのできるか? 自分」と一瞬ひるんだものの、いえそれはできません、とはもちろん言わず、「はい、やらせてもらいます」って、コンペの仕事もらって帰ってきたの。

クレヨンしんちゃんっていうアニメがあることはもちろん知ってたけれど、漫画読んだこともアニメ見たこともなかったから、とりあえず漫画三冊くらい買って読んだりして、そうか、のはらしんのすけというのはこういうキャラで、ひろしってお父さんはこういう感じ、みさえってお母さんはこういう性格…な感じを掴んだつもりになって、で、できた歌詞が、コンペで起用されて、作詞家デビューとなったわけです。

初売り込み、初コンペで、デビュー決定。
「作詞家になりたいな~」とか言い出しから、一年かかってない話なんですよね。
アマチュア期間が短すぎて、その後、ほんとに苦労しました^^。プロになっちゃうと、あたしはプロよ、って顔してなきゃ保てないものもあったしね。

懐かしいですね。たぶんブログの初期の記事のどこかに書いたかもしれませんけれどね。
あたしが普段絶対に買わない、怪しさ満点の新聞の折込広告かなんかで、ふと見つけて、初めてですよ~、「願いを叶える水晶ネックレス」かなんか^^言っちゃってる、そういうの買ったのって。実際には届いたのはフツーの水晶5ミリ珠のネックレスでしたけれどね。ちょうど、その作詞家になりたいな~、って思い始めた頃にね、買ったんですよ。
あとにも先にも、その手合いの感じのやらせ広告みたいな雑誌の裏表紙系の石アクセサリ買ったのは、それだけだったと思うけど。
でも、願いが叶ったのに、忘れてましたけれどね^^、そういうの買って身につけていた自分であったことをね。

石のことがわかるようになってから、気がついたの。「あ、そういえば、あれもそうだったんだ」って。
だから気づいたのは10年たって^^もうあたしの鳴かず飛ばずだった作詞家人生もそろそろ終わりなのかな~に差し掛かってきた頃^^ですよ。

「しんちゃんのジングルベル’93」



参照元:クレヨンしんちゃん ジングルベル - Crayon Shin-chan Jingle Bell
https://www.youtube.com/watch?v=uM4OE5EZzgw

どのくらい売れたか憶えてないんですが、3万枚くらいは売れたんじゃないかな? 今でしたらけっこうオリコン上位かもしれませんね^^、このくらいの枚数でも。だけど当時はですね~、ミリオンセラーなアーティスト全盛の時代でしたからね。だから、私はね、単純に喜んでいればいいのに、「嬉しいけどもっと売れる楽曲じゃないと」っていうすごい不平不満満載だったんですよ。
そういう、感謝の足りない、とんでもオンナだった、作詞家時代。懐かしいですね^^。
今は・・・感謝しています、もちろん。これがあって、今の私、ですから♪


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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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