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人生初納豆

2018年12月04日 (火) 00 : 00
これもレムリア時代幕開け前夜の奇跡(笑)のようなものですよ^^。

人生初の納豆(笑)。

私は納豆食べられなくて本当に食べたことがなかったんですが。

昔、「騙されたと思って食べてみなよ、ほんとに美味しいんだから」と…人に言われて一口恐る恐る食べてみて「本当に騙された」と思った経験がありまして。そのくらい、食べ物と思えない…嫌い…というくちでした。(大衆居酒屋系ではない、ちょっとお高め食材使ったお高め居酒屋のメニューの納豆使った料理でしたが…他のお料理は美味しかったのに…これだけは吐きそうでした^^が仕方なく飲み込みました…というくらい嫌いで苦手でした)



なんで食べられるかな? と突然目覚めたのか。

今、ワンちゃん手作りごはんの中に、納豆も追加してまして。

自分は食べたくない食べられない嫌いなものなのに、納豆が身体にいいらしいことくらいは何十年も前から知ってましたから、ワンコには食べさせています。

牛肉とかも率先しては私はあんまり食べないんですが、ワンちゃんには^^がっつり肉食ですからね。

本当は納豆の匂いをかぐのも触るのも嫌だったんだけど、なんとかワンコめしづくりのために「触るしかない」ことになってから、徐々に抵抗感がなくなってきていることはわかってました。
いや、抵抗感はあったんですが、愛するもののためなら人間は嫌なこともできるのです(笑)。



で。昨日…

その納豆入り牛めしをうちの仔がもりもり食べるその様子を見ていたら…

なんかもしかしたら、自分もイケるんじゃないかと。ふと。

そして、恐る恐る食べてみたら…

「あれ。これ、食べられるな」と…

大好き!! とはまだ言えませんが…

ひとパックの半分(ワンコめしに使った残り)…完食できました。。。

もしかしたら、ごはん食べるのじたいがめんどくさ、状態の時になら、”納豆とごはんがあれば~”のように言われる、そのシンプルめしでじゅうぶん私もイケるかも(笑)しれません。



食わず嫌い。

持ってしまった先入観。(みずからの経験からの先入観もあれば、他者から刷り込まれた先入観、先入観にも色々ありますが)

私は自分が生きているあいだに「納豆を食べる自分」が実現する日を想像していませんでした。

でも別に納豆食べられないことが何か問題なのかといえば別にそんなこともありませんから、とくに「無理して食べる」こともしてきませんでした。



無理に苦手を「克服」しようとしなくても、こうやって…信じられないタイミングで(笑)一生無理だと思っていたことは、どうしてそこまで嫌とか無理だと思ってたのか? レベルに、できる時が来るのかも。

おそらくこういうのは、

直接的に納豆が食べられる、食べられないの問題ではなくて。

私の中にあった、なんらかの囚われが。

はずれたから。

現象として、「納豆食べてる自分」、今まで絶対ヤダ食べたくないと思っていた食材を、「なんでこれが嫌だったんだろう」レベルに持っていけた現象に顕れることになったのかも。



石の世界にも(笑)見事に…

こんな感じの、「苦手石」みなさんにもあるはずです。

石なら大好きな石ばかりじゃないはずです…

苦手石ってどんなのかっていうと…

「わりと気になっていたりはするんだけど、いまいち手が伸びない」「良さは認めているんだけど、どっか臆してる感じ」があるような石ですね。時にはっきりと「嫌い」と思っている(笑)石もそうかもしれません^^。(好きと嫌いは向かうベクトルの違いの話なだけですから、そのように「感情反応が起こる」時点でなんかあるのです)

要するに、率先して自分でお金を出して欲しいと思えない(笑)ようなタイプの石です。

人はマインド意見で自分が諸手を上げて欲しいと積極的に思えないものに関しては、必要であっても抵抗感持ちます。

人によっては「私にはまだ早い」という(笑)言い方をされます。
この「私にはまだ早い」の台詞が出てくる時って、「先延ばししたい(もう少し現状維持していたい)」か「自分を過小評価している」かのいずれかです…縁のない人は一生、そんなものがこの世にあったことさえ知らないまま死んでいきますし、だいたい、「気になる」機会じたいがありませんから…(笑)

(「諸手を上げてこれが欲しい!」の表面的感情は…時にハートの意見ではないこともありますよ。執着の場合もままあります。昨日のリースの話じゃないけど…なんでアレが、みなさんが「ハートで選ぶことができたのか」のひとつの理由も、この”執着のない状態”というのがあります。「限られた中から選べばこれが一番かな」であり、また、金銭関係なく確実に手に入ることじたいががわかっている心理状態というのも、そこに拍車をかける要素があったかもしれません。表面的な欲求感情が基準に入ってくる状態でしたら、さまざまなことを理由に、他のものを選んでしまう可能性が人間には常にあるからです…。よく「宝くじが高額当選したら何がしたいか」っていうその答えが「あなたがこの人生で実現したい、そして、できること」と言われます。うっそ~~~って思いますよね。お金関係なければできるのに、って思ってるようなことは、実際にできることなの。でも私達は制限をそこで持ってモノ考える癖がありますから、この話が「うっそ~~~」に聞こえます。でもね、この「制限」が実にいい場合もあるのです。人間にとって「限られている」ってデメリットのようにも感じられるのかもしれないんですけど。意外と限られているほうが、ハートの選択って、できることもありますよ。以前、職探しのときにも思ったもの。「年齢制限っていいな。年齢制限あるから、すっごいシンプルに自分にできることがわかるし、自分が応募できる会社の数が限定されるから探すの楽だし、色々どうでもいいことに対しての諦めがつくから、悪いことじゃないな」って(笑)ポジティブ感しか湧いてきませんでしたよ。ハートの声優勢の状態って、自分が遭遇している状況をこういう感じに見ることが多いです。三次元的デメリットと普通は人が捉えがちな側面のメリットのほうが浮き彫りになってくるのです…だから”ハートの声で生きていると楽”というのは、そういうことなんかもありますよ。魔法のように^^状況が一変する、今回の納豆のような^^話もあるけどね…でもこういうのすべて、「私の場合は」ですが…石がなかった時には(笑)まず私にはありえなかった発想であり、また行動です)



意外とですね…

これは前々からよくうちのブログでもお伝えしていることですが。

苦手石ほど、あなたを変える、アセンションさせる、あなたに必要な石、ってことなんかもあります。

「食わず嫌い」は石の世界にも。あるのです。

(何十年も納豆嫌いで食べられなかった人間が^^いきなり納豆食べられるようになったからって、こう言っても説得力ないかもしれませんが^^…ただ、フォスフォシデライト、私自身、長年「綺麗だな」とは思ってたんだけど、フォスフォシデライトが大好きってわけじゃなかったんです。でもフォスフォシデライトアクセここんとこずっと身につけていての、信じがたい心境の変化なんです(笑)。コノハナサクヤヒメストーンは、あたしに納豆を食べさせる奇跡を起こしました…「雅Part1」はそういえば、嫌いなもの意にそまぬものさえすんなり受け入れることのできる、寛容のカップリング…(自分でそう書いてるじゃん…)そうか…寛容ってこういうことなのか…なら、できるかな…この程度でいいんなら(笑)…っていう、その程度がずっと何十年できなかったんですけどねぇ~…そういえばこの神様は「初志貫徹」タイプの「己を信じる」という意味での実際行動と覚悟の人です(人じゃないけど)…なるほどそうか…見えてきました…)




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カテゴリ :  高次ガイダンス
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