アーカイブ
2014年02月07日の記事のリスト

カルマ返上日記3

2014年02月07日 (金) 23 : 43
どうしてカルマ返上日記なんて書こうという気になったのか? について、お伝えしていませんでしたね。


「なんとなく」といういつもの常套句が^^ここでもつい、でてきそうなんですが、そうじゃなくて。
それをどううまく説明できるかしら~?
って考えていたところ、今日の「ミナミのライト らいとライフ~light,right,life」さんのアシュタールさんのメッセージに、ちょうどそれをうまく説明できるメッセが!
転載自由ということなので、転載させていただきますね。


(以下、ブログ「ミナミのライト らいとライフ~light,right,life」より転載)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

魔法使い・・ですか??

なんだか 魔法使いって特別な存在だと思っているようですが・・

もう すでにあなた達は 魔法使いなんですけどね(笑)

思考は エネルギー・・それは あなたが望めばなんでも現実化出来る・・

だから すでにあなたは魔法使いだということです。


この世界(宇宙の存在)すべては 波動で出来ています

波動はエネルギーです。

思考のエネルギーです。


まったく 何もなかった”無”に 思考が生まれた・・

これが 世界(宇宙)の始まりです。

ひとつの思考エネルギーが誕生したところから すべてがはじまりました。

その思考エネルギーは 自分が何者であるのか? 

どうして 生まれたのか? 何をすればいいのか?

たくさんの疑問を持ちました。

そして 自分を知るために(たくさんの疑問の答えを知りたいと思い)

エネルギーを分け 自分をたくさん作りだしたのです。

その一つ ひとつのエネルギーが あなたであり 私なのです。

最初に生まれた思考エネルギーを絶対無限の存在と呼ぶとしましょう。

宇宙のすべての存在は 絶対無限のエネルギーそのものなのです。

こうして 絶対無限の存在は思考のエネルギーを使い 望むものを

たくさん創りだしたのです。


私たちも 絶対無限の存在ですから 同じように思考エネルギーを使って

なんでも望む経験が出来るということなのです。

ただ あなた達の世界では その思考のエネルギーの使い方を

教えられてこなかっただけなのです。

あなた達を 支配 コントロールしたいと思った存在たちが 

その情報を あなた達から隠したのです。

思考エネルギーを使って なんでも現実化することが出来るのは、

魔法使いと言う特別な存在だけなのだ・・と教え あなたには出来ないと

思わされて来ただけのことなのです。

でも あなた達のハートは知っています・・だから 魔法使いに魅力を感じるのです。

だって 自分がそうだということを 知っているんですから(笑)


魔法使いは 特別な存在ではありません。

あなた自身が 魔法使いであるということを 思い出してください。

あなたは ハートが望むものであれば なんでも現実化することが出来るのです。

どのような現実も創造することが出来ますが・・

出来れば 愛と調和と平和にフォーカスをした使い方をしてくださいね。


あなたに 愛と感謝 そして平和の光を送ります。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(転載終了)


私が、おお、これこれ、と感じた部分は、終わりの二行のところです。

「どのような現実も創造することが出来ますが・・

出来れば 愛と調和と平和にフォーカスをした使い方をしてくださいね。」の部分。


こちらのアシュタールさんのメッセで、こういう風に、「出来れば」って枕詞が入るの、あんまり見たことないですよ。
読む人の「自由意志にゆだねる」といういつものスタンスでありながら、なぜかこの「できれば・・・」が今日はあります。


それだけ、逆の言い方をすると、私たちは魔法使い、つまり、思考で現実化している、それが「できてしまう」事実があるのです^^。
そこに、カルマというもの、つまり、「過去(生まれる前から)から持ち続けている思い癖」のことですが、やはりおおいに関わっています。
もちろん、カルマというのは過去世持ち越しのものだけではなく、今世でもおおいに増やしまくっています^^ので、もうどれがどれなんだか^^な話なんですが、そういう思い癖が、自分の現実を創ってきていることを、現実の現象そのものが教えてくれていること・・・・・ここに気づいた時から、カルマ返上はすぐに始められます。


なので、人によっては「ショートカット」も本当に可能だと思います。
すぐやれば、傷も浅い^^し、自分の魂と繋がることにそれほど回り道しなくても、もっと容易にできるんじゃないかと。


とりわけ、人生において、「カタチを変えて繰り返し出会う壁」のようなもの。
これは、最重要テーマというか、ぜひともこの今回の世で乗り越えるべく課題(過去世からの持越しテーマなので)なんだろうと思います。


なんでそれを越えなきゃいけないの・・・? ですよね。
そうなんですよ。
なんでなんでしょう^^。
別にそのまま寝た子はそのまま当たらずさわらずでいいじゃん、とも言えますよね。


あのね、「愛と調和と平和にフォーカス」って、実は自我意識満載のカルマ持ってると、やれそうでできない^^です。
でね、「愛と調和と平和にフォーカス」していない、自己中の現実創造・・・これが、私たち人類が綿々と繰り返してきた、カルマそのものとも言える面があるわけなんですよ。たぶん、そのまま「五次元」なんかに移行したら、気が狂うかもしれません。(・・・というより、その世界には移行できません、たぶん)
少なくとも、私は、自分に対してはそう感じました。


カルマなんて関係ないよ~、五次元到来したら、輪廻転生が必要だった三次元じたいの存在意義が消失するから、カルマそのものがなくなるよ~、っていうような^^ことを言っている方もいらっしゃいますから、自分のカルマというものにコミットする意味が今はもうないのか? むしろ考えないほうがいいのか? 自分は次元上昇組と信じ切ってただ感謝で生きていればいいのか? というラビリンスに迷い込むこともあるかもしれません。ここでまったくそのラビリンスに迷い込む自覚がない、100%ない、と心から言い切れる人が、いわばすごろく上がり^^と言えるのでしょうから、まぁ、「カルマはもう自分にはない」と確信できていれば、そもそも、カルマなどちらつくことすらないでしょう。


三次元の現実でできることはやっておくに越したことはない。
わかりやすく、現実に目の前にあることなんだから。っていう部分。
そして、自分のことは、自分がいちばんよく知っている、っていう部分。
私は、昨年の「五次元移行イベントどんちゃんさわぎ」以降、「みんないっしょに」みたいな^^感じで「便乗アセンション」はそりゃ無理だわな~☆ と気がつき、自分の内面をとにかく観ていこう、って流れになっていきました。
(アセンション系の情報は、今日、転載させていただいた「ミナミのライト らいとライフ~light,right,life」さんは時々観にいきます。アシュタールさんのメッセージも、額面通りそのまま受け取ろうとすると^^混乱をきたす方もなかにはいらっしゃるかもしれませんが、なんだろう・・・私がきっとここが好きなのは「群れてない」から^^なのかな。アシュタールさんも、「群れることと調和は違う」っておっしゃっていたメッセージもどっかにありました)


それにしても私は、ほんと、返上に時間かかりました~~~。
「これが、そうだったんだ・・・なんとなく、薄々は気づいてはいたけど。。。そうだったんだ。。。」とわかり、そして、気が遠くなるくらい時間は費やしてきたけれど、「もう、そこへ戻らないぞ」と確信に至りました。
時間はかかったけれど、ほんとに、ようやくなんとか。


「もう、そこへは戻らないぞ」という自分になれたこと・・・その自覚へ至る道程。
でも、私個人のそれを書くことに意義なんかあるのか? 石ブログなのに? 石無関係じゃん?(石が関係してくる部分もありますけれど、「石のちからでカルマが!! なくなった!!!」なんていう、都合のいい宣伝にはならないし^^)
って普通なら考えそうなんですが、この「書きたくなっちゃった」は、なんとなくな流れなんです~。そこに理由はあんまりありませんです。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

カルマ返上日記2

2014年02月07日 (金) 00 : 19
前々回の記事、「名前の由来」で、ペンネーム「AIKO」から「神崎詞音」に名前を変えた当時、その時はたらいてた魑魅魍魎の夜の世界での源氏名だった・・って書いたんですけれど、これは私の記憶違いでした~。


あとから、「ん? でもたしかその「AIKO」って名前で最後に出た音盤の時、あたしは派遣O.Lの世界にいたような・・・」ということを思い出し。
そうそう、そのAIKOでの最後の音盤のタイトルがね、「上向きベクトル」だったんですよ。
意味深でしたね、今思うと。


当時は・・・「ぜんぜん上向きどころか、下降線なのにな」って思っていたことを記憶しています。
たしか、テレビ朝日系の、深夜番組かなにかのエンディング・テーマになっていて、そのテロップで私の名前を見つけてくれた友人が、それをわざわざ教えてくれたことを憶えています。普通は、こういうのは喜ぶことなのかもしれませんが、「そんなマイナーな深夜番組のエンディングになってたってなぁ・・・」というような^^「感謝も、感激もない」そら恐ろしい人間と化していました。
(妙な上昇志向を持った人間というのは・・・つまり、「自分が望んで描いている「頂点」状態だけが成功」と決めつけている態度の人間というのは、感謝すべきタイミングで感謝できていないんです^^)
作詞家などの作家にスポットが当たるような音楽業界での位置づけは、もう遠い夢の世界の話。もう自分にそういう日が来ることはないだろう・・・とうっすらとは思いつつ、かといって、すぱっとやめようとも思えなくて「しっかりカタギに戻って、正社員とかそういう安定した道へ行く」的な発想にもなれず・・・。(一般的には、これが最も望まれる道かもしれませんが、すでに、その時には自分は年齢的にも超ビミョウ^^でしたしね)中途半端でしたね。


なので名前を変えた時に、「神崎詞音」ってなんとなく決めたのは、まぁ、ある種投げやりというのか^^、「もうなんでもいいや」というのもあったと思うし、そう思いつつも、まだなにかチャンスがあるんじゃなかろうか、という思いもあったと思います。
「十字架背負うのよね~」って格好つけた思いも、あれですよ、どっかで後ろ暗いものを光に変えたい、っていう気持ちの顕れでもあり、また、どこかの部分でですね、そういった世界での経験、丸3年程度なんですが、それじたい、私にとってですが、それほど悪いものでもなかったんですよね。
実は、私はそれ以来、「オンナを売りにする女の子たちが大好き」に変容していたわけですから^^。


どういうことかというと、それまでは、「オンナって身勝手で計算高くてこずるいイキモノ」って、自分もオンナなのに、女性軽視してる面があったんですよ。それ以前は長い大企業O.Lの経験しかなかった自分は、なんとなく、女性のそういう面ばかりに目が行くようなところがありました。
ところが、夜の世界の女子たちは。もちろん、そういうこずるさ持ったコもいたんでしょうけれど、圧倒的に、「女神か菩薩か」みたいなコに出会うほうが多かったです。
もう、自分だったら悲鳴を上げそうな死にたくなるような苦労・・・私どころの騒ぎじゃないよね? みたいな。そういう「ワケあり」の「ワケ」がはんぱない女子が多かったです。
親の借金返して、親養って、子供養って、オトコ養って・・・。でも、ぜんぜん文句言ってないんですよ。言いたかったのかもしれないけど、淡々と受け入れてるというか。
私はこの時代に、「子供のお金当てにして、子供に食わしてもらうの当然」みたいな親も、この世に存在するんだ・・・ということを知りまして、愕然としましたもの。
病気で働けないとか、そういうんじゃないんですよね。働かない親。子供を当てにする親。そういうのがいるんだ、って。
私だったら受け入れられないな、って。そういうの受け入れて、どうしてそんなに笑顔なの? かわいくなれるの? 人にやさしくできるの? って、思っていましたよ。こういうの、ひとりふたりじゃなかったでしたよね。
(ここで「共依存」がどうの、とかそういう問題は置いておいて。よくこういうことって「突き放すのが相手のためだ」とか、まぁそういう考え方ももっともらしくあるわけです。相手を思えばこその厳しさとか、自分を大切にしなきゃ、とか。私もそういう当時は「そんな親、捨てちゃえばいいじゃん」とか、無責任なこと言ってましたよね。今でいう「毒親」ですから。今は「毒親」って言葉があるけれど、昔っからいたのよ)


でも今振り返ると、そもそもこういうものごとの観方じたいに、相当偏りがあることがわかります。
別に、こういう職業だから、こういう人たちがいる、というわけではなく、女神、菩薩のような片鱗を見せてくれる女子は、あらゆる場所にいると、今は感じますよ。
「どこどこの世界で出会うのは、こういう人たちなんだ~」という自分の中の決めつけのようなもの、まだまだ、この時代にぬぐえてはいなかったし、また、まだそこまでいける段階に達していないため、「二極の世界」を垣間見て行く経験そのものをすることになっていったんじゃないでしょうか。


という風に、学び多き過去の名前、神崎詞音は、まだ特にスピリチュアルに目覚めることもなかった時代に生まれ、その名をこうして残すことになりました。


カルマ返上日記は・・・いったいどのあたりから書き始めればいいのか、よくわかんないんですけれど、以前、たしか・・・大昔にいた大企業を辞めるに至るくらいまでの話を、このブログのどっかで書いたような記憶があります☆
たぶん・・・自分の恋愛観みたいなもの? なんか、そういうひっじょうに少ない経験のことを織り交ぜてつらつらと^^。


で、今はいちおう現在進行形で相手のあることなので^^、もう書けません~~~。
と、そこで筆を置いたような。


そうなのよ、その現在進行形の人物、やはりですね、こういう長きに渡り縁を持つことになる人物というのはね、カルマ返上の鍵をいくつも持った相手です。
俗に言う、ソウルメイトの中でも、なかには重要な転換期に登場する一期一会みたいな人もいるけれど、やはり長くいることになる相手はそれなりに重要^^ですね。


自分ひとりのことではないので、大暴露^^できることできないことあるかもしれませんが、まぁ、特に許可もらってやろうとしていることではないので、もしかしたら本人から「そんなの書くのはやめてくれ」指令が^^入るかもしれませんので、その時は書くのはやめときます。
あくまで、私のカルマにかかわることだけで、誤解をどうしても招くようなタイプの話は避けるかもしれませんので、必要以上に家人が美化されて^^映る場合もあるかもしれませんが。
別にのろけているわけでも、わたしらツインソウル~~~って^^妄想の花が飛んでるわけでもありません(それに、ツインソウルってわけじゃないと思います。その願望はとくにないし、そんなへんな理想を相手に押し付けない程度には^^私も冷静です)。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page