欠ける石たち

2005年10月21日 (金) 21 : 27
パワーストーンと呼ばれる石たちは、変化します、ということを書きました。
その変化の中には、破損も含まれます。
鉱物には、モース硬度といって、どのくらいの硬さ(この場合傷がつきにくいかどうかが基準)を要する鉱物なのかが、数値で表されています。
最強は、ダイヤモンドの「10」。
ダイヤモンドが、永遠性を示す理由がよくわかりますよね。
(「石の意味」と呼ばれるものは、その石の持つ外見的特徴、色、組成などから、さもありなん、と頷ける意味付けをされているものが多数あります。だから、「この石にはどんな意味があるのだろう?」と、始めのうちは結構調べまくるのですが、たくさんの石の外見や組成などを知るようになってくると、大雑把なところでは、おそらくこんな感じだろうな、ということがだんだん分かってくるようになります)

オカルト的な意味合いで、石が割れる、欠ける、ということを「何か悪いことが起こる前兆を石が知らせてくれている」とか、「身代わりになってくれた」とか捉える傾向がありますけど、何でもかんでも、じゃないように思います。
モース硬度の低い石というのは、ただでさえ傷つきやすいですし、複雑な組成の石、つまり色々な石の成分の複合体のような石(わかりやすいところでは、ラピスラズリ。モース硬度は、5から5.5くらいですが、組成がカルサイト、ソーダライト、パイライトの複合体です)というのは、環境の変化、たとえば温度変化や水などに弱い。外部的な変化に反応しやすい石です。
(まぁ、それだけに、「持つ人の波動」つまり、精神状態にも反応しやすい、ということの根拠にもなりそうですけどね。)
だから、そういう安定していない石を、自分がどう扱っていたか?を、まず振り返る方が先だと思います。

石が、何もしていない、落としたり乱暴に扱ったりなどいっさいしていないのに、真っ二つに、たとえば丸球などが割れた、などの経験は、私はまだしたことはありません。
(たとえば、マラカイトという緑の石は、持ち主に危険が迫ると真っ二つに割れて、それを知らせる。と言われています。マラカイトを見ていると、確かにそういう持ち主を全力で守るようなところを感じる場面はしばしばありますけれど、まだその「真っ二つ」には、幸か不幸か遭遇していないです。マラカイトを、ストレスを感じやすい人が持つと、艶がなくなりパサパサになります。これは、ある種のバロメーターと言えますね。「自分はストレスなど感じておらん!」という強気の旦那様を持つ奥様とか、一度旦那に身に付けさせてみると分かりますよ。いかに無理をしているか。)
何も思い当たるような粗雑な扱いをしていないのに、真っ二つ、っていうのは、確かに意味があると思っていいと思います。でも、それは極端に怖がる必要のある話ではないと思います。石が、そんなことまでして姿を変えるからには、大事な何かをきっと自分は見落としているのだろう、ということを知らせてくれているのだと、石に感謝こそすれ、怖がるのはナンセンスだと私は感じます。

石は、本当に健気です。
時々、本当にその身を傷つけながら、色々なことを知らせてくれるのですから。
そういう時、あらためて頬擦りしちゃいたい愛しさを感じます。

「あること」に対する偏見、というのかしら、でも、大事なことで、自分もなんとなく気付いているのだけどなんとなく好きになれないモノとか、ありませんか?
自分のほうが正しい、とまでは言わないけれど、同じようなことを言ったり思ったりしているはずなのに、他の意見とか主張にどうしても嫌悪感を感じてしまったり、とか。

私にも、あります。
「精神世界」と主に呼ばれるカテゴリーに付随する表現の仕方などですね。
たとえば、パワーストーンなどは、べったべたに、その手合いの表現のための道具にされているようなところがあって、なんだかなー、、、と、思っていたりもするのです。
なんか、「頭でっかち」な印象がしていたのですね。
だから、自分の表現でブログやってみようと思ったわけですし。

しかし、その手の想念を扱う、「思い」とか「心」という形のない世界も色々です。
だいたい、自分自身だって、まさに「形の無い音楽」の世界を形作るための「歌詞」というパートを担う仕事をしてきたわけですしね。

で、あるきっかけを経て、その自分の中にあった偏見というか嫌悪感とかが、すっと消えていったことがあったのです。
そもそも、頭でっかちだったのは、まさに自分のことでもあったわけです。
すっと、自分の中に、そういう嫌悪感覚が消えていく(精神世界系では「手放す」とか言いますよね)のは、とても快感でしたね。自分の器が広がるわけですし。

その日、さぁ寝よう、という時に、うっかり大量の石を落っことしてしまったのです。
「あー、絶対欠けたり割れたりしてるはず、とほほ。」
と思いながら、広い集めました。
その中で、明らかに形状を変えてしまった石がありました。
グリーンのカルサイトで、真四角のサイコロの上の角に突起がある、凸形の突起部分が角にあるみたいな形だったんですけど、その出っぱっていた「カド」部分が取れて、真四角になったんです。(ちなみに、カルサイトというのは、モース硬度3。菱面体方向に割れる特性を持っています。めちゃめちゃ傷つきやすい石です)

うわ。と思いました。
私はこれを見て、グリーンカルサイトが「心のカドが取れて良かったね。」と、姿を変えて言ってくれているように感じました。

こういうのを、世間一般では「思い込み」「気のせい」「偶然」と呼びますが、まぁそういう一面もあるでしょう。
私が言いたかったことは、「石が欠ける」っていうことを、よく恐れの方向へ持っていくようなケースもありますけど、考え様によってはそんなことじゃないケースだってあるのですから・・・という一例を示したかった、ということです。


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カテゴリ :  石のホント or はてな?
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