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2009年09月24日の記事のリスト

ちょっと気になる石

2009年09月24日 (木) 10 : 51
この時期になると、「月末新作アクセサリ」に向けてのちょうちん記事のようなもの(そういうつもりはないんですが、結果的にそんなような経験をしてしまうゆえ、話がでてきてしまう悲しい性がありまして、申し訳ないです)が出てくるのが、わりと定番になっていたのですが、まぁ、それを純粋に楽しみにしてくださっているありがたい方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、そのパターンに嫌気がさしている、飽きている、「またかよ」感があろう方などもいらっしゃろうかと思い、自分自身も少々そのパターンには「またかよ」感を感じなくもないため^^今月はパスかしら、と。
事前ご案内がなくても、ちゃんと、お品のほうのご説明に載せます。
言いたくてうずうず・・・みたいなものも、ないわけではないんだけど^^、曲解を生む可能性もなきにしもあらずなので、やはりここは、でたとこ勝負で、もしどなたかの感性にぴぴぴっとくるのであれば・・・ということで。


石は、いいとこ取りはできないもんです。
これは確か、以前買って読んだ「愛光堂」さんという石屋さんの本にも書いてあったな。
私も、その箇所に、うんうん、と思った。
できないんだよ~。
強力な作用、反作用、ワンセットだったりする。


そういうものを人様に「売りたい」だなんて、よくよく考えてみると悩ましい話です。
単純に、綺麗な石アクセサリとしてだけ、見てもらうにしても。
これ、売ってもいいんかな? みたいなものが仕上がることもあるし^^。
(時々、だめだよ~、って言われることもあったりするわけです。時期尚早というか、「誤用」を避けるためというか。)
人様に売れない石組み作っちゃうと、自分はがっかりなんですが^^、まぁ、石の側は、おかまいなしですもんね。




ところで、話は変わって、
現在その月末アクセサリの文章に取り掛かっているところなんですが、クリソコラの亜流、クォンタム・クアトロ・シリカを使った石アクセサリについて書いている時に、そうそう、一時期隆盛を極めた(のか?)感のあるこの石、現在はどのような位置づけなのだろう・・・と、なんとなく思い、インターネットで検索していて、見つけた他の石がありまして。


名前だけは聞いたことがある石だったんですが、そのクリソコラの亜流でやはり複数鉱物のコラボ・ストーン、「エイラット・ストーン」という石。
イスラエルのエイラットというところで産出するため、その地名を冠にしているそうなんですけれど、なんでも門外不出の、イスラエルの国石みたい。輸出を禁じられているそうな。
だから、現在日本国内で出回るこのエイラット・ストーンが、どのような経路でやってきているのかは、謎なんですが。
イスラエルに旅行に行けば買えるみたいなので、そんな感じで入ってきてるのかしら。でも、コスト高いよね、だとすると。


人間は、そういう秘密めいたものが、好きなのです^^。
存在するのだから、謎というほど謎ではないんだけど、ユダヤ人が建国した国イスラエルが、国外流出ご法度にしている点が、非常に気になるわけで。


気になりついでに調べていたら、このエイラット・ストーンの組成について、もっと萌えな話を見つけましてね。
この石は自然の状態では決して混じり合わない3種類の石が大地殻変動の結果、混じり合ってしまったそうです。
「ラピスラズリ、クリンソコラ、マラカイト」なんですが。


エイラット・ストーンの説明には、このラピス部分を「アズライト」としているところや、「ラピスラズリ、ターコイス、マラカイト」という説、「銅、ターコイズ、クリソコラ、マラカイトとテノライト」というのも見つけました^^。まったく、どれがどれやら。ちなみに、スピ系のストーン屋さんで売っているのは、「銅、ターコイズ、クリソコラ、マラカイトとテノライト」というタイプ。日本国内でわずかにこの名前で出回るものには、そのスピ系タイプが多いみたいですね。


「アズライト、クリソコラ、マラカイト」であれば、クォンタム・クアトロ・シリカとして出回る石の中にも、普通にあるんですけれどね。自分が今回、アクセサリに使用しているタイプは、それだし。
「自然の状態では決して混じり合わない」というのがポイントだとすれば、「ラピスラズリ、クリンソコラ、マラカイト」なんじゃないかな、とは思うのですが。


この決して混じり合うことのないものが、なんで混ざっちゃったのか? が萌えなんです。
その「105キロに渡る大地殻変動」なんですけれどね、旧約聖書の中の、ソドムとゴモラの街が、海に沈められる時の話なんだそうな。現在ソドムは死海の北部に、ゴモラは死海南部に沈んでいるんだそうです。


こういう話は、アトランティス大陸とか、レムリアなんぞと同様、「ほんとにそんなことあったのかな」的なお伽噺ちっくに聞こえるんですが、あったんじゃないかと思いますよ。
ノアの箱舟とか、モーゼの出エジプト記に書かれているような、ちょっとあり得ない奇跡、そういうのは、現実にあったのだろうと思います。


聖書の中の、ソドムとゴモラといえば、退廃し享楽に溺れ切った街・・・いわゆるやりたい放題し放題の不夜城みたいなものを意味するのですが、あたしゃ、東京の中では灯の消えることのない歌舞伎町とか^^、渋谷の道玄坂とかセンター街とか、あと、昔々夜中にクルマで走っていて、麻布のほうとか、そういう場所にソドム・ゴモラ感覚を憶えた記憶がありますね。冷たい満月の月明かりとのミスマッチに、すっと、心が冷えていくような感覚。(その頃も、月ってこわいよな、って思ってた。そういえば)


まぁ、夜眠らない系統の街は、そういうことなんでしょうな。
こういった街は、現在もうちからそんなに遠いところにあるわけではないんですけれど^^。
だけど、旧約聖書で忌み嫌われているそういった街を、私は嫌っちゃいないです。
ああいう世界には、今もってそれなりの存在意義があると思いますし。


時々、わざわざ、そういった退廃的な場に身を置こうとする、自爆的女子などもいますが、わざわざはお勧めしませんね。
そして、必ず、入る門があるように、必ず、出ていく門をくぐる時がやってきます。
その出ていく時に、なにを自分は背負っていくのか、の腹が据わっていない人には、享楽的世界っていうのは、キツイ地獄だよね。


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カテゴリ :  石のホント or はてな?
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