縁あるすべての話

2017年03月07日 (火) 09 : 31
「お金使おうぜ」に続いてですが。
「転職」なども、囚われ外しツールとして、とても優れグッズ(グッズじゃないけど^^)ですよ。
これは、転職したことない人にはわからないと思うけれど、全財産喪失経験ある人は^^そうそういないかもですが、転職経験なら、「そうそう! そう感じる」の方も、まぁ、そこそこいるかもしれません。

このお金使うにしても、転職にしても、「むやみやたらに」はよろしくないわよね、っていうイメージが、世間ではありますよね。
なんとなく、世間一般常識としては、転職多かったり、あとプー(無職)期間が長かったりすると、「ブランク」といって、なんか嫌われるっぽいイメージもあったりして。
なにかと「不利」みたいにも言われます。

だから、一回やめちゃうと、けっこ~めんどくさいよね、ってことで、ひとつところを辞めずに、そう、ほぼ「そういうのがめんどくさそうだし」や「いちからノンキャリアの職なんて、なんかぺーぺーからってのが嫌」だとか、色んな理由で(笑)じゃあ、現在の職業が自分に合ってるとか合ってないとか以前にですね、まぁ、安定してるし、自分から辞めるってのもなんかもったいないしな、ってことで、その理由でけっこう長く続けられるような職、っていうのもね、あるんですよ。
(これは自分が11年7ヶ月も^^経験したことだから、なんとなくわかる話)

まぁ、それはそれでいいんじゃないでしょうか、とは言えますけれどね。

こんなパターンで続けてこれたような場合でも、今の時代、「リストラ」みたいな空気も^^けっこう企業側は平然とできるようになってきてもいると思いますので、たとえば、晴天の霹靂で、そんなまさかのリストラ対象とかね、そんな風になってみたりとか。
ある人にはある話かもしれません。

この手の大ピンチは、はい、そうですよ。

高次ガイドが用意してくれている、おっきな、おっきな、素晴らしい「シフトチェンジ」のステージに他なりません。
なので素直に、会社を恨まず、周囲を恨まず、さくさくと退職できる、すごいチャンスです。

「辞めてくれ」って言われてるんですからね、めっちゃ辞めやすいし。最高の機会を与えられてるんですよ。
「無職になっていいよ」って、天が言ってくれてるのです(笑)。

頭切り替えて、最高の気分で、やめちゃっていい話なんでして。
そこからが、ほんとうに、素敵な人生の展開のスタートなんですから。

で、そんなふうに、有無を言わさず、辞めさせてくれたりのパターンならいいんですけれどね。

自分から辞めるのって、勇気入りますよね。
なぜなら、自分で決めちゃうと、誰にもその責任転嫁ができませんもんね。
(でも、リストラとか、クビの場合にも、実際には誰にも責任転嫁なんて^^できないんですけれどね)
だからグズっちゃいますよね、やっぱり。

転職が一回で必ず成功するとは限らないし、そうなると「やっぱり辞めなきゃ良かった。まだ前のほうがマシだった」っていう後悔だってしそうだから、そりゃまぁ、迷いますよね。

もし迷っているのであれば、その迷いの期間をずっと続けていていいと思います。
本当に、あなた様が、とくに望んでいないのであれば、高次ガイドさんも、どうしようもないと思うので^^。

機を見て、背中を押される時が来るかもしれないし。
もしかしたら、来ないかもしれないし。

この、「もしかしたら来ないかもしれないし」のパターンもね、人生にはありますよ。

私はよく、高次ガイドさんというのは、人間全員にいるし、み~んな導かれているのよ~~~って話はしているけれど、じゃあ、必ずしも人間全員が、高次ガイダンス街道に沿って、人生を進めているのかって言ったら^^、そうではないですよね。

で、人生というのは「有限」なものであることは、誰もがご存知だと思うけれど。
チャンスとか転機とか、永遠にあるわけじゃないと思うのね。

だからよく言われることだけど、もうすぐお迎え的な状態になった時に、ご老人とかが「あれをやっておけば良かった」とか、自分のやりたいことをやらなかったことを後悔する人が多い、とか言いますでしょ。

そこまで行くと、もう捨てるものなくなりますから、きっと分かるんですよ。

このね、「捨てるものは自分にはもうなにもない」って感じの状態は、人間は「勘」が冴えるんですよ。

私は、人生折々で^^、けっこう、この心境になる経験が多かったので。
金をなくし(笑)職をなくし(笑)ひととおり、経験ありましたし。

だから、けっこうね、お薦めなんですよ。
金なくしたり、職なくしたりするのって。

でもたいしたことなかったよ。
ちゃんとですね、その先の導きがあることが、そういう時って、不思議と「胸のうちから」わかってくることが多かったでしたから。

と言いつつも、20代最後の時のあの全財産喪失の時は^^、それがすぐわかるようないい子(高次的に)ではありませんでしたので(笑)その後、時間はかかりましたけれどね。また、そういうことを教えてくれるスピな先生もいませんでしたから^^。結局、自分で見出してきた面は、大きいですが、「見いだせてからは」不思議と、そういった三次元的ピンチが、ピンチに見えないメンタルになっているわけなんですよ。

なにが私にそれを見出させてくれたのか、って。
それが^^「石」なんですよ。
だから私は、それを知らない人に、石の凄さを伝えたくて、その昔、石ブログを始めたんだから。

そんな私でも。
私がなによりも、どうしようもなく、そんなことよりも、ほんっとうに喪失感にうちひしがれた経験は、そんな職とか金銭のことじゃない。
なによりも、愛する存在を失う経験。これがやっぱり、今までで最上級だったな、って思います。

失恋とかじゃありませんよ(笑)。
愛する家族、先代わんちゃんを失った時です。
あの時も、うちでふたりで言ってたんだけど、「宝くじが当たって一億円とかあってお金積んでも戻ってこないんだよね」と言いながら、うちひしがれて。そうなの、ほんとそうなのよ、大事な存在はそうなの。

お金じゃ買えません。
天職もそうだし、「縁ある存在のすべて」、ブループリント人生って、お金じゃ買えません。買えないのですよ。
そして、とどまり続けていてもくれない。

だから、「今」というのが、私たちには、とても大事なのです。

そこから、自分で見つけるの。
自分で「わかる」ことが大事だし、わかるんですよ。わかるように導かれていますから。

そして、必ず、とは言わないけれど、そんな「失う経験」を経て、私たちはそこへ辿り着くように、仕組まれていることもあります。
大事な、愛する家族を失う経験でさえ、そのプロセスである場合だって、あるのです。

だから、失うことを怖がらないでね。



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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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