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2024年02月28日の記事のリスト

遅咲き人間

2024年02月28日 (水) 05 : 20
なんかw面白いことwww言われたので(笑)
今日は、カバル話じゃなくて(笑)つまんない凡人の、身の上話ですwww
ものすごく長いのと、いわゆる「黄金時代インテル情報」的なものではありませんので、時間なくてかったるい方はスルーしてください(笑)

(ちなみに、もう「表のニュースでロス茶死にました」がでてきていますので。カバル経済社会の崩壊大詰めです。「好きなだけ紙の札を印刷できる(笑)中央銀行の所有者がいなくなった、というお印なのですwあとは崩壊劇場を眺めていましょう。準備はしていてください。読者さんに株式投資とかw今でもやってる方はいらっしゃらないとは思いますが。日本は日経平均過去最高値という大網が仕掛けられ大盛況だそうですが、終了となる前に手仕舞いをしとくのが良さそうですよ。たぶん、湧いている人たちはバブル崩壊を知らない世代が中心なのかな。)

今日はそんなバブル崩壊どころではないwww45年、46年とかwwwそのくらい前の化石話です
日本円が確か、1ドル240円とかwwwもともとは1ドル360円だったんですからね
たぶん、そういう時代あたりでは? な話・・・
(もうそれを細々と思い出す意味さえありませんがw)

以下はお客様からいただいたメール文の、抜粋wです


> 少し前の投稿ですが、野球部マネージャーになったきっかけについて語ってくださったのが、勝手ながらずっと気になっていた事なので嬉しかったです。


えwなんで気になってたんでしょうかwww
ソレが気になる~~~~^^
そういう「ミーハーっぽい」イメージ(笑)今の時代もあるのかなぁ。
あんまりよく知らないんだけど。
汗臭いスポーツ野郎たちに、可愛がられ愛されるお人形(笑)みたいなwww

残念ですが・・・「それじゃない」高校(笑)だったんですよwww
あんまり・・・雰囲気として、そういうものが、直接的にはぜんぜんないというか、うまく言えませんけど、10代なのに「人間力」の(むしろその後の大人たちの世界よりも)その人の「中身評価」っぽい世界が存在していたwとは言えます。
(今は知りませんが。当時は、そういう感じはしてたかなぁ。単に容姿などが良くても中身しだい、的な要素、すごく強かったような。。。誰か特定の人がものすごくちやほやされてるとか、そういう感じがなかった気はします)

そういうふうに、癒やしのアイドルのように扱ってくれても良かったのに。
そうじゃないからwww余計に、時々は、「なんでこいつらのために・・・自分がやってるわけでもないのに・・・」という大きな不満が(笑)渦巻いていたというかwww

だから、あの高校から大学に進むと、、、、大学という世間基準になじめずに(笑)結局、あの不思議なツーカー世界の安心感のような、うまく言えませんが、高校時代の友達とつるんでしまう、「◯◯高シック」にかかる(笑)とも言われていました。
私は、それじたいは、田舎っぽくて(笑)なんかそれも狭い世間にとどまろうとする仲良しグループな雰囲気が、当時は大嫌いwwwだったんですけどね。

でも実際、高校生なのに(笑)人格者wwwじゃないけれどwwwそういう雰囲気じたいは、今思うと、それっぽい人が、多かったようには記憶しています。
むしろ(笑)私のほうがwww断然、子どもだったと思います(笑)

ちなみに、なったキッカケは
入学式で(笑)同じ中学からいっしょに入学することになった女子と2名「ただ、ふたりで並んで歩いていた」ところを(笑)野球部マネージャーの先輩女子たち3名に目を付けられ(笑)ストーカーされてwwwやろうよやろうよとくどかれ続けてwww(教室までやってきて)
で、同じクラスに、のちに「主将」になる人がwwwいたんですが、マネージャー先輩はその部員にもけしかけ(笑)「愛子に頼んでくれ」とwww色々なところから、包囲網ができてしまい・・・
まぁ、その同じ中学だった同級生とも相談し、「二人とも野球が嫌いではなかった」のと、特に「部活動したい」っていう自分自身の希望もなかったため・・・予定外に・・・「流れ」でそうなってしまったわけです。

これ、そのマネージャー先輩たちの、ただの「直感」なんですよwww
まぢですよ。「なんかあの二人がいいよね」っていう「なんかいい」っていうただの思い込み、だったんです。
(のちにマネになったあとに聞いたんですが、実は、「女子マネ入部志望」な人たちって他にいたのを、その先輩たちが「独断で断って」wwwもう、アタシともう一人だけに的を絞って(笑)こっちからやりたいって言ってないのに、猛アタックという。。。ほんとうになりたかった人たちには、ちょっと気の毒ですよね、それはそれで。そういう「ちょっと変わった人たち」も(笑)なんか多かったwww不思議な学校ではありました)

ただまぁ、年間打率計算とかピッチャーの防御率とかキャッチャーの盗塁阻止率だとか(笑)「ガッツプレイ」という「新聞」まで作るwその編集作業とかwwwそうそう、そういうこともやっていたんです。
練習試合すべてを、スコアブックだけではなく、そういう記録として残していました。当時は、そういうのは、楽しかったと記憶しています。
ただそれを部員とかに配るwwwあとOBにも送ってたかな。そのために。
今思うと、ちゃんと野球を知る、チームを、状況を、選手一人ひとりを、「すべてちゃんと公正に偏りなく見ていないと」こういうのもできないことなので、まぁ、なんらかの自分自身の「下地づくり」になっていたことは、確実です。

あたしの人生は、こういう「別に本人がそれが希望だったわけではない」経験も(笑)やたらに多いんですよwww

まぁ、それが人生ですね。



なんで野球部マネージャーなんか(笑)高校生時代にやってたのか?

まぁ、うちに「野球好き」が2名いた、って話も「遠因」ではあったのですがw

野球好きと言うか、故人の父なんですけれど、ほら、「自分の愛する母校、出身校が甲子園大会に!」っていう、それですよ

なんか何年も春夏連続して出ている、そういう時があって
(のちにその連続出場記録を抜いたのが、PL高校(笑)です・・・PLの有名な二人はカバル(笑)だと思いますが(他にもいるな、あそこは)、父の母校の方は、ほんとうにたまたまの実力、運だったのだろうと思います。のちに、プロ入り、実業団入りは複数名していましたけれど、結局それも長くは続いていませんでしたからね)

だから、必然的に、春夏の高校野球、甲子園大会、それじたいは見ていたし、”一応”父親のその出身校の応援というか
(なんかその母校に寄贈された掛け軸と同じものwを、書道の大家の先生に頂いて(謎ですよね)それが「家宝」化されてwww今でも、実家にはそのまま飾られています。自分の手柄でもないのになwただその学校を出たというだけなのに)

まぁ、強かったですからね。だからまぁ、何にも知らないってわけじゃなく、野球のルールくらいは知っていましたし

プロ野球も(笑)テレビでw「巨人戦しかやっていない」CIA手先のパンピー3S洗脳たけなわ時代(笑)、まぁ、時々いっしょに見ていましたね

(確か父親に連れられて、子供の頃にまだドームではなかった「後楽園球場」にも(笑)見に行った記憶があります・・・)

でも自分は、漫画を描くのが好きな少女でしたから、「人がやっていることに感情をのめり込ませている」そういう点では

どこかの部分では、やっぱり「自分が何かをやる」というほうの充実感よりも、人がやってるゲームに一喜一憂してる、それが上回っている(笑)タイプまでにはなってはいなかったですよね

(そういう「ゲーム観戦」に夢中になる人って、どこかの部分で、自分を正直に生きていないというか、他人の手柄のそれをやっぱり「代用」にしてるところはあると思います。まぁ、だから、「3S」というのはカバルが用意した、「気づかせないための、感情のガス抜き」でもあり(笑)また「共感装置」であり「洗脳装置」なわけです・・・で、3Sの世界に憧れるというか、自分がその、見せる側の「プレイヤー」「アーティスト」志望者も集められるし、そこから、カバルパペットたちも輩出していけるわけでしょ。しかもそれだけじゃなくwww「スター選出お膳立て血筋」まで(笑)つまりもう「最初から確定」の人たちまで、その中に入れ込んであったという・・・ちょっと、そこまでは考えてなかった、知らなかった、っていう(笑)世界を、この悪魔教支配からの「人類解放戦争」でw知ったわけですよ・・・まぁね。そう言ってしまえばですよ、この「白帽子VS黒帽子」の、人類を救うカバル最終決戦(笑)この経過を張り付いて追い続けている(爆笑)それも・・・感情のガス抜き、「何かの代用」になっている、そういう人も多いと思いますよ。私も、そうかもしれないです。60才なんですからwwwもう、長く生きてきた分「積年の恨み」じゃないですがwwwというか、私は、「恨んで」はいないんですよ。恨みじゃなくて、自分のね、石に出会う以前の、「解せなかった人生パズル」のピースが、面白いようにハマっていくwwwなんか、それに自分がwハマってしまって(笑)、きっと、読んでくださるみなさんにも、「伝わるんじゃないかな、カバルの性質が」と思って(笑)それで、書くことが山盛りにwwwそうなってるだけ(笑)。ただ、カバルのほうは「気づかせないためのゲーム」でしたが、白帽子のほうは、「気づかせるための(笑)ゲーム」ですwwwwwwここは、大きな目的の違いがあります。だから、自分はまあ、「トピック」として、「気づいてもらう」ために、そういうのも拾い上げておりますが、これ、「もっともっと詳しい、ず~~~~~っと、張り付いている人々」がいますのでwwwwwwそれをダイジェストで覗いていれば、経過はわかりますので。余裕がある方は、「勝ち」の未来を信じてwww「好きなことしてればいい」と思いますよ。「げげげ!!!」っていう金融崩壊とか、波乱はあるかもしれませんけど。全部、計算ですから。もうほんとうに、時間の問題ってところに来ていると感じます)



私自身は、高校生になったとたん、バイトも(笑)していたんです

もう高校生から親にお金をもらった記憶はありません(笑)

ですから・・・ものすごく忙しかったんです

本当はですから「部活どころじゃねぇ」という感情も(爆笑)満載だったんですよ

甲子園なんかに「まぐれ」で出られちゃったらwww「お金どうしよう」と(笑)そんな心配までしてましたからね

(まぁ、さすがにそうなれば、その「野球好き」だった父親がwいくら子どもにお金使わない親だったとしても、その遠征費用くらいは喜んで出したのかもしれませんが。。。だいたいですね・・・あたしがもう卒業したあと、なんですよ。もう卒業しているのに・・・あたしの同級生がそのOB持ち回りで監督になる風習で、監督になった・・・その夏の予選大会とかを、実家のうちのほうの球場でやってた時があるんですが。東東京は、神宮球場、神宮第二球場、それ以外にも、いろんな球場使っていましたので、割当で、そういう場所になる場合があったようです。「ようです」ってくらいwww「娘は関心がない」のに・・・父はその予選を、わざわざ見に行ったりしてたんですよ・・・。その監督やってた同級生に、「LOVE子の親父さんが、来てたよ」って(笑)本人じゃなくwwwのちにその同級生に聞かされて(笑)絶句しましたよね。。。なんか、選手じゃなくてw監督に声援送ってたんだってさwwwすっげ~恥ずかしい親・・・そう思いながら、でも、私は「なんで人が出た高校の野球の予選大会なんか見に行ってるんだよ」とは聞いたと思うけれど、「なんであたしの同期が監督やってることを、そもそも知ってるんだよ。あたしだってもうそんなの知らなかったのに」とはw親には直接言いませんでした。(ほんと、なんで知ってたんだろう)まぁ、そのくらい「断絶感のある親子」だった、ということでwwwあ、たぶん、こういうのが、「仲の良い親子」であれば、そういうのを「親の愛」という(笑)解釈をするのかもしれませんね(笑)。私には、「しつこい過干渉」というか(笑)ものすごい受け取り方をしていましたwwwあ、そうそう、のちにその監督やってた同期が結婚したらしい、って話を父にした時に、「あいちゃんを嫁にもらってもらいたかったのに」と(笑)もの凄い「勝手なショック」を受けていたのでwww親の目からみて、なにかしらの合格点があるタイプだったからwストーカーのように試合とか見に行ってたのかもしれませんね。確か大学出てその後教師になっていたような人だったから、なんとな~く「まっとうな羊感」というかw「親的なウケ」を感じていたのでしょう。私にとっては、一応はまぁまぁ仲の良かった元チームメイト、友人ってだけでした。でもそれ以上の感情を(笑)彷彿するようなタイプではなく、どっかが「俺様」風でもあったのでwきっとそういうところも「自分に近い」イメージを持ってたんだろうな)

まぁ、まぐれで甲子園に出ちゃう(笑)そんな心配もいりませんでしたけれどwww

このマネージャー先輩たちの、しつこい(ではなく、とても熱心な)プロポーズがなければ(笑)

確実に、私は、希望していたのは、「帰宅部」でしたし(クラブ活動に一切興味なし)

高校へは通うけれど、私にしてみれば、「社会人になるまでの猶予期間の限定期間3年」ようするに、「自由の身はあと3年」だったわけですから

一応ですが

中坊から、漫画家志望で(その話はしたよね。まぁまぁ、イケる可能性じたいはあったというのか)漫画は描き続けるつもりじたいはあったんですが(多少は描いていたけれど、頻度は激減)

バイトが忙しく(笑)かつ、そんな、予定外の(笑)部活なんてものが登場したこともあって

漫画を描く時間がどこへ??? というのもあったんですが

なんとな~く、なんとな~く、漫画を描きたいという気持ちよりも、まぁ、実際に、その高校じたいも

当時としてはね、「服装自由」という珍しい学校で(でもだいたいの人は制服着ていましたが。中には、入学式と卒業式しか(笑)詰め襟の学ランを着なかった・・・みたいな(笑)そういう人もいましたよwwwそういう制服着なかった人って、普段から着てないから「まったく似合わない」というwwwそういうのも、面白かったでしたね)

「文化祭」に命をかけるような人も多く(笑。ほんと、変わった校風だったことは確か)

先生たちとも、どっか会話が「対等」っていうのかな(笑)。少なくとも、「言うこと聞かなきゃいけない」という「空気」じたいがなかったでしたね・・・(もちろん、「一応、先生」なのでw先生としてwww接してはいましたがwww)

その「変わったマネ先輩たちとの時間」というのも、あたしには、新鮮だったというか、楽しいところもあったことはあったんですよね

(あれじゃないですか? いわゆる「多感な時期」って(笑)やつなんでしょ???wwwそういう時期に、親とかそういうの以外の人間に、たくさん影響を受ける、まぁ、「人間社会」を徐々に知っていく、その時期でしたしね。ネットも、携帯電話もない時代(笑)。「会って話す」それ以外に、人を知る手段のなかった、牧歌的な時代。当時から(笑)友達が少ないwwwなかなか気の合う人がいない中で、そのマネージャー先輩たちとかって、今思えばですが、どっかで気の合う部類の人たちだったと思う。いっしょにそのマネやってた中学時代からの同級生女子もね(笑)。不思議と、中学時代は、存在は知ってたけど、まったく友達ではなかったんですよ。「縁」の不思議ですよね)



なのでご心配の、「野球部員のアイドル」だとかwwwそういうwwwもう、ぜんっぜんそんな(笑)

あ、ただね~、そうねぇ・・・
「他に、女子マネ志望」の人たちがいた・・・って聞かされた、っていう話・・・そのほんとうになりたかったらしき、先輩に断られた気の毒な人たち、っていうやつの1名は(笑)のちに該当者を知ってたんですよね(笑)

それはその本人に(笑)言われたからw

もちろんw「感じ良く」言われたわけではない。。。なんとなく、「なんでアナタが」っぽい(笑)風味だったかなぁ。よくは憶えていない。「感じが悪かった」ことだけは憶えている(笑。まぁ、そりゃそうだよね)
ただね・・・その方の中学校の友達の友達(笑)に野村義男がいるとかwww(当時「たのきん」ってのがありましたでしょ・・・そのうちの一名は亀戸出身なんだな・・・まぁジャニをすぐ辞めた人だから、実際には「ジャニハラ」に堪えられずの(笑)被害者でしょうけどね~)なんか、そういうことを自慢気に話したがるタイプだったから・・・「おそらく」ですが、、、そういう人が描いていた野球部女子マネージャーって、そういうテンプレート型の・・・「可愛がられる愛されるアイドル」風味・・・だったんじゃないのかなぁ

なので、マネ先輩たちというのは、
やみくもに断っていた、というわけではなく
おそらく、「見抜いて」「選んで」いたのだろうと思われる

入学式で(笑)同じ中学校出身のもう一人の女子と「歩いていただけ」で(笑)
目をつけられ、声をかけられ、まぁ、もちろん「少し話をした」わけです
当然、最初からw勧誘されてるわけでしたが
(入学式では、そういったクラブ活動の、他の部の人々もwww新入生勧誘の(笑)列を作っていましたから。まぁそうだよね。新入生一同が集合してる日なんだから、「うちの部に来ませんか~」活動www宗教勧誘みたいなwwwみなさんやってましたよ、そういえば)
その時はw当然お断りしていたんですけれどwww

たぶん・・・女子マネ志望で入部希望にやってくる人々を見て、う~ん違うんだなぁ、と「そういうことじゃない」んだなぁ、っていうやつ

で、その入学式から誘われたwwwまぁ、「あの2名がやっぱり・・・」っていう
「まちがいない」と(笑)
たぶん、「何組」というそういう個人データは(笑)その時にこちらもwwwうっかり伝えてしまった(笑)んでしょうね
何度も何度もwww休み時間に教室にやってきて・・・
「マネージャーいっしょにやろうよ~やろうよ~」とwww
その信者(すでに部員となってるクラスメート)も、手下として使って(笑)「愛子を野球部に連れ込め」とwww
私はその「高校野球教団」の宗教勧誘を断りきれず・・・(爆笑)

(でも現実をわかっていましたから、ほんとうに一度も「甲子園出場にあこがれて」だなんて、夢を描いていたわけではありませんよ。そういうのって、本人たちも自分たちの「レベル」ってわかっているのです。音楽の世界もそうだったけれど、そういうプレイヤーたちは、自分たちの実力がどの程度のものか、「わかる」わけです。ただ、監督も、その信者も(笑)スローガンにしていた「都立の強豪」それくらいならなれるんじゃないのかな、という「感じ」はしていました)

でもまぁ、こうやって思い出してみると

やはり、宗教勧誘に引っかかった(笑)信者みたいな・・・「じゃあ入信します・・・」なノリではあったのですがw
たぶん・・・愛される女子マネwそういうアイドルノリなタイプだと・・・なってしまったことを後悔というより、務まらなかったのではないかなぁ・・・という気もします

別にそういう風には愛されないし、ありゃ、ほんとに「仕事」でしたので(笑)

私は「時間」とか「お金」とかwそういう意味でwww「自分はこんなのにつきあってる場合じゃない、本当は」みたいなwww
そういう感情もまぁ、当時、時々はあったことはあったんですが

そういう「制限あり」でも、あれだけ、やるべきことは頭使って一生懸命やる、そしてまぁ、自分はプレイヤーではないけれど、「なんとなく人のやってることに貢献」はしていたのであろうと
(「マネージャー」という名前のごとくの、マネージメントまではできていたとは思いませんが)
で、それじたいは、嫌ではなかった、ということ

(そういう部分は、同期には、時々、御礼を言われていたのと、実際のプレイヤーたちほどには「機微」はわからないけれども、野球の話ができる、ファンとか(笑)ギャラリー、応援勢、そういうわけじゃない女子、それじたいは、そんなにいませんから。それと、監督のことはそういう「野球」という部分では真面目に尊敬していましたからwあのね~、「勝っても負けても常に冷静」っていうwきっと、「これぞ日本人」魂(笑)みたいな人だったんですよね。はしゃがない、舞い上がらないのよ。でもおそらく常にアタマの中で、今いちばんいい采配を考えてる、そこに集中してたと思う。試合途中で「スコアブック見せて」って渡して、黙ってそれ見ながら「はい」って返されて、何かを決断すると即、動かす、そういうのを、選手よりもいつも隣で見ていたわけですから。それで直接、自分が何を学んだ、というわけではないのですけれどね。でも、負けない方法っていうかw何かご自身の哲学と意志は持って真剣にやっている、そういうのってやはり「目下の者に見せる教育」みたいなものだと思いますよ。でもあの当時で監督だって、早稲田の大学生(笑)だったんだよなぁ。昔の日本人って(40年以上前ですが)もうみなさん、二十歳超えると、大人(笑)ほんとうにそうでしたね。いつからこんなに日本人って・・・お子様化(笑)してきたんでしょうかね・・・とはいえ、おそらくですけれど、こういう方だってコロナ脳(笑)でw毒注射は打ってる可能性、あるだろうと(笑)。カバル劇場化の世界の中の賢い人々、そういう点では、それが学校の勉強アタマではない、そういう場合でも、その範疇の頭脳と言えるわけですからね)



その高校じたい「自由」という(笑)のか、何かを強制されない、「自主性」「自発性」っていうんでしょうか、その空気は、当時はありましたよね

(それだけにね、今のお若い人たちの世界???? その「兵隊育成」っぽい雰囲気がよくわからないというのもある)

中途半端な進学校、っていうのだろうか

だからその高校に入っちゃうと、みんな卒業する時には、入ったときよりも「勉強ができなくなってる」というwww
(それは、勉強以外の、それぞれの「好きなことをしてしまうから」なんですがwwwだからけっこう「浪人」して大学生wになってた人が多かったでしたよ。3年間遊んじゃうからw)

そういう話もあったけど

別の意味では、きっと「本当は勉強じゃないアタマがいい人」率が、高かったような気がします

今現在は、確かものすごい偏差値の低いヴァカ高に(笑)なっていたはずですwww
(なんか、調べてみた時があって、「え!!!今、この学校名を人に言っちゃうと、バカの証明になっちゃうんだ!!!」 とオドロキましたwwwまぁ・・・あの「校風」を続けていれば・・・確かに、確実に(笑)「勉強」はしなくなるでしょうし・・・「お受験向け」と言い難い(笑)そこはわかりますから、そうなるでしょうね・・・)

だからね~・・・日本人は、「真逆解釈」の方向へ進んだのでしょうねぇ

もともとは、その人の良い個性、好きなこと、持っていたかもしれないのに
自分の子どもには「勉強しなきゃいけません」の人になっていった(笑)昭和親・・・多かったんじゃないかな
どれだけ、学校が楽しいだの、部活が、友人が、勉強以外のことが、充実していようが
結局、そこを出てしまえば、悲しいかなwww社会というのはもう「人間性」とか「好きなこと」の世界ではないからwwwwww
(「よいしょ」のコミュニケーション力(笑)とかwwwなんかね、「人間関係」っていうのも、要はただの立ち回り(笑)きっともうそれをw今の子たちは、高校生、へたすれば中学生くらいからw憶えさせられながら、勉強を強要されているのかもしれない)

当時はね、その下町のほうでは、今はどうなってるのか良く知りませんが「学校群制度」というのがあって、東大進学率の高い高校が両国高校だったかしら、まぁ、勉強アタマの良い子はそこを目指すし、実際、同じ群制度の中に他の高校もあるのに、一番賢い偏差値高いのは、不思議と両国へ入ってましたね(選んでるんでしょうね)

自分は本当は、学力的には、そこらへん(笑)が打倒だったわけですが(自慢じゃないよ)

ほら、もう、親がアレで(笑)別に大学受験するわけじゃないし、最初から人生詰んでたわけだからwww

その群制度のトップグループじゃなく、ひとつランクを落として、受験したわけです
(でもこれ、「やられた」んだよなぁ。内申書ってやつ(笑)。受験って偏差値というのもそうですが、内申書って必要だったじゃない? 私はおそらくですが、「テストで確実に受かる」と踏まれていたんじゃないかと。だから、この内申書ではwwwテストで満点レベルじゃないと受からないのでは? くらいギリギリ(笑)「なんでこんなに低いんだよ」ってところまでwww通信簿の成績を受験時に下げられたのです。ああいうのは、その「上」のほうを受ける人達にまわされちゃったんだろうなぁ・・・っていう、ものすごい教師たちの「作為」を感じますね。受かったから良かったけど(ほぼ満点だった)もし何らかの不具合で(笑)落ちてたら、ランクを落とすって言わなきゃ良かったな~ってことだったんだろうね)

大学を目指さない、大学受験しない、「勉強する必要がない」んだからwww

それに、実際にはなぜか勉強はできましたけれど、「学校の勉強は嫌い」でしたので

学力の高い人たちばっかり揃った学校へ行く意味がないわけですから

(でも高校卒業して、その日本全国区での「学力トップエリートたち揃い」の(笑)大企業に入社してみてですよ・・・そういう人々の「アタマの良さをぜんぜん感じられない」というwwwまぁ・・・なんというか・・・でしたよね・・・よっぽどね、そういう、高校時代の、マネージャー先輩とか。のほうが、ずっと「頭が良い」人々だったと思う。その先輩のうちの一人はね「役者になりたい」って、卒業後、どっかの劇団に入ったはずなんですが、のちにやめていましたね・・・。ね? 日本人って、才能ある人が、夢を実現してこれなかったんですよ・・・)



まぁ、無邪気な高校生、青春時代の思い出とか(笑)っていうよりは

自分は、当時は、そういう部分も、純粋に生きることができない、すでに「バイトで生きるためのマネーを稼ぐ」という「仕事」の世界(笑)

それがありつつでしたからねぇ

(「漫画家」もそうだったんですよ。「賞金ありき」でw必ず入選してお金がもらえるから中学時代、描いてた、それ、あったし。だから、ものすごく純粋に情熱があってプロを目指してひたむきにやっていたのか? というと、そうではない部分は、自分でどっか気づいていましたから。やっぱりそこではない場合には、腕は落ちていくんですよね。それと、「なれなかったら?どうしよう」っていう、それを本気で選べない恐怖感ね。評価への恐怖。当時の自分は、そういうのを目指していていい家庭環境(笑)ってわけではない、というwwwやはりこれも、「お金を稼げる職を自分で得なければ」という貧乏親に甘えていられない、それじたいがコンプレックス(笑)でもあったんだな~~~ってw)

ですから、自分が「純粋性」を求めるのは

むしろ、純粋に生きていなかった(笑)子供時代からすでに家庭環境により「自分を諦めていた」というwwwwww

お金に縛られている自分
(今の若い人たちも、思考がそこから離れられずの人々も、なんだかんだ言って多いですよね。これは、勝ち組負け組とか関係なく、「気づいている」と言われている人々でもそうよ。あってもなくても、そこにフォーカスさせられていますよね。で、やっぱりね、そこが「恨み口調」になってしまっている人も多いんですよね。。。まぁでも、当然かとは思うよ。リーマンの「5割税金社会保険料天引き」これは・・・どうしてこれが「大問題」になってw会社員の人たちが総決起しないのか? そこがわかりませんwww恨みをぼやいているなら、団結して(笑)それを変えさせる、っていうくらいの行動には、いよいよおとなしい日本人にもw必要なんじゃないでしょうか。私は、光が勝利する時代は来ると思っているし、ネサラゲサラ時代は必ず到来すると思ってます。でもそれが「いつ?」になるかw仮に1年後2年後であるならwwwそのあいだに死んじゃいませんか? 生きていられなくなっちゃうw56されちゃっていいの? ず~っと不満タラタラでいいの? っていうことかな。闘いの当事者、自分を救うのは自分、その人その人にしかできない闘い、それは、「光側」だって肩代わりはしてくれないんですよ。それ待つのも「上」頼み、「権力」頼み、それで自分は何もしない、ってことだからね)

そこを、「やっぱりこんなのいやだ」と取り戻し始めたのが、自力でw自立して、20代ラストから(爆笑)音楽

40代手前で、ようやく「これだ~~~~!!!!!」という、石に出会う、っていうね
(そこからの私は、もう「お金がない」「お金が欲しい」「お金があれば」思考が、限りなくゼロ(笑)になっていったわけです。だから、昔、流行ってましたが(笑)「宇宙におまかせ」これじたいは「本当」なんですよ。そういうふうに、「めぐる」「スムーズな」軌道というのかな。絶対に、困らない、できる、そうなっていく、無理がない、運び、流れ。世の中全体や、他人のことは変えられません。ですが「個人レベル」でなら、人生は変えられる、激変も、その人が決意し行動し、踏み出す勇気があれば、いつからでも天職、使命との出会いや、高次支援は起こります。それをだいたいの人が、やらないだけではあるのです)

すっご~~~~~い「遅咲き人間」だったというわけです

でも、そういうレベルの遅咲きであっても(笑)

人間には「可能性がある」ということなのです

幼少の一桁からすでに、心の何処かで人生を諦めていた(笑)自分でしたから

ず~っと、親を頼ったことがない、自分でお金を作ってきたからね、親を頼れない、生まれを嘆く親ガチャの(笑)人たちの気持ちもわかるけど

おそらくそういう人たちの親たち世代でもあるからwww好き好んで、親たちもそうなってるわけじゃない、という(笑)まぁ、そこもわかるんですよね
(但し「コロナ脳タイプのカバル洗脳ヴァカ親」を持ってしまっている方々の悲劇・・・世代は同じでも、だからといってそこまでw肯定してさしあげることはできませんwwwまぁ、そういう親は「捨てる」しかないと思いますよ。別に「親不孝」ではないんですよ。それも洗脳というか縛りですよね。血筋縛りは(笑)なんといっても、まさに、カバルさんたちこそがこの世で展開してきた、もっとも「効果的な縛り」です。親の言う「自分の子だから、家系だから、似てる」は「呪詛」なんですよね(笑)。そこから解放されていいんですよwwwほんとうに、こんな罰ゲームの日本に生まれて(笑)がんばって息して生きてるwww最重要なのは、「自分」だと気づいていいのです。「あなたが親を選んで生まれてきました」のスピ説、これもね、「渋々」な人がほとんど(笑)かと思いますからwww「自分で選んだ親なんだから相手を赦し愛さなければいけない」と教えるスピリチュアルは、カバル詐欺(笑)で「無条件の愛」「赦し」の罠かと思います。まぁ、ほとんどがその必要があったのは、今この、これからの時代に「気づくため」「アセンションの踏み台」とは言いませんがwww私は、そういうことだと思っていますよ。確実に「親より劣化する」ために生まれてきた人はいないです。自分自身がそれを望んでいるなら別ですが、意に沿わぬ親の自己実現に利用されている、のであればw逃げるが勝ちだと思いますよ。で、「遠く離れてみると」感謝できる側面もゼロじゃなくて(笑)それも観えてくるw最終は、頼まれなくても「赦し」の根拠を自分で見つけられますからねwww)

今、仮に、40、50、であってもですよ

そこから何に出会うか、それは、その人にしかわからない、「できない」ことですので

希望を持って、ご自身の可能性を、閉ざさないでいてくださいね



ちなみに、すっごい長い話だけどwww

野球の話なんかしたくないんだよ、っていうあたしなのに

これはたまたま偶然なんだけどwうちの人も(笑)子供の頃、少年野球でwwwリトルリーグかしら

「このコは将来伸びる」かなんか言われてて、野球選手になるのが一番の夢だったそうなのよ

それが「練習のし過ぎ」で肘を壊して(笑)もう、野球ができない(ピッチャーで球が投げられない)身体宣告を受けて(笑)

失意の中坊時代を過ごし、高校は「嫌だから(野球を見たくないから)」野球部のない学校へ進学し

「しかたなく始めた音楽」っていうwww

ええええええ、なんだよね

本当はその子供の頃の、野球選手の夢を絶たれた時点で、別になんでもどうでもいいや、だったらしくて(それを先に言えよとw知ってればつきあってなかったかもしれないのにwww)

で、今度は指切断するような大怪我で楽器も弾けなくなりました(笑)みたいなね(この人のは全部、自業自得w)

まぁ、その後にも、他の道で草加の集団ストーカーにやられ

ふんだりけったりな(笑)「高次の守り」でwwwカバル街道邁進することなくwww(この世で何も名を挙げることなく)

二人はごくごく平凡に凡人として寄り添い生きてきましたwww

いい話でしょ?(笑)

しかし・・・ほんとうに、10代くらいの記憶とかは「心から忘れていたこと」だったんですけれど

思い出してみると、記憶力って、凄いものがあるなぁ・・・って思います(これだけ思い出せるものなのかと、オドロキです)

「時間はない」と言われますが(スピ方面では)

記憶の上では、一瞬ですよね

そう、一瞬、一瞬が、現実化されていきますから

もっとも良いタイムライン(世界線)を、今ここで、選んでいきましょう

もう誰も犠牲になることのない、もう誰もウソをつかれる、騙されることのない、透明な新しい地球へ、みんなでいけるように

私はそれを祈っています



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カテゴリ :  PSW制作室
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