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こんな人でも生きられるんだ

2019年08月11日 (日) 00 : 00


昨日は これ(「幸運体質」) を身に着けていたから 神宮花火に偶然遭遇できたのか(笑)



まぁ、「知らなくても(予定とかスケジュールとか立てていなくても)」必要であれば 必要なことに遭遇する
そういう感じなのです

以前は私はこれをよく「五次元生活」というふうに表現しておりましたけど(笑)

幸運とは 
そういう感じのことです
無計画で 望まなくて 大丈夫 なのです



昔は… いわゆる若い頃というのでしょうかね 今のような感覚がまるでなくて

なので 飄々とした人が とても羨ましく感じられていた時代がありました

「こんな人でも楽しく生きられるんだ」みたいな(笑)
独特の 自分の世界を 持っている人…
なんか、そういう人っていうのが 周りにいたりしませんか?

私は社会人となった10代後半くらいから 20代なかばくらいまで 自分から見てそういうふうに観える人々が 羨ましかったです
なので 好きになる男子というのが 徐々に そういう感じの人に 変わっていきました(笑)

(幼少期~高校生くらいまではとにかくどうあれ”女の子にモテる実績”系の人がどっかで基準でした(笑)。ちょっと不良っぽかったり(笑)。本物のヤンキーは嫌なんですが^^不良少年っぽい要素がないとなんかつまらんなという。漫画とかで好まれるような典型的な…なんか…とても普通といえば普通というのか^^…でも多くの女子はそんなことはなく、”ふつうに優しい人”とかをきっと好まれておられたのではないかとは思いますが…「恋愛と結婚はベツ」とか(笑)そういう区分け的概念もできつつあったような時代でしたかねぇ…今でもそれはあるのかな?)

それがある時期から自分の好みが「自分をひっそりと楽しく生きている感じの人」へ シフトしていったのです
この世的にいう ”まわりの評価 社会的評価”とか そういう基準ではなくて
自分が「なんかこの人好き」みたいに感じる ふわっとした独自基準



それはそれで 良かったんですけれど

問題は…

自分自身がそういう人と同様に「ひっそりと楽しく自分を自分らしく生きている」人間じゃないと(とくに楽しくある必要はないかもしれませんが 要するに精神的に自立していないと)

エネルギーくれくれオンナになってしまう(笑)ということで

次第に 相手から うっとおしい存在

という、有り難くない この世でもっとも自分が望まない存在となってしまうこと

自分に満足していない 自分で自分を楽しませる術を知らない人は 「特定の誰かといっしょにいる時しか 喜びを感じられない」というような感じになっていってしまうので そのターゲットにされた人の器がちっさいと 相手にとって ものすごく 負担になるようです

ひっそり生きたい人は そもそもそういう器は 大きくありませんから^^ 大変です

(相手の器がかなり大きかったり 人に頼られるのが好きだったり それから、商売で割り切っているホストとか勧誘したくてウズウズしてる新興宗教系の人が相手であれば^^きっと大丈夫ですよ ホストや新興宗教勧誘系にとっては、むしろそれは相手の目的に叶っているところがあるので精神的依存は喜ばれるんじゃないでしょうか^^ でもこういうのはこういうので やばいところはあるかもだけど…といっても、そういう人々は、普通の人がなかなかしてくれない、大きな囚われを祓う”大祓”の役目をしてくれる(金つぎこんでなくなるとか)ところはあるかと思うので それも悪くないかもよ 大きな目で見れば… 私はホストとかにはまったことはないけれど ホストにはまる女の子たちの気持ちもどっかでわかるしね 人は「何かに誰かに大きく依存していなければ自分が保てない」となってしまう、そういう時期も ある人にはあるから)

その手の相手に大迷惑をかけるタイプの恋は 一回で懲りましたので(笑)

悟ったわけではなかったけど 
それはもう 一度でやめときました なんかソレ 嫌じゃないですか

なので どうしたら この胸の孤独感 涸渇感 は癒やされるのかと そういう日々が 20代なかばから後半へ向けて

だったように思います

恋愛というのは「自分に自信がない自分」というのが 浮き彫りに(笑)なるので 面白いですよね



しかし…

その後 紆余曲折して出会い 自分がもっとも この世で長く一緒にいる男子って

考えてみると、自分がわりかし「基準だろ」として小さい頃からオトナになるまでのあいだに好きになっていたような男子の人々の「総合リミックスバージョン」のような要素をすべて持っていた人(笑)…だったかもしれない

そんなことに 気が付きました

「自分の好みなんて駄目よ優先させちゃ 人は姿かたちじゃないのよ この世でしっかり出世するような人間的にも社会的にも認められているようなレベルの高いオトナの男性を選びなさい」

というオトナの基準からは 大幅にはずれていたのかもしれませんが(笑)

そしてこれも単なる「こだわり(囚われ)」だったのかもしれませんが(笑)

とりあえずは このこだわりが 功を奏している感じの場合って ありますね

なので なにがなんでも 囚われているものを手放しましょう! という必要はないんじゃないかと

面食いなら面食いで(笑)
そういう人は そこを曲げてしまう(中途半端に手放したつもりになっちゃう)と あとから「ブサメンやっぱり嫌だ…」みたいな大変なことになったりすると思うし

(実際に この手の悩みを 結婚してから 持ってしまう女性も けっこういるようですから… 「容姿が好きじゃない」とか…人に言えないですよね… それになんとなく自分自身の人格レベルが そういうことで 人を判断してしまう 程度の低い人間…のように 思えて 罪悪感持ってしまったりするかもしれませんし)



そうそう 不良少年といえば

小学生の時に 少しだけ好きだった感じがしていた人が ちょっとワルっぽ要素が当時からあって(笑)

私は何を血迷ったのか 
その人を 「私の特製パーティーに来てください」と^^招待状を作って 自分のうちにお招きしたのです

何を考えていたのか よく憶えていません 小学生でしたからねぇ
(ボーイフレンドをうちにつれてくる…のようなことが、自然にできるような(笑)開けたタイプのお家柄ではなかったことは事実なので、なんであんなことができたのか 今でもよくわかんないんだけど)

彼は なんと 遊びに来てくれました(笑)
ちなみに 学校で 親しかったわけではなく
だから 本当に来てくれたことが 信じられませんでした

私が用意していたお菓子とかは 駄菓子だったか なんともお粗末でしたので
慌てた母親が なんか 即席に 食べるものなどを 用意してくれたことは なんとな~く憶えております

でもその後 彼とおつきあいしたとか そういうのはありません(小学生ですし^^)

その後学校で会っても とくにその彼と 距離が近くなって親しくなったとかも なかったです

またそれを 私自身 その後とくに残念と思っていなくて(おそらくつまり ものすごく好きだった というわけではないということ) 
そういう期待はなかったのに なぜ「うちに遊びに来て」と 彼をお誘いしたのか

当時私は 自分の名字をもじられた変なあだ名をつけられていて
同級生の男子たちに その名前で呼ばれるのが ひじょうに苦痛な日々でした

暴力ふるわれるとかのイジメ経験というのはないのですが その手の経験でしたら ありましたよ
いやですよね本当に 子供のイジメって
(昔ブログ記事にもしたかもしれませんが「純粋な野をかけまわる楽しかった子供時代」みたいな^^うわっつらの子供像のような世界しか知らない自分ではなかったので。「子供が純粋? それはそう思いたいオトナの欲目というか、逃げだろう」と思っていましたよ)

私は おそらくその ちょっとワルっぽい男子に SOSを発していたのではないかと
なんとな~く そのように思います
この人なら 私を救ってくれるんじゃないだろうか と目星つけてたみたいな感じ?

だけど うちで そういう話をして お願いしたりはしていません
なんか うちに来てと自分で呼んでおきながら もじもじして あんまり話ができなかったような そんな記憶しかないです
(私自身 その手のヘルプを 誰かにお願いしたことも相談したことも なかったでしたし…友達にも そういうイジメっぽいのは嫌だと 話したこともありませんでした…だいたい、友達そのものが 少なかったでしたし^^)

だから その不良くんが その後あたしを助けてくれたかどうかの確証はありませんけど

彼に対して 悪い感情は なにも残っていないので
そして いつのまにか その変なあだ名で呼ばれる習慣は なくなっていたので

もしかすると 彼が 助けてくれたのかな? と(でも 真相は 知りません)
今頃^^なぜか そんなことを思い出してます



そのちょいワル男子は… これは身内から ちょっと前に聞いたのですけれど

今現在、○○○の○○会系のヤ○○の幹部に(笑)なっているんだそうです
(当時 小学生だった頃の 地元の街で… ワルは期待を裏切らずワルに成長するんだ…と(笑))

「だから○○○君が、オレオレ詐欺とか そういうの 吸い上げてる立場になってるんだよ~(笑)」みたいな話

時々、その街に行くと 幹部となったその姿を見かけることもあるそうで^^

今 話題の 反社 という人々の中のひとりなのかぁ と

でも私は ○○○くんのことは 嫌いにはなれないなと その話を聞いた時にも トクベツ嫌悪感を感じませんでした

もちろん 反社そのものを 肯定もしませんけれど 
反社の人となった○○○くんを それが理由で 自分は嫌悪する否定することはできないなぁ と思いました

ワルには ワルの 存在意義が あったりする時もあるので

「排除」したい人たちもいるのだろうけど
もちろん被害者さんの立場からしたら それはそれで当たり前にそう思って当然で それも否定しませんし


まぁ そんな 遠い遠い昔の 子供時代の思い出話でございます



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カテゴリ :  PSW制作室
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