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2011年03月20日の記事のリスト

石たちは、今。

2011年03月20日 (日) 21 : 47
東北地方太平洋沖地震から、10日。
今尚、困難な状況に置かれている人がいらっしゃる、その中でも、刻一刻と、我々の「日常」は変化し、動いています。


そんな中で、本当はこちらがみなさまを励まさなければならないのに、「石がシゴトしてくれた」お話を聞かせてくださる、メールしてくださっているみなさま、大変ありがとうございました。
ご自身が被災状況にあって、そのようなご報告をしていただいていること、本当に、なんら不都合のない状況下でいる自分のようなものに、かえって、がんばってください、などと励ましてくださるみなさまの暖かさに、感謝し、感激しております。


仙台市にお住まいでいらっしゃる方からいただいたお話なのですが、地震発生の数日前から、「石たちが微振動している」ことに気がついていたそうです。
私がお届けしているブレスレットなどの石もそうですが、他の手持ちでいらっしゃった石たちも、みな、振動していたそうです。
「これは、なにかある。」
と、その方と、ご主人は、なにか起こるかもしれないけれど、それがなにかはわからないけれど、なんらかの覚悟、心構えのようなもの、を持っていた・・・ということでした。


ある方は、あやうく、エレベーターに乗り込もうとしていた寸前であった、ということでした。
いつもは、特に石がなにか、ということを感じているわけではないけれど、なんとなく、石が守ってくれていたような気がしました、ということをお伝えいただきました。


また、せんだってのブログ記事で、自分は「ルビー」ということを、限定であるかのように記述しておったのですが、「ルビーは持っていない方」への配慮がまるでなっていなかった、ということ、大変申し訳なくお詫び申し上げます。
しかし、「ルビーはないな・・・。じゃあ、ガーネット。」と、ご自分でご判断いただき、ガーネット系の石アクセサリに助けられていることを、お知らせくださった方もいらっしゃいます。
ガーネットは、ルビー同様、逆境時に「火を灯す」石です。
なんといっても、「ノアの箱舟」の中で、灯の役割を果たした石。(「ノアの箱舟」は、大洪水の中、唯一生き残った「生命の種」を乗せた船。旧約聖書に記された「神話」としての比喩のように扱われますが、ノアの箱舟は実在していた・・・という、その痕跡なども、発見されていたりはします。聖書の中の話は、ソドム、ゴモラの話もそうですが、エイラットストーンの存在が顕すように、御伽噺ではないように、自分は思います)
ルビーの代用石としての役割をじゅうぶんに果たしてくれる石であり、不安を消し去る、勇気を持って、逆境に耐え抜く精神力を後押ししてくれます。


こういう時節で、モノに頼る、という話に聞こえるかもしれませんし、おかしな話だ、と、感じる方もいらっしゃるかもしれません。
私も「モノに頼る」という感覚での石との縁であるなら、それをおすすめはしません。
しかしながら、私たちが、そういったモノである石に教えてもらっているのは、いわば、魂の目覚めであること、これはやはり自明である、と思いました。


石が微振動していた・・・というお話をお伺いした時、やはり、石は地球の微細なエネルギー、特に地殻の変動に及ぶ膨大なエネルギーのようなものに、やはり敏感に反応するのだ、ということを思いました。
地球と切り離され、ビーズや、置石などに研磨された状態であっても、彼らはやはり、地球の子供なのですね。
ひいては、宇宙の子供です。


そして、われわれも、そこに同調できる宇宙の子供だからこそ、石に出会い、縁あって、お持ちでいらっしゃる方は、手元にお持ちでいらっしゃるのだと思います。


「かつてないほどキラキラしているので、この新しい時代の幕開けのために来てくれたんだなあ、としみじみ思っています。」
というふうに、彼らが意図する(つまるところ宇宙が意図する)世界へ向けて、しっかり、石からの情報を読み取っておられる方も、いらっしゃいます。


石は、再三、長年お話してきましたけれど、「いやなことをなくす」ための魔法の杖ではありません。
石を持って、ちちんぷいぷい、で、地震発生以降、危機を抱え続けている福島原発の冷却作業ができたり、そういう一瞬の魔法を起こしてはくれません。
そういう意味では、実質的には、なんの役にも立たない物質に見えます。


しかし、私たちの中にある、「目に見えない心」というものが、一見、「なにかを思ったところで、それが、即なにかを起こすわけではない」と感じられるのと同様のレベルの世界で、石たちの世界ははたらきません。
彼らが同調する世界は、人間の感知できない世界と繋がっているため、「もし、そうイメージできるなら」感知できない世界、つまり、「見えない心」や宇宙と繋がりますので、その方がイメージできるとおりにはたらく、相棒となります。
そして、仮に、イメージできなくても、「イメージせざるを得ないような」世界、それが、シンクロニシティであったり、セレンディピティであったり、ですが、そういうものへ展開していきます。
これらはすべて、われわれが、「目覚めていく過程」を、お膳立てしてくれるステップであり、シンクロニシティやセレンデピティそのもの、は目的ではありません。


すべては、内側の、人間の神性、そこへ向かうため、それを発揮するため、その助力のひとつだと思います。


内側の神性、それは、だいそれたものではないと思います。
だいそれたものではないけれど、人間として、そうあることが、なかなかできない、その部分の発揮です。
それは、自他を共有できる、ということ。


たったひとつだけ、クリアしていくこと。
それが、「内側の声を聞こうとしない」ブロックを、はずすこと。これだけなのだと思います。


恐怖心、不安。不信。無力感。
今、私たちは、こういったブロックを何重にも抱きしめて離せずにいると思います。
自分自身も、あやうく飲み込まれていくところであったと、感じます。
前の記事にも書きましたけれど、こんなに、ヘタレだったとは・・・と、自分で自分が情けないくらいに、気のちいささに悲しくなっていました。
そして、ここで、「目に見えない世界」のことを、言う勇気すらありませんでした。
自分でさえそれができていないのに、なぜ、それが言える? と。


仙台の方が、やはりメールでお知らせしてくださったことで、これは、自分もシンクロしていたことだったので、そこで気づかされたのですが、「555」をあまりにもよく見ていた、のだそうです。
自分も、3月11日の早朝、「555」をやはり見て、気になってその意味を調べてから、ヘミシンクを聴いたのでした。


エンジェルナンバー「555」の意味は、

「重大な変化と意義深い変化が訪れています。サナギから飛び出し、あなたに
本当にふさわしい、驚くべき人生を発見するチャンスがあります。」

でした。


驚くべき人生、ってなんだろう、と思い、ガイドさんに聞きたかったのです。
(結果、得られたのは、「なんだか知らないけれど、体脱してないのに、ずっと身体が振動しっぱなし」の感覚だけだったのですが)
「重大な変化と意義深い変化の訪れ」
本当にそうであった、と、思います。
そして、今後、本当にふさわしい人生を、さらなる「内側の声」を聴く感性に磨きをかけて、勇気を持って行動していこうと思っています。


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カテゴリ :  私にとっての2012年
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