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とてもじゃないが「感謝」できない状況への対処法

2006年08月15日 (火) 17 : 47
運を良くする方法論に、昨今では「感謝」の二文字が大流行(でもないか^^)。
斎藤一人さんとか、いわゆる「成功者」を成功者たらしめている理由のひとつであることなどが、ある種の説得力を持つため、とにかく「自分はツイテル、ツイテル」「ありがとう、ありがとう」の言葉を呪文のように唱えることを日課とされている方も、中にはいらっしゃることでしょう。

これを、悪いこととは申しません。
反復することによって習慣となり、そういう言葉を使うことが、その人にとって気持のいいことであれば、「それだけで」幸福なわけですからね。
そして、「それだけで幸福感を得られない」ようであれば、それはホンモノではないのです。心の中に、「こうしていれば自分は運が良くなる」という目論見があれば、それは偽善ですから。
自分の心には嘘はつけませんので、これは誰に言われずとも、自分自身が、いちばんよくわかることです。

ところで、私はこれって何かに似ているなぁ、と以前から思っていたのですが、今日わかりました。
世に言う「営業スマイル」に、酷似しているのです。

人は長年同じ職業に従事していると、その職業なりの特性を表現するような習慣が身につきますので、営業マンを5年10年15年やっている方というのは、自然に営業スマイルという技が身につきます。
しかし、そのスマイルの奥に隠されたものが、必ずしも「心からの表現」なのかどうかは、実は人によってかなり分かれるところなのです。
私は、この「感謝」の言葉であったり、「ツイテル」であったり、ポジティブシンキングについても、それと似たようなところがあると思いました。

こういうものは、単に「技」であり「ノウハウ」ですから、それを本当に、身についたものとし、実のあるものにできる人は、実際にはほんの一握りでしょう。
「ノウハウ」は、自分の中で消化し、自分のカタチにできてこそ、実を結ぶものだと思います。笑顔がクセになったり、感謝の意を表現することがクセになることそのものは、とても良いことですけれど、その「奥」にあるものが、自分本位のものであれば、あまり役に立たないどころか、表面上は役に立っているようにコトは運んでいても、おそらく肝腎要の時に、自分を見失うことになると思います。

「見返りを要求する良いことの実践」がもたらすものが何であるかは、現状の世の中を眺めていても、自然に気が付くことですね。
「誰かが幸福になるために、誰かが犠牲になっている」
これは、神様の真意ではありません。

空疎な、実感の伴っていない言葉は、どんな美辞麗句でも、私たちに響くものを残さないものです。
私は以前、音楽をやっていたもののはしくれとして、楽曲というものに対してよく感じていたことなのですが、「魂」が入っているか、いないか。これは、伝わるものなのです。実は、石もこれを見抜きます。
ずっと以前の記事でも書いた記憶があるのですが、石に聞かせる楽曲のボーカリストの魂力とでもいうのでしょうか、その違いによって、石の喜び度合い、活性化度合いがまったく違うことを発見した時は、あ~これは、一種のバロメーターになりそうだな、と思ったものです。
(ちなみに、同じボーカリストでも、当然ですが「その楽曲に魂がこめられているか、いないか」は、曲によって変わるため、そのあたりも石は教えたわけでもないのに、ちゃんと見抜いていて、とても面白いです)

話を、表題に戻します。
私は、何が何でも「感謝」をする必要はないと思っています。

しかし、これだけは「事実」ですので、よろしければ、そんなもんかな~、と思ってください。
確かに、どんな状況に対しても「感謝の心を本気で常態として」持てれば、必ずブレイクスルーに繋がります。この「本気で常態」が肝腎です。

そこそこ幸福な人が、感謝をするのは「当たり前」のことです。(逆に、そこそこ幸福なのに文句ばっかり言っていると、その文句の言葉どおりの現実を手招きすることになります。これは、私が実証済み^^。)
そうではない人が、「ぁあんで、これを感謝できるかね?」の状況、状態を、真剣に感謝で溢れる思いになれて、行動を起こしてこそ、「原動力」の神様がシゴトしてくれるわけですね。

なので、「そうか、じゃ、ぢぶんはまだ本気にはなれないな。」と思えば、それでよいのです。
その中で、学ぶことがたくさんある、ということですから。
そこに浸ることは意味があることだったんだ、ということを、必ず後になって知ることになります。

そして、感謝はできないまでも、もたらされていることに対して、信じがたいけれど、「自分にとって必要だから起こっていることなのだ」という事実、現実に対しては、諦めるという言い方は情けないですが、「胎をくくる」しかないです。
起こってきていることに対処できるのは、自分しかいない。

「ありがとう」を一日何百回唱えようと唱えまいと、現実を動かし、仕事をし、毎日を運行させていくのは、自分なのですから。


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カテゴリ :  私にとっての2012年
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