アーカイブ
2014年01月15日の記事のリスト

ビジョンを持つこと

2014年01月15日 (水) 00 : 09
未来のビジョンがあると、それらしく見える利点があるので、年の初めなどにはそういうものを「描け~描け~」となんだかんだと、今年の目標、みたいなことを考えたりもします。
(せんだっての記事でもお伝えしましたけれど、個人的には私は「自立」です☆ これは無理にひねくりだしたというわけではなく、「その必要があるな」と感じるから)


スピリチュアル的には、「具体的に、詳細に、描け~」とするクチと、その反対に、「大ざっぱな方向性だけ決めたら、あとは細かいことにはこだわらない」クチ、両方あります。
これ、以前からそうですね。
主に願望実現系スピリチュアルでは、どちらかというと、具体的に描くことが奨励されており、アセンション系(?)スピリチュアルでは、「今だろ、今」というのか、「今ここ」のほうに焦点が置かれているように思います。


石の世界でも、願望実現系は、石を浄化し石にプログラミングし、なんやかんやと具体的に手間かけて、一見、「確固たる世界展開」に見えますが、アセンション系スピリチュアルジャンルでは「超感覚世界」という^^一見、ないものに見える実際に本当にあるものを主体にサポートするのが石・・・という取扱い方をしているかもしれません。


どちらが正解、っていう答えはそこにはありません。


私の場合は・・・長年、石を取り扱ってきていますが、自分の性格的にはそもそも「具体的に描く」というタイプではなくて、どう考えても「大ざっぱに決める」のクチです。
「今年の目標」とか、なんでしょう、目標や目的を箇条書きにしたり、そういうのがとても苦手なのです、実は。


ただ、「なにがどういう状態が自分にとっての幸福のありようなのか」ということについて、考えるのは好きです。ただこれも、アタマで考えている時よりも、やっぱり、感覚というのでしょうか、「ああ、これだ、これ」の感じ・・・というのでしょうか。
なので、言語化しようとすると、とたんに不可解だったり陳腐化します。
まぁ、その場合は自分がわかっていればいいことなので、それでもいいのですが、石の組み合わせの場合、人様にプレゼンする場合にはそうはいかないですよね。


プログラミング願望実現系の石の組み合わせというのも、持ち主さんを鼓舞する役割をたしかに果たしてくれると思うので、それはそれで存在意義があると思います。
ただ、なんというか、そういう「枠」を設けてしまうことで、本当は違った可能性の世界があるのに、逆にそこを見なくなってしまう・・・ということも、あるような気がして。でもまぁ、どんだけ「枠」を作っても、見出す人は見出すし、こちらがそんなこと特に心配することでもないかもしれませんね。


自分自身は、石の組み合わせに、そういう「限定枠」を昨今あまり感じないというか、ピンポイントの部分を取り上げ過ぎちゃうことをしなくなったぶん、「組み合わせに具体性がなくなったのか」ってはたからは見えるかもしれないんですが^^、いや、実際にはたぶんもっと具体的になってきているように感じます。
ただ、その具体性を限定的に「こうだ」って言わないようにはなってきている(その部分は、「私にはこう映る、私にはこういう感じ」という言い方してますね)のは、実際のところ。


・・・と、四の五のと言ってますが、なんといっても、こういったコトバの類を圧倒するのが、結局、「美しさへの喜び」だと思うんですよね^^。つまるところは。
石ブレスなら石ブレス、石ネックレスなら石ネックレス、それを身に着けるものとしてお作りしている以上は、誰かに身に着けてもらってなんぼ、のものですから。


石の美しさを引き出す組み合わせにできているか。
全体として美しいか。わくわく感がこみあげてくるか。
どっか妙ちきりんで大きさのバランスや色配分悪くて、残念なアクセになっていないか。

こういうふうに言ってしまうと、見た目がすべて、結局見た目よね~、みたいな感じで大事なのは表面なのか? って受け取られるかもしれませんが、もちろん見た目がすべてではないです。
しかし、かなり、大事な要素であることは、事実かな。
それに・・・けっこう、その見た目をとおして透けて見える何かを、人はやっぱり見ているんだよな、って感じますから。
特に、石のアクセサリを選ぶ時って、もちろん、全員が全員そうではないですけれど、わりとその傾向は、出やすいと思うんですよ。


やっぱり不恰好なものは、好んでは身に着けたくないですよね^^。
不恰好とかっこかわいい、シンプルでありがちとシンプルでクール、こういうことの境界線・・・とってもビミョウだったりして、作り手としては常に悩ましい部分で、これって、永遠にこれでいい、っていう頂点みたいなものはないのかもしれないな・・・とも思うし、また私ふぜいが言えることでもないわけですが。


昔から、見た目よりも心、みたいな格言みたいなものもありますが、ここに「よりも」っていう比較は、いらないような気がしますよね。
どちらか片方で成り立つわけではないので。
美しくあろうということが義務になってしまうとかなり苦痛ですけれど、単純に「肌が綺麗」とか、それだけで、自分が自分に好感持てますよね?
肌が荒れていたりすると、心もくさくさしてきますし。
喜びに繋がる美しさの追求は、他を排除するとか競争目的とかではなくて、そこに愛があれば、「喜びの存在である人間」の原点という気がしますね。


ということで、なんか話が脱線しまくってる感じですが、ビジョンは結局、四の五の系解釈が満載の石アクセへのこだわり・・・ではなく、やはり、キーワードは喜び、楽しさ、嬉しさ、わくわくポジティブ感覚。勇気とかやる気とか感謝とか生きてて良かったとか^^そういうのが感覚的に湧き上がるものや、平和な心の静けさ、心が澄み切り自由の感覚が生まれてくる・・・こういうものを目指したいですね。
ものすごく単純過ぎていやになっちゃうくらい、単純だったり、感覚的すぎて明文化しづらい基準なんですけれど。
ビジョンとしては、やっぱり、そういうものを作っていきたいですね。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page