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直接、高次につながる

2020年01月20日 (月) 00 : 00
ダイレクトに高次につながることができる、直接ご指導をいただける(笑)のは、”生きている時だけ”です。

人間が肉体を生きているメリット、生きている特権があるとしたら、コレなのです。

これ、まるの日さんも、あの世を説明する「あの世動画」の中でおっしゃられていましたが(すべてのあの世を”知覚”できるのは生きている人間だけ、という風に)「知覚する」という観点からもそうなのですけれど、私も、「生きている時だけの、この意味」については、ぼんやりと、ずっと昔から、なんと(笑)親に教えられてw育っておりました。

(そういうことを「知っているはず」の親なのに、これかよ…のようにも、昔よく思っていたわけですよw…わかります? この感じ^^)

私個人としては、人間が普段メクラ(差別用語すみません)なのは、この特権があるので、ある意味メクラでも大丈夫(笑)、ではないですが、「その体制でこそ得られること(経験という財産)へのチャレンジがしやすい」から、そうなっているんではないだろうか、とか、色々考えてきました。

これを「知った」だけでは「ふうん」とか「信じられない」とか「だから何」とか(笑)
まぁ、そんなところなんですよ、人間って。

とくにエゴが育ちきっていない子供時代、エゴ満載の(笑)青春時代レベルで知っても^^

私にとってはそれは、「とても窮屈な縛り」のようにしか、感じられませんでしたものです。

親がスピリチュアルだと、「そういう親だったんだ、羨ましい」って、スピリチュアル否定の親を持っていた(あるいは持っている)方からは羨ましがられることはあるのですが、いや、親がスピリチュアル「知識がある」というよりもですね、

「親が、全開で、心に正直な生き方をしている、親同士、認めあっている(嘘じゃなく)」

という感じの「生き方」であると、たぶんこれら知識も活きるというか(笑)ちゃんと繋がるので、子供は違和感なく受け入れられるんじゃないのかな、という気がします。

「お題目」は子供の心には、響かないのです。

そして、「”型にはまった幸福”が、親、子、孫、一族仲良く、受け継がれていく」的な(笑)そういう人間の幸福定番スタイルは、確かに「霊界ヒエラルキーの一部」には、天国的様相スタイルとしてはハマるわけなのですが、「そうじゃない世界」の否定にも繋がります。
(意味、わかるかな? 仲良し信頼親子じゃなかった、この世でそれを作れなかった、持てなかった人が、失敗した人生と思いやすいのが、この世でもあるのですけれど。あの世へ行ってみると、必ずしもそうじゃないのだからw 安心しましょう、ということでもあるよ)



なまじ、「信仰心」のある人というのは、

「神様から見て、高次から見て、立派な人」

を目指してしまうので、無理をしてしまいます。

そして、そういった「あの世の人」をむしろ、「あの世の人の供養」というのでしょうか、「救うことができるのは生きている人間だけ」的な考え方になってしまい、「先祖のもろもろ背負う、重圧感」ではありませんけれど(笑)

な~んか、「この世が、ちょい苦行」な感じ…

の捉え方しだす
(私は、どちらかというと、そう捉えていましたよ。そして、PSWの初期の頃などは、まだまだこういうタイプの基準をベースにも持つ考え方の影響も、大きかったと思います。先祖というより「人類の歴史」に拡大していましたけどね(笑)。いわゆる、当時としては、「まだ持っていていい囚われ」でしたね。お伝えしていますが、「囚われは、生きるためのツール」でもありますので(笑)使える時期にはむしろ”使い倒す”くらいのほうがいいですw)

そういうところがあって、

要するに、「なんか、気楽じゃない」のです(笑)

ねぇねぇ、人間って、自分の、好きなことを、しては、いけないの? 我慢の生き物なの?

と、昔、子供の頃~若い頃にはよく思ってました。

そして、「生きている人間の一生の生き方しだいで、自分の”守護霊さんの霊格も上がる”」という捉え方が、自分の中になんとな~くあったので(これも結局、「刷り込み」ですよ)、なんだろう、そういう妙な責任感ではありませんが(笑)「ちゃんとしなきゃ、生きているうちに”霊的に成長しなきゃ”」というやつですよw

こういうのベースにあると、「いい人、誰から見ても素晴らしい人」になれない自分を、否定し始めますよ。

そして、「学び中毒」に(笑)なる人も^^多いんじゃないでしょうか。「自分はまだまだ症候群」というのでしょうかね。
スピリチュアル系には、この自分はまだまだ…と言いながら、自分で何かをしようとしない人がやたらに多いな、と、過去に感じていました。私には、これはなかったんですけどね(笑)。
(軸が高次元にあり過ぎると、おのずと、自他に厳しい人になりがちで、「今の自分」を否定するところから、いつもスタートしている人になってしまう気がします。今を生きていない、今を認めていない、んですよね。そして他人と自分を比べた”劣等感”発生の因ともなりやすいです)

なので、これも人間にはその責任がある、的な、自分をごまかすことにもつながる「縛り」だよなぁ…「学び」と言いながらず~っと同じところにとどまり続ける言い訳にもなるような、ということにも、

「あなたの好きなことを、ハートに正直な生き方を」

とも、な~んか矛盾してくるところもあるなぁ…と思っていたのです。

実際のところ、実体験、実感として、私自身が

「あなたの好きなことを、ハートに正直な生き方を」へ、しっかり軌道修正し出してからの人生のほうが、「より高次との歩調が合っている」んです(笑)

(決して、「世のため、人のため」とかそういう理想像を胸に立派なことをやろうとしている、立派に見られそうな人になろうとしている、そういうわけでもない、「ただ、石ヲタなだけ」の^^気ち○○、この世的には駄目なオトナな自分なんだけど、正直な自分がわかってから、というのかしら^^…だから、ず~~っと初期の頃のPSWのほうが、ちょっと偉そうwというのか、「オマエ何様なんだ」な感じがしますよね。あれは精一杯頑張ってたんですよw)

なので「自分に正直に生きる」って、お薦めなのですが、これがお薦めの理由にできないブロックも、自分にはまだあるな…とも思っていました。

それがこの、「霊格を生きているうちに上げましょう」それが「守護霊さんもステージアップすることに繋がります」から的な(笑)なんでしょうかねぇ… 今度はなんかこう、この世基準の上を目指す理由以外の(笑)観えない世界外付け理由に縛られるというのか。
なにかをするのに、いちいち「理由、根拠」を求めるのはおかしいというのか(ここが生きている人間が持ちやすい「メリットを先に知りたい」欲です)なんかちょっとしっくりこないところはあったにはあったんですわ。

どうもね、「直感サジェスチョン」とは違うことが多いのですよ。
そういう不自由感、自分の中での縛り感、思い切りの悪さに繋がるところがあったことはあったのです。

いわば、「この世のあまたの宗教が抱えている問題」にも、ちょっと繋がるところがあるかな。

(でもこの矛盾は、以前、夜会などで、まるの日さんの観てきたあの世論を知って、解消しました^^。あの世動画でもわかりやすく説明されているので、「あの世動画」お薦めですよ。まるの日さんブログから記事中リンクで見れるので、見てみてくださいね。「あの世知識」がまったくない人が見ると、どう思うのかなぁ? というのはありますが、「多少ある人」から見ると、矛盾が晴れるところがあると思いますよ。まるの日さんブログへは、「ブログランキングボタン」を押せば(笑)ブログランキングの現在40位あたりにまるの日さんブログはあると思いますので、そこから行けます。あれなんだよね、まるの日さんブログが40位で、うちが15位くらいっていうのは(笑)ちょっとおかしいw(自分で言うか)と思います。まるの日さんのブログのほうがうちよりも読者数そのものは多いハズなので、ファンの方は、ただブログ読んでるだけじゃなくて、ちゃんとランキングボタンがあるのですから、あれを押してください。あれだけ、ワークショップとかに行く人たちが大勢いるんですから、その中のほんの一部の人が全員毎日押せば、まるの日ブログでしたら、あっというまに10位以内にはランキングされるはずです。そのくらいのことは他人のためにしてみましょう。と、こんなことを自分のブログ内で(笑)言っていてもしょうがないんですけど^^、いや、それをさ、あのブログのコメント欄とかでしゃしゃり出るのが、要するに、部外者の余計なおせっかいでもあり、まるの日シンパのご気分を侵害する「人氣すったもんだ」を起こす、自分に穢がつくことでもあるからね、やらないのよ)



今のところの結論としては、

「あなたの生きたい生き方をすること(心に嘘がない)」が、どの人にとっても御神業です。

ポジション、職業、人間関係、持って生まれた運命、それら無関係でここは共通です。

どこに生まれ育とうと、「ダイレクト高次つながりが可能」であり、観えている世界と、観えていない世界を行き来することもそうなのですが、「この世の中の、波動の違う世界を、本人次第で、自由意志で、行き来できる、シフトできる」この特権だけは、等しく生きている人は持っていますので。
(波動の違う、あの世の色々な段階、高次元にも繋がれるのと同じです。あの世は個別性がある段階では、性質がある種似た者同士としか繋がることがない世界。この世でもこの法則じたいはありますよね。でも本人の努力や行動次第で”付き合う人変える”のはいくらでも可能ですよね? あの世ではそこが自由にできなくなるわけです。もし「今もできない」って思っているのなら、それが自分をリトリーバルする部分(過去生や先祖など様々な因が理由となりやすい囚われ)なのではないでしょうか)

この特権は、知ったからには(笑)活かしていただきたいw

そう、思います。

「あの世」へ行くと、完全ヒエラルキーの中で生きるので、
しばらくは、気軽にハイヤーセルフになど、会えませんから(笑)。

ただしあの世の完全ヒエラルキーは、この世の権力で押さえつけられるようなのとは違うし、お金持ちや権力者が有利だったり(笑)ではなく、納税義務も、扶養義務も、いっさいのそういった、責任とか義務感とか彷彿するようなタイプの、縛られる主従関係ではないです。
なので、ブルーアイランドはそういった重圧感の中で生きてきた人にとっては、「ほっとする、本当にしたかったことがようやくできる、天国の様相」の解放の世界となると思います^^。傷ついてきた人は、手厚いケアを受けられます。

だからって「早く死にたい」とならないように(笑)。

だって、この世を高次化する(高次とともに生きる)ことが可能なのは、本当に、生きている者の特権なのですから。
そして、「ようやく好きなことをする」のも、「手厚いケアを受ける」のも、
実に、「今すでに、可能」なので。
ブルーアイランで叶うことは、こっちでもじゅうぶん可能なのです。
今、目の前の世界に、手の届くところにそれはあるはずです。
こっちでできるんだから、やりましょうよ、という話です。


そして、この世だけではなく、「あの世でもどうやらあなたをサポートするらしいよ」という(笑)のが、石。
(あの世へ行ってからの第一段階「個としての囚われはずし」のお役に立つようでもありますw この世で自分には不用品(笑)だったのかな…この石、好きだったんだけど…と、自分がそれを所有していた意味がはっきりとはわからなかったとしても、きっとあの世でそれがわかるんですよw)

いや~、ますます、今のうちに、がんがん石を宣伝しなくては。
何はともあれ、みなさまに石を持ってもらわなくては。
という気になってきました(笑)。



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カテゴリ :  高次ガイダンス
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