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2016年10月11日の記事のリスト

WANNA DO? WANNA BE? WANNA GET?!

2016年10月11日 (火) 23 : 56
今日はまたしても実家へ荷物整理に行ってきまして。
そしてまたしても45リットルゴミ袋7袋を排出(笑)。
それでも…もうだいぶ一部屋ガランの状態になりましたんで。
あとは、こちらの不用品(将来の断捨離対象とも言える)を送る段取りもできるかなの状態になりました。
それは…12月、一ヶ月また時間かけて^^、年内になんとかするかな~、と思うところです。

今日は整理のさなか、昔…1992年のようですが、自分が書き残していた妙なものを^^見つけました。
92年だから、24年前…の話ですね~。
うちの読者さん層は、なんとなくですが、アラサー、アラフォー、アラフィフ…らへんの方々なのかな? な印象がありますが、20代の方もいらっしゃれば、多少ご参考になるのかな???
これは私のOL時代最後らへんの、20代最後の妄想の列記だったようなのですが。
「なりたい自分」っていうのを、書いてるんだけど。
へぇ~~~。こんなこと考えてたんだな~、って感慨深い思いがしましたんで(笑)。

以下、転載です。

WANNA DO? WANNA BE? WANNA GET?!

1.表現者になりたい。
2.お金持ちになりたい。
3.感性が欲しい。
4.表現力のボキャブラリーを、記憶できる能力が欲しい。
5.綺麗になりたい。
6.イノセントな心を持ち続けたい。
7.ポジティブな発想のできる環境が欲しい。
8.一緒に同じ目的や同じ喜びを目指すことのできる仲間が欲しい。
9.弱気を克服したい。
10. 共に成長し尊敬し、影響しあえるパートナー(まぁハズバンドだろう)が欲しい。
11. 心の安定が欲しい。
12. 愛情をかける対象をグローバルな視野で広げたい。
13. 行動力を常に持ち続けたい。
14. 嫉妬心(自分が手に入れられないものを掴んだ人に対する)を克服したい。
15. 人、動物、植物、生きとし生けるものへの愛情を持ち続けたい。
16. エトセトラ。エトセトラ…

…こんな風に箇条書きにしてみると、自分の理想とする「生きる」ための目標、夢は果てしない。
この中には実現できているもの、実現できそうなもの、実現には相当の努力が必要なもの、様々の望みがある。

しかしなぜ人は人生に、希望や指針を抱こうとするのか?
ひとえに、私達には等しく、限られた一度きりのそれぞれの人生をいうものが与えられているのを知っているからだ。
命あるものに、いつかは訪れる、死という世界。

いつか死んじゃうんだよね~、と誰もが漠然と考えてはいるのだろう。
しかし、「いかに生きるか」を考える時に、「いかに死ぬか」を念頭に入れることができれば、自ずとその方向性も変わってくるだろう。
したい放題の自分のやりたいことすべてを成し遂げる、自己を満足させるただそのためだけの人生だとしたら、そのエンディングたるや、胸中はどんなものだろう。

私たちが生きている今日一日のことを考えてみる。
いかに自分が人との関わりの中で生きているか、ということがよくわかる。
ということは、個人の死はその人ひとりのものではない現実なのだ。
厄介なことに、自分はこんな具合で死ねたらな~と願っていても、こればかりは残念ながら、人知のおよばぬエンディングだから、きっと突拍子もない格好でやってくるに違いない。
もう少し年をとって、背負う荷物がたくさん増えたら、ますます考えなければならないことの種類も増えるのだろう。

しかしとりあえず、この未曾有の混沌としたたくさんの問題を山積みにした地球上に個人として生きる1992年現在の自分が。自分自身のエンディングについて思えば、出来うる限りの世界を知り、出来得る限りの私らしいやり方でベストを尽くす日々を送るべく心がけ、その延長線上で、悔いを残すことなく愛すべきものたちに愛を惜しみなく与えてこれたと、「その時」に本当に実感できたら、それこそが至福のエンディングなのではないかと感じる。

生きている時間と呼べるものは、きっとそういう心を培うための準備期間なのである。

と、口で言うのはカンタンだが、実際のこの困難な道程は、悠久のヒトの歴史が証明している。
だから本当はあまり息苦しくならぬよう、ナチュラル・ハイに徹しようと考えている。
最期の時には、私を知る人の心の中に生きる私は、その親愛なる人たちに、最後に笑いを残してあげられたら、本望である。

転載ここまで。


なんか、これを読んでいて。

「ほんとうに、自分はこんなこと思って、書いていたんだろうか?」
というくらい^^、いや~、「世間を知らないねーちゃんの綺麗事」というか(笑)、スレてないっていうか^^、なんなんだろな、と。
これたぶん、あたしの言葉、というよりは^^、高次ガイダンスですね、きっと。
つかね、この時期は、その後にやってくる体験の凄まじさ^^をまったく知らなかったのよ。
大企業勤め純粋培養のまったくの苦労知らず会社員で^^、まぁ上見ればキリがないですが、それでも特に不自由なく生きていて、そしてようやく、自分がこれならできるかな、という「作詞家になるんだ私」っていう、なんらあてどもないのに、夢見てた時期ですからね。

ですが。
基本…書かれていることは、ほぼ実現していたんだな…ということに気がつきまして。

「人、動物、植物、生きとし生けるものへの愛情を持ち続けたい。」って言ってるけど、三次元的には「生きてません、な無機物の石」にまで(笑)愛情の範囲は拡大し、「愛情をかける対象をグローバルな視野で広げたい。」っていうのが^^見事に成就してますがな。この頃は、石のいの字も眼中にありません頃ですからね。

それにしても、24年前から、死後を見据えて^^「生きている時間と呼べるものは、きっとそういう心を培うための準備期間なのである。」とか(笑)言ってるわりには、ではそういう生き方をその後ずっとしてきたのかといえば、そんなことないですから^^。

ただ、ベーシックな部分では、あんまり変わってない、っていうか、自分が望んでいる世界展開してきていたんだなぁ、と。
「最後に笑いを残してあげられたら、本望である」って書いてあるけどね。
ここ最近、自分が考えていたことなんだけど、別に「最後」までもったいぶらなくても^^、常に「笑い」をとれる人になりたいかな~…って、ちょうど思ってたんだよね。
私は十代の頃は、「人を笑わせる」のが、好きだったのよ。だけど、可愛くて綺麗目女子路線も捨てがたかったから^^そこに徹することができなかったんだよね。
だんだん「おもしろい」が褒め言葉に感じられなくなっちゃったの。
それより可愛いとか綺麗とかのほうが一見お得じゃないですか(笑)。まぁ、そんな見事に、メディア戦略の洗脳に片足つっこんでいくことになっていったわけな20代女子時代だったんですよ。
だから、綺麗事言ってるわりには「金持ちになりたい」が^^なぜか堂々2位の願望だったんだよね。

そうそう、20代からシリアスに見つめていた、そんな死の向こう側の世界、あの世。
今月のまるの日さんの夜会は、じゃ~ん、お題は「あの世」でっせ、みなさん。
10月22日、お会いしましょう♪(行かれる方は、ブレスいっぱいしているから^^会場で見かけたら、ご遠慮なく声かけてくださいね)


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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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