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2014年11月14日の記事のリスト

視野の拡大ってどうやるの~

2014年11月14日 (金) 16 : 23
昨日に引き続き、今日もいいお天気ですね!! 快晴♪


昨日は、20年ぶりでしょうか~。いや、もっとかな。
東京のよみうりランド内にある、ジャイアンツ球場へ行ってまいりました。
なにしに行ってきたのか^^というと、ジャイアンツ球団の一軍二軍の練習というやつを見に行ってきたわけなんですけれど。
これ自分主体ではなくて、いわゆる「ヒトのつきあい」というかったる~~~~ぅい世界で(こういう「誰かのつきあいでどっか行く」的な経験も、相当久しぶりな経験)プロ野球の世界というものにもう20年単位で関心がなくなっている自分は、まったく気乗りしていなかったんですが^^、まぁそれでも、今、そういうところへ気乗りしないながらも行く運びになった、っていうのは、なんらかの意味もあるのだろう・・・くらいに考えることにして、それにまぁ、天気もよろしいですから、わんこのお散歩兼ねて、ま、いっか~、と。


それに住んでるところから、電車でけっこう近いんですよね。
新宿からはものすごい数のあらゆる方面への交通網が張り巡らされていて、特急とかそういうのを使うと、西東京方面でしたら、たいていの場所へは20分から30分くらいで到着します~。神奈川や埼玉のはずれのほうなんかでも、あれ、もう着いちゃったのぉ? 並のせいぜい40分、50分程度の素早さです。誠にすばらしいですね。とくに日本の電車網のすばらしさは・・・「時間通りに電車が来る」という世界中どこへ行っても「ほぼ実現されていない」正確さを誇る文化というものが、「当たり前の世界」として展開されている・・・ということ。
もし電鉄会社さん全体が、一分くらいはいいや~、という「イシキ」を持ち始めたら・・・それが10分となり20分となり一時間となり・・・こういう世界は実現していないことを思うと、毎日「定刻どおり」な世界を繰り広げてくださっているみなさまには、誠に感謝しかないですね。
これって、電車に限らずですが、バスなどの交通網も同じくですし、交通網に限らず、日本の「決まりを守る文化」がとても良いほうに顕れている一面ですね~。
みなさまにとっては、当たり前で感動の領域ではないかもしれませんが、電車に乗らない生活になって久しい自分は、たまにこういう風に電車に乗って、ちょっと遠出することになるたびに、この手の感動を^^覚えます。


さて、なぁんの前知識もなく、つまり今現在の野球の世界を知らない自分にとっては、プロ野球の人々であろうと高校生や子供の野球であろうと、どれも今は野球をやっている人々という点で同列にしか見えませんが、久々に訪れて・・・自分が多少知っていた頃の「選手」であった人々が、今は「コーチ、カントク」という指導者としてグランドに立っている。。。。というタイムラインに、時空をワープしてきたかのような奇妙な感覚。
驚きましたね~。


でもこのオドロキすらも、自前では実は知りようがなかった話です。
なぜなら、「誰が誰だか本当にさっぱりわからない」わけなんですから^^、ただ球場へ足を運んだというだけでは、その奇妙さに気づき、なんらかの意味づけすることすらありません。
なんの知識もないモノにとっては・・・そうです、「知識を持っていそうな人」に尋ねてみる、ということが鉄則です。
わざわざよみうりらんどまで足を運ぶ人々というのは、まぎれもなくジャイアンツファンという人々です。
私は、なんとなくこのコら今のジャイアンツに詳しそう的な匂いのする、いわゆる選手のおっかけ風の女子二名に話しかけてみることにしました。
もくろみどおり^^、おそらく他の誰よりもお詳しいオタクっぷりを惜しげもなく披露してくれる、かわいい女子二名でした。


人は、「自分の好きなこと、で、自分が知っていること」をエネルギー化して放出すること・・・が本当に好きで楽しいイキモノであることを^^実感します。
好きなことには、本当に人間は、いやでも詳しくなってしまうのです。
そして、「勘」もはたらくようになります。
こういうおっかけ女子たちは、へたすると、内部の個々の選手たち以上に^^内部を見抜く、洞察の眼さえ養われてしまいます。
なにしろ、お目当ての選手が、今現在不調である、その理由さえ・・・お見通しなのです。
(これは野球のようなスポーツの世界に限らずの話で、この世界ではなにかと展開されておる真実ですが、一歩引いてみる、プレイヤー当事者ではない、が、プレイヤーに関心がある、好きである、「ファン」が、けっこういちばんそのプレイヤーのことを「見えない次元目線」から捉えている・・・みたいなことって、よくあります。みんな、予言者であり、ヒーラーであり、魔法使い、超能力者なんです^^。自分のことはわからなくても、好きな人のそういうことは、なんとなくわかってしまう・・・という経験、したことある方、自信を持ってください^^。あなたの中に湧いてくるその想像は、自分が相手を好きだからのひいき目みたいな面も時にあるかもしれない、ということを、冷静に見ることができる方においては・・・ホンモノというか、的確であることが多いと思います)


そんな知識豊富な女子たちとの遭遇に恵まれて、ふ~ん、こういうのもけっこう楽しいな、という時間を過ごすことができました。
そうそう、で、それでも、そもそもなんでわざわざ足を運んだの? の目的なのですが、上記にある「自分が選手時代を知っていた人が、今は指導陣」であることは私も知っていたのですけれど、「つきあいで行くことになる元凶となったほうのヒト」にとっては^^、それは知らなかったことだったらしくて(なにか別の話の時に、たまたま私がそれを知っていたので言ってしまったら^^火がついてしまった様子)、なんだか久しぶりにどうしても見に行きたくなっちゃった様子だったり、まぁそんな理由でした。
もともとプレイヤー時代を多少知っていたその指導者さんは、それほど「おっさん化」した様子も一見なくて、おお、ちょっとお腹出た? かな~^^、ではあるけど、顔は老けてないね~な感じだったんですけれど、バッティングピッチャーを務めてる時に、帽子脱いだら、アタマ一面ほぼ白髪、という姿に、ちょっとびっくりして。顔はあんまり老けてはいないな~、と思ったんですけれど、こういうところに年月の流れを感じますね。
で、けっこう見てると、コーチって肉体労働してるな~ってことに気が付いて。
元気じゃなきゃやれない仕事だったんだ~、とあらためて。
昔、自分の持病を理由に、監督職とかを断るカントクさんとかいらっしゃいましたし、持病があるのに無理して引き受ける・・・みたいなカントクさんもいたりしましたが、「どうしてプレイヤーじゃない人が?」ってどあほうなあたしは、そういうの聞くと思ったりもしてたことが^^あったんですが、たしかに無理だと思います。
表に出ているプレイヤー以外に、こんなに、見えないところでシゴトする人々が大勢いたわけだ~・・・の意識は、昔のジブンにはよく見えていなかった世界だったような気がしました。


それにしても、テレビ中継さえなくなったプロ野球の世界ですが、ファンというのは一定数いるものなんだな~ということを、あらためて、知りました。
そして、プレイヤーや、かの球団に属する人々の、スター意識^^というのでしょうか、スターまではいかずとも「観られている存在」である自意識、というのでしょうか。
それらは、今もって尚、顕在というか、私が考えていた以上のものであったことが、今頃になって^^わかりました。
これが、昨日いちばんの「目からうろこ」の世界でしたね☆


私自身は20年ぶりくらいに、観に行った、という側の人間です。
その当時、多少知っていたとはいえ、こちらは観に行っている、ある程度対象を探している側なわけなので、そりゃ、「あ、あれがそうですよ」って言われれば(これもそのファンの女子に^^背番号を教わって見つけてもらった^^という信じられない話なんですが。こういう詳しい人というのは、コーチとか二軍どころか育成選手の背番号まで^^熟知しているんですよ)「あ~、そうなんだ~」という感じで、そりゃ見つけられますが。
観られている側のほうの人たちというのも、観ている側のほうのヒトをよく観ている・・・そうなんです。
なので、その詳しいファンの女子曰くですが、「〇〇さん、お姉さんたちが来てるの、気が付いてましたね」って^^言うんですよね。


これを聞いた時、私は「え~、そぉかなぁ???」ってびっくりはしたものの、実際にですね・・・たしかに、昔から私の中にあった疑問符なんですが^^、そういう話は聞いてはいたし、それにそうなんです、そういう人々って、自分が多少見知っている人間の存在に関しては・・・たとえばですが、こういうローカルな場所でもそうなんですが、ドーム球場なんかでも、スタンドに観戦に来ていたりっていう姿に、気づくみたいなんですよね。
何百人・・・へたすれば何千人の中にまぎれていても、ですよ?


それがどうしてなのか、昔自分はわからなかったんですが。
ようやく昨日、判明した感がありました。
ああいう、自分たちが観られていることが職業の人たちというのは・・・人の視線にとても敏感、なのだそうです。
ある意味、全身が目というのか、そういう気配をキャッチする感覚が、凡人の比ではないんですね。
考えてみると、もともと、身体能力に関しては、平凡ではない能力をお持ちのみなさんです。身体能力というのは、そういった部分の五感の外にあるものを感知する能力にも繋がるところはありますよね。
だから、捉えている視野の範囲が普通には考えられない広範囲に広がっていても、なんらフシギではないわけです。


(これはインボー論に繋がる話ですが・・・「3S」という言葉、ご存じでしょうか・・・「スポーツ、スクリーン、セックス」というこの3Sを、民衆の娯楽と言うか、興味の対象、話題やニュース性、華のある世界の対象として存在させておくこと・・・で、「世界をしきる裏側存在や政治の世界」から、一般大衆の目をそらせておく・・・ということが、「彼らの手」である、ということ。そして・・・そういったアスリートなどになる側の人たちというのも、実はそういう並み外れた能力を持つ人々というのも、世界やこの宇宙の真実、人間存在の真実という「重要マター」には別の意味で目覚めて欲しくない「気づかれたくない」存在なわけですので、スポーツの世界という「頂上を目指す、頂上に君臨したい、それを維持したいという競争の世界」へ意識を向けさせたりして、そこへ閉じ込めておきたいわけです。スポーツなど以外の世界においても、優れた人間には、特に、ピラミッド型のヒエラルキーの中での立ち位置に敏感にさせるように仕向けている・・・・・つまりホントウの価値のあることから^^本当は優れた能力を持つ人間のイシキを遠ざけるように仕掛けられているステージ、物質世界の中にのみ目を向けるように意識をさせるようにできあがっているステージ、われわれはそもそも生活圏がその包囲網の中にある・・・と言っても過言ではないわけです)


だけどさ・・・それぞれの当事者ご本人はあんまり気がついてはいないのかもしれないけど、多くのヒトが・・・物質世界以上の世界の拡大の中で能力を発揮していること、そうなってきていることは、もう事実だな、っていう側面を、あらためて認識しましたよ。
だってね、「〇〇さん、お姉さんたちが来てるの、気が付いてましたね」って言うその女子が言うことって、「え、なんでわかるの」な、まるで超能力者の世界ではないですか^^。
〇〇さんが気が付いていることを、見抜けるその能力は、もう透視の範囲です。
本人にそう聞いたわけではないのですから。
こういうことができる人は^^きっと増えているのだろうと感じます。


視野の拡大の感覚・・・上記の話は、「三次元の人間の世界」での話ですが、考えてみると、これらはヒトに知られている、ヒトの目線に敏感な、多少有名な人々の自意識の拡大(場合によっては、その自意識の拡大そのものが、自分で作った「檻」を形成してしまうこともありますが。「スランプ」に陥るヒトの要因としてはままある話です)の話では^^ないのです。
私たちは、その人が意識している、していない、に関わらず。
ものすごい数のギャラリーを、誰もが従えて、この地球劇場に臨んできております。
そして・・・それに「気づいていること」ができること。。。だけが、特殊能力というわけではありません。


「あ、今見てたね~」のその先。
いったい、何をその見てたね~の対象に、自分は見せているのか。
そのイシキは、自分の内部にある宇宙との一体感が伴う時に、自他ともに対しての「最高善の見せ場」が形成されるのではないでしょうか。
(ここで、「自分をよく見せたい自意識」という、ええかっこしいですとか、見栄とか、はたまた失敗を恐れる恐怖心ですとか、そういった「エゴ」が邪魔をすることで、拡大するはずの世界がとたんに縮小してしまうことも、わたしたちがよくやってしまう、失敗と呼ばれる経験ですが)


そうそう、昨日ですね、惜しげもなく、知識を披露してくれたファンの御嬢さんたち。
そういうコミュニケーションって楽しいですよね。
こちらがご提供できる知識は、今現在のものではなく、過去の思い出程度の^^ものなのですけれど、それでも、彼女たちも楽しそうにお話してくれるのが、私にとっても楽しくて。
それでね、私はワンコ連れでしたので、私の膝の上でながながじっとさせていたわけなのですが、ちょっと、このコを外歩きに連れていくわ~って私に、「あ~自分にリード持たせてもらっていいですか~、いっしょに行きたい~」っていうひとりの女子に、いいよ~、ってリード持ってもらって。
ふたりでスタンドを出て、ワンコといっしょに外を歩いて行ったら。
なんとその彼女のお目当ての選手さんが、その球場外で別メニューでトレーニング中の現場に、まぢかで出くわしました。
こういう、「楽しい偶然」が用意されていることって、嬉しいんですよね。
彼女も、うちのワンコが会わせてくれた~~~と、喜んでくれました。
これがなによりの「今日の御礼」じゃないけれど^^、プレゼントとしては、とても嬉しいと感じてもらえるものをご提供できたかな? と、私も、そういうふうに喜んでいる女子の姿を見ていることが嬉しかったです。


誰かを喜ばせるとか、楽しくさせるとか、って、「自分が相手をなんとかそうさせよう」として、できるものではなく。
「ココロをひらいて接している」ことで、楽しい世界はもう形成準備に入っていて、次にはその「偶然」が待っているんだな・・・みたいな感じを。
私は感じておりました。
(はい、なんでも、なんにでも^^「スピ的解釈」というのは、このように可能です。私たちは、スピリチュアルな現実世界の中に存在しているのですから)


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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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