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マズローの5段階欲求説

2018年03月09日 (金) 17 : 00

(昨日に引き続き、エメラルド・ビーム。最高のヒーリングエネジーを持っていると言われるエメラルドで癒やされてください^^)

昨日は、「人間の悩み」でしたが、今日は「マズローの5段階欲求説」。
有名ですわね、これ。
(あれですね…「自己啓発系」とか「スピリチュアル系」とか…こうやって、どんどん、毎日、いろいろな「情報」を送り込んできてくださいますが…「まともにそれらに全部につきあう時間がそもそもない」のが現代人でもあり。私は、ぱっと見て、思考の判断入る前に、ほぼ「勘」でこういう情報メールは振り分けることにしてます。全部読んでる時間ないのと、色々な情報を入れすぎることの弊害を知っていますので。で、「これは”お題”として使えそう(ブログとかで)」というのは(笑)とっておいたりするわけです)

「オトナになったら、このマズローの5段階欲求を順を追って生きちゃダメだ」っつ~のが(笑)そのとっておいた自己啓発系メルマガでのお話ですが。
それはごもっとも。と、私も頷けます。なので本日のお題に取り上げさせていただきました。(ちなみに、そういうところに書いてあることのパクリというわけではないです)

そんな絵に描いたような(笑)順繰り理想モデル人生の人など、この世には、ほとんどいないのでわ。
自己啓発もスピリチュアルも種類を選ばないと、いつのまにか意図せず「理想モデル」を追い求めてしまい、「自分の本質路線」からの迂回、脱線を招く、そういうことも考えられるね。
(もっともらしいことを言っているスピリチュアルや自己啓発は人気ですが。一瞬、心が洗われたり改心出来た気にさせられますが(笑)。自分が本心からいいと思ってるかな? 自分に合ってると言えるのかな? ちょっと背伸びにならないかな? 「今」自分に必要かな?…を決めるものこそ、「直感」でございます。スピ系煽りをも、物ともしない、直感を鍛えましょう)


5段階欲求説とは、心理学者のアブラハム・マズローが、人間の欲求を5段階で理論化したもので、

1)生理的欲求

2)安全の欲求

3)愛/所属の欲求

4)承認欲求

5)自己実現の欲求

といったように、私たち人間は低次の欲求を満たすことから始め、徐々に高次の欲求を満たそうとする、というもの。


…このアプローチどおりに人生生きればオッケー…
と。頷ける部分もないことはないのですけれど。
たしかにそうだ、という感じはしなくもないので、これを知った人は、ある種の生き方の指標にしてしまいそうなのですが。

実際には、このアプローチが順番に達成されていることと、「本人それで幸せか」という部分は。

リンクしていません(笑)。ご安心ください。


これは人間の成長過程…おそらく5,6歳くらいまでの子供の成長段階においては、まぁ、有効かなと思われます。
なので、ちいさいお子さんがいらっしゃるお父様お母様は、これを満たしてあげるベース部分としての生活のステージを用意してあげる…というのは、とても良いことなのかな、と思いますので、ある程度気にかけて、そうしてあげていただきたい。
(ただそれも…親がパーフェクトであろうとして無理をし、それが子供に伝わり…相互に心的ストレスになることもあると思うので、気をつけて。)

で。
こういうのをよく知らないで、オトナになってから、色々、心理学とか知ったりスピリチュアルとか知ったりしている人にとっては。
むしろ、自分の「欠け」を刷り込む(笑)いわば「常識はずれ(人間の望ましい成長過程においての)の自分」であることを、認識しショックを受ける…自分に何が「足りなかったのか」のアラ探し中毒になってしまう懸念さえあるように感じます。
(もしくはそれを、自分の閉塞感の理由、うまくいかない理由にし続けるか)

1から4のうち、どれもそこそこイケている…からといって、必ずしも「自己実現の欲求」が満たされた人生を実現しているのか?
といえば、そうでもない、ということだってありますし。
そういう方はそういう方で、「うわ、なんでやねん」のような課題が出てくる人生になることもあります。

1から4のうち、けっこう成長過程においてやたらに欠けてませんですかね? の場合であっても、むしろ、5→4→3と下って、みずからのチカラでそれを満たし、満たされていなかったことを赦し受け入れていくことができるケースも(笑)あります。
(高次的見地のことですけれどね(笑)。しかしモノの感じ方観方の変化で人生のありかたは一変する…というのは実際のところではあります。そもそも、「赦す赦さない」という感じですらなくなりますし。赦すだとか言ってるうちはまだ囚われてるんですよね)




ちなみに私なんかですと、もう、「暖房器具が自分の部屋だけになかった幼少時代」というだけで(笑)1番目からアウト^^じゃないですか!! 「平等・不平等」ということに関してのアレルゲンはここでできたとも言えますね。なんか平等じゃない世の中への不満不服感というものがのちに発生していった遠因はこういうところにもあったのかもと思います。

2番目の安全についてはまぁ、日常的に危険を感じる状況環境にはいなかったな、と思います。両親は子供の頃商売をやっていたため、「親が家に居ない時間が長い」という経験はしていませんから。うちの父なんて5時には店しめて、毎日夜釣りに行ってるような(笑)今思うと自分の好きなことばっかりしているタイプの人でしたが、外勤めじゃないから朝から家にいるし(むしろどっか行ってくれないかなと^^いつも思っていた記憶が^^)母が家に居なかったという記憶ゼロの子供時代ではあります。

3番目の「愛・所属の欲求」に関しては、アウト(笑)です^^。これは話すと長くなるけど、親はいわば昔の人。昔の人らしい固定観念をいい意味でも悪い意味でもお持ちでした。単純に昔の人の観念ですと「次女」なんてもう、まったく家系を伝承していくという意味で用のない立場、「早くオトナになってヨメに行け」的なですね^^、つけたしみたいな感じなわけですよ。おまえの名前の由来はそういう「どうせヨメにいく女子」ってところからテキトーにつけた、と子供時代に言われて^^、そりゃいい気がするわけないですよね(笑)。こういう親の余計なひとことが、けっこう子供の「愛・所属」をガタガタにしていく部分はあるかと思います。今にして思うと父親も別に悪い意味で言っていたわけでもなかったのだろうけれど。悪意は感じられませんでしたし、父親には「そう言いながら自分はなんとなく愛されているのかな」という、ものすご~くよくわからない立場で生きることになってしまっていましたから。まぁ、ただ、こういうことには素直になれない性格はそういった「どっちなんだよ」っていう(笑)よくわからない親たちの影響大の世界の幼少期だったと思います。

4番目の承認欲求については。
こういう環境がものすごくその後に影響を及ぼしていたんだな、ということは(笑)確実に言えます。私は「家の中」ではなく「家の外」にそれを求めなくてはならない立ち位置なのに一向にそれが見つからない、本当はものすごく内向的な性格なのに、社交的にふるまわなければならない(そうしないと人と関わることができないという恐れというか)という苦痛もありながら、それが「自分好みに満たされる世界」を欲する期間、この世的に言う「中2病」みたいな期間は、ものすごく長かったと思います^^。
こういうものは「唯一無二である」的な発想、「真実はたやすく手に入らない」(これも考えてみるといったいどうして? なのですが)などなど、むしろ「シンプルに手に入る幸福感」的なものを遠ざける傾向をずっと持っていました。
ただ、結局それが、どっかの部分で「経験を重ね、自分の強みを知っていく」修行期間、この承認欲求や愛・所属の欲求がきっかけで起こしてきた行動、経験は、その時には「失敗、敗北」のダメージの積み重ねのようにも感じられること多々でしたが、それら一切がムダにはなっておらず、のちにすべて活かされることになった経験であったとも、今言えます。

5番目の自己実現ですが。
1から4で幼少~成長過程でマトモに満たされていたのは、こうやって考えてみると2の「安全」くらいですが(笑)それでも、なんとか5番目のソコソコ実感があるのはなぜなのか…と思います。

むしろですね、抜けがいっぱいあったからこそ、という部分がとても大きい。
逆バージョンも、けっこういいものですよ。
必ずしも「順番どおり」に進む必要ないのよ。人生そこまで単純にできてはいませんから。
オセロみたいに、「欠落や失敗というマイナス」だと思っていた黒歴史が白にひっくり返ることもあります。

それから、「高次側の好み」とか「予定」っていったらアレですけど(笑)、基本的に、「役割のちがい」というものが、それぞれにあるからね。私には私にしかできなかったさまざまな経験をしてきていることで、観える側面というものがあり。

各自、なんであろうと、その人が経験してきたから観えている側面というものが、必ずあると思う。
その人からの観え方。
それがいっとう大事よ。
どのみち、誰もが自分以外の他の人間になることはできないのだから。
5段階どおりに行く、設計どおりに進む、それは一見良さげでもあるけれど、人生はスパイラル構造で、直線的に上へ上へと順番順繰りに進むものでもないですからね。


こういう「段階的進化論」のマズイところは、その過程過程を、「目標」にして進んでしまおうとしてしまうところ。

目標にしている時点で、得られないのです。

たとえば、「自己実現できたら、幸福なんだろうな」と思ったり、「愛・所属の欲求が満たされたら、きっと幸福なんだろう。自分が不幸なのは、それが満たされていないからだ」と、それを得ることを目標にしてみると。

意外と、それらしき目標到達すると、今度は、「失う恐怖」にさいなまされたり、っていう展開が出てくることもあるのですよ。
「得ていない…得たけれど、たぶん得たのだろうけれど、今は違う…そうじゃなくなった」みたいなこともあるの。

「幸福な結婚」「幸福な家庭」の中にいるのだと思っていたのに、そうなるはずだったと思っていたのに、違ってきちゃった…
天職だと思って賭けてきたのに、これが自己実現だと思っていたのに、そうじゃなくなってきた…うまくいかなくなった…
そういうこともあるのです。

『愛」とかもそうなんだよね。
これは得ることを目標にした時点で^^まぁ、それがイケナイわけではありませんし、人生を潤いのある深みのあるものにしてくれるひとつの要素なので、色々な愛(らしきもの)のパターンを知る、というのは悪いことではないと思います。
(私も…とてもおおっぴらには言えないような、黒歴史も(笑)山ほどありますよ。とくに男女系に関しては。それらブログで全部なんてとてもお伝えできないです^^。)

これが愛というもの? というのは、仮にいっときいただけたとしても、今度は「もうそれをいただけない状態」が大変苦痛になりますからね。だから、愛していたかけがえのない存在を失うことが、人間にとっては苦痛になります。
(また、「愛を欲しがられる」のも、けっこううっとおしい(笑)ことってありますよね^^(とくに男女系親子系はメンドウ)。)

失うことは、そこに気がつくことができる、「何が幸福だったのか」を知ることができる恩寵とも言えるんですけれど。
それでも、あんまり知りたくない^^愛ではありますけれどね、これも。
でもそこまでひっくるめて、愛、なんだわな…と、人間、覚悟が必要ですよね。
(ちなみに私の場合は、相手が人間じゃなくて恐縮ですが(笑)「失恋」とかそういう系統の痛みなど、先代(愛犬)の時のあの喪失感と比べればもう「屁でもない」レベルに、「大切な愛するものとの死に別れってこんなにつらかったのか」と初体験したように思います。ちょうど近い時期に父も亡くなってますが、父親死んでもそこまでじゃなかったんですけど(笑)。人間相手にそういう経験されている方も大勢おられると思いますけれど。こういう時、「死は別れではない」という観えない世界を知るきっかけになっておられる方々も多くいらっしゃると思われますが、実際にたしかに「死」はそれを分かつものではないと思いますね。この前も、うちの先代に、久々にコンタクトしてみて、会えた!!! りしています。まぁ…もちろん肉体レベルではないのだけれど「会えた実感」を感じることができたことじたいにびっくり有頂天になりました^^)

失うことを恐れて「得ることじたいを避ける」傾向を持つ方もこの世にはいらっしゃると思うし、そうではなくて、そもそも「いらね」という(笑)人もいらっしゃると思うし^^、私自身、「愛」については年々「愛とはこういうもの」とだんだん言えなくなってきた感がありますが、自分が「愛が欲しい」「愛されたい」みたいな感覚が同時に年々なくなってきました。

石に出会って以降は、顕著ですね。
自分を孤独だと思わなくなったところがあります。
で、孤独=愛が欲しい、の方程式が成り立たなくなったというのがあります。
なので、現実の見た目としては(笑)実態的には、むしろ、昔よりもかなり「孤独な独女」風味で、行動も常に一人という…どこからどう見ても、「あんた孤独をもう少し感じろよ」レベルなはずなのに。

世の風潮的なもの(友だち親子とか^^友人に恵まれて~とかそういう系統の流行のハピネスのようなもの)にはぜんぜんやっぱりついていってないですし。この部分に関しては、なんていうんだろう、これぞまぁ「人それぞれ」でいいんでないかい、の世界だと思います。その人その人の、ハートに正直な居心地の良さがもっとも大事ではないでしょうか。
若かりし頃の自分から見たら、見た目だけなら、まったく望んでいなかったような像なんですが(笑)。
ひとり仕事ができる日々、私にとってはやっぱり極楽なところがあります。
(そしてこれも、このようなネットの時代だからこそ実現できていること。その恩恵をいただいていることに対しての感謝がひたすらあります)

これが未来のあたしだったんだ…しかもなぜかソコソコ幸福…自分に満足している…自分のことをわりと好きになっている…という、マズローの5段階欲求をひとつしか(笑)満たしてこなかった子供の頃には想像だにしていなかった現実に今たどり着いている状態。
まぁ、こんなふうな^^人間もいますよ、ということで。



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カテゴリ :  高次ガイダンス
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