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サイキック・アタックとはなんぞや?

2008年05月03日 (土) 19 : 59
あたしはこういう用語に弱い、というか、この「サイキック・アタック対策」にということで、アクセサリのご依頼をいただいたりしてみて、実ははじめて知った言葉でして。


というよりも、最近とみに感じるようになってきたんだけど、あれだね、世間一般で認識されている「スピリチュアル」っていうのは、占いとか透視とか、大阪にあるらしいスピリチュアルセンターってところが用意している、「スピリチュアル・サービス」の項目を見てみると、チャネリング、心理テスト、タロット、占い、カラーボトル、リフレクソロジー、中国式足つぼ、レイキ、、、、、というような、なんというんでしょうか? 

占術系、サイキック能力、サイキック施行のことを、そう名付けるのは、どうかと。
こういうものはね、いつの世でもそうですが、「後ろ暗い」シゴトなんです。
それを、ちゃんと覚悟した人間、が、手を染めるべき。
差し違えて死ぬかもしれない、くらいの覚悟で、ちょうどいいんじゃないでしょうか。
少なくとも、陰陽師の時代は、そうだったんじゃないかと思うけどなぁ。


テレビの心霊現象がどうとか、っていうレベルと変わらないような、「見えないもの、わけの分からないもの、が、どうやらすごいらしい」っていうのが、「スピリチュアル」ってことになっているような・・・・・・。(滝汗)

そういう意味では、あたしゃ、
ぜ~~~んぜん、「スピリチュアル・カテゴリ」に属する人間ではありませんね。
そもそも、人を癒やす、人のお世話をする、ナースさんや、事務職のO.Lさん、を、大まじめに尊敬してますから。
私にはできないことです。


で、サイキック・アタックなるものを、ぐぐってみました。
つまりなんだろう? 「妬み・嫉み・恨み」のような他人の感情が、「念力」のカタチで、攻撃してくること? その念が強ければ強いほど、ひとり歩きを始めてくれる「生霊」を制作するようですね。人呼んで、「怨霊」っていうやつです。
いわゆる、怨念とか嫉妬とか怒りとか、まぁ、そんな感じの、どろりとした念や感情を、人様よりいただくことのようです。
しかし、人間の日常って、こういう類のことが溢れているように思うんだけどなぁ。
そこいらじゅう、色々なヒトが、アタックうちまくっているように感じますよ。
お互い様というか。
それをうまくレシーブしたり、交わしたりできるように、ヒトはみな、世に出て学習して「まぁまぁ」とこなれていくものなのでしょうが、ことさらに、とにかくこの「アタック」をうまいこと交わしたい・・・そのために、紹介されているんですよ。石が。


でもって、なんかかわいいネーミングだな、って思ったんですが、「サイキック・バンパイア」なる、別バージョンもあるんですね。バンパイアって、吸血鬼のことなんですが(実はこの「語源」がなにか? ってのは、定かじゃないらしい)、このバンパイアちゃんは、何をするのかというと、「他人からエネルギーを吸い取る」簡単にいうと、「なんとかしてくれそうなヒトに依存まみれになっちゃう」ような感じのヒトが無意識に制作してしまう生霊のことのようですね。そして、「自分で自足できないエネルギー」を、ちゅるちゅると他人様から吸い取る、霊的存在のようです。
これも、いちどカモを見つけて吸い付いたら、そりゃまぁなかなか離れてはくれないでしょう。
だって、自分が努力しないでも、「タダ飯」ならぬ、「タダエネルギー」が貰えるんだもの。
だけど普通に生きていて、こんなのもよくある話ですよね。
別にバンパイアとは呼ばないまでも、接していると自分がなんとなく消耗しているのがわかるヒトって、現実世界にはごろごろいますよ。
そして、自分だって「バンパイア化」したくなるような時、必ずありますよ。
ただ、「よくある話」とはいえ、なかなか、それをさせてくれるような人間なんぞ、そうはいないものですし、結局最終的には「もらいっぱなし」では生きていかれなくなるのが普通だし。
そういうことを学ぶのが、この世なんじゃないのかなぁ。
私的には、こんなものよりも、生活保護なんかのお金を、働けるのに貰っているような人間(しかも、いろいろなものが免除されるため、ふつうに働いて社会保険や税金払っているヒトより可処分所得として多くなる)のほうが、現実的にバンパイアだと思うけれど。かわいいもんですよ、そういう現実があることに比べれば。


この「アタック」と「バンパイア」は、だいぶ違うもののように感じますが、まぁ、なんとなくいっしょくたになっちゃっているというか、「とにかく、そんなものに攻撃されたり、吸い付かれたら、そりゃ大変」といわんばかりに、紹介されているんですよ。
「対策」として。石が。


でもなんだか、読んでいて悲しくなる話ですね。


私がなんだかやるせなく感じたのは、その対策石に選ばれちゃった彼らは、かわいそうに、そういう目的で石を求めていた持ち主の期待を一身に背負って、なんというか、石も気が休まらないよなぁ、と。
そりゃ、そのための対策なんかにされれば、ブレスレットもぶちぶち切れるさ、と思いますよ。


サイキック・アタックと呼ばれる、いわゆる人様から受け取らなければならなくなった、負のエネルギー。
そして、
サイキック・バンパイアと呼ばれる、人様からただただ自分のエネルギーを吸い取られてしまう、不愉快なできごと。


これを「避けたい」と思うということって、そりゃ、人間誰しもそうだろうとは思うけれど、
なんというのかしら、、、、、、
これって、こういうのを避ける技を身につけることが、「スピリチュアリティ」だと思ってしまう人、曲解するヒトを増やすだけの話のような気が。
こういうのは、「占術」とか「呪術」のカテゴリの話で、「精神世界」とはべつものなんじゃないのかなぁ。
いや、その「占術」や「呪術」にしたって、「人生を棒に振るくらいの覚悟」あってリアリティを生むものだと思いますし。
ちょっと試しにやってみよう、とか、自分が手をくださないでラクして、何かを自分の思い通りにできそうだから、と、テクに走るってのは、まぁ、個人個人の自由ではありますが、そういう順序を踏まないズルのツケは、なんかのカタチで、別のところで支払うことになるんじゃないのかな。


霊能力、とか呼ばれるものは、そうですよね。ただ学んで資格を取ったとか、って、「就職口」みたいに、志願するものじゃないと思う。
こういうものを、職業としようとする、それは、ある意味、その「サイキック・アタック」「サイキック・バンパイア」を引き受ける覚悟なくては、成り立たない類の話かも、って思います。
それが、お金というエネルギーをいただいてやる対価なのではないかと。

なぜなら、霊能力があります!! を謳って、「何かを言い当てる」ことや、「人様の人生を左右したり指南すること」を商売とするのなら、そういう「依存ちゃん」がいなくては、成り立たない。
バンパイアちゃんは、いいお得意さんなのです。だって、離れてくれないわけですから。
以前、池袋で小さな占い師さんのお店で石を売っていたから、店内を見ている時に、ず~っとその占い師さんが電話で、鑑定? らしきことをしていた話を書いたことがあるけれど、電話切ったとたん、「何千円ね」って助手のバイトの子に言ってた、って話。
大きなため息ついたその顔をちらっと見たら、「あなたに石が必要だわね~、人にすすめるよか」ってな、疲れ切った顔で。


そして、アタックNo.1,のほう。
これは、もうなんの世界でも、同じです。
抜きんでるしか、ありません。それを防御する方法は。
小さな、その業界の中で、「どんぐりの背比べ」で、「あんなヤツがよぉぉ」ってやっているうちは、しょうがないでしょう。
これを受け止められない人は、「自分の能力」など、誇示するシゴトは、何一つできなくなります。


以前、オーラ・ソーマだかなんだかの資格をお持ちの方とお話した時に、その方がおっしゃっていましたが、そういうもので「開業」して、食っていけてる人間など、ほんとうに、わずかだそうです。
「まぁ、儲かってるのは、本家本元の「胴元」だけでしょう。」ってことでした。そういうものを揃える資金、胴元へのフランチャイジー、資格更新料、などなど、とてもじゃないが、普通のヒトには開業できないそうです。
家賃のかからない、自宅を改造する、そんな感じで、サロンを「最低維持費」キープのために、ボランティアでひらける身分の人じゃないと、できないでしょう、ってな話。
(たしかに、あのボトルとかって、びっくりするくらい高いですよね。石なんて、かわいく見えますよ、ほんと)
そして、それをシゴトとしてやっている人間の集まりの中では、当然「繁盛店」となって風呂敷を広げている方への、「妬み、嫉み」などのオンパレードだそうです。
「ロクに○○も読めないくせに・・・」(この○○というのは、このオーラ・ソーマというやつの用語で、いわゆる、クライアントが引いたボトルの意味を読み解く能力のことをいうそうです)とか、いわゆる、「あたしのほうが能力が上なのに、なんであんな能力のないやつの店が流行ってるんだ?」みたいな、悪口大会、批判話のオンパレードで、はっきり言って、非常に疲れまくるので、こういうものをやっている人たちとは、距離を置いている、とお話されていました。


その時、ひじょうに不思議だったのが、「人間にとっての精神性の大切さを、煽るはずの職業の人たちが、どうしてそういう自分の霊性を下げまくる行動に出ているわけ?」ってことでした。
なので、そのように質問したら、「スピリチュアル系のシゴトをする人たちの中には、自分が身につけた(と思い込んでいる)能力を、人に誇示したい欲求の高い人が多い」のだそうです。
だから、そういう「悪口、批判」は、おそらく「正当、正義」なんですね。
自分には、甘いわけです、早い話が。
あなたのボトルカラーがどうのこうの、ってなことを、まぁ、要は「心理を読みとって、代弁してあげている」だけの話なんですが、そういうことができる自分のプライド、というものがないまぜとなって、ぐちゃぐちゃなんじゃないでしょうか。
当然、「アタックうちまくり」なのでしょうが、これ、実はぜ~んぶ「自分に戻ってくる」のになぁ。
そんなことも、知らないんですかね? とお話したら、スピリチュアル系は「玉石混合」だから、と。


なにかが見えたり聞こえたり、先のことを言い当てたり、っていうことと、そういうチカラを持つヒトの精神性、人格の高低、は、正負号のものではない。
むしろ、そういう見えないチカラを持った自分、なんてものを、自覚しはじめている時って、要注意なのです。
なぜなら、どことなく「優越イシキ」「特別イシキ」を持たないか、といえば、それは嘘になるから。


わかる、って、わかる側には、それなりに楽しいことでもあります。
すごい、だの、どうして? だの、人に驚いてもらったりすると、人の本能として、「自己の存在価値」を、そこに依存し始めてしまう引き金にもなり、結果として、「なんのための能力だったのか?」を見失うことだってあるのです。
よくある話です。
最初は純粋だったのに、だんだん、自己への賞賛というものが原動力、餌となる。
そんな「霊能力」を屈指している方も、多いんじゃないでしょうか。


その自負、傲り、自分の精神的成長とのバランスの悪さが、「サイキック・アタック」を呼び、「サイキック・バンパイア」を呼ぶこともある。そうは考えられないかしら。
そして、そういうものがやってくることを前提に、石を準備する、というのは、なんだかそれこそ「ネガティブ星人」に感じるんだけな。


ちなみに、現実的には、その防御のための石、として紹介されている石というのは、
実は、「人格向上のための石」です。
私は、その部分だけは、なんとなく、ほっといたしましたよ。


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カテゴリ :  私にとっての2012年
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