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2006年10月06日の記事のリスト

ということで、次回販売アクセサリですが。

2006年10月06日 (金) 23 : 53
何が「ということ」なのか、ですが^^
ようやく三連休となりますので、アクセサリのアップの準備をしているところです。
早ければ、明日10月7日の夜には、アップさせていただけると思いますので、ぜひ見に来てくださいね♪
(でもこれから写真とったり文章の準備をするので・・・10月7日というよりは、10月8日の夜中になるかも××)

今回は、けっこうこまごまと、単体ブレスなどをアップする予定です。
価格帯的にも、興味のある石にトライするのに、それほど超迷わないで済む価格だと思います。

ところで、話ぜんぜん違いますが、最近「モスコバイト」って流行ってる?
なんか、即効売り切れるんですよ、このビーズ。
いわゆる雲母系の石なので、レピドライトの深紅バージョンみたいな感じかな~。
やっとこさ、手に入れることができたので、モスコバイトは今回のアクセの中にはありませんが、次回くらいに登場するんじゃないかと・・・。

しかし一年前にはビーズになかったよーな石が、ばんばん市場に出てきますな。
なんとなくそういったビーズたちが空輸で、遠い外国から送られてくるところなどを想像すると、楽しくなりますね。
(鉱山で現実に働いて石を採ってくださる人々の劣悪な労働環境に対する批判的な見方もあるにはありますが、そういった人々の手と苦労により、いろいろな石を手にすることができる環境に感謝です)


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スピリチュアル・ブームって何?

2006年10月06日 (金) 00 : 10
このブログは、スピリチュアル・カテゴリーというわけではないし、そもそも、私自身あんまりその巷で言われる、スピリチュアル・ブームとやらを、よく知らないのだ。
ググると、「エハラー」とか「江原啓之」というのが筆頭に出てくるので、「オーラの泉」とか、そんなんの流れなんだろうと思う。
でも、その「オーラの泉」ってのも、私は観ていないので(テレビは習慣的にまったく観ないので)実際その内容はよく知らない。

私的には、精神世界に人が触れる、ヒトは肉物としての存在で、死んだらハイ終了、っていうことではないのだ、ということを、知ることはもちろんいいことだと思う。
見えない世界が左右するもの、霊的世界がカタチをつくったものが、物質世界である、ということを、真面目に多くのヒトが知ればなぁ・・・という思いもあり、たまたま自分は石のことが多少わかるというか、自分が実体験で知ったことについてのみ、書ける、という気持から、こうして石に関わるブログをやってる。

でも、そのスピリチュアル・ブーム火付け役のエハラーさんの書籍で、売れている順番を見ると、首を捻りたくなる。
1位が、スピリチュアル・オーラブックbasicというやつみたいだけど、シリーズもので、ブライダルブック、夢ブック、プチお祓いブック、幸運を引きよせるスピリチュアル・ブック・・・のような感じで、結局大多数は自分以外の外側にある神秘的に見えるフォース(仕掛け)に吸い寄せられている現象みたいに見える。
いわゆる、「こうすればうまくいくマニュアル」だ。

スピリチュアルという横文字の響きの良さ、目に見えない世界の心地よさそうな雰囲気と、目に見えない世界のことをわかる能力に、感嘆し、迎合し、鵜呑みにする。
マスコミ、テレビで言っていることを「真実」としてカタチづくるのは、それを観ている側の集合意識でもあるのだ。
これは、まんま、音楽業界にもあった「ブームの仕掛け」の手法にくりそつ。
資本主義社会の中で、この手のことを上手に語るのは、至難なことなんだな、というのをしみじみ感じる。
キーワードは、幸運とか、癒しとか、そんなようなものがシステマチックに手に入るイメージがなければ、人はなかなか本来はこういうものには飛びつくことはない。
(パワストも同じだね)

「いや~、人間はこの世では(というかあの世でも)永遠に公平じゃないからね。」
という事実をはっきりくっきりさせれば、スピリチュアルはお金にならない。
これは差別ではなく、もともと私たち人間はひとりひとりが「区別」されている。
一列一平の平等というものは、あり得ないのだ。
なので、手にする物質、環境、仕事、縁のあるモノ、みんな違う。
「幸福な結婚」とかそういうものは、幸福な結婚のモデルスタイルを夢見ている間は、永遠に自分とは無関係のものになる。
それは、「幸福な仕事」「幸福な友人関係」みんな同じだ。

結局、「生かされている=自分の受け持ちぶん」は何を知ろうと、しっかり払わなければならない借金みたいなものでもある。
借銭済ましは、ヒトそれぞれにタイミングがあって、もともと少ないヒトもいれば、なんだか知らぬが親(先祖)の借金が生まれながらに多い人もいる。

たぶんこの方も、ある程度もう出来てきてしまった「しがらみ」ゆえに、仕方なく、霊的世界のプラス面、メリットを強調するやり方でしか、モノが言えない状況になっていってるんだろうな、とは思うけれど。
ま、テレビ観てもいなければ、本も読んでもいないので、憶測でしか言えないことですが。

ヒトはもちろん、幸せに生きるべきだ。
というか、幸せに生きることは、この生かされている今、肉体を持たせてもらった人間の責任でもあり、ある種の義務でもあるのだ、と思う。
日本国民は、勤労、納税の義務が、憲法で定められているけれど、何よりも、日本人として生まれたということは、「幸福に生きる義務」を背負っているともいえる。
そしてそれは、目の前をカタチづくるものに左右されない、内面の幸福感を持って生きること、だ。
これからの日本人は、ますますそのことを試される時期に入っていくように感じる。
(いつのまにか首相交代してるしね)

で、大事なのが、その「幸福」とは何ぞや? という部分。
結局、何を知ろうと、その幸福の基準が結局、見た目の幸福、自分の幸福オンリーのものであれば、ご先祖様ってのはかえって悲しむだろう。
もちろん、自分の幸福を、ご先祖様やご指導くださっている多くの霊的存在に感謝することは、しないよりもいいことだ。
しかし、霊的基準から考えれば、結局自分だけがなんとか滑り込みセーフで、幸福な結婚を運良く手に入れたり、色々なことが首尾よくいったり、そういう「自分のことに汲々とした幸福」を追求する子孫の姿は、実際、最終的にはご先祖様の望むところではないように思う。


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