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ミニマリズム

2020年01月07日 (火) 13 : 30
昨日は代々木公園から戻ってきてから、ミニマリストの人の動画とかサイトをいっぱい観てしまいました(笑)

「ミニマリストになりたい…」というわけではないのですが(仮になりたかったとしてもなれないし、ということを知っているからです)。





最小限アイテムで暮らすのがミニマリズム極意なのですが、今のところ「ものによっては最小限アイテムと言える、ゆるミニマリストかなぁ、自分の場合」という感じ。

せんだってのいつぞやの記事でもお話してましたけど、食器とか調理器具とか(笑)。ただでさえ少ないのにそれでもまだ減らせそうだなと思えますし。基本、調理器具も極小アイテムで生きてきて(笑)昨年いやもう一昨年ですね、例の水なしで調理ができるビタクラフトという鍋を買ったんですが、結局それほど使ってないんだよなぁ。
(私、「作り置き」に向いていない(笑)ということがわかったんですよね^^。何日かぶんの重ね煮作っておいて、うちの食卓メニュー豊富に、って思ったんだけど、そういうものじゃないな~って。結局、多く作ってとっておいても食べずに終了、が発生するんですよ。なんとなく大家族向け発想なんだなと)

ただうちは水切りかごはありますよ。
近年は水切りカゴいらね(美観として不要)という風潮があるんですね。
確かにマンションモデルにも、キッチンに水切りカゴはありませんね(笑)。
水切りカゴが出現すると、とたんに生活臭が…ってところは、確かにあるのかも。





あれなんですよね、ミニマリズムに憧れるゆえん、人それぞれなのですが、「ホテル暮らしのような生活感のなさ」という像に焦がれて、というのがあるみたい。「なるほど」と思いました。
ホテルって極小アイテムだけど、機能的で、かつ、たしかに落ち着くと言えば落ち着きますよね。

あのすっきりとした美空間を、自宅状態にしたい…
と、ごちゃごちゃとした、モノであふれる自宅空間に戻ってきた時に、感じてしまうらしきその感じなら、まぁわからないでもないかなぁ、って思いました。

でも家ってホテルじゃない(笑)からなぁ。
個人的には、ホテルのようななにもない空間…を欲するなら、そういう時にホテル行けばいいんじゃないかなぁ、とは思いますね(笑)。
いや、極限まで捨ててモノをなくす、もありですけど、それでも「ホテルライク(もどき)」にはできるけど、特定の人間が「住む」家はまずホテルじゃないから。

そういや、タワマン売ってる時も、よく「ホテルライク」というワード、出てきたな(笑)。ホテルのような内廊下、とかね。
マンション内廊下の場合、メンテが大変ですよ。必ず、大勢の人間が暮らす生活臭がこもりますから。
タワマンなどの内廊下は風通し悪いというより、風通せないので、余計そうなります。
なので内廊下の場合、風が抜ける構造の内廊下がいいのです。(でもそうなると「ホテルライク」は失われます(笑))

ホテルの場合、「舞台裏」で「大勢の人手」があって、初めてあの美観が保たれています。
なので、家庭の中で、自分単独であったり、奥さん一人が奮闘して、ホテルライクの美観を保つのは、相応のエネルギーが必要。

何もないのに満たされる、っていうのは、何もないから満たされている、というわけではないのです。

(高次元にアクセスして、高次と繋がって満たされエネルギーを感じるのは、「見た目何もない」わけなのですが、「ある」から満たされ感があります。そこです。だから、空間だけがらんどうにすることで、必ずしも、「高次ライク」となるかどうかは、またベツモノだったりします。但し、「形から入る」ということも一理ありますので、それはそれで、いつも場を整えること、綺麗な整った空間にする心がけそのものは、もちろん無駄ではありません。これは「その人のできる範囲」というのが、望ましいやりかたかな、と感じます)





という、私のゆるいミニマリズム感でした。

あとね、これ、「あ、スピ系と似てるわ」って思ったこと。

ミニマリストが陥りやすい、失敗というものに、

ミニマリストであることの優越感というのが、そうではない人々に対して、感じられてくるようになり、モノいっぱい持っている人に対しての、排他的感情が生まれてくるんだそうです。

自分がどれだけモノ捨てて、極小アイテムで生きるようになっても、「一向に、このミニマムの心地良さに家族が影響されてくれない」ということに(笑)いらいらしだしたり、人のものを捨てたくなってくる、実際に捨てちゃったりして、家族との溝が生まれたり。

スピでも言われることですが、

「人の意思決定の機会を奪うのはNG」です。
モノを捨てる、捨てない、それは「その持ち主が決めること」。
これを勝手にやる、それは「絶対にしてはいけないこと」のレベルですね。

勝手に、相手に頼まれもしないのに人の過去生みたりエネルギー状態みたりオーラがどうこう言い出す、「あなたの過去生観てきたわ。こんなこんなが今の貴方に影響していてね…」とやりだす。
他人の石ブレスみて、「あら、このブレスの石、邪気が凄いわ」だとか(笑。石の世界にはこの手の人、意外と多いんですよ)その人は親切のつもりでも、相手を不安に陥れて終了するような言葉を言うのであれば、「どうしたら邪気がたまらないのか」のところまで丁寧に伝えるべきですよね。というか、それもやっぱり相手への介入なので、最初から言う必要ないんじゃないかな、って思います。



ちなみにね、

よくスピにも「あなたが変われば、周囲も変容…」の話がありますが。

これは真実ではありますけれど、真実じゃない面もあります(笑)。

基本、「近い人ほど、手強い」と(笑)心得たほうがいいです。

これが顕著に適用されるのは、「出会う人が変わる」という、今までとは違った感じになってくる、という部分でしょうか。
そういう点で、周囲、環境が変わることがありますが、

「今までと同じ人間関係」の人々の場合には、ころっとは変わりません。

それこそ、10年20年単位レベルの時間が必要かもしれませんし、そのくらいの気長さは必要ですよ。

「10年前と比べたら、それでも、ものすごく良くなってるな」とか、そんな感じ。

それでかなり上出来って言えると思います。

やはり、人を変えたい、よりも、「まず自分」というのが、この世システム(宇宙システム)かしらと思います。





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カテゴリ :  高次ガイダンス
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