2017年7月ガイドリーディング其の四

2017年07月17日 (月) 00 : 00
7月16日の「其の三」に引き続き、T.F様よりいただきました、フィードバックへの私のご返事です。


(転載ここから)


T.F様


> >>  ここでまずびっくりしました。娘の事、詳しくお話ししたかしら?と思わず自分の質問を読み返しました。娘は重いハンディキャップがあり 移動はハイハイでした。いつもニコニコ ハイハイでこちらに近づいてきてくれていた様子が思い出されます。そして生きていれば19歳。ほぼ高校生くらいですね。娘の様子を知ることができて胸がいっぱいです。


そうでしたか(笑)私もびっくりしました^^
ちゃんとT.F様に「わかるように」その姿でアピールしてくださったんですね~



> >>本当に良かったです。いつもただ満ち足りていますようにと願っておりました。大きな愛と安心感に包まれているなんて、これほど嬉しいことはありません。少し肩の荷が下りた気分です。


大きな愛と安心感に包まれている…というよりは。
ご本人が、それそのもののエネルギーなのですよ(笑)。

そして、それは、向こうにいってそうなった、というよりも、生前からその本質そのままに生きておられたのだと感じます。

スピリチュアル方面では時々耳にする話ですが。
こちらの三次元で、そのようなハンディキャップの肉体を選んで生まれてくる魂は、霊的にはむしろ「健常者」と呼ばれる人間よりも、ずっとずっと高い魂…みたいなことを言われます。

そこに関わる人間の学びのために、ご自身が敢えてそのような肉体を選んで、最適な家族のところへやってくる…のような話。
聞いたことはありませんか?

ハンディ持って難病で長く生きられなくて、可哀想、ご家族も大変…可哀想…傍目からはそう見えることもありますが。
少しも可哀想、なのではなく。
むしろ、そんな面しか観えないこちらが^^可哀想、なのだということ。

また、そのような境遇であることで、むしろ、「この世の垢」を身につけることから守られる、という面もあるので、汚れないままに^^向こうの世界へ戻れるところもありますが、それは、生まれてきた環境、ご家族しだいでもあります。
だから、どれだけ霊的に高い存在であろうと、やはりものすごいチャレンジになるので、並の魂ではなかなかセレクトしない(できない)人生だと思います。

T.F様はじめ、ご家族がしっかり愛を持って、お嬢様に接してこられたことが、よぉく伝わってきましたよ。
もちろん、意見の違いや、現実面でのことでの気持ちのすれ違いもあったと思いますけれど。

こういうスピ系で聞く話は、ハンディキャップを持ったお子さんを持つ方への綺麗事とか慰めでもなんでもないんだな、ということが、私もお会いさせていただいて、よぉくわかりました。
ありがとうございます。

そして、T.F様も、お嬢様が生きておられた時に、肌感覚でそのことをしっかりわかっていらっしゃった方だったんだな~、って思いました。

こういう存在が肉体存在として近くにいてくれたのに、そばからいなくなってしまったら、そりゃ、失意の日々になって当然ですよ。だって、それまで生きた高次エネルギーといっしょに暮らしていた(笑)ようなものなんですもの。



> >> 確かに残り物みたいな気持ちでいたと思います。娘のお世話をするのが私の使命、そのことに自分の存在価値を見出していたようなところがありました。その分ほかの事には おざなりで、今思えば娘を理由にいろんな事から逃げていたように思います。先の事ばかり考えていらない心配をする、、、まさに私そのものです^_^;
> 自分を好きに、、中々難しい宿題ですが頑張ってみます
>


お嬢様は、ひとまず、肉体でのお役目終了。
そこからT.F様が得たもの、そしてご自身の中から提供できることに喜びを感じるものが、きっとあるはずですよ。



> >>娘との生活を仕事に活かすということ(介護職など)も出来たのでしょうが、私にはちょっと辛くて、それは出来ませんでした。

必ずしもそれは、ハンディのある人を助ける…のようなこととも言えないんじゃないでしょうか。
私たちの目からは、ハンディであることじたいはいたしかたなく、そういう人への慈愛を持って接する、という意味では、意味のある仕事かもしれないのですが。



> >>いつでも娘に相談出来て、答えてもらえるなんて、これからの人生にすごいパワーをもらった気持ちです。残り物じゃない人生になるように(笑)頑張らないといけませんね


肉体は失っても、いつも繋がっていますよ。
掛け値なしの「愛」で繋がることができている存在とは、生死を越えて、そういうものです。
前向きになるな、と言われても^^、そういう愛のエネルギーは、いずれ時間がかかっても、結局、前を向かせてくれますよね。

ご自身が、心に正直に、満足できること。豊かさを感じること。
無理に今度は、人生を充実させなくては!! って^^肩に力を入れなくても、大きな愛とともにいる…というよりも、ご自身がまさにそれなのだ、と自信を持って生きていってください。


神崎詞音



(転載ここまで)


そしてT.F様より、いただきました、ご返事の転載です。


(転載ここから)


神崎詞音様


お世話になっております
早速のお返事ありがとうございます


> >>大きな愛と安心感に包まれている…というよりは。
> >>ご本人が、それそのもののエネルギーなのですよ(笑)。

> >>そこに関わる人間の学びのために、ご自身が敢えてそのような肉体を選んで、最適な家族のところへやってくる…のような話。> >>聞いたことはありませんか?


あります。 ただ私は正直最初は娘のハンディを認め、受け入れるのに時間がかかりました。元来の心配性を発揮して生まれる前から障害があったらどうしようなどと、漠然と考えていたように思います。
一方主人は最初から何のためらいもなく娘を愛し精一杯の愛情を注ぎました。その姿を見続けて、いつの頃からか娘はきっと私に「ハンディキャップがあってもこんなに幸せにいきられるんだよ」と教えに私のもとに来てくれたんだなと思うようになっていました。
なので、もう少し私がきちんとお世話していれば、、、今頃まだ元気でいてくれたのではないか、、
あんなに娘を愛してくれていた主人から娘を奪ってしまった、娘を大好きなお父さんに会えなくしてしまった、、というような申し訳なさがずっと渦巻いたままという感じです。



> >>こういうスピ系で聞く話は、ハンディキャップを持ったお子さんを持つ方への綺麗事とか慰めでもなんでもないんだな、ということが、私もお会いさせていただいて、よぉくわかりました。ありがとうございます。

> >>そして、T.F様も、お嬢様が生きておられた時に、肌感覚でそのことをしっかりわかっていらっしゃった方だったんだな~、って思いました。

> >>こういう存在が肉体存在として近くにいてくれたのに、そばからいなくなってしまったら、そりゃ、失意の日々になって当然ですよ。だって、それまで生きた高次エネルギーといっしょに暮らしていた(笑)ようなものなんですもの。


本当に娘は大きな大きな存在で生きがいで、最初に受け入れられなかった時間が今悔やまれてなりません。どこに行っても誰にでも可愛がってもらえる自慢の娘でした。
確かに高次エネルギーそのもののようですね。私はすごく貴重な時間を娘と過ごさせてもらっていたのですね。



> 娘との生活を仕事に活かすということ(介護職など)も出来たのでしょうが、私にはちょっと辛くて、それは出来ませんでした。

> >>必ずしもそれは、ハンディのある人を助ける…のようなこととも言えないんじゃないでしょうか。
> >>私たちの目からは、ハンディであることじたいはいたしかたなく、そういう人への慈愛を持って接する、という意味では、意味のある仕事かもしれないのですが。


いつでも娘に相談出来て、答えてもらえるなんて、これからの人生にすごいパワーをもらった気持ちです。残り物じゃない人生になるように(笑)頑張らないといけませんね



> >>肉体は失っても、いつも繋がっていますよ。
> >>掛け値なしの「愛」で繋がることができている存在とは、生死を越えて、そういうものです。
> >>前向きになるな、と言われても^^、そういう愛のエネルギーは、いずれ時間がかかっても、結局、前を向かせてくれますよね。


ありがとうございます。なんだか初めてストンとおちたというか、素直に聞けたというか(かなり素直じゃないので^_^;) 自分でも不思議です。娘との繋がりを想いながら日々の気づきを大切にして過ごしていきたいと思います。


T.F


(転載ここまで)


最後に、私からのご返信です。


(転載ここから)



T.F様


> >>あります。 ただ私は正直最初は娘のハンディを認め、受け入れるのに時間がかかりました。元来の心配性を発揮して生まれる前から障害があったらどうしようなどと、漠然と考えていたように思います。
> 一方主人は最初から何のためらいもなく娘を愛し精一杯の愛情を注ぎました。その姿を見続けて、いつの頃からか娘はきっと私に「ハンディキャップがあってもこんなに幸せにいきられるんだよ」
> と教えに私のもとに来てくれたんだなと思うようになっていました。
> なので、もう少し私がきちんとお世話していれば、、、今頃まだ元気でいてくれたのではないか、、
> あんなに娘を愛してくれていた主人から娘を奪ってしまった、娘を大好きなお父さんに会えなくしてしまった、、というような申し訳なさがずっと渦巻いたままという感じです。
>


そういう後悔でしたか~。あると思いますし。
たぶん、私だって、もし同じ立場のことを経験していたのなら、まず最初はその現実を受け入れることができなかったんじゃないかと思います。

そういう困難があるから、一見こちら側にとっての「試練」ともなってしまうかのような現実を持って、生まれてくる、彼らにとっても実際はチャレンジなのです。

三次元世界では、そういうのって、どうしても人間側にとって不都合な現象に見えますから、まるで災いのように捉える見方もあります。
ネガティブ面のほうにスポットを当てて、生きている人間側がそれを受け入れていくことを「人生修業」として感謝する…など、なんていうのかな~…宗教なんかにありがちな観念でもありますし、そうやって受け入れようと努力する、そういう道を選択する人も多いでしょうし。

ただそれは結局、人生を苦行にするやりかたで、且つ、「事実をありのまま捉えていない」やりかたなんですよね。

だから、ご主人様が最初からなさっていた、ごくごく自然にとられていた行動が、本質的な行動、授かった自分の子を愛さずにはいられない、という、誰に押し付けられるでもなく、自分の中から湧き上がるものに素直にいられた、素晴らしい行動であったとは思います。

ですけれど。
当初、それと同じことを感じることができなかったご自身を、「いけないもの」として後悔する必要などないです。

それこそ、お嬢様が生きていらっしゃるあいだにも、一度もT.F様を責めるなど、ひとつもなさらなかったのに(笑)今だって、「責めるとか? なにそれ」風味なのに^^、T.F様ご自身が、ただ、「自分で自分を責めている、当初は気づけなかった自分を許せない」というだけの悶絶の^^一人芝居なのです。

ご主人はご主人、T.F様はT.F様、です。
「受け入れられなかった期間があったことが、なんてもったいないこと間違ったことを自分はしていたんだろう…」の天罰で(笑)お嬢様はいなくなったわけではないですし、それがご主人から愛するお嬢様を奪う原因になった、なんてこと、ありえないですよ。

私たちには、むしろそんなことで、人ひとりの予定寿命操作などできません。

寿命までのことではないにしても、たとえば、この世から消えて欲しいなと^^思っちゃうような存在が、仮にいたとしても、自分の都合でその自分にとって都合の悪いそれは消えませんよね?
その関わりは、必要な時、必要な期間だけ、こちらの都合不都合おかまいなしに、人生に関わってきます。

こういうことに限らずなんですが、私たち人間は、そういう自分にとっての真実や天啓のようなものに触れて、目が醒めてしまうと、当然感謝も喜びも得るのですが、今度は、「それまでなんで自分はそうじゃなかったのか」という、過ぎた過去の自分を責め苦の対象に^^し始めるところがあります。

私なんかも、「石に出会って目覚めて以降」の自分は好きですが、それ以前の^^それこそ、心眼が開けていなかった近視眼的で周囲の影響を自分の思考形態そのままに固定観念まみれになっていた、過去の未熟な自分のありかたは到底、好きじゃない^^です。
ですが、そういう過程を経ているからこそ、「わかる世界」があるので、それを教えてくれる反面教師でもあり、今となってはあれらも愛しい成長過程の一部^^であり、必要なことだった…としか、言いようがなく。

個人的に思うことですが、「過去生」というのも^^、そしてスピ方面で言われる「過去生でこうだったから」の世界なんかも、ちょっとそこに共通するというか。
「過去のせいにしたがる」
つまり、「今の自分のありかた」を、過去に依存する、それで責任逃れを実はしようとしている…ということに気がついていない、というところがあったりします。
もちろん囚われた過去生を知ることは、今、同じことに直面して囚われていることへの気付きを促す「材料」として有益な部分がありますから、知るのは悪くはないんだけど、知って「だから今世でも困難なことが当然なんだ」って(笑)いう、別の意味で^^自分がそれをできない理由、言い訳にしていっちゃう、現実逃避の理由にしていってしまうようなケースもありますからね。

過去を反省し続ける、過去の自分を責め続ける、忘れようとしない、贖罪をし続けるというのは、一見、それこそが真実を知り未熟であった自分を反省をしている証明のような、正しいありかた、にも見えますが。
実は、ただ過去の自分を誰かに許してもらいたい、それこそが自己肯定の^^歪んだありかた、だけのように感じます。
誰に許してもらいたいの? って、突き詰めていくと、そう思っている自分こそが、その主犯格なだけなのです。

「自分を赦す」「自分を受け入れる」「自分を愛する」って、たしかに難しいことなのですが。
どんなに周囲がそう言う、高次ガイドが^^赦してくれている(というよりも、最初からなにも責めてもいない)とわかっても、トドメの自分自身が^^自分の過去をダメなものとして責め続ければ。

強いていうならば、それこそが、「お嬢様がいちばん、してほしくないこと」「娘は私がどう生きたら嬉しいと思ってくれるのか」の答えではないかと思います。

いいんだろうか、こんな自分が赦されてしまっていいんだろうか、っていう過去の経験。私も多々ありますし。おそらくみなさんどころの話ではない経験も、あると思います。
それでも、しれっと生かしていただいてますし(笑)。


> >>ありがとうございます。なんだか初めてストンとおちたというか、素直に聞けたというか(かなり素直じゃないので^_^;) 自分でも不思議です。娘との繋がりを想いながら日々の気づきを大切にして過ごしていきたいと思います。


うちのブログのリンクにもありますが、「ももちゃんと二人三脚」の桃の葉さんが、どうして、ご病気や事故などのなんらかのアクシデントや生まれながらの宿命として、早期にお子さんを失うご経験をされたお母さんがたのことを、「天使ママ」と呼ぶのか(笑)。
実はその理由を私は知らなかったんです。
知らないなら、聞けばいいだけの話なんだけど^^、とくにそれがなぜなのかをどうしても知りたいと思っていたわけでもなかったので。

でも今回のガイドコンタクトをさせていただいて、その理由がわかりました。

文字通りですね(笑)。天使存在のお母さん。
その希少な役割の経験、誰もができることではない、それを三次元世界で、みなさん、なさっていたんですよ~。悲しまないで~。

そういうことを伝えたい、呼び名だったんですね。
ぴったりだと思います。

それでは、このたびはご協力いただきまして。
誠にありがとうございました!

お嬢様も、T.F様も。
ガイドブレス記事掲載の、立派な「トリ」を飾るお役目を引き受けてくださいまして。
誠に感謝申し上げます。



神崎詞音




(転載ここまで)


…という内容でございました。



生まれたばかりの赤ちゃんというのは、「テラヘルツ波満載(宇宙の育成光線)」の存在と言われます。
まだ「あっち」の世界と繋がった状態を保持している、本質そのままの存在だからですね。
私たちはみんな、生まれたばかりの時は^^誰もが天使だったのです。
まず、お父さん、お母さんになる人たちに。そのことを、ハートの内側から思い出させてくれるハズ(笑)です。

それが、人間社会に揉まれていくうちに…みなさまもご存知のとおり(笑)。
色々な垢を身にまとい、「性格」というものが形成され始めます。
だいたい、三才あたりからでしょうかね。
なので。親の存在、周囲の環境、とっても大事と言われたりもしますよね。
三つ子の魂百まで、っていうのは、それだけまぁ、三次元のそういう影響って、一生かかって(ともすると死んでから以降も)本人に影響し続けるレベルの経験なのだろうということでしょうか。



肉体を持つ三次元世界でハンディキャップとも呼ばれるものを引き受けてこの世に生まれてくるお子さんは、そういった中での特殊任務を引き受けて、このせちがら~い、とても視野の狭い困難満載の地球上生活に、敢えて、かかわる人々の学びのためにも、そのハンデの状態を選んで生まれてくるとも言われます。
全員が全員、そうなのかはわかりません。そういう魂が多い、ということだと思います。
(たしか、これは、うろ覚えなのですが。「ダウン症」と呼ばれる症状を持つ人と普通の健常者と呼ばれる症状を持つ人とのあいだで、「幸福感を感じる度数」というものを比較した実験で、圧倒的に、ダウン症と呼ばれる症状を持つ人々のほうが、その幸福感知度数が高かった…という結果になった…というネット上の記事か何かを読んだことがあるのを憶えています。これが意味するところは、やはり、「そういう高い領域の魂が多い」を裏付けるひとつの証拠、まではいかないのかもしれませんが。そうなんじゃないかな、やっぱり、という感じがしますよね)

そして、早くに亡くなるお子さんは、これも一概に共通して言えることなのかどうかはわかりませんが、そこを選んで生まれてきた家系やかかわる環境の中の囚われた蓄積されてきたもの、多くのそのような鬱滞するエネルギーを亡くなる時にそれを共に高次へ持ち帰り浄化する役割まで引き受けていく、というところまでしているのだろうと感じられます。
的確な事例なのかどうか^^なんですが、キリスト教的「十字架にかかったイエス様が人類の罪を贖う人柱となった救い主」的な話にもちょっと通じるような? 感じもいたします(この十字架にかかって死んだ話じたいが嘘だ、という^^説もあるので、あくまでニュアンスとしての部分で、ということで)。

われわれのこの三次元では、目に見えぬ目立たないところで。誰かがそれを、みずから引き受けている…それは実際のところだと思います。
肉体的にもともとハンデがあるないにかかわらず、得てして、三次元的には「弱いもの」「低いもの」「自立していないもの」として、一般的常識的には一段低く見られる存在であることも、しばしば。
(あなたさまを悩ます、将来ニート化しそうな引きこもりのお子さんとか(笑)。この世的には役立たず、駄目存在のレッテルを貼られることで、実は本人無意識にそういった周囲の囚われたエネルギーの浄化に努めている、感謝の存在なのかもしれませんよ)

もともと霊的に、ある意味、数々の地球への転生の中でさまざまな経験をし「学び終えてきた、経験値の高い魂」だからこそ、それをしてみようと、まだそんな果敢な挑戦、にトライされるのではないでしょうか。
(一説によると親のDVを受ける子供など…なんでそんな…レベルの非道な環境でさえ。そういうものでもある、というような話もありますよね。実際にその経験を経て人格形成されていく段階で、それを到底受け入れられない方も大勢いらっしゃると思いますし。私もそれは当然かと思いますが。そんな常人には無理な過酷な設定もある…とは言われますね)
だから、フツーの人みたいな人生をそもそもが望んできたわけではないので、フツーの人みたいに生きられないことが可哀想、とかいい出してしまうのはこちら側からの狭い価値観の都合に合わせたものの見方です。
(また自分自身で「普通の人みたいに生きられなかった」と自己憐憫の感情にみずから浸るのも、同様です)

ただ、そんなお子さんもそうですが、この世での生き辛さを引き受けることになった高次魂を持つ、三次元的には不遇状態を経験している人々も、「人間」として存在することになったがゆえに、そのような類の同情や憐憫や時としていわれのない蔑みなど、与えられる試練のハンパない容赦ない砲撃は、生まれる前に納得済みとはいえ、想像以上であった…というケースだってあるんじゃないかと思います。(それは実際的にハンデがあったりすること以上に、そことは無関係なはずなのに、周囲環境に「脚色」されてしまう類の、「こちらの世界での常識の価値観」による、心に傷を負わされる経験ですとか。)

その中で、無条件の愛のエネルギーを保持して一生を終えるのは、並大抵のことではないな、と感じます。

そんな傷ついた心を持つこの世での生きづらさを感じる人々のことを「スターチルドレン」とも呼び、彼らは人類に奉仕する役割を持ってこの地球にやってきたと言われ、その使命に目覚めましょうよ~みたいな煽るスピリチュアルもございますが。
無理して自分が目覚めよう、人類の目覚めに奉仕しよう! 頑張ろう! なんてしなくても。存在しているだけで、上記のように、周辺の人の役に立っていたりもするはずです。
ですが、それにアグラをかかずに(笑)いつか、「自分のために」充実の人生を三次元で経験していきましょう。
人のために…とか大上段に構えたこと言い出すと^^とたんにそれは重責となってのしかかったり、頼まれもしていないのに極端にはた迷惑なこと言い出す「生き急ぎ路線」へ行く可能性もあります。
また、何にもしていないのに^^その魂の出地であるらしいことを聞きつけて自己満足に陥り(笑)これでいいわと妙な自己満足だけを維持しながら自らは現実逃避し続ける路程にハマることもあります。
自分のためでしたら。できます。
そして、自分がハートに正直に充実する世界は。イコール、そんなこと意識しなくても不思議と現実的に「人のため」ともなっていく、それが、この宇宙の仕組みです。(スター・チルドレン云々、って言ってる話は、ただ「深く考えず自分の好きなように生きてるうちにチャレンジしなよ」ってだけの話。だれもが^^本当はそうしたほうがいい、それです。なにも大それた特殊な任務ってわけでもないのですわ)



ぜんぜんモノが違うので^^、人間といっしょにするなぁあああ! とお叱りを受けるかもしれませんが。
(この世の先入観として…動物は、人間よりも知能が低い下等な存在、という意味合い、それが常識と広く認知されているであろう概念なので、どちらかというと動物の命は人間の命よりも軽く扱うことが当たり前に見られていますので。それが思考の傾向に深く刷り込まれていると、こういう話に不快な抵抗感を持たれるかたもいらっしゃると思いますので)

われわれと共に暮らす、ペットとして家族の一員として飼われる経験をすることになる動物たちも。
われわれの覚醒を促すヘルパー、われわれに本質的な多くの愛と喜び、魂の学びをもたらす、無垢の魂、我が身の命を顧みずわれわれを守ろうとする大きな天使のような存在です。
そしてテラヘルツ波満載のまま、一生を終えます。

ペットとなる仔たちは。必ず、ほぼ必ず、の確率で、人間よりも短い寿命ですので、そういった動物を家族として迎える人間は、ほぼ必ずの確率で、「生きること、死ぬこと」の両方を、避けられないものとして見せられ受け入れる、生と死は表裏一体セットでそこにあるものであり、魂の永遠性という次元を越えた世界に関わる大きな感覚的な学びを経験します。

霊界でのポジションも…そういった果敢な魂として生まれてくる子どもたちと近い高い領域、近似したエネルギーの領域から、こちらの三次元へ、行ったり来たりをしながら、肉体あるなしにかかわらず私たち人間をサポートし続けています。

(えっ…でも、正直うちの仔は、ものすごく飼い主を悩ませる「問題行動」が多いんだけど? どこが天使なの? みたいな^^飼い主さんもいらっしゃるかもしれませんが。癒やしを最初は感じていたけど、今はそういう問題があるから、むしろ正直な話ちょっと持て余してる…いったいどこが「サポートなのか」な~んて飼い主さんもいらっしゃるかもしれませんね^^。これは親を困らせる子供の行動、目の前の実態を、問題行動や不具合として自分の悩みの種の現実としてしまう、その感じにも近いと思います。彼らの本当の気持ち、精神性、存在の意味、出会いの意味、霊的な圧倒的愛のエネルギー、を知ると、そこも変わると思いますよ)

無条件の愛、赦し、いたわり、存在の喜び、満足、感謝、そういった本来魂が持っているものを知っている、本質をそのままに表現する、その「囚われ」のなさ。純粋な魂のもつ、エネルギーの凄さ。
三次元では、なかなか、「生きた存在」としてそこに触れることができない部分を、「存在そのもので」サポートし、私たちに大きな「気づき」をもたらしてくれているのです。

石もそうなんですけれどね(笑)。

ただ、私たちと近い存在、肉体や各種臓器など、同じものを持つ、血が通い体温を持つ、そういった点で「生きていると感じられる存在」のほうが、より人間に振動数的に近いですので。
そのぶん、意思疎通がしやすい、癒やしの存在としてのエネルギーも、ヒトに伝わりやすいですから。
(たとえば、この世では、石ブログよりも、ペットブログの圧倒的数の多さのほうが(笑)それを如実に顕していますでしょ。ただ、ペットブログは多いしアニマルセラピーというのも知られているんだけど、ちょっと進んだ、私たちが想像している以上の範囲を越えた魂としてのかかわり、その縁が意味する「霊的コミュニケーション」のほうまで行くと、だんぜんまだまだ数が少ないですよね。いっきに数的には石ブログ以下レベルになります。そっちの分野の人にもがんばって欲しいな。あたくしは石で^^手いっぱいだから(笑))



ガイドブレスのモニターさん記事のラストは、このような「高次の無条件の愛のエネルギー」のガイダンスをご披露させていただける運びとなり。
感謝に絶えません。
本当に、ありがとうございました。


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カテゴリ :  ガイドブレス
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