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誠ひとつで生きていける「其の弐」

2012年05月20日 (日) 00 : 16
さて、ヘミシンクCD「内なるガイドにつながる」で出会った、私の内なるガイドさんについてのお話の続きです。


このCD、実は「想像力」というものを、屈指させられます。
なので、あらぬ世界の妄想好き^^のほうが、ヘミシンク世界って、ゲートが開ける確率が高いです^^。
あと、予備知識として、いろいろなことを、映像と合わせて知っているヒト。
これは、仮に出てきた登場人物が、いったい何者であるか? ということが、知らなければわからない・・・という、すんごい盲点があるからです^^。
神様が出てこようが、天使が出てこようが、そういうことです。
私の場合、神様の個別の姿、というのも、実際にはあまりそこまでフェチではないため、たぶん、個別に名前を名乗られても、ぜんぜんわかんないんじゃないだろうか・・・って思います^^。


映画好きだったり、漫画好きであったり、そういう「お話の世界」に入り込める人は、ヘミシンク世界へ入っていくのは、すごく容易なんじゃないかという気がします。
これは「頭がお花畑」と^^紙一重のところがあるので、注意を要しますが^^、それでも、そういうお話の世界が臨場感持ってそばに感じられるタイプは、ヘミシンクもそうですが、「石の世界」とも容易に繋がりやすいのではないかしら、って思います。


それと、そういう、人が作ったお話に入りやすい「共感タイプ」もそうですが、モノゴトの背景やそこに隠された深遠な意味、存在の意味、そういったものへの探求心ゆえに、未知なるものへの好奇心が強く生じるタイプ、であることも・・・どちらかというと、こちらのほうが必須かもしれませんね。


さて、私の場合、「予備知識として、いろいろなことを、映像と合わせて知っているヒト」というわけではないため、先般出会ったガイドさんが、実際はどういう時代に生きた誰なのか、定かではなく、もしかしたら解釈違っているかもしれないんですが^^、おそらく、平安時代あたりの、平安貴族というのか・・・そういう感じでした。


実はこういうヘミシンクにありがちな「過去にかつてあった時代の、その時代がかったキャラ」みたいのって^^、正直「嘘くさ」って思っていました^^。
だから最初は、単に自分が想像しているだけの・・・というか、そういう錯覚かもしれない、という、お決まりの反応でもありました。


しかし、あ、こりゃホンモノだ、という感覚は、そういう「アタマ感覚」じゃないところで反応していましたので、ホンモノだと^^思いました。
ハートの活性化が^^かなりスゴイのです。自然に、胸にこみあげてくるような、満たされた感謝のうれし涙・・・っていうのでしょうか、そういう感じがありました。
へんな言い方ですが、無条件に愛されているんだ、っていう大きな光エネルギーの前では、人間もう言われずとも感謝せずにはおれない、というのか^^。
嬉し涙、って、嘘泣き^^では流せませんのでね。。。
自分のハートは騙せないのです。


よくガイドっていうと、「守ってくれている存在」って言われますけれど、私は、守ってもらえているのは確かにありがたいし、感謝に値する話だし、っていう部分で、常日頃から感謝はしているし、この平安貴族さんじゃない方が登場してきた時にも、それなりに^^感謝しているつもりだったんですが、それが「そのつもり」ってだけだったんだ~~~ってことが^^、なんか、わかりました。
でも、では「そのつもり」の感謝が、無駄かというと、そんなこともない、って気がします。なんでも、発したものは、ちゃんと相手に届くのです。


さて、「誠ひとつで生きていける」なんですが、これは、魂の向上のために、これからしていくべきこと、そのガイダンスがあれば、ということを、質問する箇所が、「内なるガイドにつながる」の中にありまして、そこで言われたことです。
そして、どうして誠なのか、ということなのですが、それは、「生きていくに当たり、どうしても達成すべき、目標にすべきもの、それはなんでしょう」みたいな^^ことをガイドに質問する、っていう箇所もあったりして、この「内なるガイドにつながる」は、たった35分のわりに^^けっこう濃すぎるわけなんですが、そこで、「大神の心を知ることに繋がるから」というその目的の理由を述べておられました。


彼が言うには、「自分が生きていた時代、誠で生きる、その環境はなかった。とても狭いところで神を知っている、そういうつもりだったけれど、今きみが生きているこの時代、この国は、こんなに、人と繋がることができる、誠を尽くせる、とてもよい環境整備がされている。それはなんのためかといえば、「大神の心を知る」ためだよ。親である神の心を知る、ということ。人が生きる目的は、それがすべての到達地点にある。「誠ひとつで生きていく」というのも、誠は大神から来るエネルギーに繋がるから、大神を知ることができるから・・・その近道でもある。誠に入ってできる仕事を、だから、用意されてるでしょう(今の私のシゴトのことです)。それができるようになるための、準備のシゴトも、たくさんしてきていたのは、そのためだしね。そして、きみはわかっているはずだけれど、「誠から出たエネルギーは、出しても出しても、尽きることがない」ということを、もっと信頼していい。」
・・・・・・ということでした。


それが「誠から」のものである仕事は、すべて「大神を知る」に繋がり、大変価値のあることなんだそうです。
自分が「平安貴族だった」とは、直接にはおっしゃってはいなかったけれど、そういうような一見羨ましい^^優雅さのようなものと、そうではないもの、について、お話しされていました。
「現在のこの世で、たとえば大変そうな仕事・・・宅急便の配達をしているヒト、とかいるでしょう。雨の日も風の日も、すごく大変な仕事だ。しかし、そういうヒトは、そういった仕事を、誠のイシキでさせてもらえるチャンスに恵まれた立場、と言えるんだよ。大変なこと、つらいこと、そういった経験が多ければ多いほど、自分のような時代に、自分のようなことをしていた、普通の民を知ることなく民から離れて生きていた存在よりも、魂の上では実は恵まれている。「人に誠を尽くせる」機会があること、その場を多く持てることは、誠を知り、見出し、誠を持って生きていける、大神を知る、そこに繋がるからね。だから、もっとその恩恵の中に、委ねて生きること、信頼すること、をしていいんだよ。得るものの大きさは、今はわからないかもしれないけれど、わかる時が来たら、その恩寵と喜びに驚くと思う。誠そのものになれていたら、それはもう御の字というか」
「きみたちが好きな、大天使ミカエル。どうして、ミカエルが人間に好かれるのか。信頼されるのか。偉大な天使とされるのか。それは、ミカエルそのものが、「神に似たもの」「神のように見えるもの」としての鋭意努力をし、神ならばこうするであろう、ということを知っている、だから、そのとおりに実行する、ということをしているから。人間も、同じことをするのがいいんだよ。「誠に生きる」それが、方法、手段。」


・・・などなど、いろいろお話されていたのですが、
私が「あ、これは、私の想像の産物のガイドさんというわけではないかも」と感じたきっかけは、「大神を知る」の部分でした。
私は、神様のことを、「大神」と呼ばないというか^^、そういう意識の仕方を普段しないので、ところどころの言い回しが、自分が普通に頭の中で作り上げていると普段思っている「みずからの思考」とは、少しだけ違っている部分が、その対話の中にあったわけです。


そうそう、これは、そのガイドさんがおっしゃっていたことではないんだけど、たとえば例としてお出しになっておられた、つらそうな仕事苦しそうな仕事でなければ、その誠に生きるチャンスはないんだろうか、という目論見での^^余計な苦労^^これは無用です。
「我慢」と「誠」、これはおそらく、もうぜんぜん別次元のものです。
つらいのを明らかに我慢しているだけなのに、それを「誠意」と自分の心を騙した行いをしていても、それは違うと思います。
なぜなら、そんなことしていても、一向にエネルギッシュな底力など、湧いてきませんからね。
たしかに言われてみると、自分の中の「誠のようなもの」からの行いの場合には、それが実際にひと苦労なことであっても、出てくるのは喜びですもんね。


大昔、「愛と誠」っていうタイトルの漫画が^^あったような気がしますが(読んだことないけど)、けっこう、既存の世の中にあるもの目に触れる耳に聞こえるものの中で、真実を言い顕しているものって、あるんですよね^^。
クレヨンしんちゃんとかも^^そうなのかなぁ。この前、新宿の大画面のハイビジョンで、映画の宣伝やってたのを、偶然見かけたな。その時は、「クレヨン、ま~だ映画やってるんだ~~~」って思っただけだったんですが、そのコマーシャル・コピーの「5歳のままで20年」って^^このあたりでしょうかね。
子供のココロって、その維持って、けっこうできないものなんですよね。
あたしが昔、作詞家デビューした最初の作品^^、なんたって、クレヨンしんちゃん、のはらしんのすけのあの声で^^歌ってくださっていた音盤でしたからね~・・・映画のエンディングもやったしね・・・ハイビジョン見てて、それを思い出したんだっけ、そういえば。


ところで、ここを読んでおられるみなさんが気になるのは^^、私のよっわいクレヤボヤンス能力を、なんとかこのレベルへといざなった^^その石組みは??? というほうが^^おそらく興味の対象かと思われますが。


エレスチャルですかね~。せんだってのメキシカン・エレスチャル、そして、アメシスト・エレスチャル。
但し、エレスチャル系というのは、「必ず霊的知覚レベルをあげまっせ」が、うたい文句となるような^^そういう場合もあるけれど、そういうためだけの存在ではないと思います。
その知覚環境を生み出す、最低限の波動レベルをサポートしている^^・・・そういう感じでしょうか。
なので、日常の中でも、波動レベルを下げないでいられること、ものの捉え方を感情的に表面的に捉えるのではなく、その顕れていることの直接的な事実の裏側に隠された見えない背景、意味への気づきと、自己の変容に尽力してくれるタイプの石は、すべて^^良いと思います。
エレスチャルだけではなくて、アメシスト、スギライト、モルダバイトなどなど。
内省と気づきを促す、ムーンストーンも、良いですね。


そして、今回、上記の出会いを連れてきてくれた^^らしきは・・・・・・・
ふふふ、「ほんとかよ」とお思いになられるかもしれませんけれど、「アゼツファイト」と^^私が名づけた、そんなふざけてるのかオマエ、なネーミングの石組み・・・だったりして^^^^。これは、今月出てきます^^^^。
ただ、これ単品ではなくって、以前にお出ししている、インペリアルトパーズを使ったあの京都オパールのシリーズの刈安タイプ(アゼツ3連発にプラス、タンザナイトやらプレシャスオパールやら^^贅の限りな石組みでしたが)も、いっしょに身に着けていて、こっちと、これもせんだってお出しした「アセンション・サポート」の時にも、よい感じでした。これは、アイスクリームオパールと呼ばれるオパール、フローライトのコラボ石のティファニーストーンが使用されていた組み合わせです。
オパールという石は、やはり、クレヤボヤンス能力にはたらきかける石のようですね。
人造宝石ですが、京都オパールも、そのプレシャス・オパールなエネルギーですよ。
(今気が付いたんですが、平安貴族さんの姿のガイドさんが顕れてくれたのは、この京都オパールの「京都エネルギー」へのコミットみたいなものもあったのかもしれませんね。また会えるといいなぁ。)


それと、上記のガイドさんとの出会いではなかった時なんですが、「内なるガイドと繋がるためのシンボル」というものが出てきた時に、なんでしょう、「え? スクエア型ビーズのネックレス~???」みたいな映像が出てきたことがあって、スクエアビーズのネックレスか~・・・って思いながら^^、その日は15日でしたので、氏神様にお参りしたんですけれどね、はっと上を見上げたら、しめ縄のところにある、アレ。
名称がわかんなくてすみません^^。しめ縄飾、って呼び方でいいんでしょうか。
白い半紙を切って作られた、しめ縄に差し込んでひらひらしているアレです^^。


「これだぁ・・・・」と^^直観で、気が付きまして。
一説によると、人間のDNAもこの似姿である、ということを、聞いたことがあるような、ないような。
その日は風も特に強くなかったんですけれど、お参りが済んで、神社さんの鳥居のところで本殿を振り返ってご挨拶しようとした時、そのお飾りが、すんごい勢いでぶんぶん回っていたのが目に入ってきたので^^、まぁ、「よく気が付いたね」ってことだったのかなぁ、、、って思います。


まぁ・・・・・
なんていうんでしょうね、「それって、結局妄想こじつけの世界でしょ」で済んでしまう^^ことが、私たちの日常世界のそこかしこにありまして、「石の世界」などもう、まさにその真骨頂でもあるわけなんですけれど^^^^、自己満足、って言われりゃまぁ、そうなんですが、なんか楽しいですよね。


この一連の経験は、ケセラストーンものの時^^でしたかね・・・^^^^。
みんな今月出てくるので^^宣伝くせ~!! と言われれば、それまでなんですが。
ケセラストーンは、「宇宙の回答」が得られる石、という謂われがありますんで^^、宇宙の回答が欲しいような状況の時には、別にこういったヘミシンクなんかの、意味わかんないビジョン^^だけではなく、日常に生きていて「おい、これはいったいどうゆうことなんだよ」な「問い」を宇宙へ発信してくれるのに優れた石だと思います。
たしかヘミシンク以前にもそういうようなこと、書いていたような記憶が・・・。


ちなみに、「問い」の答えっていうのは、石がなくても、必ずやってきます。
それに「気づくか、気づかないか」それだけの違いです。
石があると、つまり「補強選手」を帯同しているようなところがあるため、気づきの頻度が高くなるだけです。
自問自答、それができる人って、もしかすると、それができていることを「自分はスゴイ」とは思っていなかったりするかもしれないんですが^^、自問自答ができているって、これはスゴイことなのです。
ケセラストーンは、それがわりにわかりやすい感じでやってくるサポートする石なので、いわば、ヘミシンクみたいなものには、よく考えてみると、おあつらえな石かもしれませんね。


今月は「宇宙意識」と称して^^数タイプのバージョンをお出しする予定で制作を進めてきているのですが、たまたま日課となったヘミシンクCD「内なるガイドにつながる」の効果(?)的なものとシンクロしちゃっているわけなんですけれど、まぁ、私に起こる「効果」らしきものと、みなさんが起こすことを必要としている「効果」というもの、それはベツモノでもあり、また、どこかで繋がっているものでもあり。
いつも言っていることですが、私の説明文、ああいうものの範疇だけではとうてい謳いきれていない、石がいざなう深淵かつ制限なき素晴らしい世界、というものがあるのは、もう確定事項です^^。
だから、もちろん、ご参考にしていただけるように、という意味で尽力しますけれど、そこに書かれている程度のことが、その石たちのすべてではなく、もっと広域な世界を、みなさんは期待していてください^^。
回答は常に胸の中に。内側の声にあるのです。


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カテゴリ :  私にとっての2012年
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