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2006年08月27日の記事のリスト

「ハイパーシーン」って、どんな石?

2006年08月27日 (日) 17 : 41
ということで、ハイパーシーン、手に入れてみました。

この石は最近レア石扱いでお目見えする機会が増えているようですが、要するに私の好きな「ブロンザイト」の兄弟みたいな鉱物組成で、石に謳われている意味なども、ブロンザイトに近い、というか、ブロンザイトそのまま、という感じです。
しかしその見た目は、ブロンザイトの樹皮のような素朴なウッディーな風貌とはまた違い、ガラス光沢部分の、ピンク色のシラーの感じは、他のどんな石にも見られない独特の美しさがあります。
洋服の組み合わせなんかでも、色配分にもよるけれど、黒とピンクって綺麗ですもんね。
鉱物名はエンスタタイト。和名は頑火輝石。
パイロクシーン輝石グループの一種で、マグネシウム、鉄、珪酸からなる鉱物。
鉄分の割合で、違う見た目の鉱物になるのですが、鉄分の割合が10%から30%のものがブロンザイト(古銅輝石)、30%以上のものがハイパーシーン(紫蘇輝石)ということのようですね。

この石の名前から、まんま「強力な力を持つ石」として宣伝されているみたいですけれど、実際、私は「ブロンザイトは凄い!」ということを知っていたので、ハイパーシーンに関してはその「より強力バージョン」なのであろう、ぐらいに思っておりました。

謳われている意味は、ブロンザイトと同じで「潔癖と信頼の石」。
八川さんのパワーストーン百科全書によれば、純粋な正義感を持ちつづけたい人が身につけると効果的とされる鉱物で、かかわる人たちに、敬意を持って接することができ、誠実さと潔癖さで行動するところから、深い信頼を得ることができるといわれているそうです。体内のミネラルバランスを調整し、化膿や炎症、細菌感染を防ぐ力があるそうな。

ああ、これ読んでいて、「なんと今のぢぶんに必要な要素なのだろうか・・・」と、しみじみ思いましたよ^^。
な~~~~んか、この石、どうしよっかなー、って、すっごぉぉく気になっていたのは、そういうことだったんですねぇ。

というわけで、とってもきれーなハイパーシーン、やはりとってもきれーなブルーゴールドストーンやらアメジストやらコスモオーラやらと組み合わせて、ブレスレットとネックレスにして、ここ数日身につけていたのですが、ちょっと嬉しい展開がありました。
簡単に言えば、「思いを新たに意を決して駄目モトでトライしてみたら、チャンスが転がり込んできた」ということでしょうか。
萎えていた気持が、背筋がピン!としますね。こういうことがあると。
(ただ、とっても「石酔い」しております。「強力な力」とはなんぞや? という興味はありますけれど、私はまだまだこの石の「器」じゃない自分、ってのが、この石酔いっぷりで分かりますね~なんとなく。ブレスをしている左腕もね、すっごぅく「熱」っぽさを感じます。まぁ「鉄」ってそういうもんかもしれませんけど、かなり強烈。)

まだ実現するかどうかはわからないので、軽率にここで言うのは控えますけれど、さっそくハイパーシーンがシゴトをしてくれたのかな~~~~、というか、今の自分が地に足をつけて生かさせてもらうために必要な、基本中の基本、「生活を支えていくためのお金になるシゴト」のチャンスを運んできてくれたように感じます。

つい先日、「精神世界は余裕がある人間の贅沢品なのか?」のようなことについて、書いたばかりで、さっそく、その問題に現実的に直面させられました。
あんまり、偉そうなことを書くものではありませんね^^。
ほんとに、ここにこの手のことを書くとね、時間を置かずに即効、現実の場面で対峙させられるんですよね。すぐに、戻ってくるんですよ、自分に。
神様は、全部「帳面につけている」ってのは、ホントですよ^^。

ここんとこ、色々と揉め事というか、自分が大騒ぎしてカラ回りしていただけとも言えるのですが、その軽率さゆえに、人を傷つけましたからね。
単純に、私は自分の「我」を通したいがために、色々に理由をつけていたのですが、要は生活に必要なお金を得るためのシゴトを見つけるのがかったるい、まだ外に出て働きたくない、こうしていたい、っていうことへの逃避だったんですね~。

で、私は、なんと自分は感謝の足りない人間であったことか・・・ということを、思い知らされたわけです。
「お金がすべてではない」ということはもちろん真実ですが、「お金の有り難味」というものを、私はもしかすると、軽んじていたかもしれないな、ということを、身に染みてわからされました。

ひつくの神様もおっしゃってるんですよね~。
「お金を拝み得ないその意固地さが、そなたを貧しくしているのざぞ。」と。

私は、「自分に必要なお金は必ず用意できる自信がある」などと不遜なことを以前言っておりましたが、それは、私が自分の力でお金を作っているのではなくて、そういうめぐり合わせにしていただいているというだけの話。
お金に困らないように、困らないように、いつも生活の糧をちゃんと得られるように導いていただいていたのだ・・・ということを知り、改めて、愕然とする思いでした。

しかし、いつしか、自分の力というものを過信していました。
だからいつも平気で仕事を辞めては、また別のシゴトに就き・・・を、繰り返す。
なかなか条件の良い仕事がないこのご時世に、確かに周囲の人々は、歯を食いしばって少しくらいのしんどさなどは、失職の憂鬱に比べればなんのその、と、地道に毎日をこつこつと頑張っている。
そういう中で私はといえば、平気で、一度得た「この世的に見れば待遇のいい、高給ともいえる」仕事の場を、いつも放り出していく。
「何か自分には特別な理想でもあるかのように」理由をつけて、生活の基盤となる仕事を、いつも自分から手放してばかりいる。

これを繰り返していただけだったな。そう思いました。

もっと、楽な仕事、楽しい仕事がしたい。
普通の主婦みたいに、時給千円くらいのパートでいいから、のんびりしたい。
こういう思いが、私には潜在的にはびこっているのでしょう。
しかしそれは現在の私には、実現不可能な夢物語。
そういう仕事では生計が成り立たないことは、自分がいちばんよく分かっていたはずなのに、現実から目を背けていた。
その「自覚」が足りなかった私に、ハイパーシーンがどうやら「喝」を入れてくれたようです。


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カテゴリ :  自己実現stone
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