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2006年06月26日の記事のリスト

ペンジュラムへの質問のしかた

2006年06月26日 (月) 01 : 01
さて、ペンジュラムを先般絶賛した私ですが、間違いなくさいっこうに楽しいです。
楽しい経験続行中。このまま、退職の日までミラクルを続ける予定。

これは要するに「自分に問い、自分が答えている」それだけで、別に「石が答えている」わけではないのですが、あまりにも「うっそぉぉ」な結果を経験し過ぎちゃって、最近は「そうか。自分は知っているわけだ。未来創造をしているのは自分なのだ。」ということと、つまり、世の中に偶然など本当にないのだ、ということに対して、もう、揺ぎない確信しかでてこないです。

ところで。
その「水晶振り子」さんへの質問のしかたですが。
これは、ペンジュラムのことを説明するサイトや、パワスト屋さんなんかでもよく謳われていることですが、必ず「YES、NO」の答えが出る質問に絞りに絞ったほうがいいです。

どうとでも取れるような質問には、どうとでも取れるような答えが帰ってくるか、「答えられませんがな、そんなん。」という動作をします。
つまり、「こうすれば幸せになれるかな?」は駄目です。
内なる自分の幸せの基準と、人間として生き、我欲と外部洗脳である世間一般のジョーシキ的考察に毒されている肉の自分が考える幸せの基準ってのは違いますので、人間的見地からの基準でそういう“幸せという状態”を、内的自分は察知してはくれません。
石の言ったとおりにしたのに、ハズレた。となるのがオチですね。

なので、「願望が未来にどうなるかを尋ねる」というよりは、「こっちか、あっちか」「これか、あれか」など、具体的行動を予定していることについて、つまり、それを聞いたら迷わずそれを選択し、そのように行動することを決めていることについて、尋ねるのがいいと感じます。
そうすると、結果もはっきり分かります。

ペンジュラムによって得られた答えのとおりに行動したのに、結果が得られないケースもあります。
でも、これは自分の「心・言・行」を振り返ってみると、必ずどこかの部分で、その答えのとおりには行動していなかった自分が見つかります。
なぜ、そうしなかったのか? を考察してみると、「恐怖心」や「不安感」「迷い」に負け、臆病な自分が、一瞬ひるんだり逃げたり、何かに気を取られたりして、「実現を拒否」しているのです。
その一瞬の選択で、簡単に未来の結果なんて変わってしまうのです。

私たちの人生というものは、一瞬一瞬の、心の選択の積み重ねなのだ・・・
ということを、本当に実感できますねーーーーーーーー。

私が、外回りのシゴトでペンジュラムに質問するのは、まず朝。
現地に到着し、地図を広げ、「さて、何番地から行くべきか。」です。
これ、本当に不思議ですが、いくつか聞いて、全部YESの答えになることなんてありません。たいてい、いくつか聞いて、何個目かでぐるんぐるん時計回りします。
そして、2回目は休憩をはさんだ後半スタート時。
基本的に、いちいち、何度も何度も道の途中で尋ねたりはしません。きりないですしね。
最近は、具体的物件名までゲットしています。
「この、〇〇ハイツのあたりからですかね?」とか聞いたりすると、すごい勢いで時計回りしてくれるので、そーかい、そーかい、と、にこにこしながらも、実際に行動する段階になった時は、私はそのことを意識していません。
ペンジュラムがそう言ってるんだから、絶対なのだ。までは考えていないです。
しかし、得られた答え、「ここへ行く」という行動を遂行することに関しては、半信半疑な態度は持たないようにしています。

で、実際にその示された場所で「良い結果」を得たあとで、「あ、そういえば、そうだったねー」と、水晶ペンジュラムに御礼を言うことになります。

一度、ペンジュラムの示した場所で、しくじったことがあり、「あー、たぶん今のがソレだったんだー・・・」と、あとで気がついてがっかりしたことがあるんですが、「まぁいいやー。もう、今日は好きなとこ行こ。」と、気の向くままに行動したら、契約者が出現したり。

あれですね、ペンジュラムが示す指針、つまり自分の潜在意識の意のままに動こうということを意識し過ぎても、それはそれで、それを「しくじった時のダメージ」というリスクもありますので、起こってくる物事に対して翻弄されない、という精神力は必要かもしれないです。

何が起こっても面白がれる自分。切れない自分。平然としていられる自分。
ある種の、霊的成長のための試し、忍耐力の強化を経験するケースもままあります。

願望を実現したり、願望を実現するための近道として、確かに「潜在能力の開花」というものは一見お役立ちアイテムのように思えますが、結局この世界で何かを実現し経験するのは「肉の自分の行動いかん」によるものなので、たとえば、予知能力などがいくらあったとしても、それをいったいどう活かすのか? が問われるわけですしね。

でも、今の職場で、もしこの数字の根拠について真面目に「いやー、実はペンジュラムなんですけどね。それとムーンストーンがね、アメジストがね、勘を研ぎ澄ますんですよ。ブラックアクア、キャッツアイクォーツ、ホークアイ、集中力と不動心を生みますわー、あとラピスネバダ、さすが強運石ですわー」とかなんとか言っても、誰にも間に受けてはもらえんでしょうな^^。
「勘が当たるだけです。」とかなんとか、言ってるんだけどね。
まだまだ、パワストの世界は、面と向かって普通の人にまぢで語るにはキビシイですな。


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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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