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2006年03月02日の記事のリスト

胡散臭いモノ好き、とはいえ・・・

2006年03月02日 (木) 03 : 25
実際、私はもともとが「胡散臭いモノ」が好きな傾向にあった。
そういう人間じゃないと、「目に見えない世界」などに、そもそも興味がいかない。
よっぽど衝撃的な不幸だの、逆に、あまりにも劇的に過ぎる幸運だのに出会わない限り、まず、目に見えない世界や、陰謀論やら、あんまり大っぴらに世間で語られていないものに対しては、触手が伸びないのがフツウだと思うし、なんとなくそのほうが健全な感じがするし。

でも、これはもう性分なので、しょうがないのだ。
ちなみに、石も「変わった石」は大好き。ビーズも、レアとか言われると、借金しても欲しくなる。って、レアと胡散臭いモノは全然違うか・・・。

なんでこんなことを言い出したのか、というと、以前とっていたメールマガジンが、突然毎日スパムのように届き始めて、で、私は「あー、そういえば、この手合いにもハマッたっけなー。」ということを、思い出したからだ。
でも、ずいぶん長いこと来なかったように思うのだが、なんでここんとこ毎日来るんだろう?というのが不思議だ。

そのメールマガジンの名前は、内海新聞、ってやつだ。
この書き手の人は、「すっごうく、裏情報に長けているご自分」を自認しているようなのだけど、どうなのかなぁ?
「きっこのブログ」にお株を奪われた気になって、急に奮起しちゃったのかな?
実はもう、SARDSや鳥インフルエンザが実は人工ウィルスかもしれない、とかそういうことには、興味がなくなってしまったのだ。それとか、陰謀系にお決まりの世界メジャーを牛耳る大財閥とか、それも、そうならそうでしょうがないと思うのだ。
だって、そういう人たちと、じかに会ってお話して、その計画の骨子を聞かせてもらえるわけじゃないしね。

そういうことが世界にある、っていうのは、「2012年」系の話でもよく出てくる。
でも、ひふみ神示では、「悪もお役ぞ」と言っているので、なんていうか、その手の非道な人間に見える人々がいたとしても、もうそれを非難する気持が失せているのね。
それで自分が死ぬのなら、それも運命。
じたばたしても、いっくら「悪を非難」しても、こんなちっぽけな自分、どうしようもないのだ。
だって、非難しても、彼らはそういうことを止めない。
そういうことをする人々にも、その計画的な歴史の積み重ねをいうものがあるからだ。
人が、何かを「信条」としてしまうことは、そういうことなのね。

でも、直接お話ができるなら聞いてはみたいんだけど。
そういうのって、幸せなんですか? って。
弱者切り捨て、優生学っていう発想って、とどのつまりは、それで残った人たちは幸せなのかなぁ?って。本当に真面目に不思議に思うんですよ。
優秀な人たち、学がある人たちのことは、ホントによく分からないですね。
昔、そういえば職場のまわりのオトコ全部、平から専務まで「東大卒」って状況の頃があったけど、確かに頭はみんないいんだけど、うーん、、、どうなのかなー。
そのうちの一人は、すっごくいぢめがいのある皆のペットみたいな感じの人だったんで、私はよく皮肉ってたんだけど。
「頭のいい人たちばっかりで“経営”してるはずの、日本なのに、なんでこんな借金まみれなのかね?」とか、「厚生年金積立金を、株に回すなんて、気狂ってるよね?ね?しかもすっごい目減りしてるし。なんで人のカネだと頭いい人たちって平気でドブに捨てる真似すんのかね。頭いいのに、どーして東大出身の人たちって、そういうことするわけ?」とか。
まぁ、なぜか彼は謝ってたけど。なんでオマエが謝るのだ?と、東大の同属意識は凄いもんだ、と思いましたけど。

それに、弱者がいつまでも弱者かどうかは、わからないのに。
だって、食料自給率のめっちゃ低い日本なんか、いざとなったらいっとうの強者は、自給自足ができる人々ではないかと思うんですよね。
あ、でもそうなれば、たぶん「腕力」「暴力」が、モノをいうようになるんだろうなぁ。オンナ、子供には、つらいところですな。


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カテゴリ :  私にとっての2012年
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