石の意味~フェナカイト(1)~

2018年03月28日 (水) 00 : 00
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ヒーリングストーンブームというものが、かつてのスピリチュアルブームの勃発に並行して、過去10年以上前から起こってきました。
それ以前のパワーストーンブームであれば流行が終了すれば忘れ去られていった天然石たちの世界だったのですが、今尚その流れ及び、時代の流れとともに、「自分の好きなことに正直に」行動する、自分の好きなことを正直にセレクトしていく一定数の人々の変容が進み、天然石市場というのは、この国においては石が好きな人々によって維持されており、個人の「なくてはならない趣味嗜好分野」として地味に生き残っている感がございます。

こういうところがやっぱり2012年以後の世界…と言えるところかしら~…とも感じます。

何を言ってるのか(笑)意味わからない方も^^いらっしゃるかもしれませんが。
今の時代は、過去数十年前に比べるとですね…
「私はこれが好き」という意思表明がとてもしやすい時代と言えるのです。

ネットの影響、SNSなど、個人が個人として存在することにおいて意識的になれるフィールドが提供されてから生まれてきた傾向であり、要するにですね…20年前30年前とは比べ物にならないレベルで、今の時代は、”個を生きる”という点でとっても生きやすい時代になっていると言えます。

だから、「流行っているから」にいっとき流される人口流入は、その時々で、色々なものがブームとして仕掛けられますけれど。
昔よりも、ブーム後も廃れない感じのものは増えてきている感じがします。

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昔ってね(あたしが10代20代くらいの頃)「精神世界」だの「石」だの言ってたら、トモダチできない(笑)くっら~いヲタク…っていうのかな~。そういう”かっこわるさ”みたいなのがあったのよ(笑)。
「趣味が読書」なんて人に言えない(暗い人だと思われる)みたいな(笑)。
なんかしらのスポーツやってないと(テニスだのスキーだの。卓球はNG^^みたいな。あたしは卓球が得意でしたのに(笑)それも赦されずの世界)”若者らしくない”みたいな。
共通言語が少ないっていうか、”恋愛”の話題についていけない人はそこでアウトみたいな。
だから、脳みその中が”モテる、モテない”基準に左右されていくような。

今思うとひどい時代を生き抜いてきたんだな…としみじみ思いますよ。

でもこれも実際には、私のものすごく視野の狭かった当時の世界の話で、実際には”人にはずっと言わなかったけれど実は好きな自分独自の世界”を持っている人も、きっと大勢いらっしゃったのよ。
「自分をわかっている」っていうのかな。

インターネットというものがもたらされて以降の世界って、だから、「万人受け」がだんだん通用しない世界になってきているでしょ?
もちろん、そういう”仕掛け”に乗っかっちゃう人口も、今でもそこそこいなくもないから、未だに”テレビ信仰””有名人信仰”的な世界もそれはそれで展開はしているけれど、「世の中がなんかそれ一色だね~」っぽい様相はなくなりましたよね。

プロ野球中継がなくなった(笑)世界になったって、CDが売れない世を席巻する大ヒット曲が毎年出てくるわけじゃない(”みんなが知ってる”曲をわざわざ買って聞いて憶えてとかしなくていい)世界になったって、楽しく生きられることを^^われわれはもう知っているわけなんですよね。

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というマクロな”そう見える世界”からミクロな”私の世界”へ目を向けると、格段に生きやすくなる人とそうでもない人というのが、いまは混在している社会…もしかすると、より、心理的には複雑化している社会とも言えるのかもしれません。

つまり、「みんなが知ってる」や「みんなが言ってる」それらの効力が…万能ってわけではない、ということを知ってしまった暁には。
”あなた自身は何?”、”あなた自身はどうなの?”…ここに向き合わざるを得ない世界になってしまっている…とも言えるから。

だからね、ミクロな私の世界へ移行したからといっても…

そこに”他者の目イシキ”が常に持ち込まれる価値観、あの越えることが難関な、「人からよく見られたいイシキ」「人から一目置かれたいイシキ」が優先的にはたらく限りにおいては。
あんまりあのプロ野球の話題についていくためにいやいや好きでもない野球選手の名前を覚えるとか(笑)やっていた頃のオジサンたちの社会と…変わらないかもしれないです。

”個人の世界”が生きられる! 自由度が上がった現在なのに、過去の産物…この”人からよく見られたい”手法一辺倒でいる限りは、自分の世界を生きていない息苦しさみたいなものはあると思います。
人に合わせておべんちゃら言いながら、優勢な多勢に追従することが安心…ダレにもそんなこと教わってはいなかったはずなのに、いつのまにか身につけてしまう間違った処世術のまま、”私の世界”を構築しようとすると、それはそれで、厳しいこともあるかもしれませんね。

なのでそろそろ、「誰でもできる○○」っていう自己啓発書やスピ本にも(笑)ひっかからなくなる人が…そろそ~ろ増えてきてもいい、ご時勢も近づいてきているかもしれませんね。

誰でもできる、と言っている時点で(笑)…それは嘘ではないのですが、
もう少し付け加えると、「誰にでもできます。但しそれは”あなたなりの、あなたが見出す”ことであり、誰も彼もが同じではありません」ということかなと思います。

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フェナカイトはね…

何がいいって。

これは最近発見したことなんだけど。

「嫌われる勇気」を(笑)持たせてくれる石。なのかもしれないな、と。

自分以外の他人、自分を好いてくれていたのかな? ってなんとなく思っていたような人々に、嫌われたくない…って、当たり前の人情ですよね。
その歴史が長ければ長いほど、そのキャリアを手放すのって、怖いですよね?

でも、「実は自分に嘘をついているかもしれないな~」の状態で構築してきた世界において、”そこで好かれてきたような気がする”人々には…本性を顕せば(笑)嫌われる可能性は高いです。

「あの人は変わっちゃったな」だとか思われるかもしれません。
いったんは、周囲から、それらの人が、潮が引くようにいなくなるかもしれません。
孤独に陥るかもしれません。

それでも、自分をごまかしながらの”輪”の中で、ごまかしごまかし、”生きながらえる世界”よりも。
自分を正直に、せめて、”自分には嘘をつかない世界”の中で生きるほうが…

実際には、格段に、その人の本来の世界を広げていく、ということになります。

その、”最初の、渦の、ひと掻き”としての痛みということで、摩擦はあるかもしれませんが。
その摩擦を耐えられない恐れとしていたことが嘘のように、そして今までを否定するのではなく、受け入れることができるようになります。

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フェナカイトが嫌われる勇気をもたせてくれる石、という…直接的にそういうことではないのですが。

フェナカイトは、その人がもっとも今、必要とする、潜在意識の中で手放せずに持ち続けてきた手放すことを恐怖している”恐れ””囚われ”、スピリチュアル的に言うと、”穢れ”…ですね。

自身の本質を観ようとしない、曇った眼鏡をかけたままの”ええかっこしいの自分”ですとか(笑)。
こういうものを、見事なまでにとっぱらっていく石です。

とっぱらっていくから、かさぶたを剥がされる時には、痛い場合もあるかもしれません。

しかしそこにはより強度を増した、美しい素肌が再生していきます。
化粧しなくても、つやつやが維持できます(笑)。
そのことを、知るのです。

フェナカイトが、持つ人を無敵にする、と言われるのは、こういうことなのかもしれません。

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お写真のフェナカイトブレスは、明日、「石の意味~フェナカイト(2)~」ということで、販売お披露目予定にしております。
今日の石の意味よりも、ちゃんと、巷で言われるフェナカイトの意味を取り混ぜながら、再度ご説明いたしますのでお楽しみに。


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カテゴリ :  石の意味
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