ごはんができたよ

2017年04月09日 (日) 00 : 00

(お写真は過去にお出しした「ウルトラコミュニケーション」です)

いつの頃の歌でしたかね、矢野顕子さんというミュージシャンの楽曲。
(これを知ってる知ってないで年代が^^分かれますね、きっと)

アランジェラさんが、うちの「ウルトラコミュニケーション」のカップリングを手にされて、リーディングしていただいたら、矢野顕子さんのこの「ごはんができたよ」の音色が^^脳内に響いてきたそうで(笑)。

ごはんができたよ~ ってかあさんの さけぶ声
(タタタンタンタタンタタン♪←間奏)

私はここしか覚えてませんが(笑)

アランジェラさんは、
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現物すっごくカワイイ系ですね!でも着けると意外に和風な感じの温かい観音様のような、大いなるエネルギーを感じました。満面の笑顔で無邪気に遊び踊る女の子のようなチューブカットピンクトルマリン、実はこの子に呼ばれて私は購入を決めました(笑)このピンクトルマリンは自分を手首の内側に当たるように着けてと伝えてくれました。でもピンクトルマリンだけじゃなくアクアマリンもピンクオパールもみんなみんな自分達であることに、あるがままの自分に喜びを感じて生き生きしてます。着けててこんなに素直に石達のワクワク感がダイレクトに伝わってくる感覚は久しぶりです!まるで人懐っこい子犬みたいな感じで気付くと手で撫でてしまう、いえ撫でたくなるブレスレットです(笑)この作品見てると矢野顕子さんの「ごはんができたよ」の歌が流れて来ました♪ 転んで泣いてたら、黙って抱き上げてギュッとしてニッコリ笑ってくれるお母さんのようなブレスレット(意味分かるかしら…汗。でもだから“ごはんができたよ”なのかな…笑)自分に自信を無くしかけてる人や、辛い事があり過ぎて笑えなくなってる人にオススメしたいひたすら愛、愛、愛のカップリングだと思います。凄い作品ですよ、これは。大切にしますね。
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…って内容をくださっていたわけなのですが。


私はね、むかぁ~し、毎日ごはんを作る母を見ていて。

ケッコンて嫌だな。毎日毎日来る日も来る日も、家族にごはん作らなきゃならないなんて。
自分の好きなことする時間もなくなるし。ごはん作るのめんどくさそう。自分は絶対いやだな。

…って(笑)子供心に思ってたの。
母親って、来る日も来る日も、ごはんだけじゃなく、掃除洗濯、家の中のことすべてやらなきゃいけなくて。
自分の時間が持てない存在だよね~ っていうふうに、観えていた。
(時間だけじゃなく、金銭的にもそうでしたね。自分のものなんか買わないの。とにかく生活優先、すべてが。夢ないな~って思ってたよ、正直)

だから、いったい、オトナはなにが楽しいのかな?
って思っていました。

で、すっごいオトナになった昨今ですが、母に聞いたんですよね。
なぜなら、母はいまだに、「子供になにか作って食べさせたがる」し、食べ物わざわざ送ってくるし、なにかと、ちゃんと食べてるのか? ってことを言う人なので。

あのさ、お母さんて、ごはん作るのって、好きなの? と。

そうしたら、「好き」なんだそうでして(笑)。

私が子供心に思っていた、「ごはん作るのって面倒そう。ケッコンて嫌。自分の好きなことする時間がなくなりそう」って^^勝手に思うようになっていた遠因。
ごはんを作ること。
これは母にとっては、好きでやっていることだったのでした。
(掃除や洗濯も同じくで。あの人はそういうことを好きでやってます、年がら年中。かなり昔、外仕事で、まさにそのお掃除仕事、まかない仕事もパートでやってたことありましたが。あれも、好きだったんですね)

私は、要するに誤解していたということです。

母は、ひとりぶん作るのもふたりも三人もいっしょだから、と、なんとですね、むか~し私が社会人となって会社に入ってからも、弟が高校を卒業するまでのあいだ、毎日お弁当を作ってくれていた(今思うとすごい話)のです。
母としての義務感だけなら、考えてみると、できないことですよね。
でも、社食のある会社でしたので、本当はいらないんだよな~、って当時は思っていて、いらない、ってなかなか言い出せないのもありまして。だから、社員食堂に手弁当持って(笑)私は同期のみなさんとランチしていたのよね。

それでね、私は気がついたんですよ。

いまだに、ごはん作ることは^^なかなか私の「好き」項目には上がってこないんですが。(正直な話、やっぱどっかでめんどくさ感がございます)

ですが、私がやっているこの仕事というのは、まさに。
この、「ごはんができたよ~~~~~~」なのではないか、と。

月末に、まさに、みなさんにそうやってアナウンスして(笑)。

ごはんの出来を見たみなさんは、「これか…」と思う方もいらっしゃれば(笑)、「今日はあたしの好物!!」と^^飛びつく方もいてくださって。

美味しい!! って言ってくれる時と、そうでない時と。どちらもあって。

私はニコニコと、食べてくれても食べてもらえなくても。
(もちろん、食べてもらえるほうが嬉しい)

それでも、どちらにしても、みなさんが食べ終えたら、淡々と後片付けして、また、材料を仕入れて、下ごしらえして、また、「ごはんができたよ~~~~~~」って^^叫んでる。

それを繰り返してきた、この10年越えの年月。

自分は、そんなもっとも「自分が苦手と感じていた、めんどくさそうなこと」を、今、来る日も来る日も^^好きで仕事にしているではないか、と。

やってることの見た目は違うけど、本質的には、とても近いことをしているのでした(笑)。

(もしかすると昔同様のことをブログに書いたかもしれないんだけど、その時には、このもっとも自分が表面的に苦手としていたことを仕事にしていたことに気がついてなかったように思います)


時間だけじゃなく金銭的にもそうって部分も^^同じ。
自分のものなんか買わないの。母はとにかく生活優先、すべてが。でしたけれど。
私はとにかく仕事優先、石の仕入れ優先。

夢ないな~って^^、まさに^^自分が子供の頃に思っていた、嫌っていたスタイルではないですか(笑)。


で、それって、「自分がそれで幸福なら、好きでやりたくてそうしたいなら」おおいにやってけっこう、なことだったのね。
ということが、わかったの(笑)。

そして、それこそが、その人の人生を、「もっとも豊かにする方法」と言えます。
(ここに、善悪判断、他者評価、三次元での見た目優劣、運がいいとか悪いとかなどを持ち込むから、ややこしくなります。「自分の分を知る」「足るを知る」ということはこういうことでしたのね。足るを知る、って一見「持ってるもので我慢しなさい」っていう命令のように聞こえてしまうので反発心が起こったり、所詮こんな自分じゃ…って諦めの温床になる危険な言葉^^なんですが。そうじゃないのね~)


それでね、もっともあたくしが嫌だった、自分を犠牲にしてるように観えていた「家族優先」みたいな部分もね。
結局、やっちゃってる^^自分がいるんだなぁ…ってことに^^がく然としたのよ。
(母は結局それも、自分がそうしたくてしていたんだよね。だからね、普通ね、あの手の年代のおばあさんたちって、夫が死ぬと、おさんどんから開放された! って元気になったりして、旅行とかに行きまくって、自分の時間が出来た! って感じで自分のやりたかったことをやりだしたりする人も多そうに見えるんだけど、うちの母はいっこうにそういうことにとくに魅力を感じてる様子がないんだよね。時々、姉が連れ出したりなんかはしているみたいだけど。「なんか、そういういきたいところとかないの?」って聞いたら、「おとうさんといっしょに行っておけば良かったな~、って思うようなところならあるけど、とくにそういうことしたい、とか思ってない」と言ってましたね)

こういう部分が、母に似ている、っていうことは(笑)あれだね、もしかすると、今のうちの人間がこの先お迎えがくる時が来たら、母が父が亡くなった時にそうでしたように、あたしは間違いなく火葬場で「本当に本当に今までありがとう」って言って(笑)泣きながら亡骸を見送ることになるんだろうな…って^^自分の未来が読めますね。

母に苦労ばっかかけた父でしたし、決してなにか物質的なものを満たすことを母にしてあげている、というような父ではなかったのに、色々あってもほんとうは好きだったんだな、って思いましたもん。その時も、私はこの人のように、こんな一円も自分の老後のために残してくれなかった夫に^^こんな台詞が将来自分には出てくるだろうかと(笑)思いましたけれどね。
(この先老婆がひとり生きていけるレベルの金融財産もまったく残してなかった^^んですよね。当時はちょっと呆れました(笑)。預金はオール自分の葬式代。かろうじて母に住む家は残してあげてましたけどね。だから相続も大笑いなくらいにとってもシンプルで^^。「ない」って最強だな、って思いましたもん。巷で言われる遺産相続における親族間争いなんかも生まれやしない。でも、うまくできているもので、その時には姉が独立して事業始めて軌道に乗っている状態でしたから、母の面倒は父は姉にバトンタッチしたわけです。)

ちなみにね、昔はうちの中でもっとも「親が子供になんにもしてくれなかった」っていう不遇さを嘆いていたところのあった姉が、因果なもので、その親の面倒を見るという^^現在の流れになっているわけなのですけれど。
この人もね、自分が独立して仕事をするようになって、ものすごく考え方が変わったんですよ。
なんにもしてくれなかった親、って思っていたけれど、唯一、自分が父親から遺伝的に与えてもらっていたもの、自分の武器、それは頭の良さだ、っていうことに^^気がついたそうで。そこからは、超猛勉強して、で、国家試験に受かって今の仕事を持つようになって。
仕事で独立してから、この人もかなり変わりましたよね。外側世界のせいにしなくなりましたし、感謝体質になってますよね。自営のいいところは^^そういうのもありますよね。自分以外のまわりの存在に生かしてもらってる、ってことが実感できてくるの、本当に。
まさか、文句のひとつも言わず親の面倒を見てくれる人になろうとは(笑)。想像もしてませんでした。
(きっとこういった家族などエネルギー的に繋がっているような人々は、どっかの部分で、影響あるんだろうな、っていう気がしますね。私がこの仕事をはじめてからの年月の流れともクロスしているところもあるので。結局、遠い昔には社会人になった時はみんなどこぞの会社勤めでしたのに、年月を経てみたら、きょうだい全員誰も勤め人じゃなくて独立自営^^ってところが・・・面白いものです)


みなさんもね、

わりとですね、自分が嫌だ、って表面的に思ってること。避けたいこと。避けてきたこと。

そういう中に、今世テーマって、けっこうあると思いますよ。

しかも、「やってみたら、得意だった…自分の好きなことだったんだ…」って、わかること。

もっとも嫌だと思っていたのに、もっとも自分に向いていた…。
ということを、認めるのには^^時間もかかったり、抵抗感あったりしますけどね。

こういうのが、宿命とか、なんで「その環境を、その両親を、セレクトして生まれてきたのか」とかね、「なんでこの人とケッコンしてしまったのだろうか…」などの、そういう今世設定の理由に繋がるんじゃないのかな。
「やってみたい体験をするのに、ベストな環境を選んで生まれてくる」のだそうですから(笑)。

そして、ケッコンする、など、家族となったりするのは、ひとつの「チーム」なわけですから。
生計をただ共にする、扶養義務だのなんだのと、ただ法律で縛られているからいっしょにいる、っていうつもりでもそれはそれでアリですが、合わない相手、って表面的に思っていたり、なんでや~~~~~みたいな相手であっても、うっかり若気の至りで間違えたつもりでも、こんなはずではなかった…としても。それも「縁」ですから(笑)。

世にいう「価値観がものすごく合うの♪」とか(笑)「私たちはツインソウルなのっっ♪」みたいな^^お花畑な感じもまぁ、悪くはないですが。それはそれで喜ばしい話ですが。ただね、価値観なんてね、所詮、この三次元での刷り込みであることもけっこうあるのよ。
「ふたりはそれぞれがお互いに依存せずに、それぞれが独立しても生きている自立したオトナ同士だから、ふたりいっしょになると相乗効果でさらにすばらしい創造性の世界が!」みたいな^^スピ的理想図みたいなものもありますが(いや、スピ的というよりは、どっちかというと、三次元的考え方よね、これ)、そういったものに、ことごとく当てはまらない自分…って人と比べて落ち込んだり、焦る必要はないですって。

自分じゃないものは、目指す必要ないんですよ。

素敵なブループリントを夢見るのもいいですが(笑)。
知ってみると、意外とこんなもの…って^^がっくりするから、知らないだけなのかもよ。
(自分を知ろうとしたくない、あさって方向の理想を追いかけたい人には、「なんだよ、その平凡さ」ってなっちゃうこともありますからね)

高次ガイダンスに繋がると、こういうこともね。「生きてるうちに」なんとなくわかってくるように^^導かれます。
(これね、とても大きいよ。死んでからわかるような人も、多いのよ)




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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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