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ストーン・コミュニケーション

2016年02月08日 (月) 00 : 00
アニマルコミュニケーションという分野があって、prayerのみふねさんなどはそのアニマルコミュニケーターさんなのだけど、彼女はその呼び名があんまりお好きではないらしく。
なんとなくそれはわかる気がする。
そのコミュニケーションの目的というか、なんとなくのイメージだけど、やっぱり人間は、「アニマル」という感じを一段低く見ているというか、なんとか相手をこちらの都合どおりに操作しようというような目的でアニマルコミュニケーションが利用されてしまうような? そんなところも感じられるのが、この命名のニュアンスがアニマルコミュニケーションを知らない人に感じさせてしまうかもしれないエネルギーだからかもしれないです。

彼らとは、やっぱり対等なんだと感じる。
対等というよりはむしろ^^向こうのほうがやっぱり「できている」と思うことのほうが多いかもしれません。
魂のレベルで言ったら、こちらは「教えてもらうこと」のほうが、ずっと多いでしょう。

ストーンとのコミュニケーションも、やっぱり、それかもしれない。
私たちは、つい、自分の所有物感覚で、彼らに接してしまう。
お金を出せば自由にモノが買える、自分で好きに選んで手に入れることができるタイプの三次元にいるので、所有物ということで手元にやってくるのはまぁ^^致し方ないわけですが。
ですが…やはり、所有の形態ではありますが、「居てもらってる」「居てくれてる」の感じが強いように思います。
そしてそこには、「必然」的な、縁が必ずあります。
(それは、上記のペットにもそういうところがある。この世には里親さんを探している仔たちも大勢いるので、そういう仔たちをもらいうけることができる幸運な条件を持っている場合には初期費用のお金はかからない印象があるけれど、実際のところ、里親さんになりたい、なれる、というのは、実はそれだけ幸運レベルがすでに高い方だと私は思う。これは初期費用のお金を出して買わなくていいから、という意味ではないですよ。お金出して買うまでじゃないけどペットが欲しいからタダで貰えるなら貰いたい、そういう動機ではのちに自分が持て余す側になってしまいます。動物愛護精神の観点からだと、買わなくても里親になってほしい仔たちが大勢いるのだから、もらってあげてくださいという観方もできるのだけど。里親になれる方はやはり色々な意味で現世においても魂レベルにおいても実に「経験豊富」で、段階的学びを自ら応用できる柔軟さを持った魂の方でもあるかなという気もするのです。)

「所有物」であれば、自分の好きにできる、意図通りにはたらいてくれる、無条件にご主人様に奉仕して、当たり前…。
私たちはそう思いがちなんだけど。
そうではないのですね~、これがやっぱり。

生き物である「ペット」ならば、これを如実に目の当たりにする^^経験ができるので、ある意味、前々から時々お伝えすることもあるのですが、この日本でさまざまな問題抱えることも多い(保健所に連れて行かれる犬猫の年間の総数の物凄さの実態はたびたびお伝えしている)ながらも、犬や猫や、そういった動物たちを、飼ってみたい、家族にしたい、というニーズそのものの実態は収束しておらず、ペット産業事態は年々成長産業となっていってる実態もあるのは、そこに、魂レベルでの意図があるからこそのようには、ずっと感じていまして。

三次元では、喜怒哀楽の感情を表現してくれる、生き物と接するほうが、言葉では表現されない世界があることを実感しやすい。(「動物、植物、鉱物には喜怒哀楽がない」という見方も常識的にはなされる厳しい三次元ですが…ですがせめて動物にはそれがあることくらいは、植物、鉱物よりはわかりやすいはず)
さまざまな外側から観た「条件しだい」で幸福を感じるのではないことや、本当の思いやりや優しさのありかたや、楽しさや幸福に段取りや条件は不要であることや、言葉は通じていないのに言葉で理解しあう必要性がない関係性があること、人間同士の中ではなかなか「そうはできない」ことも、自分の家のわんにゃん相手にはそれが容易にできる^^飼い主さんも、かなり多いはず。
私たち人間が、対、人間相手やこの世界相手にはひねくれてしまっていたり、馴染めなかったりする、生きにくい三次元世界空間を、まるで地ならししてくれるかの仕事を、実は彼らはしてくれている。
だから、こちらも本来はだれもが持つ心の奥に隠れて容易には出てこない無条件の愛が^^引き出されてしまうことも、多々あるわけです。

実は、「ストーン産業」も、私はいずれ、石ブームは去り、多くの石好きだった人たちは、このしゃべるわけでも動くわけでもないストーンたちから離れ、ストーン産業はこの国では衰退していくのではないだろうか、とも、過去少しだけ思っていたこともあったのだけれど、実態としては、ミネラルショー来場者の数は、年々、うなぎのぼりの印象があって。
石が好きな日本人は、もしかしたら増えている? かのような印象も、今のところあったりもするところがあります。
この国の先行き、この世界の先行きは憂うことばかりではない、というのは、ここに感じられます。
(高次元存在から見れば…足りない面行き届かない面気付きのない面反省のない面は…多いかもしれないんだけど^^。)

私の仕事は、みなさんに、「石を好きになってもらいたいな」でスタートしていたところもあったのだけど、別に^^私がそんな余計なお世話なことを考えなくても、ちゃんと、年々、多くの人が石を好きになっていってる感じがします。

そこに、「理由」は不要なのです。
むしろ、好きな理由を探さなくても、ちゃんと出会えるものです。
好きな理由があることも^^もちろん、良いことです。どちらもその人にとって、オーケーなこと。

石の言っていることがわからなくても、大丈夫。
私も、すべてわかっている、とは言い切れません。

それは、ワンコやニャンコに対しても同じで、私も彼らの言っていることすべてが感じられているわけでもありません。
ですが、「こちらが彼らを、掛け値なしに、好きで愛しいと感じていること」は、彼らには伝わっていることは、わかります。
それを彼らはたとえば言うことをきいてくれたりなどの行動で「わかっている」ことを示してくれます。
(ちなみに、これはワンコの場合で、猫の場合はよく知らないんですけれど。ワンコの場合、よく人間の側からは「躾」とか「社会性」とか言いますが。彼らが人間の言うことを聞いてくれるのは、…人間に合わせてくれているというか。「躾」ではなく、こちらに彼らへの敬意や尊重する態度、そして何よりも愛がベースになっている、そういった相手を思う信頼するからこそ、生きていくうえでのルールを伝えるという感じ、が良いような気がします。そうしたほうがお互い楽しいし、っていう部分は、ちゃんと話せば彼らにはちゃんと伝わりますよ。なので「躾」という上から目線で躾けようとしてもなかなか言うこと聞いてくれない…無理…どこが伝わってるんだ?…にお困りの場合、まず、「そのままでも構わないけれど、こうだったら、こういうふうにいいんだけどな」っていうお互いに、きっともっとそうなれば良さそうな感じ? を相手に愛の感情がある時に話すのが良いと思います。必ず伝わります。お試しを)
でもこちらがそうされたことですらその時気づけず、あとから気づくことも多いです。

一昨日の代々木公園ドッグランで動画を撮ってきたんですけれど、その中にいつも会うよその仔で好きな仔がいて。
で、その仔がずっと動かずにおすわりしていたので、「あれ~歩かないの~?」って声をかけたら、それが伝わったのか、サービスで周辺を歩き始めてくれたんです。
ですが、飼い主さんにとっては、おすわりしてなさい、という命令だったのに歩き始めちゃったその仔に飼い主さんは「おすわり! おすわり!」って、ちょっときつい感じで命令していて、彼女はまたすごすごとおすわりをして。
その時にすぐ気づいて、私が謝らなければいけなかったのですが、動画を見ていてあとから気が付きました。
「あ~あたしが歩かないの? って言っちゃったからだ。きっと動画撮ってたからサービスで歩いてくれたのに。彼女が怒られたのはあたしのせいだ~…ちゃんと今度会ったら、飼い主さんにも彼女にも謝罪しなくてはいけない…」と。

この話には、今生きていることそのものの^^意味合いなんかもあるのかもしれないですね。

「生前、ここでこうできなかったことがある。だから、今回の三次元チャレンジでは、この設定の時に、こうすることを目的にする」っていう^^人生の青写真を、われわれは、「過去の実績の録画をさまざまに研究して、吟味して、自分で、どういうシチュエーションでその目的を果たすか」まで、ラフに決めて、その目的を果たすにふさわしい生い立ちを創造できそうな両親や出生地を選び恋人や友人や結婚相手を選び、何に興味を持ち何を仕事にしようか、どのタイミングの星の影響を受けるかまで綿密に計算して、生まれてくる…と言われています。

今、動画を見ている気づいていることは、こういうことにも近いのかな。
あとから動画を見ながら、そんなことを思いました。


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カテゴリ :  石のホント or はてな?
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