昨日のまるの日さんの東京夜会

2017年07月23日 (日) 01 : 05
昨日の夜会は、個人的にはとくに今まで興味のなかった「ゆーれいのお話」がテーマだったのですが(夏だから^^っていうことでコレがテーマだったのでしょうけれど)。

とくに興味はなかったんだけど、なんで行ってきたのかというと。
夜会のほうは、ワークショップのように発表後即完売(笑)レベルの激戦ではなく申し込みができるため、あ~まだ申し込めそうだな、っていう感じで、お申し込みをして、ふらふらっと行ってまして。
(ここ最近は、なんだかそんな感じ。まっめ~にブログをチェックしていないと、少人数のワークショップのほうは、東京は発表後にすぐ定員埋まってしまうのよ。だから、じゃあとりあえず夜会へ行っておこう、っぽい感じで(笑)申し込みが間に合ったら行ってる、みたいなところもありまして)

そんな興味のなかったユーレイの世界、ユーレイの話なんだけど。
(いまだに、世間でいう「霊感」とかスピリチュアルって、もしかすると、こっちの分野の話と思いっきりこんがらがっている場合もあるのかもしれないです。霊が観える、っていうと^^ソレのことだったりとか。)


昨日は。そんな、いわゆるわれわれが「こわいよ~」と一般的にぶるぶるっな話として知るユーレイの話だったわけなんですが。

「あ! だからなのか~」っていう電球マークが!! ありました。
うん十年(笑)今まで知らなかったことです(笑)。

めちゃこの世のゆ~れい(広義の意味で、世間一般認識としての、成仏していないと言われるタイプの霊)が、「なんでそうなのか?」が、ものすごく腑に落ちました(笑)。

やっぱり、まるの日さんは凄い(笑)と思います。
これを説明できちゃうなんて(笑)。

なんで巷のユーレイが、なんとな~くですが、「ききわけがない」存在なのか。

生きてる時は、それでも話せばわかるところがあったような人でしたのに(笑)なんで死んだとたんに、そんな囚われたところにとどまり続けてしまうのか。

これ、みなさん、不思議じゃないですか?

なんで自分が死んでるよ、っていうのがわかんないのだ~? って不思議ですよね。
生きている時にもしなかった(生きてる時は気分転換もしていたりして四六時中苦しさの中にいるわけではなかったりしますし)、「同じ苦しいところにとどまり続けるつまんなそうな選択」をし続けるのか。
そして、なんでか、未成仏のユーレイさんというのは「あんまり(ほとんど)今のこちらの世界と話が通じてないよな」風味、世界観が生きてた当時のまま単一っぽい感じなのも、どうしてなんだろう? って。

なんとなく、こちらが一方的に、怖がらされたり(笑)向こうの言いなりではないけれど、もとは人間だったわりには、基本なんかユーレイになったとたん「ものわかり悪そう」な感じですよね?
で、な~んか悪さをする場合、あんまりこっちの説得っていうか(笑)ぜんぜん話通じてないっぽい強引さがありますよね?

これには理由があったんだな~と。
(夜会で、その理由を直接レクチャーされたわけではないんですが。私的に^^ここに電球マークが灯ったわけです)

この謎が解けたというか(笑)。
ていうか、今まであんまり謎ともとくに思ってなかったんだけど、「なるほど、だから、この世にとどまるユーレイと呼ばれる霊存在は、考え方に、融通が利かないのか」ということがわかりまして。


すべては、「生きてるうち」から始まるのですな。

ほんとうに。

いい人生にしましょうね(笑)。

生きているうちから、霊的見地があることそのものも、もちろん役立ちますが。
それでも、それじたいにかたよれば、それも囚われになるかもしれませんね。
(正しく生きるとか、愛の人になるとか(笑)理想的な生き方のモデルケースを外側に求めることが信条だと、「そうできなかった自分」はのちの後悔の種になるでしょ? かたくなに「こうあらねば」みたいな自分への「条件付き自分らしさ」を欲する思考は、そうよね。)

それよりもなによりも、ハートで生きて。
高次ガイダンスとともに、ハート路線の、自分に正直でいられること、いつも「今がいいわ~」の今の自分でいられること。

自分が自分で良かったわ~という人生であること。
最後までそのノリで、納得感で終えること。

つまり、「今でしょ、今」(笑)ってことなんですね、結局。
これが、みずからがユーレイを製造しない(笑)たったひとつの秘訣なんですな。

まぁ、だからといってそんな深刻にならなくても。
ユーレイ製造しちゃっても(笑)それはそれで。いいのかもしれないです^^。


なんとな~く、個人的記憶にリンクしたのが、「アセンション後の世界には幽界は存在しなくなる」と言われていたアレなんですが。
確かに、アセンションした状態というか、その高い波長存在に満ち溢れた世界でしたら、ユーレイのモトとなる^^原資がございませんので。
ごもっともな話。
まぁ、これはまだまだ相当遠い未来の話だろうと思います。
でもいずれその世界も訪れるはずです。

色んなことが個人的になるほどでした、昨日の夜会でした。


補足:

色んなことが心配で、どよんとしていたり、怒りの状態を長らくキープしていたり(自分に向けてでも他人に向けてでも)、恐れも同じくですが。
これらがそういった幽界(囚われた霊のエネルギー)との接触の道を^^開きます。

(ちなみに必ずしも、上記要因ではなくても、三次元世界では普通にそういった幽霊さんを「たまたま背負ってる」という場合もあるようです。行きたい場所へのタダ乗りの「足」として^^使われることも、けっこうあるんだそうな。なにか悪さをしてやろう、っていうじゃなくて、ほんと、あっち都合っていうか^^。肉体がなくなった人って、いきたいところへどこへでも行けそうな感じがするんですが、幽界だとそうでもないっていうか、これぞ生きてた時の固定観念の世界も影響するらしいみたい。それ、私なんとなくわかります。体脱している時ってそれほど自分の意図だけであちこち行ける感じでもない感じがあるから。そこには、まだまだ飛んだら怖い、落ちる、というような怖さがどっかにあったりしますんで)

一応、ここでは「囚われちゃってる幽霊さん」という前提でのお話。
そして、それが高次とのパイプに目詰まりを起こします。

高次の光を受け取りづらいルートに、ゆめゆめハマることを選択しなくても。

そのためのヘルプにも^^、われわれには「石」が用意されているではないですかぁ(笑)。

基本、生きている人間には、等しく高次ガイドは存在しているのに。
「なんで助けてくれないのか、助けてくれなかったのか」
ということが言われることもあります。

どう見ても、高次に助けてはもらえていない風味の人生の様相のときもあります。

たいていは、「視野が激狭」という自分マター、自分都合の観方しか、その側面しか見えていない、はげしく思い違いをしている場合には、そんなふうに、「この世界には神も仏もいないのか」っていう現実を生きることになったりもします。

そこに気づかせてくれる高次の使いの役目をしてくれるのも^^石たちなのよ。
そんなときでさえも、いたれりつくせりなのです。

明日はそんな、「PSW的おすすめ石の選び方」についての記事をアップします。




この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page