昨日の夜会と、石写真

2019年07月15日 (月) 17 : 31
昨日はまるの日さんの夜会に行ってきました。

石の写真はセミナー会場で撮影してみたもの。



出かける時に、ふと、「そうそうああいう会場って蛍光灯の光が均一だからわりと石とか撮りやすいのかも」とふと思いまして。

始まる前に、時間あるから撮ろうかな、と余裕を持って出かけたはずが、途中、山手線の五反田すぎたあたりでしょうか急に気持ちが悪くなって(笑)大崎で途中下車し、少し休んでそれから行ったら、すでに始まってしまっておりまして。
せっかく余裕を持って家を出たわりには、なぜかまたしても夜会遅刻常習犯となりました(笑)。

なので夜会のお話を聞きながら(笑)ちょこちょこっと、撮影してました。
(遅れていったので後ろの方の席ですので、目立たずに…カメラのシャッター音はほとんど石写真^^という)





実際の夜会セミナー現場風景はこれですよ

みなさん熱心に、お話を聞いておられました(たぶん)







熱心に聞く「幽霊、妖怪、式神、タルパの話…」って(笑)いやそうじゃなくて^^

でも「幽霊はしょせん”電磁波のバク情報”なんだということを、将来聞いて知る機会があるのなら、な~んで子供の頃、あれだけ怖かったのか…(本当に”出る”家だったから(笑)ちょう怖かったんですよ…幼少期~中学生くらいまででしょうかねぇ…)という、時間の無駄感もなくもないですが^^

だから知っといたほうがいいですよ

幽霊は存在しませんので

正確には、「存在すると感じられる人には存在する」けれど、その囚われがない人には存在しない存在です。

だから”幽霊なんていない”で正しいのですけれど、いたほうが都合がいい人(笑)とかのためには存在し続ける存在…ということでしょうか。

これは昨日のまるの日さんの夜会に行って初めて知ったというよりは、幽霊なんてものはいなくて、それは電磁波バグ情報である、ということは、以前、他からも聞いて、知っていました



でも私がすでにそれ以前に

幽霊が怖くなくなっていったのは

段階ありまして

なので大人になった現在は、完璧に「幽霊は見ない」体質にはなりましたが、たぶんですが、幼少期にこの幽霊が怖かった経験があるので、私は、クレアボヤントばっちり(笑)の世界への抵抗感が、どうしても潜在的にあるんでね~が…というのはあります。

見えない存在という点では、未成仏系幽霊も、成仏してあの世に行ってる亡くなった人も、同じっちゃ同じですし。

フェアリーも妖怪も天使も宇宙人も(笑)まぁ、同じっちゃ同じなので…



ただ、「コチラ側に仕掛けてくることが、まるで違う」

その違いが(大きな違いが^^)あるだけで…

実際は、この違いがこちらにとって大きいんですが^^

これは「人間の世界いわゆる現実世界も、まるで同じ」なんですけど…

同じ人間でも、接する人によってそりゃ”まったく違う”じゃないですか、性質が





まぁ、石の世界につながって感じられる、イメージできる世界には、そういう幽霊系や妖怪系要素って(笑)そういえばまるでないでしたよね…(それがあったら、感覚的に恐ろしくて^^、あれだけ怖がりだった私がそもそも手出しはしていないです…それっぽい危険そうな石もないとは言いませんが、その類はまず多くは流通していないです)

幽霊見る体質の人がそうじゃなくなるように手伝ってくれるのも石ですしね(これは程度差もあって、なかなかその囚われ手放せない方もいるので、「石持てば確実」って話でもないけれど)



そうそう、そんなちっちゃい頃は金縛り体質で年中怖い目に合っていて、がくぶるだった私が(笑)なんで幽霊怖くなくなったのかっていうと、あれですよ、誰に言われたのかはよく憶えていないんですけれど、たぶん高校生くらいになってたとは思いますが

「幽霊なんかよりも生きている人間のほうがずっとちからを持っていて怖いんだよ」

って話を聞いて(それはそれでどうかとも思うんですが^^)

そうかやつらは無力なんだ…

と、へんなところで納得がいってしまったわけで

あと、生家ごと家引っ越したら、「ぜんぜん怖くない!! 家って怖くないんだ」と知り(笑)

住んでいる場所にもよるというのも知り(でもそれは住む人間が「そういう囚われを持ちやすい場所」しだいという意味であって、どこに住もうが関係ないんです、本当は。だから外国人の人がいわゆる事故物件と呼ばれる住まいに住んでもぜんぜん平気、というのも、そういうことです)

だいたい私がその引越した家で見た、非物質現象といったら

「部屋の天井いっぱいのおっきな羽生えた天使」

という(笑)電飾現象だけですからね(あれはほんとびっくりした…ほんとに頭上に光り輝く巨大天使が浮かんでいたんですよ…)

まだまだスピブーム以前の話でしたけれどね、その経験したのは

スピブームの時でしたら、なんか変な勘違い路線に(笑)走ってたかもね
(見る人から見れば、今でもじゅうぶん(笑)勘違い路線に映るのでしょうけれど^^…)



そうそう、だからね、”中途半端な霊感がある人”に、なんかあなたには悪いものが憑いてる(笑)だとかそういう、「怖がらされるようなこと」を言われたりしても、「気にしない」というのが最強の対処です。

観える範囲というのもありますし、そもそも観える人が何をどう認識しているのか? によっても観えるものは変わります。
なので、たまたまその観える、その人にとって「そう観えたい角度、認識」から、そう観えているだけ…ということが、ほとんどなのではないかなと思います。

悪いものが憑いてる、みたいなことは、人から言われたからそうなんだ、というよりも(笑)その「いい、悪い」の尺度、人間が持つ善悪価値観のようなもの次第…という、そこにすでに”囚われ”視点もありますので。





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だから、この世はあなたの「好きにすれば」の世界なのです

2019年07月14日 (日) 00 : 00
『まず、グラウンディングと祓いと、それから意図、直感行動』
これが、要するに、オススメなのは自明だということ。

それを、昨日、記事にしていました。

ここに付け加えるとしたら、「ハートが閉じていないこと」も大事です。
(なのでエーテルレベルでセブンスチャクラのはたらきが正常化していることの大事さがわかります)

「意志(意図)と願望が、違っている」つまり、「現実が自分の思い通りになっていない」ということは。
人間にとって、苦しいことです。

ただそれも、”感情の反応”と言ってしまえばそれまでです。

「感情に振り回されないで済む→それが悟り」の構図もあります。

そのために(心と身体を健やかに維持するために)ヨガなどをやったり。気分転換したり。色々方法はあります。

ただそれらもすべて”過程”なのかなと思います。

但し、道中は、その”過程そのものに没頭している、まるで、それをすることそのものが人生の目的のように”そのレベルで、没頭している状態…これが「その人の本質とのつながりを作る」神がかる状態に繋がりますので、いいことです。

ここに、「神がかりたい」っていう(笑)欲とか目的が入ってくると、ちょっとずれてしまうというか、回り道にもなります。



なので極論、表題の

『だから、この世は、あなたの「好きにすれば」の世界』…なんだよと。言えるのです。

誰かが言う方法も、

これ、やってみよう、とワクワク取り組めるのなら、それが「好きにすれば」の世界。

最初は欲でいいと思います。

というか、欲もないと生きていけませんから、あなたの存在意義が活かされない、本質につながってレムリア時代を生きましょう♪ どころの話ではなくなってしまいます。

意図と願いが一致している、していない、という「計算」も入れないようにしよう、しよう、と思い出すと(笑)ただ迷うだけになって進めなくなってしまいます^^。

だからせめても、やるべきことは最低限「もう、あなたの好きにすれば」ってことなのです。

たとえ間違っていても。

そのほうが、進路、目的地への勘が生まれてくることもあるのです(なので人間、”失敗経験もすること”はわりと大事なのです)。



神崎詞音が言う、「この石のカップリングがいいよ」っていうのを(笑)鵜呑みにすることにワクワクしていただけるのであれば。

それが、”あなたの好きにすればの世界”…ということなのです(笑)。

「いつも、あなたの最善が起こっている」というスピリチュアルもありますが(笑)時系列で時間に縛られ生きるこの世界においては、それも真実ながらに極論です。

ベストポジションへのシフトは、やっぱり、「その最善を意図する」本人が欲することと、バランスを持って現実化していきますので。

「いつも最善が起こっているのだから、私はなにも文句はありません、私がみずから意図することなんて何もありません」という聖人(っぽい雰囲気のような”無欲が美徳”系)になれる人は別ですが(笑)。
(心から正直にそうなら、それでいいのですけれど。それはたいてい、何かを放棄している感情を伴っているような気もします)



その「好きにすればがわからない(自信がないし)」「そんな気になれない」「好きなことはしているのに何か違う気が(罪悪感があったりする)」などなど、言い訳が出てきたりもしますけどね。

そのために「前向きになる石」「直感にはたらく石」などなど、エネルギー強い石が特効薬になってくれることもあるのです。

(もともと、前向きになろう…という気持ちを持とうと、あまり良くない時でも踏ん張れるタイプの方に、ルチルクォーツは相性いい石かなと思います…という個人の感覚もありますが、ルチルクォーツはやはりエネルギーかさ上げしてくれる(笑)何気にものすごい石だなと感じます)


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「意志」と「願望」の違いについて

2019年07月13日 (土) 11 : 53
意志と願望(あるいは、ないものねだり)は「違い」があるのではなく、「一致していること」がこの世で現実となる様子です。

4月の記事の一部抜粋ですが。

(以下、抜粋)
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『やりたいことを探さない』


表題の『やりたいことを探さない』ですが。これは「なりたい状態を探さない」とも言えます。

これは、「石選びの極意」でもありまして。
簡単に言うとエゴを挟まないということではあるのですが、エゴを挟まないようにって言われると^^エゴがたっぷり出てきますから、「自分を忘れて夢中になってる状態」としておきましょう。

このブログでも、何度も過去からお伝えしていることなのですが。

石アクセを選ぶ時や、石を選ぶ時に、あなたの直接の願い事を基準に選ぼうとしますよね?

いわゆる「思考で考える、こうなりたい、の状態」です。

「○○になりたい」から、それを実現してくれるのは、どれだろう? っていう探し方をしてしまいます。
100人いれば、99人までは、そういうふうに、探すと思います。

じゃ~ん。それはNG。

いや、まぁ、NGと言い切ってしまうまでではないかもしれませんが。
そういう探し方で探しても、実際に、決める時に、「かっる~い気分で、これ! ぴぴん!」という軽さがあって、「これ欲しい」という感覚があれば、OKかな。

なので、「アタマで考える”理由”ではないところから感じる、ワクワク感からくる、これが欲しい」がやっぱり最強(笑)ではあります。(この場合、自身の”好み”基準から外れていることも往々にしてあります)

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ちなみにこの「やりたいこと好きなことがうまくいくこと」ですとか「ワクワクをしよう」のワクワク感というのは、過去からスピ方面においてはよく取り上げられている言葉で(主にバシャールさんとか)「あなたのワクワクすることがうまくいくこと」とかまぁ、そんな感じで言われます。

誤解しやすいのですが、そうすると、人間、「ワクワクと気持ちがエキサイトすること」とか、なんかこう、ものすご~くそれが特別な至福感の伴う、否定の入らない感情、感覚、のように捉えてしまうこともあるかもしれません。

実際のワクワクは、とても「サイレント」で「ライト(軽い)」ところからやってきます(笑)。

「スンナリ、当たり前」に運ばれていくのです。
否定も入りませんし、同時に、過度の肯定感も入ってきません(←ここ大事)。

「スンナリ、当たり前」に、成就していくのです。努力することなしに。

行動は必要ですけれど、それは、努力ではないのです。このへんのお話は、あまり近年はしていなかったかもしれませんね。

(努力がいらないスピリチュアルの話をしてしまうと、「努力したくない」「怠けたい」という欲から(笑)その魔法を欲しがってしまう人が湧いてきちゃうので^^、ほんと、この感じを表現するのは難しいのですよ)

肯定感を求めると、それは離れていきます。

あなたが何かを決める時、「肯定の理由探し」に入りますでしょ?

「これで、本当にいいのかな」という。

石のお買い物とか(笑)きっともう、それの連続なんじゃないでしょうか(笑)。

人間は常に「失敗したくない」という気持ちが隣り合わせですからね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(抜粋ここまで)




この、『やりたいことを探さない』と『肯定感を求めない』けれど、『否定もしない』…

(すっごく難しい?(笑)…ですよねきっと。できない! そんなこと! って思って当然。だけど、「私には楽勝でできるわよそんなこと」って思えるほうが危険なんじゃないかと思いますので^^、できない、って思えるほうが、「自分をちゃんとわかって客観視できている」ということですから、第一段階として、そのほうがいいんではないかと思います)

これらをすべてまかなってくれるというか、流れをスムーズに道をならしていってくれるのが、

『直感行動』

…なのです。

「直感という器官が人間にあって良かった」の世界なんですよ^^。



意志と願望が一致しているかどうかは、「現実が物語る」という凄い世界にいるわけですが。

意志の発露が、”常に何かに惑わされていないこと”、というのが大事なので。

なので、感情のドラマを肯定も否定もしない。

その「理由を探さない」で、それらを祓ってしまう、というところにつながってくるのです。


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これらをできるために自分がしたことが、

7月9日の記事『まず、グラウンディングと祓いと、それから意図、直感行動』となります。

上記の抜粋記事だと、「意図」がスンナリ運ばれていくために直感が利用されている感がありますが。
実際は、グラウンディング、祓い、意図、直感、行動、これらはすべて、順番ではなく同時並行でできますし、そうしています。
(但し、言葉で伝える際には、この順番かな、という感じです)

軽く読めるブログじゃなくて(笑)ライトじゃなくて^^申し訳ないですけれど。

記事が多いから、過去記事は一度読んだら二度と読まない方も多い時代ですが。


意志と願望(あるいは、ないものねだり)は「違い」があるのではなく、「一致していること」がこの世で現実となる…

そうじゃないことは、現実化しづらい。

令和時代は、霊と和すること(感情ドラマに揺さぶられないこと)で、より、この一致が可能になっていくことが、誰にとってもわかりやすいエネルギーの時代になっていくように思います。

ご参考になれば。




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