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2006年09月13日の記事のリスト

「適職」と「天職」

2006年09月13日 (水) 23 : 14
この両者というものは、どうやら「違うモノである」という認識が、広く出回りつつあるようで、私自身も、今その「適職探し中」の身ゆえ、考えさせられているところ。

適職というのは、日々の生活を支えるためのワーク。
心躍ることばかりでもないし、けっこうつまらなかったりもするのだけど、それでも精神や体への負担感もさほどなく、無理なくこなせ、ここがいちばん大事なポイントなのかもしれないけれど、「続けられる仕事」であること。

天職というのは、やっていて本当に楽しい、充実感が持てる、しかし、それで生活を支えるとなると、とたんに夢物語化してしまうような仕事。
でも、本人の願望としては、本当はこれをやって食べていけたらどんなに幸福だろうか・・・と思えるような、我を忘れて喜んでやれる仕事のこと。

そういう意味では、私にとっては、まさに作詞家は「天職」だったと思うし、石アクセサリ作り&販売も、その領域の仕事だな~と、実感できる。
しかしこれを「適職」としようとすると、だいぶ話が違ってきてしまう。
まず、作詞のほうは、なにしろ音楽の仕事というのは、そもそも不確定要素の多い仕事で、出してみなきゃ売れるか売れないか、なんてものはわからないのだ。
そりゃある程度、枚数が見込める音盤というものもある。
しかし、そういう仕事は、ライバルも多く、常にコンペ、コンペ、の争奪戦。
コンペのたびに毎回、会社の面接しに行ってるよーなものである。

石アクセサリ制作&販売で、食べていく、なんてーのは、最初から論外だ。
3000円のアクセサリが100個売れて、売り上げ30万円。
そこから、材料原価やらなにやら引いたら、いくら手元に残るか。
そもそも、3000円のアクセサリが、月に100個は売れない。
月に100作品売ろうと思ったら、400作品くらいの展開をしなければ無理だろう。
物理的に、個人の力では不可能なのである。

ということで、理想は「適職」をやりつつ、お金のことを考えなくていい「天職」を続けていければ、わりとハッピーなのではないかしら。
その場合の「適職」って、実はかな~り重要な意味を秘めているのだ。

私の場合、いままでの経緯から、どういう会社でどういう仕事なら、そんなに無理なく長く、ぬるぬると続けていられたのか? と、よくよく考えてみると、実はなんだかんだ言って、東証一部上場の、そこそこ名の知れた企業、だったりするのだ。
ベンチャー系、中小企業系、とは、なんだかんだ言って、縁が薄い。
結局、事務にせよ営業にせよ、会社の名前という看板あっての自分、だったわけである。
これは、やはり社会人初体験がいわゆる大企業勤務であったためなのだろう。
ここにはぬるぬると11年もいた。辞めなければ、まだいたかもしれない。
色々、信じられないくらいの紆余曲折を経て、二回目の大企業に入った時は、営業職だったけれど、今思うと、面接の時にやたら部長と話が合うというか、ウマがあったような気がしたのは、私的に「大企業の匂い」に生まれ故郷の懐かしさを感じて、安心していたからなんだろうと思うのだ。
東大出の頭のいいエリートちゃんだらけの職場だったけれど、ああいう方々の、良い点があるとすると、いい意味で人間が擦れていないの。
つまり、看板のある会社で「社会的には勝ち組み」とされる立場に最初からいるわけなので、妙な成り上がり欲がないぶん、その中で仕事をさせてもらうのはラクなのだ。
彼らにとっては、中途で入ってくる契約社員なんてものは、ハナから自分の立ち位置を脅かすライバルでもなんでもない存在なので、ある種の慈悲深さを与えてくれるわけ。
だけど、若い会社、これから伸びよう、業績を上げている会社っていうのは、それまでの数字を上げて会社を育ててきた自負心のある、先手がいて、後からそこに参入してくる人間っていうのは、どいつもこいつもライバルなわけで。
だから、けっこーくだらない「揉み手、おべっか競争」があるのって、私の経験上では、どちらかというと、大企業よりもちっこい会社のほうが目立つんだよね。

これは、大企業だからいい、ベンチャーだから駄目、という優劣の問題ではない。
相性の問題。
私は、私自身が「ここでがんばろう」というやる気を持っていようと、なぜかそういった発展途上の成長型企業との相性は悪く、続けたくても短命に終わっているのが、今までのパターン。

ここいらへんを、今回の職探しで、どう加味してやっていくか。
実は、さっそくこの問題に、ぶつかりつつあるのだ。
無い時はまったく無い、あればあったで、バッティングするこういう問題。
昨日、「選択肢がない幸福」を噛み締めていたと思ったら、一夜明けて、そういう悩ましい選択肢のようなものが出てきてしまったのである。
どうしよう。

「適職は続けられること」を重点に考えると、やはり精神的負担感をどうしても抱えざるを得ない「一般的にあまり名の知れていないインセンティブの比重の高い営業」は避けるのが無難なのかもしれない。私の場合、ですが。
固定で、ある程度見込めないところは、最後の最後、どうにもこれしかない、のがけっぷちに立たないと、できないのかもしれないなぁ、、、とも思った。

「続けられる」の要因に、私はまったく意識していなかったけれど、実際問題、自分の履歴書をしげしげと眺めてみると、その要因の中に「組織の大きさ」というものがあったんだな~、という事実があるのだ。

大企業ってところの悪口も、言いたい放題言ってたような記憶があるけれど、所詮、私は大きな組織向きの人間なのかもしれない。
大企業の良いところがあるとしたら、「適職」としてとても最高の条件、「昼間の仕事への思い入れの比重、人間関係の比重」を、自己コントロールで薄~くできることだ。
なぜそんなことができるかというと、それは組織の大きいところは、仕事そのものが細分化され、システマティックにできるところがあるため、逆に「個人の裁量や責任」なんてものからは、最終的には逃れさせてもらえるから。
これは、少人数体制の会社や、個人事業主ではなかなかできないこと。
「自分の力量でやったのだ!」という実感や喜びそのものは曖昧になりがちだけど、そもそも、「適職」なんだから、それでいいのだ。

う~~~~ん。
悩ましいところです・・・・・。
営業力だなんだ、って言ったって、本当の個人のそのチカラなんて、とても微妙ですもんね。見えないところでの大きなバックアップ「看板」を頼るウェイトが、今までの自分にどのくらいあったのか・・・。
今、検証中です。


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カテゴリ :  私にとっての2012年
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