石の意味~日本銘石・ふくいブルー、糸魚川翡翠~

2018年07月21日 (土) 21 : 41
日本銘石 ふくいブルー(笏谷石)10ミリ丸玉 

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□意味□ 競争運 勝負運  □産地□ 福井県

継体天皇が発見した越前の石。猛将「柴田勝栄」は、城の屋根を笏谷石で葺いたといわれるほどのこの「碧」を愛しました。
主に、福井県福井市の足羽山一体で採掘され、なかでも北西側山麓部の笏谷地区の石室が優れていたことから、笏谷石という名称がついたとされています。
また、水に濡らすと深い青色に変化します。
古くは約千五百年前の古墳時代に石棺、越前国を支配した朝倉氏にも愛された石で、石塔などにも使われました。
1999年には採掘が終了し、現在では流通が少なくなっています。
情熱とカリスマ性を与え勝利へと導く石といわれています。

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福井県のブルーカラーの石ですが、実際、天然色でこういう”建材”というのは自然界には少ないような気がします。
天然石ビーズの中でも、高級な御影石ということで建材としての高級石としてラルビカイトなどがありますが、だからね、きっと、発見した当時はこのふくいブルーも、そういう人の気持ちを鼓舞する上昇感覚というか、ストレスを解放するエネルギーが相当あったんではないかと思う。水に濡らして碧さが増すなら(試してません)雨も楽しくなるしね(笑)。
時代がモノトーンって言ったら変だけど(笑)「実際の自然界の「空と海」以外で碧の石があるなんて!!」という感じ^^わかりますかね。それはたぶん励まされますよね。毎日、空と海を眺めてそれだけで生きていられれば(笑)ありがたみもないかもしれませんが。

ちなみに現代でも、やはり高級建材タイル張りマンション(天然色の天然石使った)とか(笑)やはりどっか違うでしょ?
大理石の玄関とか風呂とか(笑)やっぱり、ちょっとエネルギー違いますよ。自分がマンション売ってる営業マン時代に思ったもの。建材の質でぜんぜん違うんだな…という感じ。で、どっちがいいか、といえばそりゃ^^正直、そっちなんですよね。
なので高級品を求める人の性もどこかそれも当たり前に心地良さがあるので、当然なんだな~と学習してはいました。

ふくいブルーは日本銘石となる以前から、今でも希少石として、すでに建材レベルで使えるほどの量じたいはないと思われますが(採掘も終了してるそうですし)、食器などに加工されて名産石としての流通はされていたようですね。。
アンティーク陶器ビーズのような風合いで、かわいい印象です。上記の過去の史実にまつわる石の意味云々というよりは(笑)。
なぜなら、私たちはもう「闘将」にトキメク時代には生きておりませんから^^。
もちろん今もマツリゴトの世界はそっちはそっちで存在し、世界は一見何事もなく動いているように見えますが、実際には、勝った負けたの勝負、力関係の世界は続いています。
そういう中でいち日本国民として存在しているわけですけれど、そっちの大きな単位への影響力をどうこうよりも、まずは自分を、自分の手の届くところをちゃんとせねば…というか、大きいところへ口出ししたいようなことっていうのはたぶん、自分の中にもその囚われを解放する必要があるから言いたくなる、っていうのがある気はするんですけどね。

たとえば、過去生にね、政治的に影響力のあった歴史上の著名人の過去生がある、って自称で言ってる人とかいるでしょ。そういう人の言動を見ているとね、今は市井のいち庶民なんだけど、そこへのむずがゆさを(笑)やっぱり持ってるんだよね^^。賢いぶんだけ周りが阿呆に観えることもあるだろうし、大変だろうな~とは思う。トラブルもつくりやすい。だけどそのぶん「影響力のある自分」がどこかでやっぱり嬉しいだろうし、それが励みになるところを知っているぶん、その承認欲求もほんとはあるのよ。
でもさ…やっぱりさ、それでも「今生の個性を生ききる」こっちなんだと思うのよね。今持ってる「武器」。持ってる環境の中、身につけてきたこと(それが今生の課題なんだろうし)その利点を活かす。それがもっとも大事よ。

ふくいブルーも、今、私たちそれぞれが持ってる武器。そのひとつの助っ人となるために、こうしてビーズになりました…の石の一つじゃないでしょうか。
過去の人が戦いに明け暮れた日々に自分を鼓舞し心の安寧を得ていた水色石が、平和を象徴する水色となって、現代の私たちの内面の武器となって顕れた。そんな流れを感じます。



日本銘石 糸井川翡翠9ミリ丸玉 

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□意味□ 安定、平穏、慈悲、知恵  □産地□ 新潟県

糸魚川翡翠は国内で唯一と言われている翡翠の産地で、現在は天然記念物となっているために採掘は出来ません。
2016年には翡翠が日本鉱物化学会によって「日本の石(国石)」に選ばれました。
日本では昔から皇室なども権力の象徴として勾玉などに加工され、各地の古墳などからも出土しています。
翡翠は、日本で使用されていたとされる記述が一番古いとされており、権力の象徴でもありました。
歴史を感じ、見る人を魅了して止まない美しさをもっています。

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いつのまにか、日本の「国石ですよぉ」ということになっていた翡翠。
翡翠の中でも、この糸魚川翡翠というのは、確かに、過去特別な宝石として珍重されていたようで、産出する糸魚川付近以外にも、日本国内のあちこちから、過去の人が生きた時代の出土品として出てくるようですよね。
おそらく、なんらかの権力持った人にとっての、よすがとなる意味合いでの御守りであったのだろうと拝察されます。

翡翠の歴史は日本においては、縄文時代(レムリアエネルギーの時代ですね)においても、意味を持っていた様子が伺われます。
いわゆる、「高次スマホ」の(笑)役割をしていた石だったのではないだろうかということが伺われます。

パワーストーンワークスでも、だいぶ過去に遡りますけれど、ストーンブームが勢いづいていた頃、当時はもうアゼツライトとかフェナカイトとかヘブンの石なんかや、ロシレムなんかも一部のメタフィジカルストーンにときめく人々のあいだでの流通が始まっていたような頃でしたが、私はそっちじゃなくて(単にあまのじゃくなのかもしれないんだけど^^)注目したのはこの糸魚川翡翠だったんですよね。

まだ糸魚川翡翠はほとんど市場にメジャーなかたちでは流通していなくて。
当時の私としては、だいぶ勇気のいる仕入れでした。
当時の毎月の売上は全部次の仕入予算だったんだけど、今よりもずっとずっと自転車操業で且つどんどん必要な石がどんどん市場に出てきていて背に腹は変えられぬと次々に仕入れが必要で。作る以上に仕入れていましたね。
その石予算三ヶ月分くらいをひといきに糸魚川翡翠の仕入れにつぎこんだ、という^^…、石の貴重性、重要性を知らない人から見れば、ただの阿呆で無謀でおばかさんな行為ですよ。
しかもね、まだ誰も、糸魚川翡翠が凄い!! なんて、ブームにもなんにもなってもいなかった頃ですよ。

当時はそもそも自分の意識として、「私はこれで生計を立てていく仕事にしよう」とかそういうような意識もまるでなかったでしたから、とっている行動としては大正解だったわけなんだけど、それを証明してくれる存在って、いわゆるあなた、スピリチュアル的に言えば、「ハートの中の人(高次)」しかいなかったんですよ(笑)。
私の行動指針って、すべてコレでしたから(笑)。
傍目にどう見えていたかは知らないけれど、この世的なふつーの会社員とかの人から見たら、き○○○でしたかもしれません。

今思うとですね…ブログでもたびたびお伝えしているけれどね、私はほんと、この世的にはお恥ずかしいくらいビンボだったんですよ。
いちえんでもとっておきたいと(笑)ビンボ人であればそう思ってお金をもったいながって使えなくなりそうになる、せっかくの毎月の売上…お金でとっておきたい…貯蓄もしたいかな…という後ろ向きさだって、やっぱり私にだってあったんですよ(あ、貯蓄行為が後ろ向きだ、ということを言ってるわけではありません。目的のある貯蓄行為は前向きな戦略でございますよ。まとまったお金がないとできないこともこの世には多々ありますから)あったんですけど…やっぱりね、それ以上に、どんどん、思い切る「今しかない」があったわけなんですよ。

もし私がこうしたことを過去にしていなかったら、今の自分はありませんね。
そして、そんな自分のようなものから、石アクセサリを購入してくださる多くのお客様がいてくださらなかったら、今の私はありませんでした。そういった感謝の循環の中でずっと生かされ、活かされてくることができていること、深く御礼申し上げます。

私が、こうした石屋っぽさを仕事にしていく過程で、いちばんはじめに出会ったメタフィジカルストーン的な聖石と呼べる石。
大枚はたいてゲットしておきたかった石。
自分のためだけではなく、たくさん仕入れして、みなさまにアゼツとかもきっといいけど(笑)これ持っておこうよとご提供したかった石。
それが、糸魚川翡翠、でしたかね。

そんな当時は清水の舞台の意識で仕入れた糸井川翡翠でしたのに^^、当時は…最初はね、あんまり売れなかったの(笑)。
青ざめましたよ^^。高かったから(当時のパワーストーンワークスとしては、他の石アクセの価格帯よりも)なかなかうちでこういう石に触手が伸びてくださる人はいないんだな…と、ちょっと落胆して、最初にお出しした時に、このおバカ仕入れが原価レベルでペイするのには一年か二年かかるかな…という感触がありました。凡人だったら、やっぱり気落ちするんじゃないかな。
自分が「どうだ!!」と、勇気で満身創痍でご案内してもさ、それを、いいと感じてわかってくれるのは、ひとり、ふたりなの(笑)。

で、石市場では、見てるとばかすか売れていってるように観える、きらびやかなひっぱりだこの人気石たちや著名海外ヒーラーさんの名前の威力で(笑)どんどん人気加熱しているような^^石もあるように観える…そういう中では「糸魚川翡翠? なにそれ」ではありましたよね、当時は。(のちにだいぶ遅れて糸魚川翡翠が注目されるような感じでメジャー感が出てきた時に、よくある「おいらはまだメジャーじゃない時に先に目つけてたんだぜ」的売れる前からのあるある先行ファン自慢みたいな気持ちも出てきたけど(笑)。先見の明っていうのは、ありすぎても、実際にそれが先見の明であったことじたいが^^とくに知られてもいない話なんだから、悔しがりようもないことで、むしろ、糸魚川翡翠がだんだん有名になってきたようで良かったよ、やれやれ、というのもあったかな。この手の感覚は、音楽業界みたいなところの経験していると…胃がキリキリするくらい^^「あ、先にやられた…(世に出された)」みたいなの^^あったり、そういう些末なことに一喜一憂する世界は経験済みではありましたけど。その頃の感じを、今思うと初期の頃のパワーストーンワークスはまだ引きずっているところはあったように思いますが、今はほぼ100%にちかい状態でなくなりました。だからそのぶん言わば波動が上がっていますよ^^)

今、流行りじゃないことをやるのは、そこそこ勇気がいるのよ。
ほんとうは流行り廃りにのっかっているほうが、一見、大多数の人にとって楽に観えるの。
だけど、流行り廃りに触手を動かしている人間は、流行り廃りとともに行き場を失っていくことになるのよ。
エハラーブームに乗っかってスピ仕事を展開してきた人は、ブームという追い風で自分が凄い人になれる(スピ的能力がなんか凄いもののように観える)ご相伴に預かっているだけでも、そこそこイケたから、それが自分の実力だと勘違いしたかもしれないんだけど、そこでちゃんと”別に凄くない”ことに気づいて、地道に自分の本質の道をコツコツ進めてきた人しか、きっと今は上昇気流のほうにはいないと思いますよ。そういう人はね、「またブームが来ないかな」とブーム待ちになる。「うちの商品が売れなくなったのは景気のせい」って言って、政治のせいにしている(笑)商売やってる人と同じですよ。うまくいってないことを、必ず自分以外の何かのせいにしちゃうのよ。

そうやって、石アクセサリつくる人たちの中にもね(石アクセサリだけじゃないけど)だんだんね、売れない、自分がお金とか時間とかかけたりして、いいと思っているものが売れなかったり、みたいなことが、出てくるとね、気落ちしてきて、そこでやめちゃうのよ。
とくにこういう仕入れという種銭が必要なタイプの且つ創作活動的なことはね、それが回転していかないと、次がだんだんできなくなって先細りになっていくんじゃないか、って恐怖感も出てくるんですよ。それが出てくると仕入れをけちったり省エネ方向に走り出したり売れ線を学習しようとしたりマーケティングに凝ったり(笑)ありとあらゆるものを取り入れだしたりしちゃうんだろうけど、根本が恐怖感とか自己保身からのそれだと、何を学ぼうと、実際にその恐怖感が現実を創造しているかのように、そっち側の思ったとおりの現実を造っていきます。「向上心はある、こんなに勉強もしているのに、なぜだ」という人は、自分自身のハートの声を無視してないか、確かめてみて。

私でさえ^^実際にはその恐怖感まったくなかったのか? っていえば、そんなことなかったですよ。
毎月毎月、月末に向けて、緊張の連続でしたよ(笑)。
だって、売れる保証なんてないんだから。
だから、「来年は生きてるだろうか…」どころか、「来月は生きてられるだろうか」レベルの(笑)日々でしたのよ。

ただ不思議と、すっごい恐怖感というのが、「高次ロード」ってわき起こってこないのよ(笑)。
幸福感のほうが勝ってるの、僅差で(僅差と言ってるけど^^実は凄い大きさな差)。
もちろん上記でつらつらと、こんなだったのよ…って言ってますけど、「そういう自分もいるけど、不思議に、それよりもっと大切なことをしている自分がいる」っていう実感があるから、ハートの部分が充実しているから、人間目線の世界では”他者とか平均とか常識的”と言われているようなところとの比較においては、恐怖や焦りや劣等感にもなりそうな現実が、自分にとっては、それほど負なものに観えないどころか、よもやの^^それこそが自分らしさ…っていうものだとわかってやれてるから、落ち着いてられるんですよ。
だいたい、そのために(笑)誰にだってそういう世界が創造できるんだよということを知らしめるために「石がいっしょにいる」わけで、私はそのプレゼンテーターであるわけなんだからね。

今でも、本質的には、そんな感じよ。でも昔思ってたソレとはもうずいぶん違ってきてはいますけどね。
でもね。そういう海のものとも山のものとも言えなかった頃から、どっかで不思議と肚が座ってたの。
だって、もともとはゼロから始めたんだから(笑)。なくてもともとでしょ?
なら、私は、自分にできるところまでは自分が納得することをやってみよう、やりたい、っていう気持ちのほうが、ずっと強かったな。

…というのが、個人的な糸魚川翡翠にまつわる思い出話です(笑)。
こんなのって、この世のゴージャスな権力の世界ですとか(笑)もう、そんな世界から見れば、たいへんみみっちい話ですよ。
みなさんが追い求められている大きな夢から見れば^^、すっごいド庶民っぷり発揮した、ちいさい話です。
だけどね、こういう眼の前のちっさいことひとつひとつをクリアしていく先に、いわゆるその人の本質、魂の自分がいったい何をしたいんだか…っていうものが、どんどん見えてくるのよ。
急に大人物にはなれない、っていうことです(そうなれる人はどっかもっとぶっとんでますよ^^。それも本気でね。時々”ぶっとんだ人のふりをする小心者”で成功していく人もいますが^^、どこかでそのストレスをちゃんと味わうということにもなっていきます)。急になろうとしても、高次から足止め食らって当たり前なのよ。
繰り返し繰り返し経験を重ねていくことで、スピ的なかっこいい言い方でいうところの、高いところからの俯瞰ができる視座ができてくる。
眼の前のことから逃げない、自分の巻いた種から逃げないでとりあえずは刈り取りながら、せっせと汗臭く生きていく、その先はただの繰り返しに見えていることも、ただの繰り返しではなくて、少しずつ少しずつ螺旋を描きながら、上昇していきます。

翡翠というのは、そういう精神性の発展を、派手に誰かに賛美されたり目立つことがなくても地道にこつこつと持ち続けていこうと、自分を支えるのにお役立ちな石ですよ。
人生って、「自分が何をしてきたか」って最後のところでは自分しかわからないじゃないですか^^。
そういう意識こそ、高次ガイダンスとの接点を多く持っていける行動を生み出す源泉です。
きっと縄文の人々も「今自分が何をどうしているか」に関して当たり前に意識的だったのよ。

あ、糸魚川翡翠ではなくて、「石の意味~翡翠~」というのも、別枠でご用意する予定でおりますので。
そっちも見てね。まぁ、似たり寄ったりの話だけど^^、ちゃんと一般的に言われる翡翠の意味もご紹介しますので。



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カテゴリ :  石の意味
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