人に石をあげる、ということ

2008年01月20日 (日) 20 : 28
について、今まで書いたことって、ありましたっけ?
なかったように思うので。


昨今、自分のためのものではなく、ご家族や、友人にプレゼント、という名目で、石のアクセサリのオーダーなど、購入いただくことも増えています。

その、相手の方によかれと思う気持ちで選ぶ石、というのは、それほど間違いはないかとは思います。
ただ、注意したほうがいいな、と、最近よく思うのは、そのあげる相手の方が「石を好きかどうか?」は、非常に重要かと。

石に限らずの話ですが、
「御進物」って、いらないものをもらっちゃうと困りますよね。
インスタントコーヒー飲まないのに、「瓶の三本セット」とか。
合成洗剤は使わないのに、「洗剤セット」とか。


私自身も、以前は、人に石をあげるというのが大好きで、なにかと、頼まれもしないのに人にあげるってコトをしていました。
だけど、もしかすると、「あれ? ありがた迷惑だったのかもしれない・・・」なことも、あるのかもしれないな、と。
最近、そんな感じのことを経験いたしました。

こちらに良かれ、があるだけに、「捨てられないお守り」を、唐突に押しつけられちゃう側の気持ちというものを、私があまり見ないふりをしていたかもしれないな、と思います。


石も、やはり、好きずきです。
確かに、そのあげたい相手の方の幸福や健康や発展を願う気持ち、それは、「あげる側」にとっては、よいものではあるのですが、「もらう側」が、本当に石を貰って、喜ぶか? 気に入って大切にしてくれるだろうか? というのは、わからないことです。

なので、石ブレスレットなどのアクセサリを、どなたかにオススメするような場合は、その方が、石のアクセサリなんてものを好きなのかどうか、やはり先に綿密なリサーチをすべきではないかな、、、、とは、少々感じます。

私の場合、以前は喜んでもらえたから、というのがあったんだけど、それはあくまで「以前」の話で、人は変わります。
いつまでも、同じじゃない。
常に、「その人の今」を考えながら、適切な対応をすべきであったかもしれないな、と、反省しきり。



たとえば、
「石の意味なんか知らなくても、石は、その持ち主への働きかけをしている」というのは、実際そうだと思いますし、本人がそのことに気付こうが気付くまいが、彼らは粛々とシゴトを進めますが、これって、ひとつだけ条件があるな、と。
単なるアクセサリと思っていてもいいのです。でも、「本人が気に入ってる」ことって、すごく重要。
いわゆる、「石がプラスにはたらいている」と感じる経験ができるのは、この要因は、実はとても大きい。


これはその、「本人が、気に入っている(他意のないところで)」の大切さを示唆するような話なのですが、

一年以上前になりますが、
身内ですが、「ターコイスのペンダントトップ」を買って身に着けるようになってから、「ものすごくお金回りがよくなった」そうなんですね。勘がはたらくようになって、冴えまくっていたようです。勘どころがよくないと大損もするシゴトをしているだけに、「え?え?えぇぇ~?」と、逆にその幸運っぷりにはしゃいだようです。

まぁ、大きな意味では、ターコイスって「その人にとっての幸運にはたらく」石なので、それが「金回りがよくなる」状態になるというのは、それだけ「商機を拡大できる」ことに繋がりますから、さもありなん、だったのですが、彼は欲張って、次にもうひとつ、ターコイスのおおぶりのリングも買って身に着けるようになったそうなんです。
「この幸運がさらに倍に膨らむ」くらいの目論見だったのでしょうけれど、それから、急に「幸運の潮が引いていった」そうです。

つまり、「ターコイスを身に着けることで幸運に恵まれた経験」そのものは嘘ではないですが、最初にあった動機は、たぶん、初代ターコイスの時は、単純に「気に入って」買ったものなので、何かを期待していたわけではない。
しかし、ターコイスのシゴトに気が付いて、二代目は、「気に入ったターコイス」というピュアな気持ちを離れて、「幸運にしてくれるターコイス」という視点で、石を選んでいる。

大きな目で見れば、結果的には、これも幸運のひとつかもしれないですが。石というのは、こうやって、「欲張っちゃだめよ」に気付かせてくれているわけなので。
つまり、「意味通りのシゴトをしてはいる」のは事実。人間の近欲近目で見た「幸運」ではないだけで、大切なことを教えてくれているのです。
本人も、「ちょっと欲張りだったな、と思う」と、そのことに気が付かされた、と言っていましたしね。


でもまぁ、人間、どうせなら、「石のプラス面」みたいなものに、触れたいですよね。
マイナスからの「気づき」も、もちろん大切ですが。
そのマイナスを生んでいるのは、「石」ではなく、「本人」ってだけで、そこに気付かせてもらってからが、「リ・スタート」。ちょっと、遠回りになりますね。
その「遠回り」ゆえに、「石のはたらきに気づけない」「石持ったけど、なにも変わらない」へたをすれば、「より不運になったような気がする」などなど、石のはたらきって、わかりづらくなるのかも。


だから、
「人にあげる石」の場合、「自分が気に入って、自分のために求めた石」よりも、その「遠回り」となる確率って、より高いかもしれないですね。



石の扱いは、カンタンではないと思います。
石を手に入れることそのものは、なんであろうと、どんな動機であろうと、できますが。
ちゃんと「扱える」かどうかって、実は、ちょっと「ベツモノ」なんじゃないでしょうか。

なぜなら、「好き」とか「惹かれる」、「何気なく気に入る」って実際には、そんなにそんなに頻繁に起こりえることではないですから。自分自身でさえそうなのですから、「人にあげる」となれば、尚更です。




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カテゴリ :  石のホント or はてな?
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