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石ジャンキーと、2012年

2007年11月06日 (火) 00 : 27
「石ジャンキー、その是非いかに」にしようかと思っていたけれど、「是非」は問えないですよね~。
だって、自分が石ジャンキーそのものなわけで、理屈抜きに、ゲンブツとしての石をどんどんかき集めちゃっているビョーキ人間なわけですから、「非」なんて結論、はじめからそもそもないし^^。

まぁ、「ぜったい誰しも、たっくさんのイシはおすすめよ!!!」ということでもないですが。
以前にも書いたけれど、イシなんかなくても、ぶっとんだヒトはいらっしゃいますし、「運を、風向きを変える」なんて、おちゃのこさいさいなヒトも、世の中にはたくさんいらっしゃいますし(というか、まぁ人間は本来そういうものでもある)、そもそも「イシに何かを託したり、なにかを望まなくても、ちゃあああんと、シアワセ」でいられるヒトはいられるのですし。


で、石ジャンキーというのは、実際にはそれほど、「石の効果」に惹かれて・・・というのでもなく、「その石を見て、いてもたってもいられず、お持ち帰り」が、ほとんどではないかと。
だいたい、律儀に石の効果を調べ倒して、「あ、こういう効果の石なら、自分には不要だわ」と思えるようなタイプであれば、それは石は「ツール」であり、「文房具」みたいなものなんですよ、その人にとって。
道具であれば、確かに不要なものはいらないですよね。
そうじゃないから、いちどジャンキーになると、なかなかそこから抜けるのは至難の業。


でもね、石ジャンキーって、
実はその「ちゃあああんと、シアワセ」な方に、結局は、多いように思います。


えっっっ そんなことない! って思うかもしれないけれど、
石ジャンキーとなるためには、現実問題として、お金というツールを要します。
このツールを、そもそも、ジャンキーとなるに足るだけ所持することができる、という力量が、そもそも本人にあるわけです。
当たり前の話だけど、もう、その時点で相当なシアワセ者なんだと思いますよ。


大昔であれば、「瑪瑙」ふぜい(「瑪瑙」たん、すみません^^)の石が、「長寿、健康、富」をもたらす鉱物として、珍重され、家宝となっていたわけですよ。
ヒトが、一生の内で手にすることができる天然石の種類や数など、知れていたと思われます。
そんなお宝とは、まったく無縁な人間がほとんどだったのではないかしら。
(まぁ確かに、アゲートは、長寿、富、については自分基準ではよくわかりませんが、「健康」はわかる気しますね。
疲れている時、根を上げそうな時に、「ほらほら、もうあと少しだから」と、そっと支えてくれているもの。
つまり、ストレスがたまりまくらないようにしてくれている、軽減してくれているわけです。)


話がそれましたが、
なので、現代のありとあらゆる石に巡り会うことのできる石ジャンキーは、シアワセってことで・・・
で、この話は終わりではなく、
「なぜ今こうして、ひと昔前や、気の遠くなるような大昔には考えられなかったような大量の石たちが、私たちの目の前に次から次へと現われてくるのか?」ってこと。


これは、表題の「2012年」と、まったく無関係ではありえないと思うんですよね。
巷では、アセンションの年と呼ばれ、スピ関連では、「アセンション・ストーン」の数々まで出現する始末。

だからといって、その「高次元石」をぜひ手に入れておきましょう、って話じゃないですよ。
謳われている高波動石があれば高次元とコンタクトができてアセンションにつながる、と錯覚させるかのような、謳い文句で流通するような石もあるけれど、高次元というものが何か? を知るのに、「たかだか石ひとつ持って、一足飛びに高みに上がる」ってのは、有り得ませんから。
(というより、本来モノを欲しがる状態と、高次元っちゅうのは、対極というか、「いっさいが自分であり他である」の世界で、何をいまさら限定ストーンなんでしょう? って話です)


私たちは、順番に、個人個人が色々な課題を持ち、経験を積み重ね、ひとつひとつ扉を開けていくように、そもそも生まれついていると思います。
石は、その「ものには順序」を、無視しません。だから、時々、時期尚早、ってことで黙ったままの石もいる。


中には、ほんものの「飛び級」のヒトもいるかもしれないけれど。
そして、心ひそかに、「自分もその飛び級になりたいんだけどな。」と、ラクしたがるのが人間で、高次元に繋がる高波動ストーンっていうのは、そういう潜在的な欲求の部分に訴えかける、ある種の「つり」でもあるんじゃないかな、と思うのです。
だから、つながったところが「高次元」かどうか? ってのは、微妙な場合もあるんじゃないかしら。
相手はそういう「フリ」に長けた一枚も二枚も上手の高次元詐欺師かもしれませんから。


私が、2012年と石ジャンキーが無関係ではないな、と思うのは、潜在的に石に惹かれるヒトが増えているというのは、良かれ悪しかれそれだけ、次元の違う世界の関与、影響が強くなってきていることの現われのひとつ、なんじゃないかな、と思うからです。
そういうものを受け入れることが、無意識のうちにできてきている、だから、現われる石も増えてくる。
相関関係です。
石だって、見えない世界が実際にあることを伝えるのに大忙しですから、そりゃ早くシゴトしたいわけです。
(究極的には、石は「神」の創造物の純粋な断片。だから「神秘的」なのですが)
で、できるなら、人間だって同じですが、石だって「自分にとって、やりがいのある環境」を選びたい。
だから必然的に、「うわ!これ、いい!!」と思わせるアピールだってする。
そのアピールに、反応しちゃうヒトのもとには、そりゃ、ごちゃまんと集まってきてしまいますよ。


私には、この巷に溢れる石たちすべてが、ものすご~く、急いでいる感じがするわけです。
だから、石を身につけて、「結果が出る」スピードも、ひと昔前よりも、なんとなく早くなってきているように思います。
彼らは、人間の「霊的な進化促進」の一助のために、なんらかの変化をもたらそうとしている。
彼らが、というより、それは「石が、石であるゆえに、さずかった天分」だから、それぞれの個性を持ち主を通して発揮しようとする、それだけなのですが。


それは、2012年という、限定された年に向かってのものなのか?


2012年というものが、実際に、私たちが存在しているこの世界にとって、何かの節目となるのかどうかは、実際にはまだわからないことです。そんなに、奇想天外なこともなければ、今と似たような世界がただただ横たわっているだけかもしれません。
それは、もしかすると、ただの個人個人の選択しだいの話で、パラレル・ワールドのようなものがあって、そこへいって帰ってこない人、という実話が、当たり前の日常の中に周辺で出てくるようになれば、真実味はいよいよ増すのですけれど、「帰ってこない」わけですから、どこへいったかわからないですから、結局はそれも「自分が経験する時まで」わからないことなんだろうな、と思うわけです。


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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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