基本的にビニール袋を買い物時は店頭レジでいただいているので
そんなに使うわけでもないのですが
Snoopyエコバッグを見つけると…無条件に買ってしまう(笑)ため
スヌのエコバッグが増えていってます…

こちらはなんとスヌマスク(笑)これはこの前渋谷で買いましたw
色んな種類のスヌマスクたくさん売ってて、全種類買ってしまおうかと思いましたがw とりあえずはこちらだけにしておきました(三枚入りだし)
マスクもとくにしてないんですが
(但しどっかの店舗に入る時はいたしかたなくマスクはするため、マスクじたいは常に持ち歩いている)

子供の頃からスヌ好きで(笑)「サンリオ社内見学」とかよく行ってましたw
(これ、知ってる人いるかな~~~…むか~しそういうのがあったのよ…子供って好きじゃない? サンリオキャラ…キティちゃんのデザイナーの人とかw 仕事場に案内されて…色んなそういうキャラ担当の人にサイン色紙とかもらったりするの…私はキティ好きの人じゃなくて、スヌ一筋だったのだけど、スヌの場合は、アメリカのシュルツさんの「原画をなぞる」担当の人がいたのよね…)
スヌ好きだから、「あ~だから、わんちゃん飼いの人なんだ~」
って人に言われたことがあるんだけど(笑)
その時まで気づいていなかったんだよね
「そうね、スヌってそういえば。。。犬なんだよね。。。」と(笑)
わんこキャラなら無条件になんでも好きってわけではなく、「スヌーピーはスヌーピーだから好き」だったんですけどw

そうそう、昨日の話の続きではないですけれど
介護士の人の話
親が毒親だった人のケースの老人介護も、親がその人にとってとても大事な存在だった老人介護も
どっちも
親が憎かった場合も、親をとても愛していた場合も
同等くらいの、それに接する家族の方の苦しさ、のようなものが、垣間見られることがあるそうです
職業柄、両方のケースに遭遇する(当たり前ですがご家族により様々)色々観てきて接する経験でわかったことだそうですが
「親が嫌いだった」「親が好きだった」、ぜんぜん、その辿ってきた経過自体は、違うっちゃ違うわけなのですが
どちらかというと、真逆ですよね
毒親がいるほうは「親など目の前から消え去りいなくなってほしい」というのが素直な感情でしょうし、親を愛してるほうは「親にずっと元気でいて欲しい」と思うものなのでしょうけど、
でも、認知症などもそうですが、介護になって(同条件になって)みると…苦しさの「理由」は違うのですが、エネルギー的に、そのご家族が「苦しい」「つらい」「疲れた」という「出口の見えない不幸を感じている」部分で、とても似ているそうです
長年憎んで疎んじてた、それだけに、この後に及んでまだ迷惑かけられるのか…という憎々しさ倍増の現実のケース
長年愛していたからこそ、その姿がつらい、耐えられない…という変わり果てていく姿への失意の現実のケース
どっちのほうがどう、ではなく
「愛憎」って一見は真逆と思えるものなのですが、感情の性質としては、人間に同じものを呼び起こす
そこは、同じ…
ということなんだな、と
深い話だなと思いました
そんなに使うわけでもないのですが
Snoopyエコバッグを見つけると…無条件に買ってしまう(笑)ため
スヌのエコバッグが増えていってます…

こちらはなんとスヌマスク(笑)これはこの前渋谷で買いましたw
色んな種類のスヌマスクたくさん売ってて、全種類買ってしまおうかと思いましたがw とりあえずはこちらだけにしておきました(三枚入りだし)
マスクもとくにしてないんですが
(但しどっかの店舗に入る時はいたしかたなくマスクはするため、マスクじたいは常に持ち歩いている)

子供の頃からスヌ好きで(笑)「サンリオ社内見学」とかよく行ってましたw
(これ、知ってる人いるかな~~~…むか~しそういうのがあったのよ…子供って好きじゃない? サンリオキャラ…キティちゃんのデザイナーの人とかw 仕事場に案内されて…色んなそういうキャラ担当の人にサイン色紙とかもらったりするの…私はキティ好きの人じゃなくて、スヌ一筋だったのだけど、スヌの場合は、アメリカのシュルツさんの「原画をなぞる」担当の人がいたのよね…)
スヌ好きだから、「あ~だから、わんちゃん飼いの人なんだ~」
って人に言われたことがあるんだけど(笑)
その時まで気づいていなかったんだよね
「そうね、スヌってそういえば。。。犬なんだよね。。。」と(笑)
わんこキャラなら無条件になんでも好きってわけではなく、「スヌーピーはスヌーピーだから好き」だったんですけどw

そうそう、昨日の話の続きではないですけれど
介護士の人の話
親が毒親だった人のケースの老人介護も、親がその人にとってとても大事な存在だった老人介護も
どっちも
親が憎かった場合も、親をとても愛していた場合も
同等くらいの、それに接する家族の方の苦しさ、のようなものが、垣間見られることがあるそうです
職業柄、両方のケースに遭遇する(当たり前ですがご家族により様々)色々観てきて接する経験でわかったことだそうですが
「親が嫌いだった」「親が好きだった」、ぜんぜん、その辿ってきた経過自体は、違うっちゃ違うわけなのですが
どちらかというと、真逆ですよね
毒親がいるほうは「親など目の前から消え去りいなくなってほしい」というのが素直な感情でしょうし、親を愛してるほうは「親にずっと元気でいて欲しい」と思うものなのでしょうけど、
でも、認知症などもそうですが、介護になって(同条件になって)みると…苦しさの「理由」は違うのですが、エネルギー的に、そのご家族が「苦しい」「つらい」「疲れた」という「出口の見えない不幸を感じている」部分で、とても似ているそうです
長年憎んで疎んじてた、それだけに、この後に及んでまだ迷惑かけられるのか…という憎々しさ倍増の現実のケース
長年愛していたからこそ、その姿がつらい、耐えられない…という変わり果てていく姿への失意の現実のケース
どっちのほうがどう、ではなく
「愛憎」って一見は真逆と思えるものなのですが、感情の性質としては、人間に同じものを呼び起こす
そこは、同じ…
ということなんだな、と
深い話だなと思いました

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カテゴリ : PSW制作室
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