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プランか執着か

2020年09月01日 (火) 00 : 00
自分の持っている「思い」が、プラン(高次の)なのか執着なのか

これの見極めってなんか難しいですよね

なので、その思いは、具体的に話したりしてみて、客観視してみると、観えてくるものがあると思います。





昨日記事にしていた、うちの事情(笑)ですけれど、わんちゃん多頭飼いみたいな話もw

これもね~

ほんとにね…自分としては、どうかなぁ~みたいなのは依然としてあるわけなんですよw
(積極的には、自分の表面的な意識状態では、とくに望んではいないということ)

実際に実は去年、大阪のブリーダーさんのところへ、わんこを見に行ったりもしてはいたんですよね
(日帰りでとんぼ帰りした…新幹線から富士山が見えた~…富士山見るためだけに行ってきたんだな、みたいな話、記事にしていましたけど)

でも会うとわかるんです。
「う…この仔ではないな」という、これはもう、ほんとうに感覚的なもので。

この仔を16年お世話するのかぁ…と想像してみて、でもお利口そうだし代々両親ともにチャンプで血統すごくいい仔だし健康は問題なさそうだし、そんな現実部分のメリットを数える思いとか、なんか「無難に良く考えようとする」ような部分(言い訳)が出てきたら、アウトかな、と思います。

「えっそれって、言い訳なんですか? 当たり前じゃないですか?」
って、一般のみなさんは、思いますでしょ?
誰もがそんなこと、当たり前になさっていますよね?

ところが、人間のこのタイプの思考は、言い訳なんですよ。
直感の選択ではありません。

ではありません、と言い切ってしまうのもアレなんですが(笑)、こういうね、付帯条件で納得させようとしているな…という選択が、直感の選択ではないな、ということであって、「直感で選んだことが結果としてとても条件がいい」というのはアリなので。
なにがなんでも、条件悪いものをあえて選ぶ、逆張りする必要は、もちろん、ないですよ。
(人によっては、これもやってしまいがちなんですよねw「どうせ私なんかこの程度…それが自分にふさわしい」と、自分で自分のランク下げて、ご自身を低く見積もる選択をする人もいるのですが、これもNGです。)
けっこ~、この世での「選択」というのはですね、都度都度、その時の、岐路なんですよ。

動物さんとの出会いもそうだし、ご結婚や就職や仕事選び、色んなことに言えるところあるかな、って思います。



私の場合、だいたいがですね、同居する人の希望することに関しては、こちらが叶えてあげられることに関しては、ほぼほぼ望みは却下してはいないんです(笑。まぁ、お金で買える彼の欲しいものに関しては、ほぼほぼ「私には不要でも」買ってたり、そういう感じ)

わんこも(笑)当初は今の仔も、そのノリで、私はどっちでも良かったし、むしろ最初は、私はもう「先代だけでじゅうぶん。次の新しいわんこなんていらない」って、まったく乗り気ではありませんでしたからねwww

それが今では…心から、この仔がいる、ということに感謝しておりますし

当初の自分の「表面的な思い」の部分では、「自分にできるのかなぁ~」って少し心配もあったような類のことでも、まぁ、「当初はこの人のキボウってだけだったんだよな~」っていうようなことの中で「これ正解だったなぁ」っていうことも、わりと、あるにはあるので
(高次は、「思い切りの悪い私」「行動しない私」「重い腰が上がらない私」という状態の私でいる時には、今までも、わりと、この手を使うことは、まぁ、あるにはありましたからwww)

「自分が、ものすごく切望していることではない」

そういうことでも、「高次プラン」ということは、けっこうあるんですよ

そして、人生においては

その高次プランに乗っていくことが、その人の人生の流れ的に、当初は大変そうに観えていたようなことが、結果的に「無理がない」どころか、良かった!って思える「スムーズな」展開となっていきます。





これが時々、「自分のやりたいことをやる」「自分の夢を叶える」ということと

一見、相反するようにも見えてしまうこともあるのです

お伝えしていた、「あなたが天命を見つけたと思う時」の10か条

これは必ずしも、一見この世において、生産的な風味にも観えることである

「あなたのやりたいことを、実現していくこと」ばかりがそう、とは限りませんので(笑)

すべては、流れの中に観えてきます



時代の変化、スピードも早いし、その人自身の年齢という無視できないものもあるにはあるわけなんですが

「年齢で諦める」が過ぎてしまうと(笑。これがいわゆる「常識の囚われ」というものですけれど)できることも逃してしまうしね

時々、お客様の中にも、いらっしゃいます

「もう、こんな年だし」という(笑)

「うぉおおお、うちを見に来る人々の中にも、このセリフを使う人がおったか!!!」と、とても新鮮なオドロキとともに

年齢お伺いすると、私よりも、ず~~~~っと下だったりしてw

「その年齢で、もう年…って言い出すと、5年後、10年後はいったいどうなるのだ」って思いますよwww

「もっと年」ということになるのでしょうか…
それが「年なんだし、体の悪いところがでてきて当たり前…それが、年、ということ」という発想なんかにも、のちに繋がってくる部分もあるようにも感じます

若ぶってる、若作りを無理にする必要はありませんけれど
(今の世の中、加齢どおりの見た目を恐れる(笑)いつまでも若くいようと、そういう部分での「美容」「健康」意識を煽る風潮も、あるにはありますよね…これの、究極にあるのが例のアドレノクロムとかじゃないかな?)

無理に年齢に合わせる必要も、あんまりありませんし、年々、「年相応」という概念も崩壊してきているところもあることはあるのでね


(トンボが止まってくれた(笑)のよ…写真でわかるかな?…虫は怖くて苦手な人間なんですけど、トンボとか蝶は怖くないかな…)


生きているあいだは、いつも、「今が、いつもいちばんいいな」という、「最善最適の今を更新していくこと」

私はこういう感じがいいかなぁ~~~って、思ってます

(この感覚がその人のどこかにあるのが、その人の高次ロードかなと思います…仮に、そんなにパーフェクトに良い現実とは言えなくても、どこかにこういう感覚が見出だせていることって、誰にでもあること、ほんとうは誰にでもできることだと思いますし)

私は石に出会ってから…この感覚が、できるようになったのです(笑)

これは「自分がわかっていること」なので、当社比はありますが、他者と比較する必要は、一切ありません

お勧めです(笑)

(だから、2頭飼いも…やってみたら、「わぉ!!! なんて…なんて、これっていいんだ!!!」経験に(笑)なる可能性も、あるかもしれないことは、なんとな~く…わかっていますw 実際、多頭飼いの人で多頭飼いを後悔している人に、私は出会ったことがありませんしw まぁ、自分の場合は、それぞれの主さんたちがご自身の飼っているわんこたちを愛している大事にしている人々にしか出会ったことがあんまりないところもあるので。中には、世の中の多頭飼いの人々の中でも、後悔している人もいるのかもしれないし。多頭はたぶん躾に失敗するとwそれが数が多くなるとw 大変かもしれませんしね。そこらへんへの不安はあんまりないんですけれどね…つか最初に「躾に失敗したな」みたいな場合はそもそも次の仔を考えないとも思うから、そういう人が多頭飼いになるケースじたいが少ないかもね…自分の場合は、「16年かぁ…」そこだけwですかねぇ)

まぁ、「プランなのか、執着なのか」については

今後の流れにまかせようかなと思います

(プランなのであれば、きっと「出会う」はずなので)



そうそう、このお写真の代々木公園の夕暮れ時に、

ちょうどこの多頭飼いについて、考えていたわけなんですが

トンボについて、スピリチュアル解釈があるようで、調べてみたところ

「幸運のトンボ」ということで
(笑。トンボが止まる、って、そうらしいですよね、スピ解釈では…代々木公園は、この季節、たくさん飛んでますので…トンボがいる!! ってだけじゃ、「トンボが止まったから幸運が!」とかw そんなことは思いませんよね、普通)

「手足に止まることがあれば、今は頭で考えるのではなく、手足を動かす。行動が必要だとアドバイスをくれている」
のかもしれません…ということでした。

んじゃ、やっぱり、流れにまかせようっと(笑)

(うちの人が「この仔はどうかしら」と見つけて、「ふ~ん。」って、会いに行って連れて返ってくる、最終決断をするのは私だしねwww 今の仔もそうでした)


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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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