石のチカラを効果的に使う方法

2009年04月30日 (木) 00 : 46
いやいや、世間様は、ゴールデン・ウィークなんですね~。
あんまり関係ない自分にとっては、この期間は、結局「石アクセサリ制作期間」なんですわね。


お休み的概念が、もう何年もないな~・・・な自分ですが、不思議ですね。
イチローの「野球がシュミ」を引き合いに出すのは、まだまだ図々しいかと思いますけれど、趣味が仕事だと、あり得ない~~~というハードな状態でも、それは「嫌々」やっていることには、全然ならないんです。
これが、もし「やらされている仕事」であれば、たぶん、身体を壊すでしょう^^。
よく、コンピューター系のプログラマとか、18時間くらいぶっとおしで働いていたりなどの仕事は、若いうちしかもたない、など、小耳にすることもありましたが、たぶん、そういう仕事も「それが大好きで」やっている方は、たぶん、いくつになっても、全然平気だろうと思います。
「好き」の持つチカラというのは、ホントウにすごいものがあるものだな、って思いますね。
まぁ、たぶん、あたしはB型なんでしょう^^。
B型、って、そういう傾向が、さらに強いそうなので。


「趣味を仕事にする」ということに、実際、不安な面ってあるものです。
なにしろ、おおかたの概念だと、シュミはなかなか本業にはなりえないからです。


昔からの通読者でいてくださる方は、ご存知だと思うんだけど、こういうのを始めよう、って最初に思い立って、まず私がしたことは、「ネットで販売する」ということではなく、「実店舗に置いていただく」ということでした。
それも、いわゆる、ボックス型のお金払えばアル程度はだれが作ったものでも置いてもらえる「委託屋」ではなく、パワーストーン屋でもなく、天然石アクセサリの付加価値などにあまり知識のない層が顧客の、いわゆるお洋服やさん。
懐かしいですね。
結局、この選択が、自分にとっては、アカの他人様に自分の作ったものを気に入っていただいて、お金を出してまで買っていただけるようにするには、どうすればいいのだろう? の原点を教えてくれた、と、今でも思っています。


自分の作ったものを、販売したい、すでに販売している、の方も、うちのブログを見に来てくださっているみなさんの中にはいらっしゃると思いますが、絶対、とは言いませんが、「自分のことをまったく知らない」こういうお店さんに、勇気がいるけれど、飛び込み営業する、というのは、いいと思います。
なぜなら、そこで、「自分の、実力の程度」というものが、まず、伺い知れるからです。
実際に、「情」を度外視したモノを売るプロの目線を知る、というのは、それを100%鵜呑みにする必要はありませんが、自分では気づかなかった、欠点や、視点を見つけることができる、いい勉強になります。
「話」は、何度聞いても「話」でしかない。
それを、血肉にしていくのは、自分です。
そして、「ホントウにやりたいこと」であるなら、それができない理由は、なにもないのです。
できない理由を作っているのは、他ならぬ、自分自身です。


友人、知人、ってのは、「すごいね~」とか「綺麗だね~」とか「私にも作って~」とか、言うものです。
はっきり言って、「自分の知っている人間には、こういうことができるのか」という、欲目、色メガネつきの評価です。
だから、そういう人々の賞賛の中で、アグラかいてしまっては、自分を見誤ることにもなりかねません。
しかし、そういう中に、もし「けなしてくれる身内」がいれば、それはまだ救い^^かもしれませんが。
「誰もが褒めてくれる、認めてくれる」なんて、この世の中、ありえませんから。


これは、昔、オンガクやっている頃もそうでした。
正直言って、「ガッコ通ってる」プロ・ミュージシャン志望の子たちの中には、なかなか光るヒトはいませんでした。
でも、その狭い世界の中での序列とか、仲良し組の仲間内での評価を、どこかで心のよりどころにしてしまうのでしょう。
ライブを何度繰り返そうが、「まったく、お客さんのいない状態」からスタートしていないため、「そうか、まぁ、今はお客さんは7人だけど、7人わかってくれているんだ」というような(これは、かつてのブランキー・ジェット・シティが結成して初めてのライブ(うちの近所だったみたいなんだよね~~~。激嬉しい)を行った時の、お客さんの数、だそうです。それがのちに、名曲「パンキー・バッド・ヒップ」に繋がっていたりして。うはは。)状態からの、ステップ・アップ、上昇気流を掴みにくいのです。
それは、「もっと多くの知らないヒトに聴いて貰いたい。そのためには、もっといい音楽を提供したい」という、いい意味での、上昇志向の欲と、努力に向ける「悔しさ」の原動力、孤独感、を、与えられる機会を持てないからです。
褒めてくれる友だちとか、仲間というのは、いい面ももちろんあると思いますが、ヒトは、なにかをやっていきたいという志を、「褒め言葉なしに」スタートさせる、そして、積み上げていく・・・というのは、大事です。
そして、ガッコ通い系のプロ志望の子たちには、自分の実力を、誤認して、悶々としているヒトが多かったです。
客観性を、自分に対して向ける目が養われないのです。身内に慰めてもらっていることに、気づけない。



で、すみません、いつも前置きが長すぎて、「表題」にこのまま入れないんじゃないか・・・
に、なりそうですので^^。
「え? 今までのは、前置き?」とびっくりしないでね^^。
ぜんぜん、繋がらない話でもないですのでね。


4月の新作で、「天眼石アクセサリ」を、わりと多めにお出ししているんですが、
買ってくださった方の中で、「天眼石を持つ時のアドバイスがあれば」ってご質問をいただきました。
これは、天眼石を、明らかに「特別視」してしまっているゆえのご質問かな・・・とも思いまして。


たしかに、天眼石は、チカラ(腕力とか、そういうんじゃないですが)のある石だと思いますが、汎用性のある石です。
それは、瑪瑙系ならではの、特性です。
持ち主に合わせて、持ち主に過剰に負担にならないような、そして、持ち主の「足りない部分」を引き出してくれる、あたかも、チカラを補ってくれるかのような、それが、瑪瑙、アゲートです。
だから、古代、「宝」だったのです。
そして、今でも、宝です。
私たちは、「宝」を、クリックひとつで手に入れることができるようになった、すごい世界に棲んでいる・・・ということなのです。人間は、どんな宝も、手に入れてしまうことが日常になると、そのありがたさを忘れる存在ですが、「宝そのもの」のありがたさじたいに、目減りはないのです。


天眼石は、そんなに、おっかなびっくり持たなくてもいいと思いますし^^、まぁ、私が「石を大事にできない人は、持たなくていいんじゃないかな」と言っていたので、おそらく、「石を大事にする方法」というマテリアルへの疑問なのかな、と。


私は、石を大事にする、イコール、「自分を大事にする」だと思っています。
浄化だとか、猫っかわいがりだとか^^、いわゆる「対象物」としての可愛がり方ってのもあると思いますが。
だけど、石たちが、何よりも喜んでくれる、というか、彼らが「活性化」している姿、を見るのは、持ち主が自分自身を大事にし、自己研鑽に務めている姿を、石に見せてあげられている時・・・だと思います^^。


こうなると、「石を、美しくするために」向上心を持っているんだか^^、ホントウは、自分が美しくなりたい、と思って、手にした動機もあったりした石のはずなのに、順序が逆っぽくも思いますが。
石と同調する、ってのは、そういうことかと。


ひふみ神示の中に、「天国らしき場所での、食生活」の記述があるのですが、霊界にも、一応、食物はあるそうです。
そして、霊人たちが、食する姿は、「食べているんだか、食べられているんだか」わからないくらい、霊人と食物が一体化している、そういう双方が喜びの中で解け合う歓喜の姿に見えるのだそうです。


つまり、それに近いかもしれないですね。
「石のチカラを効果的に使う方法」というのは。
「こっちが、使っているんだか、使われているんだか、わからない」くらいに、その石の存在に「歓喜」できるのか?
だから、いつも言ってる、これだこれ♪と、心が躍る「気に入った石を、持とうね♪」に、繋がるのです。


そして、上述と矛盾するようですが、実は「あんまり好きじゃない石だったはずなのに、なぜか、ちょっといいと思えるようになってきた」みたいなことも、実は、ひっじょうぉぉに、大事です。
それは、自分の中に眠っていた、未知の可能性の部分にスポットを当てることができるチャンスが訪れている、ことでもあります。


自分の好きな石ばかりが、自分ではない、ということでもあります。
石の世界は、この人間世界同様、「なんでも在り」だったりします。
どれも、ホンモノで、真実なのです。


よくわからないけど、手当たり次第、なんていう方も、中にはいらっしゃるかと思いますが^^、自分の家にストックされている、「買ってはみたが、あんまり、出番ないな」みたいなブレスレットとか、たまにはとりだして、話しかけてみると、意外に、自分にしっくりくる「欲しかった素養」が、そこに眠っていたりもするのかもしれません。
(私の場合、それが、つい昨日書いた、ダルメシアン・ジャスパーだったりします^^。)





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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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