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2013年07月10日の記事のリスト

直感能力を信頼する

2013年07月10日 (水) 22 : 58


今日は明治神宮へ、石といっしょにピクニックに行ってきました。
猛暑日が続く中、最初は木陰に石を拡げようと思ったんですけれど、いいや、炎天下だろう、と思い直し(小さい子やお年寄りは真似しないでね、の世界ですね。熱中症にはみなさまお気を付けくださいませ。)

汗が滝のように流れながらも、太陽光をばくばく食らう石たちを見ているだけで、癒される私(石バカ)。
この写真の人たちは私物石で、いろいろいろいろ、な私の遊びに付き合ってもらってる石たち。
たまには使うばっかりじゃなくて、石たちにも栄養を供給してもらわねばなりません。




こちらは、今月に入り着手したばかりのニュー・フェイスたち。
自分のじゃなくてお品物予定のブレスたち。






シリウス・アメシスト、お待ちどうさまです。今度はこんな感じで行ってみようかと思います。
(えええ! 「シリウスの光」とおんなじじゃなきゃいやん! ・・・と言われても^^おんなじはできないのでして。石ブレスとは、そういうものなのです。常に同じクォリティの同じサイズ、形状の石たちは永遠に供給はできないのでして(汗))






超迫力、超ど綺麗。この大きさ。美しさ。
となりのタンザが14ミリ丸玉なのに小さく見えます。




この渦巻きがたまりません☆




シリウス・アメシストの原石は使っていない、プリティサイズ。
濃いアメシストの丸玉はシリウス・アメシストの丸玉ビーズですので、いずれもシリウス・アメシストのエネルギーそのものは入っております♪
おっきい石は苦手~、おっきい石はオフィスでは目立つから気が引けちゃってつけられない、おっきい石はそもそも会社の制服には浮き過ぎ~(これ確かに実際そうかも☆)みたいな方には、こっちがいいと思います。


「直感能力を信頼する」から石を身に着けるのか、石を身に着けたから、直感能力がアップし、直感を信頼できるようになるのか、いたちごっこな話ですが。
「直感能力を信頼する」そういう組み合わせなのかな、これ。
彼らもいっしょに連れて行きまして、いち早く、宇宙光線を吸収してきてもらいました☆

タンザナイトが入ると・・・とたんにコズミック。宇宙度合い(?)に拍車がかかるな~という感じですね。
タンザは21世紀最強の願い叶え石、というのは、とある風水パワスト店さんの談ですが、願い叶え石もそうかもしれませんが、あれですね、たぶんこの石はチューニングをそういった別次元へ合わせるというのでしょうか、なので、この世で私たちがまどわされやすい、「自分自身が創造している雑音」を消去する力に長けているのではなかろうか、ってことかな、と。


普段、自分自身が自分に言い聞かせちゃったり、無意識のうちに刷り込まれている根拠のない「世の中とはそういうもの」感覚から、タンザナイトは逸脱させるんですよ。
程度にもよるけれど、誰でも、タンザナイトと同調すれば、「なんだか自分の中から湧いてくる得体の知れない感覚」、人呼んでこれを「直感」だとか「ハートの声」とか言うかもですが、それを行動の根拠にしてしまうことに対して、どうしてもおじけづいてしまっていたようなビビリなエネルギーを「あれ?」って感じで消去するというのか、すんなりと自信つけて、さくさくと行動できちゃうんじゃないでしょうか。
そうなれば、そりゃ、「願い叶え石」ってことになりますよね。
タンザナイトが直接叶える・・・というよりも、誰のことも頼みにせずに、たとえモデルケースや教科書や参考書、ヒトの成功事例、前例がなくても、時にはこの世的には非常識であっても、自分自身が自分自身の願いを叶える方向を選択し行動し、それをクリエイトしていくことに、おっかなびっくりじゃなくなるから、すんなり行くのだろうということです。


その時点ではヒトに説明もできない、説得材料もない、そういう「直感」という心もとない根拠が、それでもなぜか「確信」とできるのは、他ならぬ自分ひとり。
それって、けっこう、おっかないんですよね^^。
だから私たちは、つい、安きに流れる。前例に流れる。お得なほうに流れる。判断材料のあるものを頼みにしたがるので、ヒトの意見で数の多いほうを取り入れていく。誰も経験していない領域への冒険は避ける。誰かが経験していて失敗事例があるものを避ける。
避けて避けて、除けまくって、生きて行こうと・・・そういう感じ。
なぜなら、失敗をしたくないから。傷つきたくないから。自分は成功していると思い込んでいたいから。


本当に、自分がなにを望んでいる? それが、見えずらい、それはきっと自分が見ようとしなければ、永遠にそうなんだろうな、とも思いますね。


ニンゲンというのは、やったことを後悔するよりも、圧倒的に、やりたかったこと、やったほうがいいんじゃないかと感じていたことを、あらゆる理由でやらなかったことを後悔するものなのだそうですよ。まぁこれも、ある意味、スピリチュアルな刷り込みと言えなくもないですけれど^^。
今は、精神性というものに目覚めてからも、そこにさえ、有名無名などの知名度がもたらす多数決の世界や、そういうものを知ることによるさらなる自分への劣等感覚、裁きなどの世界を展開してしまったり、などの落とし穴もないわけでもないので。


外側から取り込めば取り込むほど、知識を身につければ身に着けるほど、経験を積んでいるつもりであっても、それが実感として自分の武器になっていないことに焦ったり苛立ったり、そういうことだって、ありますよね。
性懲りもなく繰り返す、それが人間さ、かわいいものさ、と親目線の神様になって、自分を許し続ける・・・人生の大半はまぁ、そんな感じであってもかまわないかと思いますけれど、どっかで、ブレイク・スルー経験も、別に制限は誰からも受けてはいないはずなので、いいのではないでしょうか。


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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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