今年もあと少しで終わりですね

2009年12月31日 (木) 21 : 13
大みそかの今日になって、ようやく「ああ、本当に、一年の終わりなんだ」という気がしてきた私です^^。


例年のごとく、新宿高島屋へ年越そばのてんぷらと、年越蕎麦を買いに行ったんですが、始動が遅かったため(夕方)てんぷらの海老は山ほど売っているのに、肝心の蕎麦が、売切れ、完売・・・の立て札^^。
家に買い置きのお蕎麦はあるので、う~~~~ん、まぁいいか、と諦めましたが。


今年一年を振り返るまでもなく、2009年は、石と、石アクセサリを買ってくださるみなさまに、生かさせていただいていた一年でした。
本当にありがとうございました。
かさねがさね、感謝申し上げます!!


まぁ、結局は、「自分かわいい」の一年でもあったな・・・と、反省もしております。
一年中純粋さに満ち溢れていたかといえば、相当に、すれっからしになっていた時もあったかと思います。
特に、夏ごろかな、「あたしのレシピを真似すんじゃねえよ」的な、多分に自意識とプライドの我良しでむんむんになっていた頃とか^^。
あたしは、これで生きてるんだから、「技」は盗まれたくないし、それを守る「権利」があるのよ、的な、いやいや、「宇宙意識」からは、相当離れた意識ですな。
意識レベルマップでいくと、150~175でしょうか。
(まぁ、「パワーか、フォースか」を読むとわかりますが、客観的に見て、だいたい平均的にはこのあたりに位置する人間の層が多いのかな? という気がしますけれどね。この構造は、ピラミッド型になっていて、数字の上へいけばいくほど、当たり前ですが、その人数は極少なくなっていきます。あの、マザーテレサ様でさえ、数値600台です^^。いかに、神意識、宇宙意識というものが、ほど遠いものであるかが、わかろうというものです)


そんな我良しの私を、なにも言わずに「愛」と「理性」と「受容」で支えてくださったみなさま。


あたしゃ、この上記の本を読まされてですね、
「ありゃ~。あたしのアクセサリを買ってくださる常連さんたちって、、、、、、やばいかも。すごくみなさん意識高いかも。」
って本当に感じましたよ。
だから、たぶん、あたしが「こんな組み合わせ」なぁんて、得意げになってお出ししている石組みを、「あたしが考えている以上に」活性化できる術を、すでにお持ちです。


昔から、言ってることですけれど、「みんな、ほんと、石を大事にしている」というか^^、私など、これも昔からそうですが、別にあんまり「浄化、浄化」とこだわりませんし、それほど、宝物のように、そして、魔法のツール的におっかなびっくり石を扱いません。
それは、高い安い、希少石、ありふれた石、に関わらず、わりと同じ態度です。
値段の高い、希少な石などは、入手するまではどきどきですが、入手して、たとえば、自分用の石アクセサリなんかにもしようものなら^^、扱いは・・・・・自分流というか^^。
and、どの石にも平等に愛を注いでなんか、いやしません。これ、ほんと。
綺麗事的には、そういう嘘も言えるかもしれませんが、実際には、そんなことできませんので。
なのでむしろ、「どの石にも肩入れしていない」って態度です。
同じようにぞんざい^^で、どれかひとつとかふたつとか、限定されたアクセだけを特別視はしていない・・・というのが実態かも。自分にとってはですが、「決定版」という、アタマ打ちは、それゆえ、無限に現れようがないのです^^。


人間と言うのは、「変化」が前提の生き物です。
なので、「あなたのための石」というのは、「一生、同じ」ではないんだ・・・ということは、多くの石に接してきて思います。
人間世界では、時々、「一生もののお値打ち品」として、扱われる宝石や、毛皮とて、同じです。
自分、大昔の話ですが、毛皮のコートを「一生もの」くらいに思って買いましたけれど、すぐに着なくなり、そして捨てました。
これは、だから、ぽんぽん新しいものを求めて、古くなった不用品は処分しましょう、とおススメしているわけではありませんよ。
毛皮のコートはいらなくなったのに、なぜか捨てられない、高校生の時にバイトのお給料で買ったTシャツ、とかは今でも持ってますし、今でもまだ着てたりしますから^^。愛着があるからなんでしょうね。


それでも、「愛着」も悪い言葉ではないけれど、度を超えれば「執着」と紙一重です。


石のいいところは、持ち主が「愛着を持つ持たない」でジャッジし、人間のようにひねくれたりすねたり報復(!)しない、ってところかな、と思いますけれど。
だから、あたしは、それをいいことに、石には「借り」を作り放題ではあるんですが^^。
ただ、彼らの「愛」は、見返り要求という、俗なタイプの愛ではないので、「石に借り」を感じちょるのは、自分の勝手なんですが。それだけ、自分の中にも、まだまだ、
「ああしてもらったから、こうしなきゃ」的な部分があるからこそ、そう思うのでしょう。


石たちが望んでいることは、ただひとつ。
持ち主がより善きベクトルに向かい、より善き生き方を見つけ、より善き行動を日々顕していくことです。
それが、なによりの、「石への報い」であると思います。
そして、そういう時の石たちは、浄化に必死にならなくても、輝きを増しています。
持ち主そのものになっていく、ってことなんでしょうね。
お礼言ってもらったり、願掛けしてもらいたかったり、そういう、器の小ささというわけじゃありません。
もちろん、石に感謝の意を伝える、感じるのは、いいことですけれど、石は別に「人間にそうしてもらいたいから」穴あきビーズになっているわけではないと思います^^。


というわけで、
毎年毎年同じこと言ってますけれど、2010年は、もう少しマトモでまっとうな、魂の向上を目指して^^、なんとか「愛」まではいかずとも、「受容」はしっかり超えていきたいな、と、決めています^^。


本当に今年一年、ありがとうございました!
みなさまにとって、2010年が素晴らしい一年となりますよう、そして、この国、日本が、世界が、世界が乗っかっている地球が、善き方向へ向かいつつあることを祈ります。



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カテゴリ :  私にとっての2012年
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