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「アセンション」という耳障りのいい言葉

2006年02月01日 (水) 02 : 31
「アセンション」や、「フォトンベルト」という言葉について、インターネット上でgoogleなどで調べてみると、アセンションだけで77,500件、フォトンベルトで22,800件となりました。

これらは単体で存在している事象ではなく、世の中に現存する、黙示禄系の存在と複合的に絡み合っていることが、事実です。
「これから地球上に起こる可能性のある事象」ということで、あまりにも話が大袈裟すぎるというか、想像できる領域を越えている分、「ちょっと異常気象っぽいけど、それでもまぁ今こんなに日常は平和だし普通だし・・・」という視点からだと、「在り得ない」と思うのも仕方ない側面があります。

あまりにも有名な世界のベストセラー「聖書」の中の新約聖書のヨハネの黙示禄(聖書に関してはその時代の権力者による度重なる改ざんが取り沙汰されますが、そのために「輪廻転生」に関する記述が削除されている、などの説があります。「生まれ変わり」があることを前提に人々が生きてしまうことによって、現世での教会の権威が保てないことを危惧していたと思われます)や、日本の古事記や、日月神示、世紀末の大預言で日本で有名なノストラダムスの預言や、あまたの世界中の霊言書と呼ばれる存在や、2012年12月22日で終了しているマヤ暦の話、2012年12月23日で時間がゼロポイントを迎えるというタイムウェーブ・ゼロ理論、昨今よく目にする宇宙人コンタクティー、UFOコンタクティーなどの存在、「マジック」と称する超能力を発揮する人々の存在、などなど、これらの謂わんとする「大元の意思」を辿っていくと、なるほど、なんとなく、アセンションやらフォトンベルトなどの「2012年問題」が真実味を帯びてくるような「気」がしてきます。

こういうものを、「荒唐無稽」と一笑する人々を根底から支配するものは、いったい何なのか?もし、これらが荒唐無稽なものだとすると、今私たちが世の中の常識として身につけている知識・良識が最良かどうかはともかく、良いものであるといえる根拠はどこからきているものなのか?
そこから世の中を見つめていくと、「今起こっていることの本質」「これから起こるであろうことの本質」が、垣間見えてきます。

たとえば身近なところで、昨年発覚した「耐震性偽造問題」などですが、私は、この問題の本質は当事者として関わった人たちのみならず、私たち人間の「自己保身、身の欲」が招いた典型的な構造が、どういう風にシワ寄せして「結果」という果実を招くか、ということを、実体感させてくれる問題だと感じます。
その点では「被害をこうむった方々」にはお気の毒なのですが、買った側売った側双方ともに、反面教師として、物凄い「人間世界への貢献」をしていただいたことになるのです。

もちろん、偽造された構造計算を行っていた側に相当問題があることは事実です。
しかしながら、私は今現在を生きる人は、多かれ少なかれこの姉歯氏のような心境で罪イシキを感じながらも、食べていくため、家族を養うため、仕事を続けていくためには「仕方ない」という「身欲、得心」部分優先で行動を選択しているケースが多いのではないか、と思うのです。

私はかつて営業の仕事をしていたから分かるのですが、日本の会社は今や「理念や社会貢献」という美意識や誇りを打ち捨てて、利益のためにまい進しています。
老舗や大手企業がそうなのです。
企業の信頼感やブランド効果を高める「名の通った会社」という利点は、「売るための方便」に成り下がっています。。
私は、勤めていた会社の社長の「君たち営業マンはこの会社を良くしていこうなんてことは考えてくれなくてけっこう。そんなことをつべこべ言う暇があったら、自分の成績のことだけ考えてくれ。それが嫌なら辞めてくれ。代わりはいくらでもいる。」という言葉と、「こんなにたくさん売るものを作ったが、とにかく売るだけ売ってくれ。まぁ先のことは、わしは生きてないだろうから、知らん。」という言葉に、退職を決意しました。

その、理念のなさ、社会的責任感のなさ、利益だけを追求する姿勢、そこに追従していく社員であることが、私の誇り(ちっぽけな誇りですが)を打ち砕くに十分でした。
異を唱えても、その言葉はかき消され、そこでお給料を貰う身はただ黙りこむしかないのだ、ということを面と向かって言ってくれた社長には、逆に感謝しました。

というよりも、こういう権力の世界は、雇われる側に「まぁ自分なんてたいした“誇り”なんか持ってないし」というマインドコントロールを、失業、失職の恐怖心を餌に、巧みに行使しているだけなのだと思います。
権力側でさえ、経済社会での利益確保という優位性の高い立ち位置を確保しなければ未来がないという焦りに、マインドコントロールされているのです。

たとえば、狂牛病牛肉の問題にしても、肉食そのものの問題にしても、「食の安全」を担う食の現場で生活の糧を得る人々すべてが、この問題を認識し、売る側の都合や利益の損得勘定を考えずに行動しているでしょうか。

この耐震性が偽造されたマンションやホテルや賃貸用マンションなどを実際に買われた方々は、そのシワ寄せを食らったわけですが、結局突き詰めると「身欲、得心」が招いた災難、とも言える部分があります。宇宙の法則どおり、大いなる反省材料を与えられたことになります。
「不動産に買い得はない」と、言われます。
一見お買い得に映る不動産でも、相場から大きく乖離した安い価格には「何かある」のです。「新築でこんなに安くてこんなに広い」は在り得ないのです。それを「在り得る」と判断したその発露は、人よりとにかく安く買って得をしたという実感を得たい、という身欲の幸せを考えるところが発露になっています。
“欲得に振り回される心に付け入れられた”結果でもあるのです。

そして、今や世の中は、「性善説」で経済活動というものが成り立っていない可能性が大いにあることが、証明された事件でもあるのです。

そこには、お決まりの「だってそうするより他に選択肢がないじゃない、こんな世の中じゃ。」という想念、言葉、が吐き出されます。
でも、本当にそうでしょうか?
単純に、今の世の中の価値観、みんなが乗ってるレールから外れることに恐怖しているだけではないでしょうか。

いずれにしても、今まで包み隠していたことが、これから白日の下に晒される現象が、これから相次いでいく時代になると思います。
そういう時代の中で、自分も「すっぴん」になるのだ、ということを想像してください。今までは、人間性、霊性は「目に見えないもの」として、いくらでもごまかしごまかし生きていくことができた。
「善人のフリ」で、「善人ぶる」ことができた。
「美しく装ったつもり」で、「綺麗な人」になることができた。
それが、どんどん、日を追うごとに「ごまかしが効かない世の中」へと変化するのです。何よりも、「自分が自分をごまかすことができなくなる」のです。

この国じたいは、これからどんどん大変な(今でも大変なのですが)事態に突入していくことになるでしょう。「国民の圧倒的多数に支持されている」という触込みの、現行の政治を見ていれば、明らかです。
私たちが「なんとなく信じてきた制度」の崩壊は、目前です。
その時、この世の価値観にすがり付いていた身であればあるほど、どんどんつらさを実感しなくてはならないということになります。
今でさえ、「神も仏もない世の中」にじゅうぶん見えますが、もっと熾烈を極めるでしょう。

その逆に、その身をなんて自分は幸運だったのだろうか、となる可能性もあります。
誠心誠意で生きてきた人、あんまり世の中で得はしてこなかったけれど、何が起ころうと生きていることそのもの、自分の人生に常に感謝し続けてきた人、周囲の人を幸福にすることに最大の喜びを見出してきた人、自分の幸不幸のみに頓着せずに、社会の改善のために四苦八苦する生き方をしてきた人、などなど、いわゆる「目立たないけれど重要なことを積み重ねてきた人たち」です。

「アセンション」という言葉は、耳障りのいい言葉です。
光の時代、ごまかしのない時代、次元上昇の時代、というふわっとした夢を彷彿させる部分があります。
現実逃避の材料にもなってしまうかもしれません。
霊的向上心の意味を取り違えて、自分を取り巻く世界をただ悲観することや非難することに留まり、内向的な自分だけの殻に閉じこもってしまうこともあるかもしれません。
どうせ地球が今のままじゃないのなら、今のうちに好き放題やっておこう、というわが身可愛さ、自分だけを充足させるための行動への動機になることもあるかもしれません。
「自分の人生は、持ちきり。死んだらお終い。」という価値観のもとでは、これから起こることを、どう判断していいか分からず、右往左往、それはもう「人間」ではなく「獣」の生き方なのです。

しかし、「アセンションできること」が重要なのではなく、いかに魂のレベルで、それが本当に素晴らしいことと実感できるかが重要で、実際、わが身に大変なことが起こってきたら、自己保身に走る魂であってはならないと思います。
私たちは、これから徐々に「高次元の自分が最終仕上げとして自分を試みる」事象を経験していく、アセンションへの道程は、そういうことだと思います。


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カテゴリ :  私にとっての2012年
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