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人の持っているもの

2019年02月19日 (火) 20 : 23
人の持っているものを、いいな~と羨ましがる、面白くなく思う、そういうのを「嫉妬」と呼ぶのですが。

自身が嫉妬心を持っていることって、あんまり対象に気が付かれたくないものですけれど。

見ている人からはバレバレなんですよね(笑)。


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ただ、その対象に、それが気が付かれにくいタイプの行為っていうのがありますね。

それが「ストーキング」行為と呼ばれることになった、「相手にとっての迷惑行為」でしょうか。


これはお客様にメールをしていて、思い出したことなんですが(もしかしたら、ブログの記事にも、以前書いたことが合ったかもしれないです)。
昔はストーカーというのは、縁もゆかりもない、見知らぬ人に付け回されることを、そう呼びました。

今でこそ、恋愛などで、いっときお付き合いした相手などを、未練がましく追い回すような人のことも「ストーカー」と呼びますし、迷惑行為がドを超える(脅しとか名誉毀損とかになると、ちゃんとお縄になれます^^)が、昔は…恋愛沙汰では、そんなん普通でしたよ(笑)。
あ、脅しとか迷惑行為は、その場合はしていなくても、「相手のことが好き。相手はもう自分のことが好きではないのだろう、ということは知っているけど…」という気持ちを持ちつつ、なんかしらの接点を持とうと、つまり「相手に会いたい、顔が見たい」と思って、その人に会える場所に出かけて、「気づいてもらいたい」ってなっちゃうと、「相手がそれに気づく」と、それが相手にとって不快な場合には、「相手にとってのストーカー一丁上がり」ということになるわけです。

いやこれは厳しいですね(笑)。

私も^^大昔まさにそれをやっていた時期もありました^^。
自分の気持に正直に行動しちゃう人は、ともすると、ストーカーという犯罪者のくくりに入る現代。
今の時代は、ちょっと、クソミソなところがあるかなと。
振られたほうが、相手を好きでいつづけると、ストーカーって、呼ばれちゃう。

これじゃ、今の時代、独身が増加し続けてもしょうがないね、って思いました。
いつ自分が人にとっての「ストーカー」になってしまうかわからないじゃないですか(笑)。
怖くて、人のことなんか、好きになれないですよね^^。

だから、恋愛するなら、「あとあと、ストーカーとならないためにはどうすればいいか」みたいなことも考えながら(笑)、恋愛しなきゃいけませんね。

個人的には、「ほんっとうに縁と呼べない、顔見知りとか知り合いでさえないのに、なんで?」みたいな人から、なぜか、付け回される、そして、実際に実害というか、脅しや誹謗中傷やら、受ける、みたいなレベルを「ストーカー」と呼ぶのでいいんでないかい、とは思います。

多少でも、相手を知っちゃっている、認識している間柄で起こるソレは、一応今はその「罪名」を相手につけることはできるんだけど、そう命名して相手を断罪する、みたいなこととはちょっと違うかな、と思わないでもないです(笑)。

ちょっとでも、いっとき、「感情のやりとりがあった相手」というのは、
この世では、いつなんどき、双方に、その度の過ぎた状態が起こらないとも言えません。

(「八方美人」てよく揶揄される、誰にでも好かれようとする人の意味の無さ、みたいなことも言われますけれど^^、これはね、八方美人には実際は「なろうとしてなれるもの」でもないので(笑)まぁ、なろうとしてなれない人は、ここでは置いておきます。(また、このタイプは、そもそも、人にストーキングなんてされませんから(笑)大丈夫))

でも、顔見知りとか知り合いでさえない、なんで? 系のソレであっても、それも、「高次視点」から見ると、「縁」であり…
そして、「必要合って、仕向けられている、刺客」のようなもの…とも言えます。


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ストーキング行為を「人にされる」または「人にしてしまう」的なことは、まぁ、なるべくならないほうがいいですが^^。
現実問題としては嫌な経験だと思います。

あれです、

まるの日さんところの用語だと、こういうのが「きのこな人」だったりしますが、そのきのこは、「囚われ持ってる人の、その囚われが養分で生えてくる」わけで、「きのこが離れていく時」には、その人の持つその「囚われたモノ」も、なんといっしょに持っていってくれる…

実は、きのこな人は、大変ありがたい存在でもあるわけだったりします。


私は、この、自分自身がこの「きのこ」だったのが、たしかに大昔の恋愛時だったな^^とも振り返ると思いますし、また、「まさに自分が相手をきのこにしてしまっているんだな」と思えるような、恋愛経験というのもあったと思います。

実は、まるの日さんが語る「きのこ」話にあんまりぴんときていなかったのですが。
あんまり日常、自分が嫌だと思う人に、この10何年、遭遇しなくなってしまっていたので、ずっと忘れてました。


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これね、

ひふみ神示でいうところの、「めぐり取り」と、原理が同じです。

メグリ、っていうのは解釈として、その人の持っているカルマとか、浄化されていない部分、囚われているものですね。

ひふみ神示では、「身魂の掃除」と「めぐり取り」は必須項目です(笑)。
このために生きている、とまでは言いませんが、
人間が「かみがかる」ためには、つまり、「次の人類」ではありませんが、アセンションするためにはまぁ、必須項目ではあります。

ひふみ神示的には、

「人に悪く言われるのは、メグリを取ってもらうことぞ」と、まぁ、むしろ感謝とは言いませんが、「いやなんだけど、ありがたいこと」の範疇として、その現象を捉えて、ひつくの神はそう言っています。

私は昔、ひふみ神示を読んで、これが入っていたので、おそらくですが、すでにこの解釈にぴんときていたため、「そうか…自分が努力して、四苦八苦して、メグリを手放さなくても^^、それってそうだったのか~」って(笑)なんでしょう、「嫌なことなんだけれど、まぁまぁ、ポジティブな現象」でもあるんだな、って思えて(笑)ようするに、「安心しちゃった」んですよ(←すっごい単純)。

だから、自分がそれに対してウェルカム体制になると…

不思議なもので、自分周囲に、その現象がむしろ、なくなってしまうんです(笑)。

悪口言われるのが、怖くなくなります。

で、実際に、言われなくなります。周辺にそういう人が顕れにくくなってしまいます。
(そのくらい、実は、「本人が思うほど」には、「他人はあなたのことなんて気にしてはいない」ということでもあるのですが^^)


「きのこ」の話だと、まだちょっと、きのこに対して、フラットではないネガティブ意識があるかな。
実際にきのこな人の対処で困っている人には、「やれやれ…」な話に聞こえちゃうかもしれませんね。

(まぁ、きのこな種類の人の場合、単に「相手がこちらを悪くいう」ことだけが、きのことは限りませんから、見分けが難しくて、ちゅうちゅうエネルギー吸われてる、つまり、「利用されてる」みたいなこともありますからね。でも、「高次視点」では、これもやっぱり「メグリ取り」だと思いますよ)


あ、注意点として。
だからって、「そうか、自分のメグリ、囚われをはずしてもらう方法が、それなのか!」って、わざわざ、「人に悪口言われることをあえて、その目的でやる」というのは、「我欲」ですので(笑)ダメですよ。

それだと、他人を自分のために「利用する」行為ですから、自分をわざわざ悪く見せて人の注目を集めようとする「偽悪者」にもよくある傾向ですが、意図的にそれをやれば、それはそれで、カルマというか囚われをつくっていきます。

あくまで、「自分に正直に行動していること」が基本ですよ。
それで悪く言われるなら、それは「ありがたいことに、毒吸い上げてもらってる」ということです。


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表題の、「人の持っているもの」から、ズレましたが。

メグリ取りの話では、
人から向けられたそういった嫉妬などの感情から投げられる悪感情などは、「相手にメグリとってもらうことぞ」と、良かった良かった、と(笑)神様はそういう励まし方しています(笑)。
が~~~ん。でしょ。
「よしよし、あなたはいいこいいこ」してくれる(笑)「おやさしいスピリチュアル」ではないのですよ。

なにしろ、「逆恨みされるのも、恨みは恨み。それは、自分の中にそれがあるからであるぞ」って言ってますからね(笑)。
これ、嫌ですよね^^。
もし人に逆恨みされている場合、「自分は人を逆恨みなんかしないわよ! ふざけるな! 」と、神様に悪態をつきたくなりますよね。
でも実際、そうなのですよ、悲しいことに(笑)。

究極、

私達は、こういうの、それぞれが自分の中から「いっこでも手放していく」ことを、人間の共通命題として、持っているんじゃないかと思いますよ。

だけど不思議なんだよなぁ。

「高次」のソレだと、「いいこいいこ」じゃないのに。
「あなたは悪くない、いいこいいこ」ってわけじゃないのに。
自分の、悪いところ、良くないところを、認めていかなければならないのに。
癒やされるんですよ。

私が昔、石に出会い、石に見出していたものも、こういうものです。


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「人の持っているもの」よりも(笑)
「貴方様があなたさまの中に、持っているもの」を気にかけましょう。

そして、そこに気づかせてくれるのが…かかわる他人です。

「鏡」ともよく言いますが。そういうことです。

だから、逆に言うと、「人の持っているものがなんでこんなに自分は気になるんだろう、あたしストーカーになっちゃう、犯罪者になっちゃう(汗)」と^^、そういう人は恐怖しなくてもいいのです。

その「人が気になる」だったり、
「ほんとうは自分がソレが欲しいから」であったり、
それとは一見真逆の感情の、「人に対して、気に入らない、自分にとって、不快な目障りなところ」も、実は同列です。

その中にあるもの、その向こうにあるものを、必死に見つめましょう。
たぶん、それが「メグリ」です。

「他人のきのこになっちゃう悲しみ」「他人に疎まれる悲しみ」を「避けよう」と、強いフリ、いい人になろうとする前に。

その自分の中にあるものに気づけばいいのです。

だいたい、損だよね(笑)。他人のきのこになるのは。
せっせと、「他人のメグリ取りをしてあげる存在」になって、自分の中に毒を取り込む、奉仕とも言えるわけなので(笑)。

なんか、人生、それじゃ、もったいなくないでしょうか?

「人の持っているもの、人が羨ましい」という感情を、人に向けるというのは、そういうことなので。
はなははだしく、エネルギーロスしてますし、

何よりも…「あなたがあなたを生きていない」ことですから。


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100年計画

2019年02月11日 (月) 19 : 11
昨日、NHK再放送で、「明治神宮 不思議の森~100年の大実験~」という番組がやっていたそうです。
実家の母がわざわざ電話してきて、「これから見る!」と興奮してました(笑)。

実は母には、「ふふふ。この窓の向こうにこれからマンションが二棟建設され、一年後にはその鎮守の杜の風景は見えなくなりますのよ」という話はしておりません。





無駄にがっかりされたくないというのもありまして。
いちばんがっかりしているのは私なわけで、そこにがっかりエネルギーを上乗せされたくありませんから(笑)。
(ていうかね、離れて暮らしてて、別に”あなたの日常風景”ってわけじゃないんだから、がっかりする必要ぜんぜんないはずなわけなのに、母親ってこういう、人のことでやたらに感情のテンションが上ったり下がったりする人だから。だいたい、代々木の杜のテレビだって、私のところから明治神宮の宝物殿が近くてその木々が見える、っていうところから興味持ってわくわくしてるだけだからね。今までだって19年も同じところに住んでるわけで、前の家に遊びに来た時にはいっしょに明治神宮にも行ったことあるんですけど、あそこはだだっぴろいですから、北参道からすっごい距離歩くわけで、その間にとくにその後あの代々木の杜に感動していた様子はなかったし(笑。歩くから疲れたんじゃないかと^^)その後それについての話をしたことさえなかったんだから^^。人間っていうのは「インパクトのある風景として目の前に見せられた時に」はじめて見たかのように臨場感が湧く生き物なのかもしれません)



(ここに一棟建ちますんでこれだけでも塞がれますが)


ちなみに、代々木の杜が、100年計画の、人口的につくられた森であった、という話は、もうずっと前から知っていましたので、とくにテレビは見ていません。
マンション営業マンの時代に、代々木の物件を販売していた時に(笑)その知識を得ました。
住んでいる人でさえ、自分ちの周辺のことを何もかも熟知してるってわけでもないのです^^。自分が周辺物件売る側に立って、はじめて知ったことでした。

「日本の中の、奇跡のガラパゴス」
それが、明治神宮の100年計画の森です。
2メートルのアオダイショウとか、鷹とかいるんだそうです。(見たことはないです)
代々木公園も野鳥の宝庫という側面はあるのですが、それ以上なのだろうと思います。
(当初、「150年後にこういう森になっているであろう」の姿に、今すでにもうなっているそうなので、予想より早くガラパゴス化しているそうです。当時の生物学者さんの先見の明の凄さと、また、最終的にそれを容認した当時の政治家さんを説得できた志の高さは、我々、見習えるところはあるかもしれませんね)



(もう一棟、隣というダブルパンチ(笑)…ただ、一応こっちのマンションの敷地があいだにとってあるので、本当に壁が目の前系のタイプの真隣ではないところがまだ救いというか…たぶん将来のこういうことも見越して、南側敷地とっていたんだろうなって思いますね…あの理事長さんならそういうこと考えそう、というか)


私自身、これを知った営業マンの頃にはすっかり代々木住民であり、明治神宮にも当然行ってたわけですが…その時までぜんぜん知らなかった話。
懐かしいな。
私は当時、その代々木のマンションを張り切って販売していたのは言うまでもありません(笑)。
独女2名のハートをがっつり捉え(笑)「あ~これからこの人達は結婚とかするかもなのになぁ…」と本来ならそこで良心の呵責を(笑)感じるかもの、”独女家持ち”とくに20代でマンションローンか…と、普通なら躊躇するであろう世界のお薦めだったのですが、ここで不思議と「代々木駅近なら大丈夫」という、なんだかすごい「私の勘」だけで^^力説していたようなところがありました。
当時は他にも、そういった独身女性一人暮らし人気のおしゃれっぽい街、みたいなのがあったのですが、「そっち系はあかんやろ」と。まだあんまり代々木がその手の街として、人の注目はとくになかった時代です(今もとくにないけど)。だから、いわゆる一般的にその頃言われていた流行り系というか「一見おしゃれな街に見える街」にこだわる女性のお客様には売れませんでした。

でも実際、その当時よりも見事にこの周辺物件の付加価値は上がっていますし、けっこうな年月が経過していますが、ローン支払った分以上にまったく値が下がっていないどころか価格上がってますんで。そういう点でもきっと後悔はされていらっしゃらないと思います。
仮にご結婚をされていたとして、もしかしたらもう人手に渡っているかもしくは賃貸に出されているかもしれませんが、それでも資産価値があるので流動性も高く充分ペイできていると思いますので。(不動産はこの流動性が高いものでないと大きな負債となることもあるパターンは、大人のみなさんはご存知かもしれませんが)
ただ、もう一名、その17年前当時、強力におすすめした独男さんがいたのですが、この方には売れなかったんだよね~という残念な思い出もあります。
彼は私が高額不動産資産金融商品を販売していた頃からのお客様で、おすすめしていたのはまさにその神宮の杜が眼下に見えるすんばらしい部屋でしたので、ほんと買ってほしかったし、当時キャッシュで買える(笑)現金持ってた人だっただけに惜しかったよな~って思います。
その方はそのお持ちのキャッシュを手放したくなかった人でした。
でもその後結局その方は、その不動産金融商品を一部解約した3千万円くらいをベンチャー企業に投資してそこが倒産して、まるまる現金すっとばしたりしてるので(笑)まぁ、人間の運命というのはですね、手持ちの現金の数字だけを増やしたい欲望過多で(笑)使いたくない心理でどれだけ持っていても結局は「どこかには使う」わけで…で、どこに使うかで人間先々変わっていきますよね…という事例を見たような気がしていました。





そうそう、私はこの当時に、実は「自分の才」みたいなものを発見していたんですよ。
縁のある人に直感的に良いものをご案内できる(笑)才です^^。
これは、自分にはあるな、ということはわかっていました(自分向けにもそのご案内能力を発揮しろよ、って話なんですが^^、まぁそれは置いておいて^^。その「自分にもそうしていい」ということを無意識に無視してしまう他者優先ばかりしてしまうブロックをこの13年ではずし続けてきているわけなんですよ)。
そういうのを「営業力」と言います。
多くの人を扇動するようなタイプの営業力ではありませんので、マス向けではないこともわかっていました(ちなみにこのマス向けの「扇動系の影響力」を使った営業力というのが、”アトランティス系営業力”であり、ひとりひとりの方の本質から離れた世界へのご案内ともなりえるものではあります^^。気をつけようね)。
だけど、まぁ、いずれにしても(レムリア営業力だろうがアトランティス営業力だろうが)上記の話のように、キャッシュをどうしても手放したくない人にはお薦めしても売れませんから(笑)。
そういう場合は、私の才は活かされないことはありますけれど、まぁ、しょうがないです。
それは私の問題ではなく相手の問題ですからね。そこまでは関与はできませんから。
(まぁ、しらみつぶしに「買うべき理由」ではなく「買わない理由はなぜか」を潰していく、いわゆるその部分の囚われ外しのお手伝いまで(笑)ケアしていけばいいのでしょうが。それでも最後の決断は私じゃなく、その人その人がすることですからね)


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雪、積もりませんでしたね(笑)

2019年02月10日 (日) 15 : 57
ときど~きある「大げさな」天気予報のパターンでした



降ったことは降ったけど、「10センチ積もる」はなかったね



ということで、昨日はまるの日さんのワークショップ&夜会でございました



いつもワークショップで思うのが、いい意味で期待を裏切る(笑)内容というか、「自分の中にその展開が生まれる」ことがわりと多いのがまるの日さんワークショップです(そういうのって、「石」にも似ているし(笑)…あれなんですよ、本人が、「そこか~!」っていう部分の発見がある、っていうのって、顕在意識で自分が問題視していた部分ではない大元の”潜在意識部分での解決のヒント”っていうんだろうか。。。そういうのがあります)



これは、伏線として、「お昼休みのランチ時間に、うちのお客様でもある方といっしょに食事をしていた時に、その話がなんでか出てきて、普段は忘れているっていうか、自分は無関係な話なのに、たまたま、思い出していた」こととも、もちろん関係があるんだけど。(こういうのが「流れ」っていうか、高次ガイダンスのあぶり出しというのでしょうかしら)



夜会の「宇宙人とレムリアと」は「なるほど」な内容でした。なんで宇宙人が生まれたのか? という点は「人間がいるから」というほうにどっちかというと由来しているという感じはありまして、「レムリアが宇宙人を作らなきゃなになっちゃった流れ」というか理由が、「なるほど」なところがありまして。

アトランティスが「閉鎖系エネルギー循環型」の世界をつくってしまったがゆえの苦肉の策から生まれた…みたいな^^「そういうことか~」「そっちが先か~」みたいなつまり神が宇宙を天体を…の絡みとか占星術系との絡みとかまで繋がってきちゃうような側面もちょっとあるというのか。

地球人ってやっぱり自分たちじたいが相当ですね…「なんか特殊存在」だと思っといたほうがいいかもしれませんし、宇宙人が特殊な存在ってわけでもない、いて当たり前な感じもありますし、彼らは「高度な文明を持った高等存在」的に次元が違う地球の救世主として崇めたり何かをしてくれることを期待する対象ではない感じがなんとなくわかりました(もともとそこはとくに期待してはいませんでしたが^^)。



まるの日さんは「コーディネーター」と呼んでおられますが、一般的にはやっぱりこれら存在は「神」だと認識されると思いますし、「神が宇宙人をつくったし、人間をつくった」というのも間違いではないですが

個人的にまだむにゅむにゅしているところがあるとしたら、やはりそのそもそものこういう世界をつくりだそうとした発端の「神」とはいわゆる「創造主」的GODとは、どうして「この展開」の宇宙まるごと(しかもこの私達がいる宇宙以外にも他にもたくさん)を「造ってる、つくり続けているようにも見える」のだろう…という部分でもあります(ここはまるの日さんはクチにはしない部分ですね)

「愛」ってことですの?(笑)(これもまるの日さんはクチにしない部分です)

ここに唐突に「愛」が入ってくることで…まぁ、繋がるところもないわけではないのですが、「愛」すらもスパイスっていうかね…「愛だけが突出してすごいもの、特別なもの、絶対視するもの」ってわけではないことを踏まえて、それでも愛なんだろうかねと

「愛」っていうエネルギーが「ある」「ない」との大違いっぷりはみなさんもよく知ってるよね

ただこの「使い方」はとても難しいところもあるし、いたって単純カンタンなところもあるし
(わんちゃんやぬこ主さんがたは彼らに教わることができると思う…小さい赤ちゃんとかもそうね…でも彼らが「居さえすれば」彼らに関わる人間みんなが等しくそれが学べるわけでも、自然に出てくるわけでもない、って部分には謙虚にならなきゃね…もしそうなら、児童虐待や動物虐待する人もいないでしょ)

ともあれ、

私達は神(これも絶対的な存在として崇めるその存在に付き従う的な、そういうことではなく、もう「有る」ものはある(笑)ので)のいち側面を持った存在であることは間違いない話かと個人的には思います

「人間は神の子」というのが…昔から(スピリチュアル流行りより以前から)個人的に漠然としっくりきていた概念ではありました…(ただその「神」が何なのかって部分について深く考えようもなく(笑)ただ単純に「神様がいる」前提だけは動かし難く^^もう無視できなかったものというか…しかしこの「神」をめぐり「争い」が生まれ「分断」が起こる世界、「独善」「否定」が生まれる世界もございますよね)

そして…「神の子だって間違える」という^^目を伏せたい事実を受け入れないと、前へ進めませんし、「赦す」みたいな概念そのものがわからんちんになります。
(正直、アトランティスやレムリアの話は、「正邪」的に見えてしまう側面もありますし、アトランティスが「失敗」レムリアが「成功」と二分割の意識を持ち、レムリアが正しい世界のありかたとアトランティスを否定する意識も生まれそうですが、アトランティスがなければやっぱりレムリアのありかたもなかったものなのかもしれない気がします…ひふみ神示でも、「アクを抱き参らせる」という三千世界への道が言われていますが、「アクをなきものにして」「敵にして否定して」それを実現することはできない、ということをひつくの神は言われております…便宜上、アトランティスをアク、レムリアをゼン、的にたとえてしまっていますが。あたしはアトランティス的な世界展開の経験も個人の一生のうちにはあってもいいものだと思います^^。そこにどっぷり突き進んでやってみると、「なんか気がついてくる」ものはあるので…)

個々の人間が…みずからが内側に持っているその神性を顕現させていくことに遠慮はいらない、というのが、とりあえず「今の、人間経験の世界でやっていいこと」かなと、なんか、思います


そうそう、余談ですが。

その、昨日のまるの日さんの「人間関係をよくするワークショップ」で、最初にやった高次瞑想の時ですが、

35(本質)領域では、まるでスギライトのピンクパープルの光の世界に包まれ

83(ワンネス)領域では、まさにゴールデンライト…、ゴールドの光の世界に包まれている、

そういうビジョンの中にいました。

「結局これか」「どこまでもこれか」という(笑)もう、そういう感じ。

私は自分が知っているようでぜんぜん知っていないことでもあるのですが、高次の助けを借りて、ここを世界展開していく、みなさんにはそのツールのご提供をできる(石があるから^^)わけなので、やっぱりそれやってけ、って話かなとも思います(笑)。


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