アーカイブ
2010年01月04日の記事のリスト

宇宙意識、初日。

2010年01月04日 (月) 22 : 39
なんのことかというとですね、年末にお出しした「宇宙意識」。
これは、自分のぶんというのは作っておりませんでしたので(なぜなら、プラチナ・ルチルだけでも、「意識が広域に拡大」してしまう・・・ということが、身につけてみたらわかっちゃったため^^、なんとなくこりゃどうするかな、と^^。すみません、そんなものを売り物にして)年が明けたら作ってみるか・・・・・・・と保留にしておりました。


で、年が明けたので、作って身につけていたわけです。


そこでまぁ、いろいろ(でもないけど。「いろ」くらいですが。)問題提起が目の前に引き寄せられてきました。
そして、思い出されてきたことも。


その思い出されてきたこと、なんですけれどね。
これは、「相手を認める」ということに繋がる話。


その昔・・・・もう20年以上前の話です。
私がまだ、おぼこい事務員だった頃。
私はいわゆる一部上場企業なんてところで、海外貿易にかかわるお仕事をさせていただいておりました。
今思うと、現世的には、いわゆる「安定」が比較的、自由業の方々などよりも保証されているかに見える身分でした。夢のような話です^^。自分のこととは思えませんね。


しかし当時の私は、無駄に「自分は頭がいい。仕事ができる人間」だと錯覚していたからかもしれませんが、自分から見て、「仕事ができない人間」を、苛め倒しておりました。
実際に、仕事の現場というのは、どうにも要領の悪い、飲み込みの悪い人、というのが存在するもので、迷惑をかけられるたびに、怒りまくっていたわけです。
そして、その方をB君、としましょうか。
B君はそんなふうにして、私に限らず、あちらでもこちらでも、罵倒されまくっているのでした。


ある日、その、仕事ができない、ということでほうぼうで苛めにあっていたB君の所属する部署の方が「自殺した」というニュースが、朝一で飛び込んでまいりました。
誰もが、「やばい。B君、自殺しちゃった。自分たちが苛めすぎたからかも!」と、私も、私の周囲の人間も、自殺したのはB君である、と、即座に思ったわけです。


しかし。自殺した人は、違う人でした。
訃報の当事者A君は、いつもにこにこ笑顔を絶やさず、誰からも好かれ、仕事ができる、はたから見て「不服のない、柔軟性のある、穏やかな性格の人」いわゆる、幸福な人そのもの・・・・・を感じさせられるような人でした。
まさに、「あの人が、なぜ????!!!!!」のビックリ・マークがいくつあっても足りないような、謎に包まれた自殺でした。


そして、B君は、苛められ暗い顔をしながらも、生きていてくれました。
言うまでもなく、私は、「今後、こいつがどんなヘマをやらかそうと、怒るのはやめよう。絶対やめよう。」と、心に誓いました。
A君の自殺事件により、もし、人が自分の行いにより傷つき、それを墓場まで持っていったまま、自殺でもされたら、つまり、そういう要因の一端を間接的に担っていたら、それはものすごく後味の悪い気持ちである・・・ということを会得させられたからです。


以後、あいかわらずB君そのものには、あまり「仕事ができるようになったね」という変化はなくとも、とりあえずB君がやらかすヘマに対して、「笑って対処する」という術を覚えました。
困ることは困る、その事態に変化はないものの、もうそれは「ギャグの領域」と捉えることは可能なんだ、ということを知りました。

そして、そのB君は、しばらくして、その部署から移動することになっていきました。
移動先は同じ会社の中でも、私とは接点のないフィールドでしたし、移動階がかなり離れていたため、その後、顔をあわせる事もずっとありませんでした。


B君が部署移動してから、おそらく一年くらいが経過していたでしょうか。
偶然、同じエレベーターに、B君と、乗り合わせる機会がありました。


私 「・・・お。元気そうじゃん。」
B君「元気ですよ~。楽しいです。」
私 「そう。よかったね。」
B君「神崎さんには、いろいろなことを教えてもらいました。みなさんにいろいろ教えてもらった、お世話になったからですよ~。どうもありがとうございました。神崎さんは、元気ですか?」
私 「まぁまぁかな。」


エレベーターのドアが開き、B君は、それじゃ、と、用のある階で降りていきました。


B君が立ち去った後、私は、「やばい・・・・・」と感じていました。
自分を恥じていたのでした。
B君は、私たちが苛め、罵倒していた過去を、「教えてもらった」と言っている。
そりゃ、A君の、自殺事件以降は、私はとにかく笑って対処を心がけてはいたけれど、少なくとも、B君に「ありがとうございました」と言ってもらえるだけの心根がその動機にあったわけではなく、あくまでも、苛めが原因で自殺なんかされたら嫌だよな、という、後味の悪さを経験したくがないゆえの自己保身からだったのだ。


「もしかすると、自分は、B君の足元にも及ばない人間だったのかもしれない。」
ひとり、エレベーターに残された私が、そのなんともいえない感覚を味わうことになり、気がついたことは、
「自分より、劣る」と、人を見る人間は、いつかその人に追い越されていくのだ。
そして、その時まで、自身の愚考に気がつかない。


気に入らない相手、認めたくない相手を認める、ということは、難しいと思う。
しかし、気に入らない相手、認めたくない相手を認めることができたなら、その人は、その人自身のプラス・エネルギー、および、相手のプラス・エネルギーをも、自分のものにしていくことができる。
つまり、超えられる、ということ。
認められないうちは、相手と同等ならまだしも、結局「それ以下」なのかもしれない。


受け入れがたきを受容する、というのは、「エネルギー・フィールド」を広くし、この前も出てきた「パワーか、フォースか」風に言えば、「意識レベルの向上」となるわけですね。


たとえば、自分は、過去にこのような経験をしながらも、残念ながら、そこでなかなか「気づき」ながらも受容するレベルにいたらず、その後、この会社を離れてから、「受け入れがたい運命、受け入れがたい自分のすべて、そして、受け入れがたい人々」に、山ほど出会う道へと導かれていったわけですが^^、そんな遠回りをしなくても、人生というのは、要所要所で、「大切な気づき」に満ち溢れていたんだな・・・・・という、20年以上も前のことが思い出されてきたわけです。


宇宙意識、きょわいかも^^。


自分がなんでこんな恥ずかしい話を書いたのかというと、「こういう失敗経験」がもたらす世界、というのは、本当だよ、ということで。
ここを読んでいただいているみなさんが、「人を非難したくなった時」「どうにもいけ好かない相手へ感情を爆発させそうになった時」に、自己の思いを善き方向へ転換させていくための、なんらかの参考になるのではないかしら、という気持ちからです。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page