で、どっちなんだよ、という話

2017年10月15日 (日) 00 : 00


昨日までの記事だと。
「好きなことやりたいことをするのがおっかない」と(笑)思わせてしまうような内容もてんこ盛りでしたが。

今のところのお薦めとしては。

それでも、ご自分の心に嘘をついていない、ご自身のしたいことをするのが、やっぱりベスト、ってことです。

なぜなら、その状態が、おそらく三次元世界を生きていくにあたり、いちばん本人の精神状態が安定するからです。
スピリチュアル的な表現のしかたですと、「その人の中にある神性に繋がって、それを顕している状態」ということです(笑)。

そして、その状態であると、自然に、自分をとりまく世界の流れがスムーズになっていきます。
つまり、自分のためでもあるけれど、まわりのため、という観点からも良いことで、そういう意味でもお薦めだったりします。

これは、自分自身も、長いこと生きてきて、「そうじゃなかった経験」もたくさんしているからわかることでもあります。
なので、そうなってみての経験としても、そういう行動をした上での状況、環境、気持ち、状態を観ていると「やっぱり今がいいな~」と感じますし、おそらくですが、そういう生き方を意識的にせよ無意識にせよしている人は、本人がそう自覚しているかしていないか、そのへんわかりませんけれど、「自分にとってのいい感じの世界」を自発的に創造していっているケースが多いような気がします。

いっときの付け焼き刃ではなく長期に成功、右肩上がり成長しているビジネスパーソンなどには、こういう感じの方が多いですね。
(必ずと言っていいほど、セットでなんらかのドツボにハマったりのどん底経験、苦労はされておられますが、そこからの奮起、起死回生的な発展軌道もよく似ています。「失敗は成功の元」的に失敗がなければわからなかったことを自身の持ち味として昇華されている方がた。ただ、中には、そういった失敗経験なしに、この人高次ガイドに繋がっているな~的やりかたで成功していってる方もいますね。こういう方は、「余計なブロック」がもともとあまりなく、やはり「自分に正直」な方な感じがしますね。だから人の助言などにも素直というか、いい人と関係性を結びやすくなっていってるような感じで)
ご本人は無自覚かもしれませんが。
結局、スピリチュアリズムを体現していくと、三次元では、人によってその顕れ方は違いますけれど(役目が違うから)、方向性としては、「自他ともに世界を良くしていく」「自他ともに発展していく」流れのほうへ行っていると感じます。

そういう日常を送れる人になりたいから、スピリチュアリズム…っていうふうに、石にはまる人も多いのかなと思いますけれど(笑)。



これは「人真似」はできません。

「あの人のようになりたい」的な発想をしている時点で、それは不可能であり、「自分にないものを求めている」とも言えます。
(ただこれも、本当に本気でそう思うなら、エゴを完全に捨て去り、一挙手一投足、その人をグルとして真似すれば、「似たもの」にたどり着くことはできると思います。それでも、「なりたいあの人そのもの」へたどり着くことはありませんから。どこかの地点からその人オリジナルへ向かう、その選択をすることになっていきますよね。)

ただ、「あの人と同じものが自分の中にもある!」というような感じでの発見、シンパシィや信頼という意味での「あの人」を否定する必要はないです。
むしろそれは、潜在的な能力の目覚めでもあり、自身にとっての力にもなっていくことでもあり、その「あの人」を讃える気持ちは、イコール自分自身を尊い存在として讃えることにも繋がっていき、ともに成長発展していく軌道(スピ風に言うと、「光」方向ですね(笑))でもあります。
(これも「あの人を盲信する依存する」のと紙一重になっていってしまう場合もありますから、気をつけてくださいね。信頼と盲信、この境界を引けるのは、ご本人だけですから)

そういう点で、他者は、鏡のように自分を映し出してくれている存在なのですね。

私も、「神崎さんのようになりたいのでどうしたらなれますか」と言われると困りますが。
(笑。そんな人あんまりいないと思いますが^^。ごくごくごくたま~に、そういうことを聞かれることもあります。おんなじようにばんばん石アクセサリを販売したかったりする方などはそう思うこともあるみたい。そういう「一見、良さそうに見える部分」はそうなりたい、って思う気持ちはまぁわかりますが。ただ、そう聞かれても、う~ん。商売としてはお薦めできませんね~こんな非効率なやりかたは。としか言えませんのに)

「神崎さんと同じものが自分の中にもある!」というふうに、私のブログのヨタ話を読んで、「うんうんうんうん、そうだよね! まさにそう!」と、自分でも漠然としていてよくわかっていなかったことの再発見していただいたりですとか、「こういう考え方もあるのか」と、今、ご自身にはあんまり当てはまることではないとしても、長い一生の中で、「あ、こういうことだったのか」に該当するような経験をされることがあった時に、飲み込みがスムーズになったり。

色々にお役立ていただけたらな、と思います。

「石のことが知りたいから読んでるのに、石の話が書いてない」というご利用のしかたをしたい方には、長文がかったるくて(笑)読む気になれない^^ブログ記事に見えるかもしれません。

マテリアルそのままパクろうにも(笑)「で? 石は?」という部分がリンクしていない場合も、けっこうありますよね。
まぁ、私にとって背後で石とリンクしている日記ですから(笑)。そういうふうには、お役立ていただけないので申し訳ないです。

基本、私は、自分が経験して実感したこと以外のコピペ丸写し的な、人の言ってることそのままご紹介、みたいなことはなるべくしない主義です。あと、嘘は書かないですよ。ちょっと大風呂敷になることはあるけれど(笑)。
(このへんはヘブンのR.シモンズ氏とも^^そこだけは似ているかも。あそこまでインテリジェンスはありませんけど。イエール大学出て石屋という凄い変わり者といえば変わり者ですよね。ビジネスセンスはあって当たり前だし、米国でのビジネス世界という意味ではもの凄い成功者の部類というわけでもないですよね、石屋を選んでいる時点で。だから色々言われる人のようだけれど、私は嫌いじゃないところもあり)

「石の意味」なんかは、わりと広く言われている代表的意味合いの最大公約数な部分を拾って、「こう言われている」というご紹介のしかたをすることはあります。その上で、自分の感覚ですとか経験から総合し抽出したものをお伝えするようにしています。私の独断で^^この石はこういう石なんだよ、と伝えてもいいのかもしれませんが、そこまでナルシストでもないですし。ただ、市場新参石など、石の意味なんてないじゃん、みたいな石に関しては、こういう石だね、という部分は独自リーディング的にご紹介していますけれど。メタフィジカルストーンも、基本は、その石を世に広めたパーソンのリーディングなどを尊重していますが、やはり丸写しではなく、自分が経験したことに落とし込んでお伝えするようにしています。



そんな私の仕事の成功ってなんだろう? ということを考えていたのですけれど。

やっぱり、みなさんに成功していただくこと。
その成功というのは、みなさんそれぞれおひとりおひとりが、その方らしさを発揮して生きていっていただくこと。
そのヘルプ、サポートとしての、石アクセサリのご提供が仕事です。

私は石とともに、その非効率な(笑)生産性が高いとは言えないこの石アクセサリ制作という仕事に精進していきます。




この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

これも「スピ罠」ですよ

2017年10月14日 (土) 00 : 00

(お写真はアーカンソー産水晶クラスターにチタン蒸着のチタニウムクォーツ。ブラックアクアオーラとも言われます。またオーラ系カップリングもやりたいところですね~。「なんかガソリン切れる」やる気のない人に(笑)オーラ系はお薦め)


「自分のやりたいことをしよう」という話を目にすると、そもそもですが、「それじたいがわからないんです」ということになる方も多いと思います。
そういう場合は、とくにそんなことを探さなくてもいいんじゃないかな、と思います(笑)。

…だと話が終わってしまいますけど。


でも実際、探してどうこう、のことでもないようには思うのです。

ただ、今現在の自分の有り様を見て、「これが自分の有り様としてもっとも適切なんだろうか」ということは、おそらく「感覚的」に、なんとな~く、なんか違うぞ、とか、気持ちが落ち着かないとか、そういうものってあると思います。

なら、どうあれば、自分が自分をいい感じ、って思えるのか?
ということを、考えてみるのは、無駄ではないと思います。

石は、そういう内観をスムーズにしてくれることを手伝ってくれます。
焦らず、一歩、一歩、いきましょう。


ここで大事なのは。

それが、「他者基準」から見た、それではないこと。
世間一般の年齢基準、平均年収ですとか、この年齢になればこのくらい、のようなものは、自分がそれに該当していない場合に、単に自己卑下要因しか生み出さないことも多いです。

なんというか、そういうモノサシを持ち出し始めると「自分の中の満たされていない範囲」ばかりを^^広範囲にわざわざ広げていく作業をしていることになっていくんです。

ただこれも、使い方によっては、良い指標、自分を底上げしていくための参考として使える場合もありますので、なにがなんでも、他者基準を排除せよ、みたいなことでもないと思います。


これは自分自身も反省しているところでもあるのですが、スピリチュアル方面の解釈というのは、ちょっと極端にこの「他者基準」を見ないように促す(これは自分も過去そうしていた)ところがありますが、三次元で生きてるということはこれはもう避けられないことでもあり、また、三次元だけではなく多次元的にも、自分の基準だけで存在を成し得ている状態であることじたいに無理があります。

このあたりのバランス感覚が上手になれること。
これがとてもスムーズに行っている時に、要するに、「素直な状態、嘘をついていない状態」というものが訪れるようになり、モノ&コトが動いていく、それと連動して、わざわざ探しまくらなくても、「自分のやりたいことをできている自分」であることが、むしろわかってくる…という感じ、なのです。


私がなぜ、やっぱり、時々、こういった他者基準も必要なことだったんだな(笑)と思うようになったのかというと。
とくに、「物質的生活」にとって、わりと重要なことだったんだな…ということに気が付かされた、というやんわり感というよりは、頭ひっぱたかれたような(笑)衝撃を^^今年、経験したこともありまして。


17年ぶりに引越をした、という話は、たびたびブログ記事の中に出てきますが。

私は、2年前くらいからでしょうか、この狭い空間からなんとか脱出しなくてはもう身が持たない^^的に、引越したいわ~、と言いつつ、愚図愚図していたのですが。

できなかったのには、色々な要因がありました。
まず、経済的なこと。
自分が満足できる状態をつくるためには、どう見ても、周辺相場的に、それまで支払っていた家賃の2倍になること。
これはやはり^^重い腰を上げるには勇気が入りました。
(だからといって、家賃相場の安い地域への引越…ということは考えてはおりませんでした。個人的に思うことですが、やはり人間、自分が住んでいて心地良い土地、街、に住むことがいちばんです。なので家賃を抑えるために都心のここらへんではないところを視野に入れるというのは、今の私にとっては「妥協」になってしまうので。これはあくまでも今の私にとって、です。いずれこのへんも考え方が変わる時が来るかもしれません。唐突に、自然がいちばん! と言い出し田舎暮らしなども^^し始めるかもしれませんので(笑))

ただ、できないことでもないな、ということはわかっていました。
自分のところの収支的には、そう考え始めた当時の頃ですと、ちょっとギリギリ感はあるものの、まぁ、できなくはないだろう、と思えてはいました。
しかしそのためには、その収支を維持できていく自信、それだけやるぞ! みたいな^^バイタリティみたいなものが必要で、私にはそこまでの勢いもなかったし、また、メリットという点で、家賃2倍ぶんの^^それだけの、2倍払うメリットが感じられなかった…というよりも、「感じようとしていなかった」というのがあります。

なんというか。
「自分のやりたいことに蓋をしている、見ないようにしている」状態^^そのもの、だったようにも思います。

こんな人間に(笑)みなさんに「やりたいことをしようよ~♪」などという(笑)そう言える資格があったんだろうか? と、今にして思うと、顔から火が出そうに、ちょっと恥ずかしいです。

これは、メリットを「感じようとしていなかった」のは、仮にメリットがわかったところで「そうなるとそれだけ、今よりお金がもっと必要になるわけだから、やっぱり大変そう」という逃げ腰な自分を認めたくなかったこともありますし。
また、そうなってみて、自分のその「大変そう」が^^実現しちゃった場合に、なかなか取り返しがつかない話でもあり。
要は、ガイド指南とは逆行していても、促されていても、そんな無謀な冒険やめとけやめとけ、の負担感のない道を行きたいマインド優勢だったわけですね。ど~しても^^まだまだ自分にも、こういう部分って、あります。
(でも実際に、現実がそのようになってみると。あの当時に感じていた「大丈夫なのかな…」の心配な感覚。これ、一切が消え失せておりまして。高次というのは、大丈夫じゃないことに関しては警報鳴らしますが。大丈夫なことに関しては、本人がどんなに弱腰でも、大丈夫でむしろそうしたほうがいいからこそ、促す…これは本当なんだな…ということを、感じる次第です。なにをいまさら^^な話ですが。そして、必要なのはより一層の自信とかバイタリティとか、私は勝手にそう思っていましたが。実は、より、それらを意識することがなくなっておりまして。むしろ、あの当時よりもそういうことをぜんぜん考えなくなっています。これについては、またいずれ考察してみます)


で、話が戻りますが。
その、「頭ひっぱたかれたような衝撃」の経験の話なんですが(笑)。

これは引越してみたら、もう、超大満足! 幸せ! とかそういう話ではないです(笑)。
その前段階の話。

「現実」を、目の当たりにしたのです。

実は、今引越した場所は、私が見つけたわけではなく、家のものが見つけまして。
(私はなんとなくもう、「引越したい」という願望がそれほどもうなくて、それに対するリアクションも、「ふ~ん。まぁ、それでもいいんじゃないの」という感じで、実はそれほどリアリティなかったんです^^)

でもまぁ、あんなに引越が嫌だと拒絶していた人間が、自分で見つけてきて、ここならいいよ、って言ってるわけなんだから。
ということで、私は、間髪入れず、不動産屋さんへと向かいまして、もろもろ、手続きを進める、というアクションをスタートさせることになりました。

ここで、「三次元ってこうなんだ」という、現実方面を^^知ることに。

実は…私の年収、この仕事の形態、これが、もろもろ必要書類を持参し不動産屋さんに出向き、あとから家に帰ってきて調べてわかったことなのですが。
「とてもじゃないが、保証会社の審査合格基準を満たしていないレベル」であることに(笑)愕然としたのです^^。

三次元世界でのこういったものの基準というのは、今尚、公務員、正社員、といったような「固定給、収入の保証があるような仕事」を持つ方のほうが、「社会的信用を持っている」という点で、上位ランクになります。
同じ年収であるなら、年収1千万円の自営業者よりも、遥かに、そちらのほうが^^信用度が高いのです。
自営で公務員レベルのそういった信用を得るには、その三倍年収&継続期間の長さが必要かと思います。
年収一千万の自営の信用度というのは、年収300~400万円台の会社員、そのあたりと同等な感じのようですね。
それだけ、自営系は、固定費支払い能力が薄い、水モノ的な見方をされている現実というのは、もう、ぜ~んぜん、社会的には払拭されていないし、払拭されるどころか^^、昔よりも、こういった類においてはですが、より、現状は厳しくなっていると思います。
そして、その自営の中でも、私のようなタイプの業種は(笑)さらに、輪をかけて^^厳しいですし、そもそも私の年収というのは、そういった一千万円クラスとかでさえありません。
(意識レベルの上がったお金のいらない愛と光の地球^^なんて、まだまだほど遠い話なのだ…と^^。これじゃ、こういう社会の中で、みなさん生きておられるわけですから、そりゃいくら、「レムリアの時代へ舵は切られているよ」とか(笑)スピの人が言ったところで、ピンとこないわな~~~とも、思いました^^)

私の年収、この職業の基準だと、つまり、以前住まわせていただいていた場所に支払っていた家賃が、まさに妥当というか(笑)、こう言ってしまうと、自己卑下を助長するような諦めみたいな、自営なんかやめたほうがいいよ、って^^みなさんの夢を壊す話になりそうなんですが、「所詮、その程度。自営なんて、社会的にはそんなもん」と思わされてしまうような、そういう社会通念の中で、生きているんだ…ということへのショックといったら、もう。

「あ~、確実に、間違いなく。保証会社の審査、あたし落ちるんだわ~」

そういうことが身にしみて感じられた時の落胆といったら。
こちらがいくら、「それくらい払えますよ」と言ったところで、それを信用される前提がないとみなされる世界がある、という。
このことにもう、正直、だから嫌なのよ、この三次元世界って。って悪態つきたくなるような^^、というか、「自分が10年越えて手がけてきた精一杯誠心誠意やってきたつもりの仕事の価値」が、まるで、この世的には低位レベルにしか評価されていないことへの、失意、っていうんでしょうかね。

だからね、実は、こりゃ無理なんだな~、そんな望みをもつことじたいが情弱でおバカだったんだ、って諦めていたんですよ。

それがなぜかですね。
審査が通ったのです。
その保証会社って、あとから調べていてわかっていたのですが、色んな保証会社があるんですけれど、中でも「厳しいほうの上位ランク」の保証会社だったので、間違いなく、審査が落ちるということを、覚悟していたんですけれど。

奇跡が(笑)起きたとしか言いようがなく。

さまざまに、この要因を振り返り、考えてみました。
(ただ…実は私…これって、自分の高次ガイドさんに、「こうなる結果」はなんとなく聞いていたことは聞いていたんですよね(笑)。でもそれを信じていませんでした。いくらなんでも、まさか自分はそこまでラッキーではないだろう…さすがに、こういった社会通念の常識までがひっくりかえるような、そういうことは起こらないだろう、って思っていたのです。そのくらい、自分の高次ガイダンスが「うっそ~」と信じられないくらいに^^、こういう現実があることを知ったことで、けっこう、がっつ~~~ん、と落ち込む要素はあったのでして。だから、みなさんが、高次ガイドなんて本当にいるのか? ガイダンスなんてあるのか? って信じられない気持ちもわかりますよ。時としてやはり「こりゃ無理だろう」的なことを「大丈夫」みたいな呑気なこと^^言われても現実考えると無理…とか、逆方向を指南される場合には、そう思っても無理ない話です)

おそらくポイントがあるとしたら。
私は、不動産会社さんじたいに、信用される要素があったこと。
これは何かというとですね、私は過去に、大手のデベロッパーで営業をやっていた経験がある、という話をブログでもしていましたが、私が出向いた不動産屋さんもそのデベロッパーと同じクラスの規模のいわゆる大手、という会社さんでした。しかもその会社が入るビルじたいに私自身も通っていたことがありまして。
なので、私は、今の仕事の説明ももちろんしながら、昔そこで営業マンもしていたんですよ~という当時の話などもして。
つまり、なんだかこの怪しげな仕事で(笑)生計を立て続けてきているだけの人間、というわけではなく、そういった過程を経て、独立、自営をしている、「一応、普通一般の社会経験も過去には持っている常識人」という部分、また、この仕事を始めてなんかうまくいっちゃって年収高くなって家賃高いところに引越しよう、みたいな浮ついた感じではなく、10年以上継続してきている実績と、その前にもそれと同等と言えるレベルの生計感覚を持った社会人経験があって、単にぽっと出でうまくいっちゃった自営ってわけでもない、というのが、伝わっていたのだろうと思います。
(またこれも、小さな不動産屋さん経由ではなく、ダイレクトに家主さん代理契約委託されている大手に直接行ってしまったところが、むしろそれで良かったのだろうと思います。普通は避けちゃうタイプの話なのかもしれませんが。私にとっては悲しいかな縁がある自分の経験値が高いのはこの世的には大手企業のほうなのです。だからって大企業びいきな性格ではないのですが^^。そもそも今ニュースにもなっているようですが、神戸製鋼など大手だからこそそんなことを絶対にしちゃいけないのに鋼材の強度改ざんとか信じられないことをしていたらしく。ともすると大企業というのは看板にあぐらをかいて信じられないようなことをしでかしていたり。そういう世界もありますからね・・・それでも、「社会的信用」ランクでは^^そっちのほうが上という世界は(笑)依然としてまだ横たわる話なんですが・・・タイムリーなニュースに驚きですわ)


つまり、「過去の私が、今の私を救った」という…考えてもみなかった経験なのでして。

正直、ほんと、あのデベロッパーでひいひい言いながら昔仕事していたわけでしたが、こんなことでも身を救われるとは、想像しておりませんでした。


「自分のやりたいこと」で、人生を一発逆転。
そういうことを考えて、もくろんでしまう方も、けっこう多いと思います。

これも、「スピ罠」のひとつ、です(笑)。

そんなふうに、自分のやりたいことをするばかりが、自分の人生の運行をスムーズにしていく、というわけではありません。
やりたいことをするのはもちろん、お薦めです。
しかし、たいしてやりたくなかったことであっても、「芸は身を助く」ではありませんが、人生で経てきた過程、経験そのものが、財産価値を持っていますし、それを「財産」として、堂々とプレゼンすることも、大事なのです。
ちなみに、これも昨日お話していた「営業力」的な要素のある話とも言えます(笑)。身についたものは「無意識に当然のごとく」にできるようになったりするのですが、これは決して「好きなことだからできている」わけでもない、という点がミソなのです。
だから、好きなことばっかりにこだわって偏ってやろうとしなくても、自分のやれることをやっていく、その姿勢があると、思いもしない能力が磨かれていることもあるので、好きなことも大事だけど、自分に「縁のあること」を大事にする、そして目の前の世界を生きることが秘訣なんですよね。よく言いますが「今ここ」とは、これですし、過去も未来も「今ここに同時にある」というのもこれですね。
(実は私は、不動産屋さんに出向く時には、この「社会の厳しさ」という、一般的な現状については、知識として知りませんでした(笑)。なので、ある意味、「知らなかったから、堂々と、申込みしに行っちゃった」あとで、こういった不動産の賃貸の世の中事情をリサーチして知りました。審査が通ったという奇跡を経験して、「知らないって、やっぱり最強」とも(笑)思いましたけれど、そういう「スピ技」に頼ることなく、しっかり、これからは、三次元的常識や事情もちゃんと参考にしつつ、生きていこう…と、フンドシの紐を締め直すことになりました)


焦らず、一歩、一歩、いきましょう。
そして、タイミングが来ている時に、大胆に行動してください。
(「そのタイミングがわからないんだよ」と^^いう声が聞こえてきますが、「もうぜんぜん焦っていない、その望みを手放している時」です。ことごとく、人生そんなもの、という感じがします)
スピリチュアル方面の謳う「期限」に無理に合わせようとしなくても、自分は流れに乗っている、ですとか、そういうことを意識することそのものが必要のないことですね。
(だから、願望実現のイメトレみたいなものをやり続けている限り、その願望は実現しなかったりするわけなのです)


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

IQよりEQ

2017年10月13日 (金) 00 : 00


(お写真はヘルデライトです。右側のちびっこいのがこの前仕入れたゴールデンヘルデライト。ヘルデライトやっぱりいっぱい欲しいな~(って^^これ全部自分のにするわけじゃないですけど)ってことで、探して仕入れてきました。凄いでしょ。だからこういう鼻は効くんですよ(笑)自分は。やはり「頭脳派」の石は必要でしょう、ということで)


昔、ズバリこの「EQ」というタイトルの作品をお作りしたこともあるのですが。
人生で成功するには、IQの高さよりも、EQの高さのほうが密接に関係しています。

昨日の記事で言っていたような、お仕事など自分のやりたいことを成功させる、みたいな話にも、このEQは密接に関わってきます。
自分が成功していないのは、能力が人より劣っているからだ。
ですとか。
自分が成功できないのは、こんな不遇な環境で生まれ育ってきたからだ。
ですとか。
自分が成功できないのは、こんな人とケッコンしたからだ。
ですとか(笑)。

この「成功」部分は、「幸福」などにも置き換えられます。
まぁ…だいたいの人は、なにかしら、こんなふうな、「自分が満足ではない状態」の原因を、こういったことのせいにしておきたいものですよね。

だけど実は、あんまり因果関係があるようでないんですよね~。
「能力」というのは、こっちが得意だけどこっちはあんまり、とか、これは専門だから詳しいけど専門外はからっきし、とか、すべてにおいてオールパーフェクトな人間など、そんなに存在していません。
だから、漠然と「自分は頭が悪いから」と言っていても、どういう分野での頭の悪さなのか? ということがありますし。
仮に、ほんと~~~におバカさんで勉強ができなかったとしても、それは勉強において、の話で、実はシュミや実際の実務的な分野になると凄い能力を自分が発揮していることに気付いていないような人も、けっこう多いんじゃないでしょうか。

不遇な環境で生まれ育った、というのも、これも人と比較しての相対性のものでもあるところがあります。
(ただまぁ、親のDVとか、そのへんは確かに凄い「EQ的ハンデ」が実際にあることはあるので、そういう方にこそご自身の「EQアップ」に取り組まれることをお薦めします。で、こういうものを乗り越えた方のEQというのは、そういう経験を知らないしたことない方よりも遥かに高いものになり、むしろご自身の糧レベルになる、という恵みがあるのも、三次元世界においては実際のところです)

で、このEQが育っていない段階でケッコンなんかをしちゃうと(笑)、まぁ、「こんな人とケッコンしたのはなぜなのだ~」という^^考え方をしがちにはなりますね。わかりますよ。私もそこに悶絶してきた長い年月という(笑)怒涛の経験値なら高いですからね。素敵なパートナーとの二人三脚でわれらツインソウル(笑)みたいなスピ事業とかされていらっしゃるスピカップルとか見ると、なんか目眩がするというか、別世界を感じますから。
(ただこれは不思議なんですけど、そういうのを「羨ましい」と思ったことは一度もないんですよね…私は「自分にはできない別世界」に関してはとくに羨望の感覚が湧くことがないのです。これはたぶん、「自分にはできないと思っていたことができた経験」を一度していると、感覚変わるんですよ。そういう意味で、「昔、自分が作詞家になりたくてなれたこと」の経験が大きいのです。こういうのはね、金銭以上の価値があるの。当時はそれわかっていませんでしたけど。人には、自分がなりたくてなれるもの、なりたくてもなれないものがある。「石」はその意味、そして「自分がなれるもの」を教えてくれるのですよ^^)


EQとは、心の知能指数。

ちなみに、おそらく常識的世界においては、年収の高さ=学歴、といった感じで、とにもかくにも、やはり勉強ができること、が、一見重要視されているこの世の常識もまったく無視はできない話なのですが、学歴とか知識量の豊富さですとか的な頭の良さだけでは、片手落ちです。

もしあなた様がすでにもうこういった類の知性という頭の良さを手に入れている方であるなら。
この、「EQアップ」も、ぜひ取り入れていってみてくださいね。
鬼に金棒です。
頭のいい方にこそ、本当にお薦めだと思います(笑)。

なんでそう言うのかというと、私自身は、そういう知性という点での頭の良さ、という点では、おそらく、はてなマークが灯るレベルながらに(笑)EQの高さだけで^^この世を渡ってきているところがあるからです。
高学歴な人々とともに、お仕事してきた経験も多々ありますが、仕事、という点においてですが、そこで自分が何か劣っている感を感じたことはあまりありません。むしろそのテの頭の良さ部分に関しては勉強ができる人々にヘルプしていただいて、私が発揮すべきは別方面、というバランス感がそこにはいつもあったように思います(というのは、今ならそう言える、ということで。鼻っ柱の強い小娘時代には^^あんまりそういうこともわかっていないEQレベルでした)。

だから、もともと勉強熱心で、日々、頭脳ワークを惜しまないような姿勢をお持ちだったり、そういう知的なみなさんであるならば、EQレベルが上がればおそらく、にわかに信じられない、くらいに、人生が好転加速するんでないのかな、って、いつも思うのです。

ちなみに、「自分はEQなら高い」って(笑)わかっているような方は、それを活かすために、知的レベルを上げればいいのです(笑)。勉強もこの世ではそこそこ大事です。
感覚人間、というだけでは、モノゴトすいすいとはいきませんから。(そういうのを「あまちゃん」と言います)
最低限のこの世ルール的なものは、無視したり、否定しないこと、っていうのも大事ですよね。
そういう意味では、魂が望む仕事とか言ってないで(笑)「ガッコ出たら、一般の会社で一定期間働いてみる」という経験も、多少はしてみてもいいと思いますよ。
一度も世間に出て仕事したことない人が、独立開業ですとか、自分の会社を作るというのも、できる人にはできなくもないのかもしれませんが。
(ホリエモンとかそうだよね。でもあのくらいの特殊性を持っている人は、たぶん、ここを今読んでおられることじたいが^^ないと思います)

昨日、私がお伝えしていたような「落とし穴」の話は、EQ高い人であるなら、仮に落とし穴にハマっても、それを「高次の愛のムチ」という(笑)得難い愛のイベントへの脳内変換できる能力が高いと思いますので、そこからの短期間での脱出力も発揮されると思います。(EQを育てることも兼ねた、そういった愛のイベントであることも多いのですが、基本は、「自分の巻いた種が実っている」わけですので(笑)巻く種を変えていく、そのためにも、心の偏差値のアップの必要性あるわけです)

「思いが現実をつくる」「思いが叶う」という創造性の世界も、このEQ指数と比例しての個人差があると思います。
自分はあらゆる考えられる条件すべて兼ね揃えているはずなのに、なぜか、願いが叶わない…という方は、EQアップこそがきっと鍵ですよ。


私が取り扱う、天然石アクセサリというのは、実は、この「EQ」への多大なる貢献をしてくれる商品(笑)でございまして。

私が、その昔、石と出会ってからの人生が激変したのも、この仕事が長期に渡りいい軌道に乗り続けている状態であるのも、石たちからまだまだ自分自身のこのEQの未開発部分を、少しずつ少しずつ、徐々に徐々に、刺激されている状態であり、それを「日々絶やしていない」ということもあると思います。

仕事になってしまっているため(笑)絶やしたくても絶やせない^^、そういう循環にあるのです。

石たちは、日々、「心のテスト」を受けているような私達人間にとっては、時には、「これはカンニングにちかいぞ」レベルに(笑)解答に導いてくれたり、携帯できる松岡修造さんになったり(笑)、高次スマホになったり、痛いところ治してくれたり、ほんと、働き者ですよ♪


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page