カテゴリ
ちょっとスピリチュアルな話  の記事のリスト

光の扉

2017年11月15日 (水) 00 : 00


ネコオルさんで購入したヘミシンクCDが届きまして、オマケでいただいたポストカード。

まるの日さんのブログをご覧になられている方は、最近の記事中でご覧になられたお写真かと思いますが、「光の扉」。

(別タイトル「おっさんの背中」。あ、まるの日さんはご自分でご自分をよくブログの中で「おっさん」とおっしゃっているのですが、そんなにおっさんおっさんしていない方ですよ。念のため)

なんかとても便利な(笑)扉ということで、「憑き物」とかそういういらないネガティブな不要存在をどんどん放り込んじゃえる扉だそうですよ。

詳しくは、まるの日さんブログを検索してお調べください(まるの日さんブログじたいへはスピリチュアルランキングボタンぽちすれば行けます(笑))。

ちなみにあたしの普段の標準クレアボヤンスは、まさにこんな感じでございまして。

「観えている」と言っても、三次元生活で見ている物質ほどのくっきりしゃっきりとした形状ではありません。

スピリチュアル方面の観えている方々も、人によって色々なのかなと思いますが、概ねこんな感じなのではないでしょうか。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

有償の友人

2017年11月13日 (月) 00 : 00
昨日の「クレアコグニザント(透知能力者)」記事は、反響が多く、「続きのブログを楽しみにしています♪」のようなお声もいただきまして。ありがとうございます!

できればブログ上で「クレアコグニザントどんびらき講座」を(笑)と期待されていらっしゃるのかと思うのですが。

これね、「ちゃっちゃっ」と(笑)カンタンにお伝えできることでもないの。
(…というか。今までも、私にとくにそういう意図はなかったけれど、随所に、そういう「クレアコグニザントどんびらき」となるヒントであるなら、ブログや、石のカップリングそのものに、それらは散りばめられているわけなのです^^)

おそらくブログでそれを日々垂れ流すように(笑)またお伝えしても、だいたいの人は「そんなつもり」になるだけなって、やっぱり流していってしまうと思う。

なので、これはね、もう少し体系立てて、お伝えできるようなカタチにしたいかな~と考えているところです。
書籍とかテキストがおそらくいいんだろうな、と思うのだけど、紙媒体のほうの出版は敷居が高いと思うので、電子書籍とか? なんらかのそういう配信方法使うなどして、時間かけてまとめてみようかと考えています。
(そういうことができるための^^時間をいったいどこから捻出するのだ~というのもあるのですけれどね~今はそこはあんまり考えていない)

うちのガイドにも、そろそろ、そういう「体系立ててまとめていくこと」それを「教える」ことをやってみたら? っていうのは(笑)ここ数ヶ月促されていたんだけど、特にね、そのコンテンツじたいが自分に見当たらないっていうか、毎月毎月、基本自分は、惜しみなく出し切るスタイルで10年以上やってきているので、都度、お伝えできることってお出ししてきているので、言い残し伝え残しみたいなのが、なんか特にないのよね~って思っていたわけなんですよ(笑)。
あと、私の人生の中で、これが唯一(笑)やったことがない仕事でもありまして。
「人にものを教える仕事」これだけは「ないわ~」と思っていたんだけど。

だからぼんやり頭の片隅に、それってなんだろうな、というのはここんとこずっとありました。
で、昨日の、「クレアコグニザントの特徴」っていうのを見つけて、記事書いている時に、「これなのかもしれない…」と、ピピピ、っときていたのです。
でも昨日の記事まとめるだけで半日(笑)費やしてるレベルですから、そんな自分に「クレアコグニザントどんびらき講座」が書けるのかどうかは未知数ですが、がんばります^^。

たとえば、今日の記事なんかも、そんな「クレアコグニザンスの過程」を感じていただけると思います。
「行間を読む」なんて言葉、死語かもしれませんが^^。
言語外のニュアンス、というものを、感じる、そういうことのレッスンとして、うちのガイドメッセージなんかもご参考にしてみてね♪



ということで、いつも私にそんなむちゃぶりを提案する、うちのガイドですが。
今日のガイドメッセージです。


「無料の友人がいない、って悪いことじゃないの。」


だんだん年齢が上がってくるとですね、「金銭を介するやりとり」的なコミュニケーションのほうが中心になってきます(笑)。
金じゃないものは見たことがないな、レベルに^^、人様に何かを提供していただく動いていただく際には、なんでも物入りでございますが、実際それが当たり前でいいのです。

私は、自分が取引している石屋さん、石の卸さん、などなどが大好き(笑)でして。
相手のほうは知りませんが、私は好きなので、「なるべくここんちから石を仕入れたいわ」という気持ちが生まれます。
これは、私がお金を持っていて彼らのところでお金を使わないと、彼らを幸福にすることができない関係性のため、そういう潤沢な資金提供ができる自分でありたいな~、と思っているような自分の変容というか、こういうことを考える人間になったんだなということに、これが商売というものをする人間のメンタルというものなのだろうな~と思っていました。

そうしたら、「無料の友人がいないのは、悪いことじゃない」という(笑)ガイドメッセージが届きまして。
こういうことについて、少し考察してみることになりました。


人は、お金が無関係だった子供時代や学生時代に得た友人がいる人は、それを無二の宝、として感謝することもある。
掛け値なしにアドバイスをくれたり金銭を介さずに接してくれる、自分のことをよく知ってくれている安心感のある人や、無償の愛で損得抜きでコミュニケーションできる人を、「真実のコミュニティ」としたがります。

人のそれっぽいものを目にすると、自分にはそういうのとくにいないな、って寂しく感じたことがありませんか? 私は過去にはありましたよ。今はそれを寂しいとは思わないですけれどね。

きっと多くの人は、そういう友人がいるいないに関わらず、家族や恋人などにはそれを求めようとしますよね。
この傾向って、ないでしょうか?

これはこれで間違っているというわけないので、もちろん大事にしてくださいね。

ただこれも、そのコミュニティの価値、唯一無二感覚のほうへ偏っていくと、時に、依存になったり。独善になったり。奪い合いになったり。
実際には、親は子供を愛して当たり前、子供は親に愛されて当たり前、ではないことのほうが多いのかもしれません。
理解のない親、親の言うことを聞かない子供。理解のないオット、言うことを聞かないツマ。
これらが自分に「ないもの」を求める動機にも繋がっていきますし。

そういった、「愛あるコミュニティ」であって当たり前なのだという幻想(笑)は信じやすいというか、信じたいものですし、自身がその状態でないことへの不満、枯渇感が、人の性格形成へと与える影響の大きさを経験することになり、そこから出られなくなっている人もいますし、出たと思ったら今度は特定コミュニティの盲信や依存になりやすかったり(宗教団体は往々にしてこれになりやすい)。
特定の偏った自身の価値観に相当する人相手にのみ、心を開いたつもりになれることもあり、またそこであらたな執着劇が繰り広げられることもありますよね。
(ちなみに、「家族なんだから無償奉仕で当たり前」という価値観をいったん捨ててみると、けっこう変わりますよ。とくに夫婦はそうかもしれんね。結果的には無償奉仕をしていたりするんだけどね^^それが嫌なことじゃなく「自分がやりたいからやってること」になります。そういう違いを自分で取捨選択している自己責任の意識ができてきます)

今は時代的には、それでも情報として、「個を尊重する」的な部分や、「非暴力であることが当たり前」である、という価値観も表面に出てきているので、人間の野蛮性のようなものと闘わなければならなかった人にも救いのある世界は、土壌としてできてきていると思います。
「人間なんて」と、すべての人間を心のどこかで無意識に同一視していて信用できなくなっていたり。
人と関わることそのものへの恐れを潜在的に抱えたまま生きていくことになっていたり。
金銭がかかわる人との関係性を、純粋ではないものと、見なしてしまう癖ができていたり。
そういった、閉鎖的な価値観の中に閉じこもっていなくても、いつからでも「自分次第で世界を変えやすくなっている」やっぱり、アセンションの時代なのだと感じます。


うちのガイドが言いたかったことは、金銭を介して得られる関係性には、高次元的な価値がないというわけじゃないのよ、ということのようです。
むしろ、そのほうがずっと素晴らしい友人関係となれる場合があると。

「どうもあなたがた人間はそういうの、嫌うけどね。本当の友人へは無償提供してこそ、本当の友人ならお金は請求されないはず、お金が入ると純粋じゃなくなる、みたいな考え方なんて、ただの自分都合の金銭ブロックだし、それこそがあなたたちの嫌う不平等や差別みたいなものを生み出すことにもなるし、互いの価値を下げたままでいることになるのに気がついていない」と^^言います。

「有償で価値のあるものを提供してくれる相手への「ビミョウなワンクッション」の感情を持っていたりする。「無償の愛」を少しはきちがえた考え方をしてしまっているから、「有償だとホンモノの愛じゃない」ことにしたくなるのよ」と。

(だから高次ガイドは、そういう存在に出会わせようと導く、そのひとつに「石」も(笑)あります。「それって人間じゃないじゃん。」と思われるかもしれませんが(笑)へたな人間に関わるよりも^^ずっとアセンションを加速する手助けをしてくれる場合もある大事な友人たちでもあるのですよ、彼らは。あ、もちろんですが、高次ガイドは「人間」にもちゃんと出会わせてくれますので(笑)ご安心を)


金銭があることで、互いにエネルギー提供しあいながら、お互いの価値を高めていける現実構築をしていける、そういう経験ができるのは、むしろ「無料の友人」「愛し愛されて当たり前の存在と思われている家族」との関係性よりも、ずっとスムーズでやりやすい面があります。

ここに、他者との比較や、自分のまだ持っていない価値観への抵抗、こだわり(純粋性という定義の囚われや、金銭がそうでないと感じることへの囚われ)があると、それはわかりづらいかもしれませんけれど。
それがわかりづらいというのは、自分のつきあいやすい人(自分の作ってきた価値観)とだけつきあっていると、世界が広がらないでしょ(笑)。そういうことです。


私にも過去にはそれらブロックはあったな~、と感じました。今はないです。

お金がエネルギーの代用として、しばらくまだ存在価値を持つ世の中が続いていきそうですが。
(アセンションでは(笑)これらがなくなる~♪ ってことで^^、「愛と調和の世界」にひとっとび、という凄いエサが用意されているかのような触れ込みもあるアセンション像もありましたし。できればそうなると良かったんだけど(笑)。まだそこまで人類は洗練されてはいませんよね。学びのツールとしてまだそこはクリアしているようには思えません。半霊半物質の世界への移行には、まだもう少し時間を要するような気がしますね。ただ、これは、いずれやってきますけれどね。その時には、肉体を持った物質人類はもういなくなりますし、こういう世界ではなくなりますけれどね)

お金を介する、人間関係。有償の友人たち。

私はこっちがますます好きになれそうです(笑)。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

高次ガイドのガイダンスを知る感覚

2017年10月18日 (水) 00 : 00


「ガイドさんの感覚を人から見て教わりたい!」という場合。

そういう場合、「そういうことを教えている人」のところに、お金をつっこんだらいいと思いますよ(笑)。
セミナーですとか。
ほうぼうでみなさん、やっていらっしゃいますよね?
そういうのって、けっこう高額ですけどね。30万とか普通に見かけますよね。
そういうものはだいたい、特定の場所に足を運び、段階的に、集中してある一定期間、学ぶようにできていますよね。
高いけど、そこには、主催側にも諸々経費がかかっていますから。セミナー主催側も、生きていかなければなりませんからね(笑)。だから、無料で教える、というのはできないんですよね。

でもなかなかまとまったお金をそういうことに使える人ばかりではありませんから。
とくに、「学び」という、先にその結果じたいは見えていないものに関しては、まぁ、気が引けちゃう人が多いと思いますね。

今は、動画などを使った、通信教育の方法で、教える側が高額なセミナーを少人数向けに開催するに相当するような売上を得られることで、メソッド伝授薄利多売(笑)に挑戦して、頑張っているような方もいらっしゃいます。
この場合、直接学ぶより若干どうしても距離感があったり、自分のペースでとなると、結局、ずるずるそこに時間をさくのが億劫になってできないような人には、通信教育は不向きで、結局は身につかないケースもあるかもしれないけれど。
(それは「通い」も^^その時だけ、に終わっちゃう人もいるから、同じと言えば同じなんだけど。そもそも、学びそのものよりも「実践」なんですよ、結局。ここでは、ソレについては別の話なので、またそれは後日)

これ、高い値段設定の人だから悪、安い奉仕価格の人は善、ということでもないです。
いずれにせよ、「自分の知らなかったことの指導を受ける」という点では共通ですし、その「質」も、大事ですから。
安けりゃ良心的、と思われやすい(とくにスピリチュアル方面では)面があるかもしれないけれど。
こういうのは、ソレ系セミナー手がける人々にとっては、悩みどころなんだろうな~って思いますね。

まぁ、いずれにせよ、教わる、って早道ですよ。

私がよくブログ記事でお伝えしていることのある、まるの日圭さんも、各テーマ決めて、ほぼ毎月ワークショップを開催されていらっしゃいますが、ワークショップに出られた方々全員がその後どうなっているのかまでは逐一知りませんけれど、少なくとも、私に関しては、その時教わったことに関しては、その時もその後も全部できるようになっていますよ。
彼のワークショップは、そういうつくりになっています。


こういう「人から教わる」直接教わるのではなく、自分で感じ取って気付いていきたいことをどうしてもしたい、のであれば、それをやっていそうな人、「高次ガイダンス的な生き方している」ような人のブログや本などを読んでいるだけでも多少違ってくるのかもしれないけれど、これも、受け取る側の読み手であるその人の今持っているセンス、能力に左右されると思います。
そして必ず、「自分のフィルター」がそこにはあります。
これは、どこまでいってもありますから(少なくしていくこともできますけれど。それでも、ゼロにはならんです、生きている限り)自分がどういうフィルターを持っていて、どういう特性があるか、は知っておくといいですね。

たとえば、うちのブログ記事を熟読していただいていれば、どういう時、どうやって、私が高次ガイダンスに気付いているか、わかってくるセンスが磨かれると思います。
私は、そういうことに気付いて欲しいな~という、書き方をしている(笑)つもりではおりまして(汗)。

ただ、「箇条書き」とか「ここがポイント」とか、それを教える仕事がメインではありませんので、そういう親切な書き方はしておりませんので、そういうものは、だいたいの人間が読み流してしまいます。

多くの人間が日常の中に埋没され、ふつうは読み流すことに気づけるのが、ご自身の高次ガイドを感じる近道ですよ。

でもそういうのが得意でないなら、「そういうことを教えます」の人のセミナー受けるとか。
「教えられる」って自分で宣言して、お金をそれで受け取っている仕事をなさっている人から教わるのが確実だと思います。
エネルギー交換的にもその道はいいと感じるし、無駄ではないと思いますね。


いやでも、人に学ぶのはどうも抵抗が、な場合もまぁ、あるかもしれませんが。
そういう人は、学ばなくても、自分自身がもう気付いていることに、ただ「抵抗している」人だったり、自分で気付いていくからこそ意味がある人の場合は、そうかもしれません。

でもそれでも、「他者というスクリーン」をそこにお借りしたり、全部自分の力ではできませんよ。

あとは、うまくいってるっぽい人も、うまくいってないっぽい人も、いずれも、どうしてそうなのか、も、見せてくれていたりしますよね。
これは、「ガイダンスとつながって生きてる」ような感じの人が、なにをどうしているのか、というのを観察していると、なんとなくわかってくる、ああなるほど、そういうことか、と伝わるものがあったり、人のことなんだけど「自分へのメッセージ」だと、感じられることも多々ありますよ。
そういうのは、高次ガイダンスなの。

そういうものも参考にして、自分なりのセンスというものができてくることがあります。
(ここに個々の目的のマテリアルだけを持ち込むと、見えなくなることがあります。自分はこうなりたい、ということが、限定的で、直接的に自分の問題への答えになっていない、とマテリアルだけ見て判断しちゃう人は、そういう「伝わってくる」はずのものを、シャットアウトしている自分自身に気付いていないので)

ただ、スピリチュアル業界には、そういうメソッドができて理解はしていても、その本人がそのガイダンスを活かした生き方をしていない人も、大勢いらっしゃいます(笑)。

習うのであれば、そう言ってる本人が、単にそのメソッドができる、というだけではなく、パーフェクトではなくてもそういう生き方をしていて、なんとなくうまくいっていて、その教えている人自身が自分に満足なその人なりの豊かさを顕現する生き方をしている人から学ぶのがいいですね。
(これ、昔よく小耳にしていたけれど、運のいいうまくいっている人と縁を持つようにする、運の悪そうな^^人と付き合わない、だとかの、なんだかな~な自分のためだけの「私利私欲実現のための運気上昇法則」のよ~なものとビミョウに近いといえば近いところはあるんですが。ちょっと、ビミョウな違いがそこにはあって。これも、自分のほうからな~んにも提供せずに「運のいい人にただ擦り寄ってお近づきになってそのご相伴にあずかろう、その人を利用しよう」っていうのは無理だしムシがいいのよ。それだとただ人を利用するだけのクレクレエネルギーバイパイアになっちゃうの(笑)。いつまでたっても、クレクレなだけになっちゃう。そうじゃなくてね、「自分が変わっていくタイミングと同時」っていうか、相乗的な感じの、それを提供してくれる運がいい人との縁、というのがいいのでございます。なので、「この人になんとかしてもらおう」的なソレじゃなく、「自分をなんとかしたいなんとかできる、成長できるから、この人にちょうど自分は出会ってるんだ!!」っていう感じ? わかるかな~。それがいいんだよね。それが高次ガイダンスだし。私はガイガーミネラル社の石とかに(笑)はね、昔出会った時にそれを感じてたのよ。単に「ディビットがメタ石業界で有名人だから利用してやれ」っていうわけじゃないのよ(笑))


で、人を薦めていないで(笑)そういうオマエは、セミナーとかやらんのか?
という声が、僅かに聞こえてきますが(笑)。

「クリスタルを使って、高次ガイドに繋がろう」とか(笑)そういうワークショップ、とか?

だから、あたくしはね。そういうものを、売っているじゃないですか(笑)。

で、みなさん、けっこうちゃんと、イケてたりするじゃないですか。それで。

メソッドごと、販売しているようなものなんですよ。

石ブレスじっと見つめていても、講師の気味悪い声は(笑)別に聞こえてこないと思うから^^安心してください。
そこには、あたくしの、我欲とか、あたくし流独断の高次との繋がり方とか、もしくはあたくし流にしか繋がれないとか(笑)、みたいな、そういう「雑」なものは入っておりませんから。

ただ、直接的に安直に問題解決や、目先の欲望叶えることに、役立つ場合も約立たない場合もあるかもしれませんけれど、その方にとっての高次ガイダンスロードに気づけるような、そういう感じではあると思いますよ。

なので、それを「スマホ」に「お守り」に「ヒーリング」の道具にと、色々に使っていただいて。
みなさん独自の、みなさんそれぞれの「高次ガイドのガイダンスを知る感覚」を養っていかれる、そういうための、ツール提供。

まぁ、そっちのほうが、なんか「あたしらしさ」という感じがするというのか。
こういうのは「陰ながら舞台袖で応援しています系」スピリチュアル(笑)っていうことですよ。


まぁ、習うにしても、ツール使うにしても。
すべては、結局、それをどうするか? は、結局どこまでも「あなた次第ですよ」という話なのです。

でも、そこにかけた金銭エネルギーは、回収、っていうとなんかごうつくばりな言い方なんだけど、しっかりそれは、高次ガイダンスロードに乗っかっていくと、回収できてくるようにできていますよ。
たっぷりかければ、かけたなりに。
自分がかけた以上の何倍返しを最初からもくろんでると(笑)戻りはしょぼいですが、そこを、当てにしないで。当てにしちゃだめね。
だから、好きなことやりたいこと、自分がこうしようって思うことを、地道に自分に正直にやっている重要性は、ここなんですよ。
そうじゃない場合ってね、無意識に、「学び(時間、お金含めて)を取り戻そう、人生に何が何でも活かそう」みたいな、どっかで過剰な見返りを期待するから^^。
(その反対に、それを自分の人生に活かそうとすること、には、学んだことじたいへの後悔はないんだけれど「自分を良くしていくために使う」ことにはなぜかブロック持つ。そういう人も多いんだけど。これは、自己愛足りてない人に多い傾向ありますね)


直接的にそういうことにお金かけてなくたって、別のことで世界のためにエネルギー費やしているでしょうから、必ずしも、お金や時間かけるばかりが能じゃない、というのもありますし。
但し、ひとつ言えるのは、単に金銭、というのではなく、出し惜しみ的な発想、損得勘定だけで、モノゴトやるやらない、は決めないほうがいいですね。
高次ガイドと繋がるのがおトクな^^楽な生き方っぽいぞ、という今ある苦からの脱却、全面逃避なだけだと、それは宗教にすがる信者さん風味になっちゃう、そういう場合もあるかもしれませんし。
スピリチュアルな講師も、この人人気がありそう、人がそう言ってるみたいだし、有名な人みたいだし、もそうですが、安くて良心的、のような価格比較だとか(笑)だけで判断し決めるのではなく^^。
なんとなく、興味が湧いた、というご自身の中からのワクワク感、志向、合う合わない、の、なんとなくの感じが、その時のあなた様の最適を決めていきますから(これも、石選びと^^同じなんですよ。「根拠は自分の中にある。それが何なのかはわからないけどなんとなく」…という、これですがな)。



この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page